マーク・サリヴァン

「緋い空の下で 上・下」

1943年イタリア、ミラノ。ピノ・レッラは女の子とジャズと食べ物に夢中の17歳だ。だが第二次世界大戦の戦火が市街へと拡大するにつれ激変する。弟と二人でアルプス山中の自然学校に疎開。運営者の神父から指示を受け、イタリア在住のユダヤ人を山越えでスイスへと逃がす道案内役を危険を覚悟で引き受ける。軍役に就くためミラノに呼び戻される。ナチスの高官ライヤース少将の運転手に指名されたピノは、働きながらひそかにスパイとして反ナチス運動に協力することを決意する。運命の女性との再会、垣間見るナチスドイツの内幕、次々と訪れる親しい人々の死。

実在の人物への取材を元に書かれた作品です。ライヤースの運転手をすることの葛藤、家族や友人からの誤解。冷徹な軍事指令を貫くライヤースの、時折り見せる人間的な振る舞い。奇妙に惹かれるピノだったが、市街戦で戦争終結が間近いことを知り思い切った決断をするが。ラストのピノのスパイ任務の名前「観察者」が、深い意味を加えます。青年へと成長し、人間とは何かと苦悩する姿が見事に描かれています。76年前のイタリアの歴史、ナチス軍の殺戮、まだ人間の戦争は終わっていないと感じました。

カルロス・サフォン

【風の影 上・下】

まだ闇に包まれていたバルセロナの早朝。11歳のダニエルは「忘れられた本の墓場」に 古書店主の父に連れられて入り、迷宮の中で1冊の本と出会った。迷宮のことは、誰にも 話さない約束をした。フリアン・カラックスという謎の作家の「風の影」に、たちまち虜に なった。父の同業者のバルセロは、同じ作家に夢中になっていた目の見えない姪のクララを、 ダニエルに引き合わせる。父の書店で仕事をしながら成長していくダニエル。驚異的な記憶力を 見せるホームレスのフェルミンを、書店の手伝いとして雇うことになった。ダニエルにとって フェルミンは、鋭い助手でありいい友人でもあった。

ダニエルはフリアンの謎を追いかけ、かつてフリアンの父が営んでいた、帽子屋の廃墟を 訪れた。なぜか行く先に現れ、フェルミンを脅し痛めつけるフメロ刑事。ダニエルは初恋に 破れ、ようやく見つけた恋人ベアトリクスとの密会は、恐ろしい結末を迎える。

「忘れられた本の墓場」の守人イサックから、娘・ヌリアの手書きの原稿をダニエルは渡された。 ヌリアの視点から綴る、フリアンの生々しい出版の事情や過去が少しづつ、ダニエルにも見えてくる。将来を思いあぐねる間に、大人たちはフリアンを仕事に引き入れようとしたり、軍隊に 入れようとした。愛するペネロペとパリに駆け落ちを計画したフリアンが待つ駅に、ペネロペは 父親に監禁されて来なかった。やがて、ヌリアとのほんとうの愛が生まれる。

11歳の少年の、20年にわたる壮大な物語です。多くの人と関わりながら成長していく姿があり、 時代の空気が伝わり、本にまつわるおどろおどろしいエピソードが繰り広げられます。たくさんの 登場人物が無駄のない役を演じ切り、時代を超えて絡み合うストーリーが、最後にみごとに 収斂されていきます。それでいて読み終えると意外に短かったなと感じます。本好きには たまらない作品です。

ブライアン・サイクス

「アダムの運命の息子たち」

父系でのみ受け継がれるY染色体遺伝子の生存戦略が、世界の歴史を動かしてきた。二つの性の誕生、進化における性の役割、男性間あるいは男女間の遺伝子存続を懸けた戦い。地球生命の進化史を再検証することで、人類の戦争や暴力の背景にある「アダムの呪い」が次第に浮かびあがる。そして、その果てには「男性のいない世界」が待ち受けるのか。

