クリスティン・バーネット

「ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい」

クリスティン・バーネットの息子ジェイクは、アインシュタインより高いIQの持ち主。記憶力抜群で数学が大好き。3歳で天文学に強い興味を示し、9歳で宇宙物理学についての独自の理論に取り組みはじめ、12歳の夏休みには、量子物理学の研究者としてアルバイトも経験した。いずれノーベル賞候補にもなり得ると言われている。だが、かつては自閉症によってその才能の片鱗すら見えていなかった。父と母がたっぷりの愛情を注ぎ、できることをほめ、体で自然や友だちと触れさせ、本を与え、天文台で望遠鏡を覗かせた。

共働きで暮らしは豊かではなく、忙しく、そのバイタリティに驚嘆します。閉じた世界にいるのではなく、ただそれを伝える手段を持たない子として、わずかな信号を受け止め一緒に行動する母・クリスティン。それはどの子にも必要な、親の姿勢だと思います。大学までの方向を決められて遊ぶ機会のない日本の子、食事も満足に与えられず虐待される子。子どもの持つ世界を想像する力のない親。なんという違いでしょうか。一人でも多くの人に読んでほしい本です。

ジェイン・ハーパー

「渇きと偽り」

連邦警察官フォークは20年ぶりに生まれ育った町へ帰ってきた。旧友のルークが自殺を遂げたと聞きつけたのだ。妻子を道連れに、なぜか赤ん坊を一人残して。ルークの親から心中事件の真相究明を依頼されたフォークは、干魃にあえぐ灼熱の町で、自身の秘めた過去とも向き合うことに。

閉鎖的で特有の親族意識の、行き詰まる社会です。展開がゆっくりなので、せっかちな私は途中少しダレてしまいました。ただ、それらの些細な事柄が一気に収斂されて行くラストは、力技でさすがです。ストーリーテラーの良作だと思います。

ジェラルディン・ブルックス

「古書の来歴」

100年ものあいだ行方が知れなかった実在する最古稀覯本「サラエボ・ハガダー」が発見された。オーストラリアの研究所にいる古書鑑定家のハンナは、すぐさまサラエボに向かった。発見されたサラエボ・ハガダーは、500年前、中世スペインで作られたと伝えられ、ユダヤ教の祭りで使われるヘブライ語で祈りや詩篇が書かれた書である。美しく彩色された細密画が多数描かれている鑑定を行ったハンナは、羊皮紙のあいだに蝶の羽の欠片が挟まっていることに気づく。今はない留め金の痕跡、ワインの浸み、塩の結晶、白い毛。それを皮切りに、ハガダーは封印していた歴史を紐解きはじめる。

古書を科学捜査することで、500年の歴史と関わった人々の過酷な運命の物語が見えてくる。ユダヤ教へのイスラム教、キリスト教からの500年前からの強硬弾圧の時代があったのですね。そのすさまじさに圧倒されます。うまい構成にぐいぐい引きつけられて読みました。北欧の決して忘れることのないナチス。そしてそれ以前の時代の事実の重さを、改めて知りました。貧しさ、戦渦、その下で必死に生きる人間を、わずかな希望が支えてきたのです。ハンナのキャラもいいですし、ラストのインパクトのある反転はみごとです。お勧めです。

ビル・S・バリンジャー

【煙で描いた肖像画】

古い新聞の切り抜きが、取立屋・ダニーの記憶を刺激した。そこに写っていたのは、十年前に出会った初恋の少女・クラッシーだったのだ。今どうしているのだろう。好奇心はいつしか憑かれたような思いに変わり、ダニーはわずかな手掛かりを追って彼女の足跡を辿り始める。ダニーの物語と交互に語られていくのは、冨と権力を得ようといくつもの名前を持つ悪女の物語。

50年前の作品という古めかしさはあるものの、一気に読ませてしまう魅力があります。何人もの男性を掌で転がして進んでいく女性に、結局ダニーも騙されて都合よく利用されてしまいます。でも、本人は窮地に陥るまで気づかないのです。ラストのおもしろさが、抜群です。

S・M・ハルス

「ブラック・リバー」

「わたしのためにフィドルを弾いて」病で最期が迫った妻からの願いを、六十歳の元刑務官ウェズはかなえられない。刑務所の暴動で負った凄惨な傷のせいで。妻が逝きウェズはその刑務所の町、ブラック・リバーへ旅立つ。妻の連れ子との十八年ぶりの再会と、暴動の首謀者の仮釈放を決める公聴会での証言が待つ町へ。

フィドル(ヴァイオリン)を弾くことが男同士の繋がりで、息子や才能のある男に引き継がれていく時代の描き方が生き生きとしています。それと同時に元刑務官ウェズへの、残酷な暴力もすさまじさが実感されます。その暴動の首謀者の仮釈放されるかも知れないと聞き、たまらずに公聴会に向かいます。深いところの人間愛を、日常を淡々と描くことで心に突き刺さってきます。うまい作家です。

D・W・バッファ

【遺産】

次期大統領を目指す上院議員が車中で射殺され、黒人医学生が強盗殺人の容疑者として逮捕される。大きな弁護士事務所を開く従兄弟のボビーから、アントネッリにパートナーとして弁護人の依頼が来る。同じ街の弁護士は誰も引き受けたがらないという。容疑者の無実を確信したアントネッリは政治的な陰謀と推測し動き出す。だが。おびえながら接触してきたロシア人と話した直後、建物が爆破され危うく命拾いをする。

法廷の魔術師としてのアントネッリの弁論テクニックが楽しめます。判事や陪審員の心をつかむツボを押さえ、それでも立ちふさがる大きな力との対決が、スリリングで読ませます。法廷での、言葉がその場にいる人間の心に影響を及ぼす力が、興味深かったです。日本でも始まる陪審員制度を考えると、怖い気もしますが。何作か、シリーズを読んでみようと思いました。

D・W・バッファ

【審判】

弁護士・ジョーゼフ・アントネッリは、駆け出しの頃に侮辱された首席判事のキャルヴィン・ジェフリーズを憎んでいたが、裁判所の駐車場で腹を刺され死亡した。捜査は難航したが、外部通報でホームレスの男が逮捕された。男は犯行を自供した夜、留置場で自殺してしまう。2か月後、後任のグリズウォルド判事が同じ手口で殺された。またもホームレスの男が逮捕されるが、精神障害者で犯行を否認したまま起訴される。アントネッリは男の無実と、2件の真犯人を追うことにした。

リーガル・ミステリーとしては、よくあるストーリーですが、アントネッリの熱さと人間臭さに味があると思います。初恋の相手と再会し結婚するのが微笑ましかったけれど、過去の心の傷が哀しいです。現実はそういうものだと思わせながら、後味が悪くない点が救いです。

D・W・バッファ

【訴追】

弁護士アントネッリは、有罪の男を無罪にしたことに苦しみ、隠遁生活をしていた。だが、取り調べ中の殺人犯に妻殺しを委嘱した疑いで、地方検事補が地元警察に逮捕された。検事局に事件を任せたら訴追しない恐れがあるとみたウールナー判事は、アントネッリを引きずり出して特別検察官に任命する。初めて検察側に回ったアントネッリは、無罪の者を有罪にすることを怖れながらも審議を進める。検事補に死刑が言い渡される日、バレエ協会の理事長が射殺された。容疑者は、なんとウールナー判事の最愛の妻、アルマだという。当然、弁護に回ったアントネッリだが、思わぬ展開で窮地に追い込まれる。
ふたつの事件の検察と弁護を引き受けることで、迷いを吹っ切り正義への熱さを取り戻していくアントネッリの心理が描かれていきます。法曹界も、一般社会と同じく、欲や名声のための駆け引きがうごめく世界なのだと少し暗い気分になりました。ラストのどんでん返しが、みごとでした。

J.G.バラード

「ハイ・ライズ」

映画のCMに惹かれて読んでみました。1980年の作品なのですね。まだ高層マンションが少なかった時代でしょうか。40階マンションで閉鎖的な社会を形成し、下層階と上層階の対立で人間性を失っていくさまを描いています。冒頭ベランダで犬を電話帳で焼いて食べているシーンから、過去に遡って物語が始まります。

秩序立っていたはずの住人たちが、エレベーターの封鎖、停電、スーパーの商品が強奪される。ダストシュートが、トイレが詰まる。なにかに取り付かれたように野生に帰っていく狂気の激流に、一気に飲み込まれました。今の時代では起きないかも知れません。映画を見に行く気をなくしました。

リチャード・パワーズ

「われらが歌う時 上・下」

ニューヨークで、ユダヤ人物理学者デイヴィッドと黒人音楽生の歌手ディーリアが恋に落ちた。3人の子どもが生まれた。天才声楽家の兄・ジョナ、凡庸なピアニストの弟・ジョーイ、音楽に天賦の才を持ちながらも尖鋭的な活動家となってゆく妹・ルース。家庭教育から少年期に音楽を開花させ、音楽学校で磨いていく。たくさんのことを学ぶことになる教師の影響力は大きく、ジョナは自身の価値観で教師も選んでいく。中でも、赤毛のリセットは地方公演をセットし、経験を積むことができた。ジョナはリセットに恋をしたが、父の生まれが別れを決定的なものにした。生まれたときからの人種差別と、そこを生き抜くパワーを持ってきた家族は、やがて歴史的な激流の解放運動に、翻弄されていく。音楽は、時間は、家族を再びつなぐ絆となれるのか。

三代に及ぶ壮大な物語は、しっかりした構成と、細部のすべてに及ぶ周到な描写がすばらしいです。すべてが悲劇ではあるけれど、ラストも納得させてくれます。家族との深くて濃い繋がりゆえに、揺らぎながらも自分の立ち位置を作ろうとあがく、ジョーイの視点から描くことで、さらに物語に厚みを加えたと思います。

それにしても、歌声やピアノの描写がすばらしいです。声の艶までが聞こえ、一緒に同じ音楽を演奏しているような気になります。伴奏をするジョーイのピアノを弾いているときの心理も、どきどきする臨場感があります。音楽というある種の閉じられた世界から、音楽を通して見えてくる社会や政治が、だからこそ強烈に胸を打ちます。一滴でも黒人の血が混じるとたとえ肌が白くても黒人なのだと、音楽で人種を超越することはできない絶望的な社会を嫌という程味わい、だから自分の子を持つことに自信が持てない兄弟の姿が強烈です。

全体のストーリー展開も、細部の展開までも一行も飛ばし読みしたくないと思ってしまいます。上下巻の先を早く読みたいのと、ゆっくり味わいたいジレンマを感じながら、引込まれて読みました。人種の問題に触れることの少ない日本で、是非読んでほしい本です。

心に残る歌の一節があります。
「鳥と魚は恋に落ちることができる
けれど、愛の巣はどこに築くというのか」

リチャード・パワーズ

「エコー・メイカー」

弟・マークが、自動車事故に遭った。カリンはネブラスカ州の数千羽の鶴が飛来する町へ戻る。必死に看病し頭部に損傷を受けたマークは奇跡的な生還をし、長いリハビリにも耐える。だがカリンを偽の姉と呼び、カプグラ症候群という脳の迷宮に苦しむ。著名な神経科学者・ウエーバーも訪問し、謎を解こうとする。だが、カプグラ症候群は周囲の人間にも、自分の存在を曖昧にさせる転移が起こり一層複雑な人間関係になっていく。一方でカリンは単純な自存事故と見なされた現場に残る、不審なタイヤ痕と、病室に残されていた謎の紙片を探っていく。

自然描写が全編を通して不穏な空気感を作っています。気候や風土や、数千羽の鶴の羽ばたきや鳴き声までどこか不安を広げるのです。複雑な脳の働きで絡み合った糸を一本づつほどく作業にも通じる、脳の困難な過程と収束までの膨大な描写と筆力はすごいです。カリン、マーク、マークの友人たち、ウエーバーと妻などの、周囲の人間の心のすべての変化を丹念に追いかけます。姉と認識されないカリンは、自分の存在が揺らぎます。マークは事故当時の記憶が失われ周囲との違和感を持ち、自身の安定がありません。ウエーバーは著書の評価の低下で、自分の立ち位置が揺らぎます。結末でのある限界とまだ残る明確にならない部分も、おそらく一人一人が一生を通じて探していく長い旅になるのでしょう。600ページを越える長編ですが、迷路を一緒に彷徨いながらどこに行きつくのかと飽きさせません。