Y染色体やミトコンドリアDNAの話も、興味を引く展開でした。知識の威圧感がなく、すんなりと受け入れられます。1.000年以上前、ヴァイキングのスコットランドなど北欧襲撃・略奪した歴史を解明し、調査でヴァイキング系列のmtDNAを持つアイスランド人が70%いるという驚きの結果がわかるのです。さらにチンギス・ハーンのモンゴル占領など、富を独占する男性の群れとそれを必要とする女性たち。そして現代の男性の生殖不能傾向にまで及ぶ考察にすっかりねじ伏せられてしまいました。おもしろく飽きさせず読ませます。科学的にどうなのかはわかりませんが、ひとつの新しい考え方として小説のようにおもしろかったです。

N・K・ジェミシン

「第五の季節」

ショーン・ステュアート

「モッキンバードの娘たち」

本物の魔術を使うことができ、自由奔放に生きた母。反発したトニは、大学を出て三十歳になる今まで、保険数理師という堅実な人生を歩んできた。だが母が亡くなったとき、奇妙な力を持つ六人の「乗り手」が降りてくる母の能力を受け継がされてしまう。トニは葬儀が終わった翌日、人工授精で妊娠することにした。父親になってくれる男を探す前に。だが国税局からは多額の母の滞納金の連絡が入る。預金のほとんどで充填したが、さらに会社から部署の廃止による解雇を言い渡され、仕事を失い妊娠3ヵ月のトニは途方に暮れる。

「乗り手」の力を借りないと男と付き合うこともできないトニは、次第に母の苦しみを理解するようになっていきます。お腹の子の成長とともにトニの成長が重なっていきます。魔法の配分は多くはなく、ラストが気持ちいいです。アメリカという国は、息子は父を乗り越え、娘は母を越えることが必要なようです。甘いけれど、日本でよかったと感じました。

ジェイムズ・サリス

「ドライヴ」

故郷を捨てカリフォルニアへやってきた若者は、映画のスタント・ドライバーとなり、やがてその卓越した運転の腕を裏社会の面々に買われ、逃走車両の運転手稼業に手を染めるようになっていた。そんなある日、彼が参加した強盗計画が仲間割れから無残な失敗に終わる。からくも逃げのびた彼は車だけをパートナーに、裏切りの黒幕を追って走りだした。

感情を表面に出さず、プロのスタント・ドライバーをこなすシーンが、見事です。シャープな刃物を思わせる、研ぎすまされた切れのある文章も、一層怜悧さを際立たせていきます。若者に名前すら付さず「ドライバー」という表現だけです。先の先を読み、想定に対応する行動力と、とっさの身体反射能力もすごいです。実は年末のエア・カナダで、映画を見てきたところでした。英語字幕で、中学英語程度のわたしでも惻々と伝わってくるものがありました。そろそろ日本でも上映されるようです。お勧めです。

ヴィヴェカ・ステン

「静かな水の中で」

漁網に絡まって死体が漂着した。死因は溺死、身元もすぐに判明し、トーマス警部も事故と断じかける。だが男性の従妹が殺害されたことから事態は急展開。島に住む女性弁護士で幼馴染のノラの助けも借りて捜査にあたるトーマスだったが、事件には複雑な背景がある。

風光明媚な夏のスウェーデンの、人々の暮らしも丁寧に描かれています。サイコキラーも登場しないし、心理の深いところまではないけれど、底の暮らしに根付く葛藤と愛憎はうまく描かれています。

フェルディナント・フォン・シーラッハ

「刑罰」

黒いダイバースーツを身につけたまま、浴室で死んでいた男。誤って赤ん坊を死なせてしまったという夫を信じて罪を肩代わりし、刑務所に入った母親。人身売買で起訴された犯罪組織のボスを弁護することになった新人弁護士。薬物依存症を抱えながら、高級ホテルの部屋に住むエリート男性。実際の事件に材を得て、異様な罪を犯した人々の素顔や、刑罰を科されぬまま世界からこぼれ落ちた罪の真相。

短編12作で構成され、犯罪者の立場、検察、裁判官、弁護士、証人、方医学者の視点を交え、怜悧に事実を示していきます。まるで裁判記録のように。けれど、わずかな文章の隙間から溢れ出てくる人間の感情の吐露が凄まじいまでに、リアルです。肯定も否定もせず、読者に任せられるのです。だからこそ、重く心に突き刺さるのでしょう。相変わらずすごい作家です。