サンティアーゴ・パハーレス

「螺旋」

絶妙な語りと緻密なプロット、そして感動のラストで大ベストセラー小説『螺旋』の作者トマス・マウドは、本名はもちろん住んでいる場所すら誰にも明かさない“謎”の作家だった。出版社は定期的に送られてきていた原稿がストップしたため、「なんとしても彼を見つけ出せ」社長命令で編集者ダビッドは、その作家がいるとされる村に向かうことになった。簡単に見つかると思い、妻・シルビアには休暇旅行と嘘をついて同行した。だが奇妙な6本指の村人の住む暮らしと、ダビッドの怪しい行動に、ついに腹を立てたシルビアは離婚すると言い放って戻ってしまう。一方、麻薬依存症の青年フランは、盗んだバッグに偶然入っていた『螺旋』をふと読み始め、その物語に夢中になってしまう。

ダビッドのだめ男ぶりが徹底していて、読みながら皮肉のひとつも浴びせたくなりました。遺伝的に6本指の人が集中して住んでいる村は、同じような例を知っているので、特にこだわらなくてもいいように思います。村人との交流を通して、突き止める作家の真の姿には、思わず敬虔な祈りを捧げたくなりました。長くてかなり苛ついて読んだのですが、読後感はいいです。

キャリー・パテル

「墓標都市」

旧文明の崩壊から数百年。多くの人々は地上を厭い、巨大な地下都市国家に暮らしていた。その一つ、ヴィクトリア朝風の階級社会が栄えるリコレッタでは、旧文明の知識は重大なタブーである。そんな中「プロメテウス」なる極秘計画に関わる歴史学者が殺された。女性捜査官マローンの活動は、なぜか上層部から妨害を受ける。そして貴族社会の裏側に出入りする洗濯娘ジェーンも、謎の男アルノーと出会って事件に巻き込まれてゆく。

舞台設定が特別な機能をしていません。中世の階級社会の物語として読みました。古風な殺人事件捜査。社交界デビューの準備をするジェーンと友人。クーデターの混乱で頭の良さを発揮し、生き延びるジェーンができすぎていますがご愛嬌。査官マローンのキレのなさと、利己主義な行動にはがっかりします。

グレン・エリック・ハミルトン

「眠る狼」

郷を離れ陸軍で海外勤務についていたバンに、長い間音沙汰の無かった祖父から手紙が届いた。ベテランのプロの泥棒である祖父の弱気な言葉に胸が騒いだ彼は、休暇をとって帰郷する。だが10年ぶりの家に着くと、頭に銃撃を受けた祖父が倒れていた。人事不省の祖父に問うことも出来ないバンは、手掛かりを求め旧知の仲である祖父の仕事仲間に協力を仰ぐ。どうやら祖父は最後の大仕事を行なっていたらしい。

現在と少年時代を交叉させた、硬派なの語り口がいいですね。引き込まれます。次第に明らかになる祖父の意図が、思いがけない展開をしていきます。アクション、謎解き、家族、仲間、盛りだくさんなおもしろさを、うまくまとめています。次の作品も読みたいです。

ナンシー・ヒューストン

「暗闇の楽器」

マンハッタンの作家ナディア(ナダ)は自分の内なる声ダイモーンに語りかけながら、17世紀フランスに生まれた不幸な兄妹の物語「復活のソナタ」を書いている。「復活のソナタ」は、出産と同時に母を失った双子の兄バルナベと妹バルブ。教会に引き取られ聖職者を目指す兄は、暴漢によって視力を奪われ、妹は農家を点々とさせられ主人にレイプされて身篭り、魔女と呼ばれ裁判にかけられる。
そしてナダは、父の暴力によってヴァイオリニストとしてのキャリアを奪われ、現在は病院で記憶を失いつつある母エルザの回想と、自身の不幸な結婚と、堕胎の体験を突きつけられる。

現代のマンハッタンと暗黒の中世フランス、二つの世界が時空を超えて交錯して、変奏曲のように奏でられていきます。ナダが内なるダイモーンと決別し自分を取り戻し、追い詰められた双子にギリギリの救済を与えることになります。作家が悪魔的なものの力を借りて物語を始め、その物語が作者を動かしていく。そんな過程をうまく描いていると思います。

ニック・ピゾラット

「逃亡のガルヴェストン」

ロイはずっと「取立て屋」という闇の仕事で生きてきた。しかし肺ガンの宣告直後、ボスの裏切りで追われる身となってしまう。成り行きで道連れとなったのは、金に困って娼婦をしていたらしい家出娘のロッキーと幼い妹だった。孤独を愛する中年の男と、心に深い傷を負った女の奇妙な旅が始まった。ロイは、ロッキーがまともな道を進むことに残りの人生を賭けようとする。だが、果てのない逃避行に執拗な追っ手が迫る。

文章の切れと美しい風景の描写がうまく溶け合っています。死の一歩手前で修羅場を切り抜ける、ロイの「悪運」の強さが皮肉にも次の不運を招いてしまいます。決してヒーローではなく人間的な弱さや甘さも持ちながら、痛めつけられても這い上がる強靭な姿はすごいです。本好きが刑務所の中でも活かされて興味深いです。そしてラストの一文がしぶとく皮肉で、そのためだけでも全編を読んだ甲斐がありました。

トム・フランクリン

「ねじれた文字、ねじれた路」

ホラー小説を愛する内気なラリーと、野球好きで大人びたサイラス。1970年代末の米南部で二人の少年の友情は、お互いの家族が絡んで無残に崩れ去る。少女失踪事件に関与したのではないかと周囲に疑われながら、自動車整備士となった白人のラリーは孤独に暮らして25年が過ぎた。そして、大学野球で活躍した黒人のサイラスは治安官となる。だが町で起きた新たな失踪事件で、過去から目を背けて生きてきた二人の運命が回転を始める。

小さな町の暮らしと人間関係の中で、噂を否定することもできずに生き続けることの大変さに、息苦しくなります。けれど、石を蹴る、空を見る。ごく簡単な動作から、自然の美しさや町の空気感、人の心理までを描き出すのはみごとです。人種差別の根深さ、心理的な深さも感じられます。衝撃的なラストまで引っ張り続ける力は、小気味いいほどです。一気読みしたくなる作品でした。

ダニエル・フリードマン

「もう年はとれない」

87歳の元殺人課刑事バック・シャッツは、臨終まぎわの友人から言われた。捕虜収容所でユダヤ人のシャッツに厳しくした、ナチスの将校が生きているかもしれないと。その将校が金の延べ棒を大量に所持していた情報がもれ、狙う連中の動きが慌ただしくなる。シャッツは孫のテキーラと共に将校を見つけるが、襲いかかる敵たちと激しい頭脳戦,銃撃戦になる。

357マグナムを抱いて寝る87歳という設定から驚かされます。軽い認知症の自分を認識しながら、孫からネット検索を教えられます。なによりナチスへの深い感情、許せない正義感に立ち向かう姿がすごいです。肉体的にも精神的にも、ぎりぎりの立ち位置からの壮絶な戦いの中に漂うユーモアと暖かさがあります。87歳に留まってほしいとおもいました。

ギリアン・フリン

「冥闇」

7歳のときに母と二人の姉を惨殺されたリビー。彼女の目撃証言によって兄のベンが殺人犯として逮捕される。それからから24年、心身に傷を負い、定職にも就かず、殺人事件の哀れな犠牲者として有志からの寄付金を食いつぶしながら、無気力に生きるリビーのもとへ、有名殺人事件の真相を推理する同好の士である「殺人クラブ」から会への出席依頼が。集まりに参加し、殺人クラブのメンバーが自分の家族に起こった忌まわしい事件に関心を抱いていることを知り、リビーは謝礼金を目当てに、事件の真相を探りはじめる。

どこかまともではない現在のリビーの視点と、事件当日の兄ベンと母パティの視点から物語が交互に語られます。やがて悲劇的な真実が明らかにされる結末は、それほど衝撃敵ではなくアメリカではよくありそうな話でした。

レーナ・ヘトライネン

「雪の女」

エスポー警察の巡査部長マリア・カッリオは、女性限定のセラピーセンター、ロースベリ館での講演を依頼された。だがその講演から数週間後、館の主であるセラピストが行方不明になり、雪深い森でガウンとパジャマのまま死体で発見される。当時館に滞在していたのは、訳ありげな女性ばかり。北欧フィンランドを舞台にが事件を追う。

気温が低く日照時間も限られた北欧で、必死に事件を追うマリアはいいキャラだと思います。プライベートとの頭の切り替えが、日本との違いを感じました。

オリヴァー・ハリス

「バッドタイム・ブルース」

ギャンブルに取り憑かれて借金を重ねた刑事ニック。とうとう住む場所も失い、所持金も底をついた。もはやこれまでと覚悟を決めたとき、高級住宅地に一人住まいの金持ちが行方不明との一報が入る。追い詰められれば妙案が浮かぶものだ。担当をゲットしたニックは、要領よく金持ちの留守邸で寝泊まりするうち、彼に隠し財産があることを嗅ぎつける。事件を追いつつ、横領計画を進める前代未聞のヒーロー。

ハードボイルドな刑事の味わいと、金をかすめて逃げることを最終目的にする悪の顔が交叉し、展開が楽しめます。絶妙に設定された主人公のキャラクター設定だと思います。

トム・フランクリン&ベス・アン・フェンリイ

「たとえ傾いた世界でも」

ミシシッピ川の増水により崩壊が近づく町で、ディキシー・クレイは幼い子を亡くし、夫・ジェシにも絶望していたが気丈に密造酒を作っている。潜入調査のため町に向かう密造酒取締官のインガソルは、銃撃戦に巻き込まれ奇跡的に生き残った赤ん坊を拾ってしまう。ディキシーのことを聞きつけたインガソルは、敵対関係とは知らず彼女に託す。ジェシとインガソルの攻防、ジェシとディキシーの激しい争いの中、ついに川の防波堤が決壊する。

禁酒法をめぐって密造酒作りや警察との贈収賄がはびこる街の設定や、登場人物のキャラが人間臭く泥臭いです。貧困に喘ぐ人々の群像の描き方もうまいです。希望もなく極限で生きている男も女が、なんと魅力的なことでしょう。ライフル銃を構えるディキシーの息づかいまで、聞こえそうです。ラストの洪水の中を生き抜く、緊迫感に引き込まれてしまいました。決して捨てない明日が、きらめいて見えます。

カリン・フォッスム

「湖のほとりで」

風光明媚な、北欧の小さな村で発見された女性の死体。村の誰もが知る聡明で快活な少女・アニーだった。死体には争った形跡もなく、自殺か、あるいは顔見知りの犯行ではないかと推測された。事件は、早期に解決すると思われたのだが。

セーヘル警部が地道に村人たちに話をしていく過程を、丁寧にそれでいて伏線を一気にひっくり返すラストへとみごとに繋げています。偏見を持たずに人と会話して、相手から話させる姿勢が事件の糸を繋げていきます。人々の性格が手に取るように明らかになっていきます。落ち着いたいい作品だと思います。

ゲイル・フォアマン

「ミアの選択 If I Stay」

雪の日、家族とドライブに出かけたミアは交通事故に遭い、両親と弟は即死、自分も重傷を負う。体はベッドに横たわり治療を受けているが、心は病室、病院内を移動し、見舞客を見つめる。ミアは音楽学校を目指してチェロを弾き、ボーイフレンドのアダムはバンドでドラムを叩いていた、楽しかった思い出が次々とよみがえってくる。だがミアは、どうしたら体に戻れるのかわからない。冷静に家族に接する病院スタッフが祖父に言う。「主役は彼女よ。ここに残るか。生きるか。決めるのはミアよ」と。