フェルディナント・フォン・シーラッハ

「カールの降誕祭」

日本人女性に恋をしたパン職人が、「まともなパン屋」でなくなってしまった・・「パン屋の主人」
規律を守り、公明正大だった裁判官に退職後おとずれた、すさまじい人生の結末・・「ザイボルト」
10世紀から続く貴族トーアベルク家。クリスマスの帰省中に息子が起こした悲しい惨劇・・「カールの降誕祭(クリスマス)」

掌編3編と版画家タダジュンによる謎めいたイラストが、不思議な雰囲気をかもし出しています。ここまで凝縮された作品は、これまでの作家の新しい一面を見せてくれます。読み逃したくない作家ですね。

フェルディナント・フォン・シーラッハ

「テロ」

ドイツ上空で旅客機がハイジャックされた。テロリストがサッカースタジアムに旅客機を墜落させ、7万人の観客を殺害しようと目論んだのだ。しかし緊急発進した空軍少佐が独断で旅客機を撃墜する。乗客164人を殺して7万人を救った彼は英雄か。犯罪者か。結論は一般人が審議に参加する参審裁判所に委ねられた。検察官の論告、弁護人の最終弁論。有罪と無罪、ふた通りの判決が用意された衝撃の法廷劇。

論告、弁論、被疑者証言。あまりにも国家の正義、軍人の正義が定石通りの論理で、ほとんどほころびがありません。論理が揺れるのはごくわずかです。もっと深い裂け目を、期待し過ぎたのかも知れません。ゆだねられる読み手として、戸惑ってしまいました。

フェルディナント・フォン・シーラッハ

「禁忌」

ドイツ名家の御曹司ゼバスティアンは、文字のひとつひとつに色を感じる共感覚の持ち主だった。ベルリンにアトリエを構え写真家として大成功をおさめるが、ある日、若い女性を誘拐したとして緊急逮捕されてしまう。捜査官に強要され殺害を自供し、殺人容疑で起訴されたゼバスティアンを弁護するため、敏腕弁護士ビーグラーが法廷に立つ。はたして、彼は有罪か無罪か。

父の自殺、生家の売却、母の再婚といった難しいできごとも、物事や事象を色や音で知覚、認識する特殊な「共感覚」との共存をも、淡々とした筆致で書き進められます。急展開した逮捕、裁判で、明らかにしようとしてしまったものは何か。突き放した視点は今までの作品と同じようでいて、部分的に一歩踏み込んで、弁護士の視点で人間の内面を深く掘り下げていると思いました。この作家は目が離せません。

フェルナント・フォン・シーラッハ

「コリーニ事件」

2001年5月、ベルリン。67歳のイタリア人、コリーニが殺人容疑で逮捕された。被害者は大金持ちの実業家で、新米弁護士のライネンは仕事始めに国選弁護人を買ってでてしまう。だが、コリーニはどうしても殺害動機を話そうとしない。さらにライネンは被害者が少年時代の親友の祖父であることを知り、公職と私情の狭間でライネンは苦悩する。被害者遺族の依頼で辣腕弁護士マッティンガーが、法廷で繰り広げる緊迫の攻防戦。コリーニを凶行に駆りたてた秘めた想い。そして、ドイツで本当にあった驚くべき「法律の落とし穴」とは。

これ以上削るところがない、シンプルな文体です。歴史的な法律の事実の論証を積み上げていく法廷劇は、この短い分量でよくひるがえしたものだと新鮮な驚きがあります。ライネンを始め裁判長やマッティンガーの性格も顔の表情までが、くっきりと浮かび上がります。熟練した筆が到達した印象的な作品です。

フェルディナント・フォン・シーラッハ

「犯罪」

人が人を裁くことがいかに困難か。そう思わせる数々の事件に、刑事事件弁護士は立ち会うことになった。一生愛しつづけると誓った妻を殺めた老医師。兄を救うため法廷中を騙そうとする犯罪者一家の息子。羊の目を恐れ、眼球をくり抜き続ける伯爵家の御曹司。彫像『棘を抜く少年』の棘に取り憑かれた博物館警備員。エチオピアの寒村を豊かにした、心やさしき銀行強盗。魔に魅入られ、世界の不条理に翻弄される犯罪者たちの心に、なにがあるのだろう。