家族の愛情を一杯に受けて育ったミアが、チェロと出会い音楽学校を目指します。キムやたくさんの友人たちとの交流も、音楽を通して知り合ったアダムとの繋がりもいい感じです。素直な心の動きが伝わってきて、愛おしくなる本です。家族を失い重症を負ったミアのこれからの選択も、きっとつらいでしょうが、希望を見せてくれます。表紙のイラストがきれいです。お勧めです。

ペール・ペッテルソン(訳:西田恵美)

「馬を盗みに」

1948年、スウェーデンとの国境に近いノルウェーの小さな村で、ぼくが父と過ごした15歳の夏、友だちのヨンと「馬を盗みに」行った。乗りにいっただけだが、ぼくたちはそのスリルに夢中になった。ヨンはそのとき留守を言いつけられ、双子の弟たちの面倒を見ることになっていた。事件が発生した。幼い弟の銃の誤発射で双子のもう一人が死んだのだ。友だちとの青春が終わる。50年余りを経た年の冬、人里離れた湖畔の家で一人暮らす「わたし」の脳裏に、父との思い出が鮮明によみがえる。

きらきらと輝いた青春のワン・シーンと、事件のときのヨンや家族、そして父の心情などが塑像されます。誰かを責めるのではなく、ありのままに受け入れようとします。二つの時間を行き来しながら語られる人間のありようが、深く心に入り込んできます。流麗な文章、ノルウェーの情景描写が心情と溶け合って美しいです。原作はどうなのか読む術はありませんが、おそらく原作の美しさをうまく訳したのだろうと思いま。お勧めです。

ルイーズ・ペニー

「スリー・パインズ村の不思議な事件」

家に鍵をかける習慣さえない、ケベック州の平和な小村スリー・パインズ。感謝祭の週末の朝、森の中で老婦人のジェーンの死体が発見された。死因は矢を胸に受けたと見える傷で一見、ハンターの誤射による事故死に思えた。だが、凶器の矢がどこにも見当たらないことから、ガマシュ警部は顔見知りによる殺人事件として捜査を始めた。

警部も村人たちも、個性的で古風なキャラです。緑に囲まれた穏やかな村の風景が美しく、その中で目を引く絵画の色鮮やかさが印象的です。警部のすべてを見通せる視点の確かさと、人間の心を深く見つめる才がみごとです。家族の気持ちのあり方も、実に巧みに描かれています。ニコル刑事の自己中心的な性格は、会社にいる某社員にそっくりで思わずにやりでした。

T・ジェファーソン・パーカー

「カリフォルニアガール」

変動する1960年代のカリフォルニア州南西部の都市タスティンのオレンジの出荷工場の廃屋で、頭を切り落とされた若い女性の死体が発見され、保安官事務所の部長刑事ニックは現場に急行した。被害者は、子どもの頃から知っている愛らしかったジャニルだと知り、ニックは愕然とする。現場には新聞記者として活躍するニックの弟アンディも駆けつけていた。容疑者として、現場近くにいたホームレスの男が捕らえられたが、その取り調べをするかたわら、ニックは別の手がかりを求めて捜査を始める。この事件は、彼が初めて指揮をとる殺人事件だった。一方、アンディも独自に調査を開始した。ニックとアンディは、牧師である長兄のデイヴィッドの助力を得てやがて、ジャニルが麻薬捜査に関わっていたことや、妊娠していたことなどが判明し、事件は複雑な姿を現す。

時代背景が生んだ最悪の病巣としての、猟奇的な殺人事件を描きながら、記者の信念、教会と地域の信者とその家族の複雑な心まで浮かび上がらせてきます。わたしとしてはドライビング・ミサなどが、興味深かったです。良質の読み物だと思います。

アラン・ブラッドリー

「パイは小さな秘密を運ぶ」

11歳の少女フレーヴィアは、イギリスの片田舎で、化学実験に熱中する日々をすごしてる。ある日、何者かがコシギの死体をキッチンの戸口に置いていき、父が尋常ではない恐れを見せた。そして翌日の早朝フレーヴィアは畑で赤毛の男の死に立ち会ってしまう。男は前日の晩に、父と書斎で口論していた相手だった。

目を輝かせて物事を見るフレーヴィアを、一癖も二癖もある他の登場人物が独特の空気感をもたらします。テンポもよく、細かなシーンの謎をしっかりと考えていく過程も楽しめます。もう少し、現代寄りの作品を読んでみたい作家です。

リチャード・プレストン

【ホット・ゾーン】

体内の臓器を溶かし、穴から血の滴が滲み出る劇症感染症がワシントン近郊の町のモンキー・ハウスに突如出現した。恐怖の殺人ウイルス「エボラ」の致死率は90%。ウィルス制圧に向けた作戦で、感染の恐怖に耐えながら兵士や学者たちは戦う。

ノンフィクション設定です。すでに知識として持っている取り扱い以上の新鮮さはなく、そんな無頓着でいいのかと、突っ込みたくなります。むしろフィクションにして、環境問題や社会や政治への切り込みがほしかったです。

ジョン・ハート

【キングの死】

父の弁護士事務所で仕事をしている、うだつのあがらない弁護士・ジャクソン・ワークマンは、常に父からの重圧を感じながら生きてきた。妻・バーバラとの関係も壊れる寸前だった。おまけに妹のジーンは女友だちアレックスの影響を受けて、ワークに近づこうともしない。そんなとき、父の射殺死体が発見される。父を嫌っていたジーンの犯行なのか。庇っているうち、莫大な相続を受ける立場になったことを聞いたミルズ刑事が、ワークに容疑の目を向けた。執拗に追いつめてくる。

弁護士の視点から、先を見通し、予測の判断能力を兼ね備え、自分の何が不利な状況になるか知りながら、妹のためにあえてずるずると自分を追い込ませていくワークの描き方がうまいです。冷静でいながら、恐怖や怒りなどの感情を瞬発させ、必死に自分をコントロールしようとする弁護士像が共感を呼び、ぐいぐい読ませていきます。自分に向けられる容赦のない人々の視線も、少ない言葉でもわかり合える恋人の視線も、しっかりと見せてくれます。構成もバランス感覚も、ラストも、みごとです。これがデビュー作というのは、すごいですね。

ジョン・ハート

「川は静かに流れ」

5年前、殺人の濡れ衣を着せられ故郷を去ったアダムに、親友ダニーから助けてほしいと電話が入った。川辺の町に戻ると、父の経営する農場は変わらずに迎えてくれた。だが、アダムを勘当した冷ややかな父と義理の母と妹弟、不機嫌な顔のかつての恋人・刑事のロビン、ダニーの父ですら敵意を見せる。農場で可愛がっていた幼かったグレイスにも、嫌いだと言われる。だがそのグレイスが、何者かに襲われ暴行を受けてひん死の重傷を負う。さらに農場の穴でダニーの死体を発見した。どちらもアダムを疑わせる不利な状況だった。

5年経過した故郷で、さらに苦境に追い込まれたアダムが、必死に考えをめぐらせ行動し切り抜けていく展開がおもしろいです。殺人事件と、家族や恋人や関わる人間の心理を絡ませた巧みな筆致はすごいです。自分の言葉や行動を、周りの人間がどう受け取るか。それがどんな変化を与え、戻ってくる相手の言葉は諸刃の鋭さを持っているのです。ラストもそれだけに重みがあります。2作目ですが、うまい作家です。

ソーニャ・ハートネット

【小鳥たちが見たもの】

女の子二人と男の子。メトフォード家の三人の子どもたちが街から消え、警察の捜査が始まった。だが、目撃証言は曖昧だった。おばあちゃんのビーティはテレビのニュースを見ている。9歳のエイドリアンは、ときどき叱られるおばあちゃんも、周囲の何もかもが怖かった。家には、おじさんのローリーがいる。学校では仲間はずれにされている。同じくのけ者にされているホースガールと呼ばれる女の子のいじめに、エイドリアンも加わり、そのあとで罪悪感と後悔に苦しむ。道で初めてあった女の子に、死んだ小鳥のお墓を作る手伝いをさせられた。向かいの家に引っ越してきた、ニコールだった。

静かなモノクロームな心象世界が、広がっています。テレビのニュースが外界との接点となり、子どもの世界を揺さぶります。街の人たちの目のわずらわしさや、狭い子どもの世界の息苦しさが伝わってきます。突き放した視線が作る、静かな空気が独特です。子どもの視点だったり、ビーティやローリーへとしばしば移るのが、少し煩わしい感じがしますが、全体の進行はうまいです。ラストがかすかな希望を暗示して、救われました。

フランシス・ハーディング

「嘘の木」

1800年代後半のイギリス。高名な博物学者で牧師のサンダース師による世紀の大発見。だがそれが捏造だという噂が流れ、一家は世間の目を逃れるようにヴェイン島へ移住する。だが噂は島にも追いかけてきた。そんななかサンダース師が謎の死を遂げる。自殺ならば大罪だ。密かに博物学者を志す娘のフェイスは、父の死因に疑問を抱く。奇妙な父の手記。嘘を養分に育ち、真実を見せる実をつける不思議な木。フェイスはその木を利用して、父の死の真相を暴く決心をする。

女は男の半分の脳みそで生きていると平然と言われ、学問不要という時代です。一家の体面を維持しようと必死の母マートル。初めて父と一緒にボートで行った洞窟の記憶を頼りに、一人で波をかき分けて行くフェイスの姿勢がぴしりと背中を張らせます。本格的なコルセットをせずに入られた時期の、少女だからできたのでしょう。父が殺されて証拠を固め、大切な残された書類を守ります。楽しく感じさせる冒険もあり、軽く読んでいけます。「嘘の木」そのものの設定は多少無理がありますが、なかなかおもしろかったです。

ロバート・B・パーカー

【スクール・デイズ】

ボストン郊外のハイスクールで、銃の乱射事件が起こった。スキーマスクの二人の少年は7人を射殺し図書室に立てこもる。やがて投降したグラントと、姿を消していたジェレドは逮捕された。ジェレドの祖母が私立探偵・スペンサーを訪れ、孫の無実を晴らしてほしいと依頼した。捜査を開始すると、警察や弁護士、精神科医、教師、地元住民、さらに両親さえも事件をさっさと忘れ去ろうとしていた。スペンサーの鋭い勘が、何かを嗅ぎ付ける。

銃撃事件と言えば、映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」の印象が強烈です。でも、この作品は社会的な背景を探るということではなく、あくまでも一人の少年がほんとうに銃を発射したのか、という点に絞っています。面接したジェレドのかすかな違和感の正体を見抜き、スペンサーが真相に迫っていくことが、必ずしも歓迎されることではない周囲の空気が怖いです。すでにレッテルを貼られた小年に、未来はないのです。その原因になったかも知れない点を提示しながら、陪審員の印象を変える難しさも残るのです。たくさんシリーズ物を書いている作家らしい、臭みがないのがいいです。

ロバート・B・パーカー

【初秋】

離婚した夫が連れ出した、息子のポールを取り戻してほしいと、探偵・スペンサーに依頼があった。ポールは両親の互いの利益のために振り回され、心を閉ざし、生きることに無関心になっていた。恋人のスーザンに呆れられながらも、大工仕事やボクシングを通して、人との関わりを教えていこうとした。

決してアウトローではない探偵です。マッチョで、ジョギングやウエイトリフティングで体を鍛え、恋人とおいしい食事をとり、健全な市民であり続けようとしています。マッチョな人物はどちらかと言えば苦手なのですが、男のあるべき姿や誇りのひとつの形の象徴としてはいいと思います。アメリカ並みに社会の形や人間のあり方が崩れているいま、貴重かも知れません。

レドリック・バックマン

「おばあちゃんのごめんねリスト」

「変わった子」と言われるエルサは7歳。大胆不敵なおばあちゃんは77歳。離れているパパと、忙しい母に代わり「ミアマス」の夢の世界の話をしてくれ、ずっと強い味方だった。「なんとか症候群の男の子」や「猛犬」とも仲良くなった。おばあちゃんが亡くなり、託された謝罪の手紙をエルサは代わりに届けはじめる。

作中の「ミアマス」の世界に引き込まれ、にやりと笑わせてもくれます。近くに住む気難しい老女や登場人物たちの魅力的なこと。読んでいるそばまで、それぞれの匂いや皮膚感触までが伝わってきます。エルサとともに、世界の見え方が変わっていく喜びを味わうことができます。