刑事事件弁護士の視線で、異様な罪を犯した人間たちの哀しさ、愛おしさを鮮やかに描いた連作短篇集です。決して感情移入せず、余計な飾りを排した文章で描いています。けれど底にあるのは、あらゆる可能性を秘めた人間という存在を受け入れる懐の深さだと思います。兄を救うため法廷中を騙そうとする犯罪者一家の息子の章は、にやりとさせられました。したたかな少年でした。

フェルディナント・フォン・シーラッハ

「罪悪」

祭りの最中に突発する、ブラスバンドの男たちによる集団暴行事件。秘密結社イルミナティにかぶれる男子寄宿学校生らの、「生け贄」の生徒へのいじめが引き起こす悲劇。猟奇殺人をもくろむ男を襲う突然の不運。何不自由ない暮らしを送る主婦が続ける窃盗事件。麻薬密売容疑で逮捕された孤独な老人が隠す真犯人。刑事事件専門の弁護士が、現実の事件に材を得て描きあげた15の物語。

淡々と距離感を持った文章が、うまいですね。ある意味では救いようのない犯罪の、背景をくっきりと切り取ってすごいです。長編を書くとどうなるだろうと、つい期待してしまいます。

アンナ・スメイル

「鐘は歌う」

両親を亡くした少年サイモンは、母が遺した名前とメロディを胸に、住み慣れた農場を離れ、ロンドンに向かった。礫の街と化したロンドンは文字による記録は失われ、新たな支配者〈オーダー〉は鐘の音で人々を支配していた。人々は、記憶も記憶力もなく、今を生きるしかない。サイモンは奇妙な白い眼を持つ少年リューシャンに救われる。サイモンたちは川からレディと呼ばれている銀のかけらを回収しそれを売ることで生活していく。記憶を保持できる能力が備わっている二人は、本来の姿を取り戻そうとする。

モノクロの世界に、かすかに聞こえる音がとても美しいです。音楽の描写もうまいです。記憶を取り戻していく過程を、緻密なモザイク画を作るように積み上げていきます。サイモンとリューシャンが奏でる音楽が、それを彩っていきます。巨大な支配を崩そうという無謀な計画も、関わってくれる人の好意で進んでいきます。思いがけないラストになってしまっても、目的の一角は成功します。希望が見えるすがすがしさが、読後感を心地よくしてくれます。

アリ・スミス

「両方になる」

15世紀イタリア。宮殿壁画職人の「私」は、権勢を誇るコズメに比べると足元にも及ばない。けれど壁画を書き続ける。自分の思う聖人像を。「母は絵描きのための本を出版し、(少年や若い女の動きに対して)男の動きには力強さが足りない」と記し、両方になるのに必要な柔軟性と簡潔さを理解していた。
550年後。母を失ったばかりの21世紀のイギリスのジョージはiPadをこなし、音楽を自由に手に入れ美術さえ見ることができる。家族とイタリアを訪れた部屋で、壁画に出会う。複雑な幾層にも重なりあう不思議な物語があった。二人の物語は時空を超えて響き合い、男と女、絵と下絵、事実と虚構の境界をも鮮やかに塗り替えていく。

壁画職人の置かれた地位も女性の価値も、おそらく低かったでしょう。その中で自分の思う絵を描くことと、見合う対価を求めることの葛藤が描かれます。その行為が550年後に見出されます。こんな自由な絵を描ける画家がかつていたことと、自分も悩みを抱えながらもがいているジョージ。どちらもそれぞれに「両方になる」べく、生きようとする姿勢がいいですね。流れる雰囲気、空気感がすてきです。

マリア・V.スナイダー

「毒見師イレーナ」

殺人罪で死刑囚となった少女イレーナ。が、思わぬ選択肢を与えられる。絞首刑か、それとも国の最高司令官の毒見役になるか。毒見役を選んだイレーナを待ち受けていたのは、毎日の解毒剤なしには生きられない逃走防止の猛毒だった。防衛長官ヴァレク指南の毒味の訓練期間で、匂いや味で毒を見分ける。わずかな生きる希望に賭け壮絶な日々に立ち向かう。