ビル・ビバリー

「夜の果て、東へ」

ロサンゼルスのスラム街「ザ・ボクシズ」で犯罪組織に所属する15歳の少年・イースト。仕事にしていた麻薬斡旋所が、警察の強制捜査で押さえられてしまう。ボスはイーストと、不仲で殺し屋の弟と少年たち4名に、ある判事を一週間以内に殺せと命令。バンで2,000マイルもの旅が始まるが、そりの合わない少年たちに衝突が起き、軋轢を繰り返しながら、イーストは孤独な魂を揺さぶられていく。

生きることだけで一杯一杯の状況で、愛情も知らずに育つ少年群像に、奇妙な共感を抱いてしまいました。判事の行き先さえ確定していず、スポット的な情報に従っていきます。対象者を見つけた時でさえ、判断に迷う曖昧さ。そして銃で射殺するのですが、見返りの報酬はどうなるのか、途中で脱落した少年、殺してしまった弟、2人だけの帰路をどうするのか。すべてが不条理な展開で、身に付いた律儀さで生き延びるのです。広いとも知らない世界の片隅で、希望さえ持たず、生きていくイーストに、気持ちを揺さぶられました。いままでにないおもしろさの小説でした。

リンダ・ラ・プラント

【凍てついた夜】

ロレイン・ペイジは、ロス市警の元警部補だった。酒に溺れていれば、無実の少年を射殺してしまったことも、強姦され殺された6歳の少女も、離婚してしまった夫と家族も、仕事を首になったことすら忘れていられた。街をさまよい売春婦にまで落ちていった。6年後、交通事故で病院に運ばれた時ロレインは、皮膚病、性病、栄養失調、慢性肝炎、肺炎をわずらっていた。治療をするうち、アルコールの禁断症状に苦しみリハビリセンターに送られた。

断酒会に出ながら食堂で働いていたロージーと、ロレインは暮らすことにした。だが仕事もお金もなく、誘った男に頭を凶器で殴られる。ロレインは、そこから連続殺人事件に巻き込まれ、図らずも再び生きることを目指す、壮絶な戦いが始まる。

後書きを、あの桐野夏生さんが書いています。ハードボイルドであり、冷静な推理と判断と果敢な行動力を持ちながら、暖かみの欠落した女性の物語でもあるのです。どん底から這い上がるということは、すさまじい意志とエネルギー、幸運があってのことなのですね。壮大なストーリーに、圧倒されます。エンディングの明るさが、別世界のようです。ヘビーなフルコースの料理をいただきました。

リンダ・ラ・プラント

【第一容疑者】

ロンドンのシェフォード主任警部は、DNA鑑定から売春婦殺しの犯人・マーロウを割り出し、短時間解決の記録を成し遂げようとした。一方、ジェイン・テニスン主任警部は、女であるがゆえに事件を担当させてもらえず、悶々としていた。突然のシェフォードの病死で後任を引き受けたテニスンだったが、部下の猛反発と上司の脅しにも屈せず、解決に向かって猛然と動き出さす。被害者の身元を調べるうち、シェフォードが被害者の特定を誤っていたことに気付く。これは何を意味するのか。さらに、過去の連続殺人事件が見えてくる。

恋人のピーターとのプライベートな時間も削り、事件に全力を挙げるテニスン。たばこを吸い、最初はかなり嫌なタイプの女性像に見えましたが、次第にそのパワーに引き込まれていきました。部下たちから受け入れられるシーンは、胸に迫るものがありました。ロンドンの警察も、やっぱり女性には大変な仕事場なのですね。プラントはおもしろいです。これも何作か読んでしまいそうです。

リンダ・ラ・プラント

【顔のない少女-第一容疑者2】

黒人居住地の家の庭から、女性の白骨死体が発見された。2年前に住んでいた重病人のハーヴィーを事情聴取しようと、主任警部テニスンは捜査を開始する。警視正の席を狙う上司のカーナンが、特別捜査班に黒人のオズワルドを加えた。テニスンは一度彼と寝たことがあり、どうにも捜査がやりにくくなる。手柄を挙げようとオズワルドが強引に逮捕した男が、監房で自殺してしまう。誰に責任を押しつけるか。カーナンの策略と真っ向から立ち向かうテニスン。

「第一容疑者」の2作目です。あいかわらず警察というのは、嫌な組織です。署内では決して報われないのですが、殺された女性の恐怖や人生を断たれた無念に胸を痛め、果敢に事件に取り組んでいくテニスンはじつに潔いのです。不規則な食事も健康すら気にせず、強引でも勘の鋭い捜査に女神がほほえみます。おもしろいシリーズですね。

リンダ・ラ・プラント

【渇いた夜 上・下】

ロージーと探偵事務所を開いたロレインだったが、人脈があるわけでもなく、経営に行き詰まってしまった。そこへ往年の映画女優・エリザベス・ルイーズから、失踪した娘アンナの捜査の依頼が入った。生死がわかればボーナスもあるという。だがすでに多くの探偵事務所や、警察が調べつくしたあとだった。しかも期限は2週間。元警部のルーニー、ジェイクたちと小さな手がかりも見逃さず、食らいついていった。
一見裕福で幸せな家族に思ったルイーズ家は、父親は事業に失敗しかかり、母親のエリザベスは麻薬に溺れ、ブードゥー教が絡み、捜査は困難を増していった。

「凍てついた夜」の続編になります。酒の依存を断ち切る戦いと、容疑者と思われる男との愛に引かれながら、怜悧な推理と勘はますます鋭さを増していきます。ロージーのキャラはもちろん、犯人や妨害者たちのキャラまでも、じつにいい味を出しています。長編を飽きさせずしっかりと描かれています。ロレインの苦しみも、仕事がすべてという性格にも、強い共感を感じながら読みました。

リンダ・ラ・プラント

【温かな夜】

探偵事務所を開いたロレインは前回の事件で大金をつかみ、ロージーとルーニーは長期の新婚旅行に出かけていた。事務所は、優秀な助手・デッカーを雇い入れ、順調に進んでいるように思えた。酒の誘惑には打ち勝っていたが、孤独感を深め、愛犬タイガーと暮らしていた。そんなところへ映画制作会社の社長夫人シンディー・ネイサンから、夫を殺され自分が逮捕されそうなので、すぐ助けてほしいと依頼が来た。
撃ったのは自分かもしれないと言う曖昧なシンディーと、愛人のヴァランス。画商をしている前妻のケンドル。さらに前の妻のソーニャ。殺されたハリーの意外な実態が、明らかになっていく。一方、ビバリーヒルズ警察の警部補バートンは、捜査の過程でロレインに出会い、彼女の過去を知りながら惹かれていった。

「夜」シリーズの最終作です。美貌や由緒ある家系や事業の成功という表面の、一枚下のどろどろとした社会や人間を描きながら、それを否定することはないプラント。孤独な探偵の、深い絶望や仕事への渇望を、塑像して見せてくれます。ラストは、シリーズを終えるには、これしかないだろうというものです。恋愛部分はあまり好きではないけれど、全体として壮絶なひとりの女性を描き切った、いい作品だと思います。

ジャイルズ・ブラント

【悲しみの四十語】

カナダの田舎町の凍りついた湖で、十代の少女の死体が発見された。カーディナル刑事とデローム捜査官は、捜査を開始した。だが今度は、17歳の少年が行方不明になる。過去の事件を調査すると、さらに行方不明者がいることが判明した。連続殺人事件として扱われることになった。一緒に捜査するデロームは、警察内部の特別調査官でもあった。過去に傷を持つカーディナルは、いつ自分から告白することになるか、忸怩たる思いもあった。

「子どもを失った悲しみは、四十の言葉を連ねても言い尽くせない」。この作品もタイトルがうまいです。犯人たちの側からの描写と、捕われた少年からの描写には、凄惨な事件をわずかに救いを見せるものがあります。スタンスの取り方が、絶妙ですね。田舎町の空気が伝わり、カーディナルの家族への逡巡と、デロームの切れのよさが印象的です。人間であることの哀しみもまた、深く心に残ります。

レジナルド・ヒル

【骨と沈黙】

夜、ダルジール警視は、男が銃を撃ち女が倒れた瞬間を目撃してしまった。すぐに現場に駆け込むと、スウェインとウォータソンが言い争い、スウェインは銃が暴発したのだというのだ。事故かどうかを調べなければならない。パスコー主任警部に、サッカーファンの起こした事件の捜査を命じた。地道な聞き込み捜査を続けるうち、思いがけない展開になる。

また骨に引かれて読んでしまいました。好きなんです、骨を扱った小説。麻薬がらみの、殺人事件という設定もいいです。そしてある場所で発見される死体。静かなプロローグから、積み上げていく証言や証拠がある一点を境に急展開していく作風が、イギリスらしい感じです。何気なく通り抜ける暮らしや言動が、きちんと描いているのも印象に残ります。

スコット・プラット

「最終弁護」

めった刺しにされ、局部を切断された巡回伝道師の死体が発見される。逮捕された若い女性エンジェルは、腕利き弁護士のディラードに弁護を依頼してきた。欺瞞に満ちた法曹界と司法制度に嫌気がさし、なるべく早く弁護士を辞めたいと思っていたディラードは、最後の仕事にすべくエンジェルに会い、無垢で美しいこの女性が無実であることを確信する。警察の捜査はずさんで、物的証拠も乏しい。だが被害者の息子に恨まれ命を狙われたり、認知症の母と、麻薬常習者の姉との確執に苦悩するディラードは、妻・キャロラインだけが支えだった。

テンポもよく、ディラードを取り巻く判事や検事や刑事、曖昧な証人、家族など描き分けがじつにうまいです。一見簡単そうな事件が、次第に重くのしかかり放り出しだくなる展開で、かろうじて踏みとどまる辺りの描写もいいですね。ラストの衝撃の告白を裁判でどう扱うか、真実や正義も、嘘や悪も紙一重で形作られているのがわかります。おもしろいです。

セバスチャン・フィツェック

「アイ・コレクター」

ベルリンを震撼させる連続殺人事件。子どもを誘拐して母親を殺す。制限時間内に父親が探せなければその子どもを殺す、というものだ。殺された子どもが左目を抉り取られていたことから、犯人は「目の収集人」と呼ばれた。元ベルリン警察官で、今は新聞記者のツォルバッハは事件を追うが、犯人の罠にはまり容疑者にされてしまう。特異な能力を持つ盲目の女性の協力を得て調査を進めていく。やがて想像を絶する真相が明らかに。

405ページ目から始まり、1ページ目に向かって進む構成の意味の重さに、読了後しばし茫然としました。閉じ込められた場所で、必死に生きようとする子どもたちの描写が秀逸です。やがて見えてくる犯人像に戦慄させられます。うまい作家です。一気に読ませられます。他作品も読んでみたいです。

セバスチャン・フィツェック

「乗客ナンバー23の消失」

囮捜査官マルティンのもとに、5年前「海のサルタン号」から姿を消した妻子の情報を伝えるという連絡が入る。指定場所は因縁の豪華客船。2か月に船から姿を消した少女の出現。船の奥底に監禁された女と詰問する謎の人物。不穏な計画を進める娘。船室のメイドを拷問する船員と、それを目撃した泥棒。船の売却を進める船主と、船の買い手。客船に渦巻く謎。からみあう嘘と裏切りと策謀。

映画化したような展開と、人物設定で展開が早いです。嘘をついているのが誰なのか、謎ばかりの人物たちがうまく処理されて進んでいきます。ある意味、よくあるキャラになって都合よく収斂されていくので、食い足りなさは残ります。楽しめましたが。

レイフ・GW・ペーション

「許されざる者」

国家犯罪捜査局の元凄腕長官ヨハンソン。脳梗塞で倒れ、命は助かったものの麻痺が残る。そんな彼に主治医が相談をもちかけた。牧師だった父が、懺悔で25年前の未解決事件の犯人について聞いていたというのだ。9歳の少女が暴行の上殺害された事件。だが、事件は時効になっていた。ラーシュは相棒だった元刑事らを手足に、事件を調べ直す。