イレーナは、死刑囚の寒くて不潔で最悪の牢獄から、最高司令官の近くに制服で味見をする役割を与えられます。メイドのマージや調理人たちとも心を通わせ、イレーナが次第に能力を発揮していきます。ヴァレクからの任務以上の信頼を得て行く過程がおもしろいです。暗くなり過ぎず、映画化したもよさそうなストーリーです。楽しめます。

ピーター・スワンソン

「そしてミランダを殺す」

空港のバーで離陸までの時間をつぶしていたテッドは、見知らぬ美女リリーに出会う。テッドは酔った勢いで、妻のミランダが建築士のブラッドと浮気をしていることを話し「妻を殺したい」と言ってしまう。リリーはミランダは殺されて当然だと断言し、協力を申し出る。ミランダとブラッド2人の周到な殺害計画を立てたが、決行の日が近づいたとき、予想外の事件が起こってしまう。

4人の視点の記述がじつによくできていて、家族や友人との関係も少しづつ明らかになっていきます。誰が誰に嘘をついているのか、あるいはそう信じたがっているのか。人間の思い込みがいかに脆弱なものか。その薄氷の基盤の上で起きる日常的な事柄が、幾度も繰り返しひっくり返ります。最後までおもしろく読ませます。結末は途中でわかってしまうのですが、きっちりと収斂させてしまうのがみごとです。

カリン・スローター

「三連の殺意」

売春婦が暴行され、舌を犯人の歯でかみ切られ惨殺された。アトランタ警察のマイケルのもとに、ジョージア州捜査局から特別捜査官のトレントが派遣された。トレントは過去に起きた三つの事件の手口の共通点を指摘する。幼少時に受けた虐待の傷痕と難読症でありながら、検挙率の高さは群を抜く。幼なじみのウィルに心を開き、過酷な日々を切り抜けていく。

はらはらさせながらのストーリー展開が、うまいですね。けれど詳細な描写が多くて、せっかちなわたしは少し飛ばし読みしたくなりました。犯人がわかりながら、焦らされてラストでようやく解決する事件。巧みな作家だと思います。シリーズのようですが、次も読むかは微妙な位置です。

ネビル・シュート

【パイド・パイパー 自由への越境】

70歳過ぎでリューマチの持病持ちの老弁護士の英国人ハワードは、フランスに釣りをしに来て いた。ドイツ軍が侵略して来るというニュースを知り帰国することにしたが、同宿の英国人 外交官の子供2人を本国まで連れて帰ると引き受けたのが災厄の始まりだった。列車に乗ろうと した途端にナチスがパリを陥落させる急展開の中、ホテルのメイドの姪っ子や、戦災孤児を拾う ことになる。田舎道で立ち往生したバスはドイツ軍の機銃掃射を受け、むずかる子供たちの手を 引いてハワードは歩いた。

戦争物と聞いて少し気が進まなかったのですが、パイド・パイパー(ハメルンの笛吹き) 『珍道中』と言いたくなるような、ほんのりとしたユーモアが漂っていて、イギリスの誇りを 持ち続けようとするハワードに引かれて読みました。息子を戦争で亡くした老人がフランスから イギリスに帰る。 ただそれだけのストーリーなのに、当時のヨーロッパの国の立場、国民性が間見え、連行されたドイツ将校にまで人間臭さを感じてしまいました。 映画化されているようです。

バゼル・ジョシュ

「死神を葬れ」

ピーター・ブラウンはニューヨークのマンハッタン・カトリック総合病院の研修医で、病院勤務は 凄まじい忙しさで覚醒剤でも飲んでなければやっていられない。ある日、新規入院患者に 「ベアクローじゃないか」と言われ過去が暴かれる窮地に立たされる。ピーターはかつてダヤ人の 祖父母に育てられ、マフィアの殺し屋だったことがある。だが、その祖父母にも秘密があることが分かり、 過去と現在がシンクロする。新たな人生を送っていたピーターが、過去との戦いが始まる。