不自由な右腕のリハビリと、感情のコントロール、妻からの健康管理。そんな状況の中、時効になっている事件の犯人をついに見つけ出し、当時の証拠を立証しようとします。法的に裁くことと、犯人への復讐心を抑え、どう裁くのが犯人に罪の重さを知らしめるのか。元の同僚や友人、執事など、個性的な人物たちと見つけた結論がみごとです。しかしその前夜、楽しい友人たちとの釣りやお酒がヨハンソンを一撃します。結末は納得のいくものでした。

エイミー・ベンダー

「燃えるスカートの少女」

愛を交わした翌朝、彼は猿になっていた。さらに逆進化をし海亀になった。ガラスのバットの中の彼を見つめ、わたしは涙を流す。人間だった彼は、人間は寂しい、そして考え過ぎだとよく言っていた。亀になった彼はわたしのことを覚えているのだろうか。・・「思い出す人」

16編の掌編集です。幻想と細やかな日常の行為とで、紡ぎ出される不思議な世界がありました。思いや考えと、言葉と、冷たく拒否する世界と、自在に行き来する少女のしなやかな幻想に包まれる感覚が、心地よいのです。その魅力に引き込まれて、一気に読んでしまいました。

デイヴィッド・ハンドラー

【ブルー・ブラッド】

映画批評家のミッチ・バーガーは、ノートパソコンを片手に、取材のためにドーセットの 村を訪れた。なりゆきで、歴史はあるが貧しい女主人ドリーの馬小屋を、借りることになった。ミッチが部屋の掃除をしていると、誰かに換気口に閉じ込められてしまう。招かれざる客なのか。菜園を作ろうと耕すと、死体を発見してしまう。女性警部補デズと共に、犯人を追っていく。

原題は「The Cold Blue Blood」。冷たい貴族というところでしょうか。財産に絡む、狭い人間関係の社会を、しっかりと描いています。映画批評家に過ぎない小太りのミッチが、いろんな事件に冷静に対処し過ぎる感じはありますが、楽しめる作品です。

アダム・ファウアー

【数学的にありえない 上・下】

ポーカー依存症の数学者ケインは、側頭葉癲癇(てんかん)の前駆症状である悪臭の幻覚に悩まされながら賭けに出て、多額の借金を負い意識を失ってしまう。運ばれた病院には統合失調症の双子の兄・ジャスパーが治療に来ていた。兄の能力に思いめぐらすうち、自身の不確かな力に目覚め始める。とはいえ、返済の督促電話がしきりにかかってきて追いつめられたケインは、ピーターから収入にもなる新薬の治療実験の勧誘を受けた。

二重スパイのCIAのナヴァは、科学技術研究所のフォーサイスから得た情報を二カ国に売りつけようとしていた。そのためにはアルファ被験者・ケインを連れて行く必要があった。ナヴァとケインは共闘を組むことになった。

タイトルに引かれて読みました。数学的な統計や確率の説明は、目新しいものではないけれど、ポーカーやロトのおもしろさで笑えます。難解な物語かという予想はまったく外れて、偶然の積み重ねのような出来事が、次第にその意味を明確にしていき、情報が絡みあい、走り出します。エンタメですね。構成も伏線の張り方もいいです。訳のうまさが原作を活かしていて、おもしろさを増している感じがします。

ローレンス・ブロック

【皆殺し】

元刑事で私立探偵のマットは、酒場のオーナー・ミックの倉庫で酒が盗まれ、銃殺された男の死体を見せられる。警察には届けないというミックから、調査を依頼される。死体の処理もすることになる。だが、マットは断酒会(AA)の帰りを暴漢に襲われ、かろうじて反撃した。さらにAAの助言者・ジムとレストランで食事に入り、マットがトイレに行ってる隙に同じ赤いウインドブレーカーを着ていたジムが射殺されてしまう。犯人の狙いは何か。妻のエレインが心配するのをよそに、次第に事件の背景に迫っていく。

会話を積み上げて、人間像や裏の社会の描き方がうまいです。それが逆にまどろっこしさも、感じさせるのかも知れません。男たちの危険な暮らしの雰囲気が、匂ってくるようです。

G・M・フォード

【白骨】

ノンフィクション作家・コーソは、カメラマンのドアティと仕事をして書き上げた本のために、大陪審に出頭命令を受けていた。だがシカゴ上空は猛吹雪で、航空便はすべて欠航していた。ドアティとレンタカーで移動を開始するが、雪でスリップして怪我をしてしまう。身動きができなくなり、かろうじて避難した廃屋で、数人の白骨死体を見つける。
通りかかった除雪車に救助されるが、保安官はコーソに殺人の疑いをかける。

次々に、罠にはまっていく二人だが決して深刻にならず、全編を通してユーモアのセンスを振りまいています。したたかなキャラのドアティも、ほほえましい。この作家は、書くことを楽しめる人のようです。

G・M・フォード

【憤怒 FURY】

シアトルを震撼させた8人の連続レイプ殺人事件の犯人として服役していたハイムズは、死刑執行を待たれていた。犯人だと証言した少女リーンは、執行の6日前に、新聞記者・コーソを訪れ偽証だったと告白した。

コーソは以前「ニューヨークタイムズ」で裏付けのない記事を書いて首になり、「サン」にようやく拾われたばかりだった。市民感情もすべてはハイムズ死刑を待ち望まれていた。過ちは、絶対に許されなかった。

真犯人を捜そうとしたコーソをあざ笑うように、新たな殺人事件が起きる。現場に残されたペンキの落書き「FURY」は何を伝えようとしているのだろう。

すねに傷を持つ記者と、見えない犯人の残す手がかりから浮かぶ犯人像が、興味を持たせてくれます。ラスト前のひねりも気が利いています。ただ読後の印象が薄いのはよくあるパターンのせいでしょうか。惜しい感じです。

カール・ハイアセン

【ロックンロール・ウイドー】

新聞社で死亡記事を書くという、新人の通過部署にいるジャックは、かつては花形記者だった。葬儀社からの資料の中に、600万枚のレコードを売り上げた、ロックグループのボーカリスト・ジミー・ストマの名があった。広告記事には、音楽についてひと言も触れていなかった。どこかおかしいと、ジャックは引っかかる物があった。上司のエマは、聖職者の記事を載せることを主張した。

ひそかにジミーの家族に聞き込みに動きだす。深夜ジャックの家に泥棒が侵入し、格闘になる。気を失っている間に、ラップ・トップがなくなっていた。何がほしかったのか。

静かな片田舎の新聞社を中心に、始まりは緩いテンポで進むが、キーポイントに達すると事件は急展開します。ラストも、なかなか派手です。良質のハードボイルドという感じです。

スコット・フィッツジェラルド

「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」

南北戦争後のボルチモアで、貴族社会に属しているロジャー・バトン夫妻に初めての子が生まれた。だが生まれて数時間の赤ん坊は、70歳の老人以外の何者でもなかった。腰が曲がった、170センチの赤ん坊との暮らしが始まった。おもちゃやぬいぐるみを与え赤ん坊として扱おうとするが、ベンジャミンは百科事典を読みタバコを吸った。祖父との時間を楽しんだ。次第に若返っていく彼は、18歳のときは50男に見え、イェール大学に合格したが大学側から入学を拒否された。父の金物卸商を手伝い商売は上手くいった。社交界で出会った令嬢と恋をし結婚し息子も生まれた。だが、どんどん若返っていく彼は深刻な問題を抱えていく。

映画の原作です。わずか80ページ足らずの短編です。淡々と、でも実に巧みに描写される社会や人々が、まるで風景画のように美しくリアルです。映画との違いが大きくありますが、基本に流れる哀しみが胸を打ちます。老人、壮年、青年、少年と、それぞれの世界の輝きが見えるのです。ラストは思わず目が潤みます。お勧めです。

マット・ヘイグ

「トム・ハザードの止まらない時間」

トム・ハザードは歴史教師としてロンドンへ還ってきた。以前暮らしていたのは16世紀末。400年以上生きている「遅老症」だった。生れ故郷で魔女狩りにあった母。シェイクスピアとの出会い。ペスト流行。太平洋航海。そして遅老症の人々による謎の組織への加入し、自身の安全と生き別れの娘マリオンに会う代償として、秘密の責務を負うことになる。妻ローザ、友人たち。それらが思い出され、現在を生き、気にかけているカミーユとの関係もトムを苦しませる。

8年程度で移住を繰り返さないとならない世界。そうですね。夫婦だった二人がいつか母と息子に見えてしまうなら、周囲の騒音は推して知るべしです。自分の生きる意味、希望をいつか諦めてしまいそうになります。トムは娘が支えになるけれど、ラストはそうくるか・・という収斂の手法です。「遅老症」の登場人物が多すぎるのが煩雑な印象を与えます。少し整理して一般人と違う苦しさを明確にした方がいいのではないかと思いました。でも、最近の中ではおもしろかったです。

ジリアン・ホフマン

【報復】

クローイ(C・J・タウンゼンド)はもうじき司法試験が迫っているのだが、恋人とブロードウェーでヒット中の、「オペラ座の怪人」を見に行った。家に戻ったクローイを悲劇が襲う。道化師のマスクをつけた男が、眠っていたクローイの両手足を縛り、暴行を加えたのだった。

12年後C・Jは名前を変え、髪の色を変え、女性らしさを消し、やり手の検事補としてフロリダで活躍していた。ブロンドの女性をいたぶり、生きたまま心臓をえぐり出す連続殺人鬼・キュービッドが、捕らえられ、C・Jが担当することになった。法廷で、犯人の声を聞いて愕然とする。いまも続く悪夢の男の声だったのだ。この男を無罪放免してはならない。正義を貫くために、C・Jは小さな嘘の証言を見逃すことにする・・・。だが、弁護側の思わぬ反撃は、足元を揺がす。

この材料はすでに書きつくされていると思ったのですが、おもしろく、こわく、最後まで読み通しました。スプラッタにならないギリギリの抑制の利いた描き方と、敢然と戦う凛々しさとうちに秘める恐怖とのバランスを取っていく女性が、魅力的です。法廷の部分も、うまいです。作者が検事補を退職してから書いた、作品だそうです。臨場感があるのは、しっかりした裏打ちがあるのですね。なお、訳(吉田利子)がうまいのは、特筆ものです。

ジリアン・ホフマン

【報復ふたたび】

マイアミの地方検事C・Jは、恋人で州の特別捜査官ドミニクと眠っているところを、ポケベルで叩き起こされた。あの3年前の連続殺人「キューピッド事件」の犯人を逮捕した、警察官のチャヴェスが無惨に殺されたのだった。キューピッド犯・バントリングは、まだ刑務所の中にいたはずだった。当時の関係者が一人、また一人と殺されていった。それぞれが舌、目、耳に傷をつけられ、まるで言うな、見るな、聞くなというメッセージに思えた。違法すれすれの証言で、バントリングを刑務所に入れたのは間違いだったのだろうか。C・Jはふたたび、悪夢のような恐怖に追いかけられていく。

通常の法廷の仕事と、同時に進行していく事件を、強烈な意志で自分を制御して戦うC・Jも、時には涙し、叫ぶこともあるのです。最初から最後まで緊張感を高めながら、描き切る力はすごいものがあります。前作の「報復」で、伏線になっていたことも、展開して見せます。最後ではまたもや、事件はまだ終わっていないことを暗示しています。感情に溺れ過ぎない、基本的に冷静な思考回路の作家だと思います。けれど、読む方はドキドキしてしまうのでした。う〜ん、やられましたね、ホフマン。

ジリアン・ホフマン

「心神喪失 上・下」

初の殺人事件で、補佐として抜擢されたマイアミの検察官・ジュリアは正義感に燃えていた。妻と幼い娘3人を殺害したとして夫のデヴィッドが逮捕されたのだ。だが、弁護士がデビッドが犯行当時心神喪失の状態にあったと主張する。詐病の可能性を追いかけるうちジュリアは、自身の閉じ込めていた記憶の扉を開いてしまう。

確固とした検察側の裁判の進め方と、検察官の揺れる内面を描き進めながら、事件の真相をあぶり出していきます。息をつかせず引っ張る筆致はみごとです。同僚との絡みの描写もうまいです。ただ人物設定として、ジュリアの悩みに揺れる様子は、キャラ設定として弱すぎるような気がします。前作までの強いキャライメージを、つい求めてしまったからだとわかっているのですが、読者ってわがままですね。

ロジャー ホッブズ

「ゴーストマン 時限紙幣」

カジノの街で現金輸送車が襲われた。強盗のうち一人は現場で死亡。残る一人がカネとともに姿を消した。犯罪の始末屋である私は、カネの奪回と事態の収拾を命じられた。紙幣に仕込まれた爆薬が炸裂するまで48時間。面倒な仕事だが「私」には断れない。依頼主に借りを返さねばならないのだ。5年前、クアラルンプールで企てられた高層ビル内の銀行襲撃計画。それを無残な失敗に導いたのが「私」だったからだ。5年前のマレーシアでの大強盗作戦と、現在、カジノの街での時限紙幣追跡。2つの物語の結末は。

クライムストーリーなのに、いささかの感情の揺れを挟まず語られます。クールでスピーディーな展開が、読み応えありました。観察力、聴覚、すべてを磨いて手にした「勘」で、「ゴーストマン」消し役をこなします。金儲けより自分の矜持と、刺激、達成感で動いていきます。闇の、裏の存在さえ引きずり出してしまう力がすごいです。次作も読んでみたいです。

ロジャー・ホッブズ

「消滅遊戯 ゴーストマン2」

アンジェラから秘かなメールが6年ぶりに私に届いた。本物の彼女なのか。犯罪のプロとしての心得を私に教えた師匠だったアンジェラがマカオで危機に晒されている。彼女を救い出すため、数冊のパスポート、いくつもの偽名、数台の携帯電話を持ち、マカオに向かう。待っていたのは香港を牛耳っている大組織だった。アンジェラは宝石とともに、とんでもないものを捌こうとしていた。

綿密なトラップや殺戮を冷静な文体で描いているのは、1作目と同様です。目の動きひとつの繊細さと、切れ味のいい太刀を使い分けみごとなエンディングまで、一気に読ませます。犯罪組織の深い谷を覗いてしまった怖さと、人間は見たいと思うものを選んで見るのであり、真実とはいかに遠い立ち位置にいるかを改めて思い知らされます。2作で亡くなったとは惜しい作家です。

カーレド・ホッセイニ

「君のためなら千回でも 上・下」

「君のためなら千回でも!」召使いの息子ハッサンはアミールにこう叫び、落ちていく凧を追った。同じ乳母の乳を飲み、一緒に育ったハッサンは知恵と勇気にあふれ、頼りになる最良の友だった。だが12歳の冬の凧合戦の日、臆病者のアミールはハッサンを裏切り、友の人生を破壊した。深い自責の念にかられながら生きることになった。戦乱に巻き込まれたアフガニスタンからかろうじて脱出し、アメリカに渡って作家として成功を収めた。だが26年を経て、ハッサンの父からの電話にアミールは、妻子を残しアフガニスタンに向かった。

父の愛情を求める臆病で体の弱いアミールの葛藤や、民族間の深い溝や争い、その中でも友情やいじめや暴力も含め、子どもたちの世界があります。輝いていた子ども時代の、深く心に悔いを残す事件が、大人になったときにどこまで償えるのかを考えると、最後の方は絶望したくなります。ラストに美しいシーンで締めくくられるので、読後には象徴的な希望が残ります。2008年に映画が日本でも公開されていたのですね。見たかったです。

C・J・ボックス

【沈黙の森】

猟区管理官ジョーは、まじめ一方で融通の利かない男と噂されている。つつましい妻のメアリーベスと、娘シェリダンとルーシーの家族との暮らしを大切にしていた。ある日裏庭に、死体がころがっているのを発見する。だが、保安官は捜査の進展を告げないため、ジョーは独自に調査を開始する。一方シェリダンたちは、薪の中から現れた小動物と遊んでいた。

きっちりと描かれた小説です。スティーヴン・キングを思わせる出だしも悪くありません。ただジョーの行動は「正しい」のだと思うのですが、自然環境保護と町の繁栄とが図式的になっているような感じがしてしまいます。自己満足だろうと、皮肉のひとつも言いたくなるのは、酷でしょうか。

C・J・ボックス

「ブルー・ヘブン」

12歳の少女アニーと弟・ウィリアムは、森で銃殺現場を見てしまう。犯人4人に追われ、必死に森を逃げ寂れた牧場に入り込む。牧場主・ジェスは幼い二人を匿い、保安官への協力を装った元警察官の犯人たちと対決する。牧場を再建するための銀行家・ハーンと、秘かにある事件を調べていた元刑事・ヴィアトロも加わり、二人を母モニカの元へ帰そうとするが・・・。

息をつかせない展開のスピード感と、二人の必死の知恵と、ジェスたちの策が、犯人たちの巧妙さとが、うまく絡まっておもしろかったです。そしてモニカはもちろん、ジェスの家族との関係を築いていく物語が織り込まれていて、うまい作家です。結末の着け方はアメリカならではという印象ですが、やむを得ないところでしょう。

デイヴィッド・ヒューソン

「ヴェネツィアの悪魔 上・下」

10年前に殺されたバイオリニストの墓から、ガルネリのバイオリンが盗まれた。ヴェネツィアの骨董商・スカッキの館にアルバイトとしてやってきたイギリスのダニエルは、地下で見つけた作者不詳の楽譜を自分の作品として発表するはめに陥ってしまう。18世紀に起きた悲劇を追ううち、スカッキが殺害され、ダニエルの周囲で不穏な動きが渦巻く。

演奏の場面描写がすごいです。18世紀から続く歴史や空気が、街を包み、人々を動かしていく壮大な物語です。ダニエルの視点と、一人称の視点のふたつから語られる構成もうまいです。なによりも黒々とした陰謀や、人の心の裏側まで描き切る力は、特筆すべきものがあります。他の作品も読んでみたいです。

デヴィッド・ヒューソン

「聖なる比率 上・下」

いつにない大雪に見舞われたローマ。閉館後のパンテオンに侵入者がいると通報を受けたローマ市警刑事ニック・コスタは、相棒のペローニと現場に到着した。天窓から雪舞い降りる幻想的な神殿に、背中に不可解な紋様が刻まれた女性の全裸死体があった。FBIと共に操作に当たるが、彼らは何かを隠していて捜査が進まない。キーとなる13才のクルド人のスリの少女を保護したが、素直に心を開いてはくれない。

戦争によって破壊された人間が引き起こした事件は、警察やFBIの組織の別な顔を暴いていきます。飛び抜けて優秀なキャラがいるわけではないので、どうしても多人数が登場し、なかなか全体像が見えず少しいらいらしました。シリーズものなので、1作目から読んでいたら違った印象かも知れません。ラストのトリックは、それはないだろうという反則技すれすれのものだったことも、評価を下げました。人間像の描き方がうまい作家だというのは、変わりません。

タナ・フレンチ

「悪意の森 上・下」

1980年代のアイルランドのダブリン郊外の森の中で、子どもたち3人が忽然と姿を消し、少年1人だけが発見されあの日から20年がたった。その少年は成長して殺人課の刑事になった。刑事のロブは、時々記憶の 中から立ち現れてくる「覚えていない記憶」に悩まされながら、誠実に仕事をしていた。同じ森の近くの遺跡発掘現場で少女の他殺体が発見される。捜査にあたったロブとキャシーは、少女の家族が隠し事をしていると感じる。少女の姉がロブに接近し、虐待を匂わす証言をするのだがそれがロブを窮地に追い詰めていくことになる。

刑事のロブのキャラが、情けない優柔不断さを利用されるなど、優秀な刑事像とはほど遠いのが、うまく働いていると思います。テンポもよく引きつけられて、一気に読んでしまいました。少女に振り回されて捜査に支障を来すのを、同僚や上司はどう見ているのかは最後に明かされます。魅力的な少女像が、おもしろいです。人の心理や人間関係がやはり、物語をおもしろくするのですね。

アラフェア・バーク

「女検事補サム・キンケイド」

森の中で発見された13歳の少女ケンドラは、レイプされていたが、奇跡的に救われた。証言から二人組の男がヘロインを注射して暴行したと、警察は判断し、過重殺人未遂として捜査を開始した。ケンドラは、警察が見せた逮捕歴のある写真の中の一人・デリンジャーを、特定した。だが逮捕されたデリンジャーは、合意の上の売春だと主張する。

検事補キンケイドが事件の担当になり、裁判は楽勝だと思った。だが弁護側の戦術により、検察側の証拠が危うくなっていく。

検事の側から描く、法廷戦術のおもしろさと、プライベートな人間としての迷いや、脅迫への恐怖という面を見せてくれます。ストーリーも上出来で、検事という仕事への興味も持たせてくれます。シリーズになるかもしれません。

サラ・パレツキー

「ナイト・ストーム」

探偵ヴィクが嵐の真夜中に、閉鎖された墓地へと向かうはめになったのは、従妹のペトラのおかげだ。ペトラが指導している少女たちが、そこで罪のない儀式ごっこに興じていたのだ。だがヴィクが見つけたのは、胸に鉄の棒を突き立てられた男の死体だった。ヴァンパイア殺人と騒がれ、事件はマスコミの好餌となり、ヴィクはその渦中へ引き込まれてしまう。

どしゃ降りの雨の中での、少女救出劇から幕を上げるいつものヴィクの活躍です。多少の傷や洋服の汚れなどまだ日常の犯罪でしたが、途中から歴史と社会の闇との戦いへと大変換します。ラストまではらはらさせ、ひねりでダウンを奪うヴィクにほっと胸を撫で下ろします。読後に、必死に救おうとするヴィクの姿が残ります。まだ読んでいない作品を読みたくなります。

サラ・パレツキー

「ウィンター・ビート」

従妹のペトラが働くナイトクラブは、前衛的なボディ・ペインティングのショーで人気の店だった。だが、店を訪れたヴィクは、そこに危険な空気を嗅ぎつける。不安は的中し、常連客の女性が店の裏で射殺され、容疑者として帰還兵の若者が逮捕されたのだ。息子の無実を信じる父親の依頼で調査に乗り出すヴィクは、正義感に突き動かされるうちに、命を狙われ底知れぬ闇に立ち向かうことになる。

悪党にひん死の重傷を負わされても捜査をやめないヴィクの、ファイターぶりは変わりません。次第に年齢による限界を感じつつ、どうしても事件に深入りしてしまうのです。ペトラとも切ることもできない関係があり、恋人とはかろうじて繋がっています。自分の正義を貫こうとするヴィクに、つい共感してしまいます。

サラ・パレツキー

「ミッドナイト・ララバイ」

消えた黒人青年ラモントの叔母の依頼を受けた私立探偵ヴィクは、40年前の吹雪の夜、忽然とシカゴの町から姿を消した事件を調べることになった。時間の壁だけが障害かと思われた調査だが、失踪の影にはもうひとつの事件が隠されていた。家族思いの警察官だった父、オペラ歌手を目指していた母の過去とも向き合うことなる。明るい従妹のペトラが現れ、大統領選挙の手伝いをしていると言う。隠蔽されてきた40年前の恐るべき事実の露見を怖れる何者かが妨害を始め、ヴィクの身辺に次々とトラブルが起こる。

行く先々でトラブルが降り掛かり、命を狙われ、それでも依頼人の心に情報を届けたいとひた走るヴィクの姿勢がすごいです。臆病でいながら強靭な意志で、冷静な判断と推理で大事件を暴き出して行きます。決してスーパースターではないヴィクが、辛い過去の事件にまでたどり着く壮大な、少しコミカルなストーリーです。650ページの長編ですが、ぐいぐい引きつけられてあっというまに読んでしまいました。国や組織や街や家。すべてに歴史があります。輝かしい面と暗い面を、きっちりと見据えて気持ちのいい作品でした。

サラ・パレツキー

「バースデイ・ブルー」

シカゴの私立探偵のヴィクは、事務所を構えているビルの取り壊しが近づき、税務確定申告も迫っていた。 40歳の誕生日が近づいているというのに、親友や恋人との間もぎくしゃくし始めていた。そんなヴィクは ビルの地下室の隠れ住む母子を見つける。彼らを救い出そうとホームレス救済組織の知人に連絡するが、 ある夜事務所で彼女が死んでいるのを、発見する。自宅へも侵入者があり荒らされる。

巻き込まれ型の事件に、正義感に駆られまっしぐらに突き進んでいくヴィクが、どこか憎めない存在です。 出だしの落ちぶれ感から、ラストの派手なアクションまで、ぐいぐい読ませてしまいます。経済の裏側の 一端まで見せてしまうので、濃厚なディナーを食べたような感じがしてしまいました。もう少し軽くても いいような気がします。

スティーヴ・ハミルトン

「解錠師」

獄中で日々を送る、8歳の時に言葉を失ったマイクが人生の物語を手記の形で語る。声を出さない彼には才能があった。絵を描くことと、どんな錠も開くことが出来る才能だ。やがて高校生となったマイクは、恋人アメリアを守るために、プロの金庫破りの弟子となり芸術的な腕前を持つ解錠師になる。プロ犯罪者として非情な世界を、少年はどう生き伸びるのか。

強盗そのものへはクールな反応でしかないが、全身の感覚を駆使して金庫を開けるマイクの緊張感、解錠したときの征服感が伝わってきます。声を出さないために犯罪に巻き込まれてしまう事態に、読みながら歯がゆいです。絵に託してアメリアと思いを通わせあうシーンや、8歳のマイクの受けたシーンが色濃く印象に残ります。出所後への希望が、現実にどうあるのかは読者に託したままです。続きを読んでみたいです。

スティーヴ・ハミルトン

「氷の闇を超えて」

14年前警官時代にローズという男に撃たれた銃弾を胸にかかえたままの、私立探偵アレックス。賭け屋の死体を発見したと友人・エドウィンから呼び出される。連続殺人事件が発生し、刑務所にいるはずのローズからメッセージが届く。ヤツのしわざなのか。

スリリングで展開も早く、銃撃のトラウマや妻、友人、警察署長など人物像の描写がうまいです。引き込まれて読んでしまいました。無駄もなく、それでいて思考や心の動きが伝わります。ひねりもあり、ミステリの王道という感じがします。「解錠師」に次ぐ2作目ですが、うまい作家です。

ジャン・バーク

【骨 上・下】

ネバダ山脈で、連続女性失踪事件の証拠確保のため、遺体捜索が行われた。護衛官はもちろん、 法廷人類学者や犯人のパリッシュと弁護人も加わった大掛かりなものだった。死体捜査犬ビン グルもいた。女性新聞記者アイリーンは、出発前に刑事で夫のフランクの反対を押し切って参 加していた。捜査している間中、パリッシュの視線を背中に感じていた。

キャンプ3日目、一人の遺体が発見された。腐敗が進んだ悲惨なものだった。ヘリコプターが 到着する待ち時間に、捜査犬ビングルの嗅覚が別な遺体現場を知らせる。だが掘り起こそうとした ところ、突然の爆発が起き負傷者が出る。騒ぎの最中にパリッシュが銃を手にして、捜査隊員を 撃った。必死に逃げようとするアイリーンたち。

しっかりしたキャラの描き方と、全体の構成も心地よく、久々のヒット作品です。閉所恐怖症の アイリーンが明晰な頭脳の持ち主で、惨状での行動や思考が納得が行きます。登場する一人一人 が弱くて強い、人間の両面を持っているところを押さえ、その上での心理作戦が展開されます。

過去の傷を抱えながら、前に進もうとする強い意志の女性。強いようで弱い男性と。そこに惹か れることが多い気がします。舞台設定が大きいのも、映像化しそうなおもしろさがあります。

ジャン・バーク

【親族たちの嘘】

ジャン・バークの2作目です。期待が大き過ぎたのか、シリーズ物特有の設定の類似が、どうもいただけませんでした。うまくできているのだけれど、目を引きつけて離さないほどではない。う〜ん。惜しい感じです。

プレス記者アイリーンは、一族の墓に誰か知らない人物が埋葬されていると姉から知らされる。亡くなった叔母の相続が絡み、いとこのトラヴィスは失踪しているという。捜査を始めるアイリーンは思いがけない、親族の秘密を知ることになる。探し当てた、トラヴィスの人物像がおもしろいと思います。

ジャン・バーク

【汚れた翼 上・下】

ギャングの持つヨットで麻薬取引があると、通報があった。ベテランのルフェーヴル捜査官たちが駆けつけると、男と娘の死体、そして重傷の少年を発見した。セス少年の目撃情報を得るためという以上の熱心さで、ルフェーヴルは親身に世話をし警官の警護も付けた。セスが回復に向かい、かろうじてパソコンのキーボードで意志を伝え始めた。捜査を進めているうち、ルフェーヴルの名前で証拠が引き出され、消失していた。そしてセスが殺され、ルフェーヴルは自家用セスナで行方不明になってしまう。容疑者に買収されたという噂が残された。

十年後、セスナ機が発見される。捜査に当たった刑事フランクは、地道に検証していくに連れ、当時の噂が違うのではないかと考える。

バークの3作目です。ハラハラさせながらのミステリーです。警察や裁判所の体質を描く点でも鋭く、読ませてくれます。途中で犯人が見えてしまうのですが、手堅い書き手ですね。楽しめます。

フレッド・ヴァルガス

「彼の個人的な運命」

歴史学者のマルク、マティアス、リュシアンとマルクの伯父で元刑事・ヴァンドスレールが住むボロ館に、元売春婦・マルトを頼ってたどり着いたのは、女性連続殺人事件の容疑者・クレマンだった。知的障害のある彼にかつて読み書きを教えたマルトは無実を信じた。事件現場近くで目撃され、指紋もしっかり採取されているクレマンを救い出せるのか、彼らは事件を探り始める。

かつてクレマンが学校に庭師の手伝いをしていた頃起きた、十数年前の強姦殺人事件や、事故として処理されていた古い事件までも掘り起こされていきます。障害があるけれど嘘はつけないクレマンや、学校関係者、庭師やかつての警察仲間まで証言のひとつひとつを検証する構成は、かなりの説得力があります。迷路のような事件の結末は救いがあり、読後感がよかったです。何作か読んでみたいと思います。

フレッド・ヴァルガス

「青チョークの男」

パリの街で夜毎、路上に青チョークで円が描かれ、その中に蝋燭、人形の頭、時計のベルト、クリップ、飲料缶などの無意味な物が置かれるという奇妙な出来事が続いていた。変質者か、単なるいたずらか、警察署長アダムスベルグは何かを感じ、部下の刑事に写真を撮るよう指示した。そしてついに、喉を切られた女性の死体が見つかった。連続殺人事件に発展していく。

不可思議な精神構造のアダムスベルグの直感力、青チョーク男を追っているという女性の理解不能な思考回路、彼女の下宿人の盲目の青年をと老女の、噛み合ない会話と思考など、おもしろいキャラたちです。彼らに話をさせて、アダムスベルグの思考が知らせる犯人像を、読者の前に立証させる展開になります。隔靴掻痒の進展から、後半一気に収斂させるスピード感のバランスが絶妙です。おもしろいです。

ロイ・ヴィカーズ

「フィデリティ・ダヴの大仕事」

天使のように愛らしい少女フィデリティが、大勢の手下を使って大胆な犯罪を実行する。悪徳商人やスコットランド・ヤードを手玉にとっての活躍は、彼女に魅せられた特異な才能の持ち主達の助けもあった。レーソン警部補も彼女の魅力に騙され、被害者の方が悪い奴だったりするせいか、彼女に敗れて歯噛みするが憎めない。そればかりか悪徳被害者に溜飲を下げたりする。

1930年代に書かれた、科学捜査がまだ普及する前の時代設定です。けれど現代的な感覚の知能犯罪が、新鮮です。怪盗◯◯というネーミングを付けたいくらいです。被害者に慈善団体への寄附をさせるなど、フィデリティの手にするものと、心の動きが興味深いです。おもしろくて、また電車を乗り過ごしそうでした。

ジョゼフ・フィンダー

【侵入社員 上・下】

ワイアット社の出荷社員のために、ドン・ペリ飲み放題と言うVIPクラスのパーティーを、アダムは社の費用でやってのけた。役者としての才能を見込まれ、トライオン社に侵入し情報を持ってこいと命ぜられる。もちろん断れるはずもない。脅されたのだから。
トライオン社のゴダートは、画期的な発明で会社を引っ張っていた。その彼の部下になり、アダムは情報を盗み出したり、偽情報を吹き込んだりと、スリリングな任務をこなしていった。高級スーツに車を得て、生活は一変した。だがゴダートの人間性に共鳴し、ワイアット社の糸を断ち切ろうとした時、思いがけない展開が待っていた。

軽いノリで読ませてくれます。キャラがなかなかおもしろいです。男の涙にころりとなってしまう、アダムの性格の良さが救いです。ハッカー技術が未熟ですが、ぎりぎりセーフの作品ですね。

ジョゼフ・フィンダー

「解雇通告 上・下」

家具メーカー・ストラットン社最高経営責任者・ニックは、反抗期の息子のルーカスと、甘えん坊の娘・ジュリアと暮らしていた。3人は1年前に妻のローラを交通事故で亡くした傷から、まだ立ち直れなかった。だが仕事では大規模なレイオフを行ない、「首切りニック」とうらまれても会社の経営に全力を尽くしていた。ニックは仕事に忙殺され、家族の安全は要塞村と呼ばれる強力な警備地区に住み、監視装備を万全にしていた。それでも室内に悪戯書きがされ、愛犬が殺される。ハイスクールからの友人で、会社の保安主任エディーの勧めで監視カメラの設置も追加した。だが深夜、庭に侵入してきた男を阻止しようとして、ニックは男を撃ってしまう。呆然とするニックに、エディーは死体の処理を請け負う。会社では、自分の知らないところで製造部署や取引先のおかしな動きがあり、ニックはその対抗策に頭を痛めている。さらに殺人課の刑事がさぐりを入れてくる。

豪華な映画を見るような読みやすさと展開のうまさが際立ち、ラストのどんでん返しも期待通りで決して読み手を飽きさせません。上下巻があっというまに読めてしまいます。正義と真実の曖昧なラインをどこに引くのか。いかにもアメリカ的な論理ですが、楽しめるのも確かです。手堅い作家ですね。

エリザベス・フェラーズ

【猿来たりなば】

犯罪ジャーナリスト・ダイクと友人のジョージは、知人を介した動物心理学者・ヴィラグから招かれ、イースト・リートを訪れた。交通の便の悪い村だった。ローザ・マイアル婦人に、プレゼントする予定だったチンパンジーのアーマが行方不明になったので、捜査してほしいという。

だが、アーマはナイフを突き立てられ、絶命していた。ヴィラグの娘・マーティ。グリン医師。ローザの秘書・ティード。養女・キャサリンと夫。限られた登場人物による謎の解明が始まる。

舞台劇のような設定と、交わされる会話のセンス、キャラのおもしろさなどが、チンパンジーの殺害という、意表をつく事件を引っ張っていきます。シリーズ物もあるようです。ただ、次を読むかどうかは微妙な作品です。

ジム・フリッジ

【NYPI】

画家の妻・マリーナと息子は、電車に跳ねられ亡くなっていた。テリーは私立探偵(PI)として、タクシー運転手が撲殺された事件を調査していた。そんな折りテリーは娘のベラとともに、ジュディの画廊が開く「ソル・ベッグ展」に招待されていた。そこへ爆弾を仕掛けたという、脅迫の電話が入る。客は外へ出たが、逃げ遅れたジュディが重傷を負う。

テリーは警察とは別に、調査を始める。

調査の限界のある設定なのですが、犯人にたどり着いていく展開がうまいですね。男性の心の動きが、よく伝わってこないのが、惜しいです。娘とのやりとりの場面が、丁寧に描かれています。もっとも、わたしには作者の自己満足と受け取れるのですが。

イーサン・ブラック

【殺意に招かれた夜】

ノーラ・クレイは精神科医・ニーマンに勧められ、精神の安定のためテープレコーダに日記を残すことにした。詳細な日常、性格のすべてを。ターゲットの男たちのファイルだった。ルイス、ポール、コンラッドなど。

ニューヨークの男たちを震え上がらせる、連続殺人が起こった。自宅に招き入れた犯人によって、メッタ差しにされ局部も切断され「わたしはあなたを知っている」という、メッセージが残されていた。

大富豪の刑事として有名なコンラッドは捜査に乗り出すが、たちまち行き詰まってしまう。犯人は男だと思われるのに、浮かぶのは小柄でセクシーな女性の姿だった。

ありがちな精神異常のストーリーではなく、ノーラの心理の奥深くを描き切る筆力はなかなかです。こんな展開もあるのかと、感心させられました。良質のミステリーです。

ブライアン・フリーマントル

【シャングリラ病原体 上・下】

南極のアメリカ観測基地で、異常事態が発生した。駆けつけた救助隊が発見したのは、無惨に老衰死した4名の隊員の変わり果てた姿だった。

36歳の隊員が5日間で90歳へと変貌した、奇病とはなにか。北極のイギリス・フランス、シベリアのロシア基地でも同じ病気が発生した。病理解剖のため、各国の政治家と科学者のグループが結成された。

そこで繰り広げられる政治の舞台裏、科学者の名声欲の獲得合戦。

作者はそこに、大変な労力を割いている。最初からミステリーは存在していないと言っていい書き出しでした。読者に見せたかったのは、舞台裏だったのかも知れません。時期がSARS騒ぎのまっただ中なだけに、深読みして裏切られた思いが残ったのは、わたしの勝手な受け止め方だったのでしょう。

キャサリン・R・ハイド

【ペイ・フォワード】

顔に傷のあるルーベンは、教師でいても偏見に満ちた視線を受けていた。こころは屈折していた。
新任地での生徒・トレヴァーはまっすぐに彼を見て聞いた。「その顔どうしたの?」率直な質問は二人を結びつけた。

ある日の授業で、彼は宿題を出した。「世界を変える方法」。
トレヴァーのアイデアは、<ペイ・イット・フォワード>だった。自分が誰か3人にいいことをする。彼らがお返しをしたいと思ったら、それを他の3人に返す。

計算では、16段目で4,304万人が関わり、さらに進むと世界中の人が変わる!トレヴァーは実行するが、次々と失敗をしていくのだ。善人だけで世界は成り立っていない。
家出をして行方不明の夫を待ちながらトレヴァーを心配する母のアーリーン。母とルーベンを結婚させようとし、それも失敗する。この計画は無理なのか。そう思った時、奇跡が起こった...。

映画にもなった作品だそうです。映画をあまり見ないので、本として充分おもしろく読みました。登場人物が、とても魅力的なのです。少年はもちろん、大人たちの複雑な心理まで絡み合わせ、屈折したこころが見事に書き込まれています。終焉は感動的です。

ジェイムズ・L・ハルぺリン

【誰も死なない世界】

1988年、心臓病で死に直面した63歳の医師ベン・スミスは、まだ死にたくはなかった。
やり残したことがあり過ぎる。すでに亡くなった妻マージとの思い出。仲の悪かった息子のゲイリーとの関係修復などがあった。

5年かけて準備してきたのは、フェニックス延命財団による全身の冷凍保存というものだった。弁護士とも、打ち合わせは充分だったが、家族には突然の話だった。保管施設へ移送され、ベンは冷凍された。
遺産をめぐる家族の争いも、保管施設へのテロリストの進入も乗り越え、やがてゲイリーたち家族までもが冷凍保存する道を選んでいく。

そして2072年、ついにベンは蘇生を果たす。DNAの修復が可能になり、若返って。そして、ベンが見た新しい世界とは...。

2125年まで、時間軸と家族のきづな・友人との親交を丁寧に描かれています。誠実な作家の姿勢は、好感が持てます。この長さが最後のベンの<演説>に集約されていく、壮大な物語でした。
SFっぽくない、とは変な言い方ですが、現実世界が進む世界を見せてもらいました。それも人間への信頼に裏打ちされた...。

アラン・パーカー

「ライフ・オブ・デビット・ゲイル」

死刑廃止運動に取り組む教授・デビッドは、レイプ殺人で死刑が確定し執行は3日後だった。

最後の3日間に2時間づつ辣腕記者ビッツィーに、単独インタビューの依頼が来る。もしかしたら無罪なのか。取材を進めるうち、殺害を録画したビデオが送られてきた。

犯人が語るストーリーと、ビッツィーの現実のストーリーが、進行していきます。最後のひねりもあり、おもしろい設定だと思いながら読みました。ただ死刑執行を止めようと、奮闘するビッツィーの人物像に、もうひとつ切れがあったらと惜しい感じがします。

リチャード・ノース・パタースン

【子供の眼 上・下】

離婚訴訟中の弁護士・テリーザは、娘エリナと暮らしている。仕事が忙しいときは祖母のローザが、面倒を見てくれていた。同じ弁護士のクリスと出会い、初めてこころの安らぎを覚えた。仕事に就かず、事業を夢見てきた夫のリッチーは、娘の監護権と扶養料を得るために、なりふり構わない手段に出る。クリスの息子カーロが、娘に性的虐待をしたと訴訟を起こすというのだ。

ちょうども持ち上がっていた、クリスの上院選への出馬も危ぶまれるところだった。修羅場の訴訟裁判のある日、リッチーが銃をくわえて死体で発見された。自殺か、他殺か。殺人容疑で逮捕されたクリスは、辣腕弁護士・キャロラインに弁護を依頼する。真実は・・・。

作者はストーリーテラーです。全体の構成もきちんとしているのですが、作品を書かせた動機が見えてこないのです。膨大な家族、人間関係の説明の長さに、挫折しそうになりました。リッチーの人間像の低俗性が、うんざりするのです。それを引っ張ったのは、法廷場面の面白さでした。キャロラインが、いいキャラです。
伏線として張ったつもりの数々の事柄が、結末を予測させてしまうのはミステリーの読み過ぎでしょうか。ああ。

リチャード・ノース・パタースン

【罪の階段上・下】

レイプの正当防衛か_それとも殺人?怜悧で意志の強いメアリが隠しているものは、なにか。弁護士はメアリの息子の父。複雑にからみ合った検事、判事、証人たちによって、繰り広げられる物語。

原作と訳のよさがわかる。一人一人の人間の感情や理性、仕事や家族への思いが、とても魅力的に伝わってくる。いくつもの視点から、見えるものと見えないものに、判断が下される。これもお勧め。

ジャック・フィニイ

【ふりだしに戻る上・下】

フィニイの30年前の単行本、10年前の文庫初版のものです。

サイモンの元に政府の秘密プロジェクトの一員が訪ねてくる。過去の「ある時代」に送り込む計画に加わってほしいといわれる。

1882年のニューヨーク。自由の女神がまだ建ってなくて、馬車が走り回る。女性はロングスカートにペチコート。サイモンがそこで出会ったジュリアとの恋の行方はどうなるのか。大火災から逃れ犯罪嫌疑から逃れるためにどうするのか。

120年前の時代への愛惜と、現代への鋭い視線が印象に残ります。その時代の描写が、とても愛情に満ちています。サイモンのスケッチがすばらしい本です。

ジーン・ブルーワー

【光の旅人 K-Pax】

精神病院のブルーワ医師の前に、プロートという患者が表れた。自分は7千光年向こうの、k-pax星から来たというのだ。

だが、彼の知能は発達していて、豊富な天文学、宇宙論の知識を持っている。ほんとうに、異星人なのか?ブルーワはさまざまな治療を試みるが...。

ブルーワ医師とプロートの会話が、とてもおもしろい。人間のこころの裏を読むことの難しさを感じました。そして、不思議さも。映画のための本ではなく、原作だったので、おもしろく読めました。映画はどうしよう。別な作品になっているでしょうね。

ロバート・ハイルブラン

【死刑劇場】

ニューヨークの公選弁護人アーチは、被告のデイモンが黒人だというだけで強盗殺人容疑で逮捕されたと確信した。だが、陪審員の前で激高してひんしゅくを買い、有罪になってしまう。一方、被害者の女性がかかっていた精神科医が殺され、データが盗み出されていることを知る。無罪にできるのか。

実入りの少ない公選弁護人をあえて引き受けるアーチに、いまひとつ感情移入ができませんでした。裁判の駆け引きに、あまり長けているとは言えないのです。現状への警鐘と取れないことはないけれど、小説としては物足りなさが残りました。

ロバート・A・ハインライン

【夏への扉】

デイヴィスは猫のピートと暮らしていた。家庭内の仕事をする機械を発明して、技師兼重役になり、社長には友人のマイルズをたてた。

爆発的な売れ方をしたにもかかわらず、恋人も会社も失おうとしていた。失意のデイヴィスはピートと一緒に、冷凍睡眠で30年眠ることにする。そうすれば、若いままの自分が年下の恋人を振り向かることもできる...。

だが、冷凍睡眠から醒めたデイヴィスが観たものは?

20年前の作品なのに、古さを感じさせないしっかりとした構成が一気に読み終えたい誘惑にかられました。仕事がなく憂鬱な日を送っていたロレンゾは、俳優の端くれだった。バーで寂しく酒を飲んでいた彼に、とんでもない仕事が飛び込んでくる。かつての帝国首相、拡大派連合を率いるリーダーのボンフォー トを演じてくれというものだった。

舞台は地球と火星の設定だが、役作りに取り組み次第に本気になり見事な演技を披露するロレンゾがとても魅力的で、SFの枠を超えたおもしろさがある。その彼を支えるチームの人間像も、個性的です。sf創世記の作品だというが、火星の設定を除くとなかなかの作品だと思います。何冊か続けて読んで見たい作家です。

ロバート・A・ハインライン

【月は無慈悲な夜の女王】

月世界政府の計算機室の『マイク』は、「自由意志」を持つコンピュータだった。月世界は地球の流刑地であり、豊かな資源を持つ植民地でもあった。だが過酷を極める圧政に、対抗する流れが起こる。コンピュータ技術者マニーたちは、『マイク』と一緒に独立運動を繰り広げる。途方もないアイデアで...。

ユーモアにあふれる会話は相変わらず魅力ですが、やはりミステリーは『なまもの』なんですね。20年前に書かれたものとしては、すごいものですが、ちょっと古典になってしまったようです。

ロバート・A・ハインライン

【自由未来】

ヒューバート・ハーナムと家族たちは、トランプに興じ平和な夜を過ごしていた。

第三次世界大戦のニュースが流れ、家族とハウスキーパーたちは、地下のシェルターに逃れる。直後に水爆が爆発しシェルターは揺れ、高温になる。備えがよかった彼らは、奇跡的に生き延びる。落ち着いた時、外に出て彼らが見たとんでもない世界...。

生きるために最低限必要な物資、精神的な支えを作ること。そんな中でも愛憎が発生し、出産まで行われる。そして、更に新しい世界に引き寄せられていく...。

全編を貫くユーモアにあふれる会話が魅力です。

ジョージ・P・ペレケーノス

【生への帰還】

強盗殺人犯の逃走車に息子の命を奪われる。三年後、失意の男は強盗犯が街に戻ったという情報をつかむ。警察なんか当てにならない。男は命がけで、復讐しようとするが...。

人物の心理描写がうまい。じっくりと描かれ、男の復讐劇に納得させられてしまう。でも、これがアメリカの「目には目」という、銃社会の基本なんだろうなと思える。作品としては一級。でも、わたしはNOと言いたい。

ジョージ・P・ペレケーノス

【明日への契り】

「生への帰還」の前作。ほんとうはこちらを先に読んだ方がよかったかも。設定が違うのに同名人物が出てくるので、イメージを頭の中で作り替える必要が出た。共通しているのは、家族を失ったうらぶれた男の設定。コカイン、銃、暴力、セックスなしにアメリカ社会は描けないことは、いずれ日本も同じ用な状態になるだろうと思うと、暗い気持ちになる。

いい作家なのだと思う。最後に必ず家族や友人との絆が強くなり、ハッピーエンドにもっていく展開もうまい。しかしどうも、わたしはこの作家を好きにはなれないようだ。

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