ピーター・ブラウン、本名ピエトロ・ブラウナが、ドラッグ、ノワール、スプラッタにまみれて いながら、フット・ワークも軽々と切り抜けていく姿を描いています。ブラックなユーモアが全編を 埋め尽くし、テンポの良さ、リズムは、原作はどんな表現なのかと読んでみたくなるほどで、訳の うまさだけではないでしょう。目にも留まらぬ早さの語り口で、膨大な情報、スピード感、大量に 流される血と、希薄な罪悪感で当たり前のように使われるドラッグで目眩がしそうでした。 だが追い詰められ、最後の手段での凄まじい戦いが強烈で、夢にうなされそうでした。苦手分野なのに、 最後まで読まされてしまう力とは、なんだったのでしょう。 

エリック=エマニュエル・シュミット

「100歳の少年と12通の手紙」

10歳の少年オスカーは、白血病で自分の余命が、あとわずか12日だと知ってしまった。真っ正面から向き合おうと しない親たちや病院の先生に怒り、ばら色の服を着た病院ボランティアの「ローズさん」だけに心を開いていた。 そんな少年にローズさんは、「1日を10年と考えて生きる」「神さまに1日1通の手紙を書く」ことを教える。 そこから、残り少ない日々を精一杯生きる、少年の新しい人生が始まった。

信じていなかった神様への手紙で、構成されています。すねた気持ちや、大人の嘘を見抜く感覚を持ち、自分の死を どう受け止めたらいいのか、揺れる少年の姿に胸が痛みました。嘘をつかない「ローズさん」の存在を心のよりどころに している少年が、生まれ直して100歳で死ぬ人生を精一杯生き抜いていく姿に、勇気づけられます。自分の人生を振り返り、 生き直してみたいと思うほどに。

エリック=エマニュエル・シュミット

「ノアの子」

ジョゼフは7歳、ベルギーに住むユダヤ人だ。1942年、ナチスに追われ親切な伯爵家にジョゼフを預け、両親は姿を 消した。ジョゼフはキリスト教ポンス神父にかくまわれ、『コン畜生』というあだ名の薬剤師マルセルさんに、偽の 身分証明書を作ってもらう。そしてユダヤ教について学び始める。いつの日かこの宗教が根絶やしにされて地球上から 消えてしまうことのないように。教会は、まさしく洪水に見舞われたユダヤ教を救うために、神父が作ったノアの箱舟 だった。宗教とは何か。愛とは何か。そして、ジョゼフが神父の箱舟の中で学んだ人間の正しい姿とは・・・。

まだ世界の仕組みを知らない男の子が、必死にそれでいて明るく、冒険もしながら成長していく姿は潔いです。 ポンス神父が言った「神は人間のすることに干渉しない。神は『自由な』人間を創造したのだから、人間は自分の することに責任を持たねばならない」といった言葉が、印象に残りました。わたしは宗教への関心は薄いですが、 歴史に巻き込まれたジョゼフの姿勢に、胸を打たれました。

エリック=エマニュエル・シュミット

「そこにモーツァトがいたから」

15歳のとき、僕は本気で自殺のことを考えた。だが、モーツァルトがひとつの音楽を送ってよこした。それがぼくの 人生を変えた。彼との出会いが僕を救い出してくれた。

著者がモーツァルトへ宛てた手紙と、モーツァルトから送られてくる音楽の「往復書簡」形式の、自伝的フィクション です。詩的で音楽の喜びにあふれる文章が、心地よく心にしみ入ってきました。ところどころ知っている曲を頭の中で 響かせながら読んでいました。曲を想像しながら読むだけでも、楽しめます。すてきな出会いを・・・。

リズ・ジェンセン

【ルイの九番目の命】

ルイは、生まれたときから様々な事故にあっていた。ベッドで窒息、食中毒、地下鉄の線路への 転落、それらの死の瀬戸際から、ママ・ナタリーの必死の看病で生き返った。ママの誕生日に、 パパも一緒に車でピクニックに行き、ルイとパパは谷底に落ち、ルイは溺死しそうになった。 奇跡的に命は取り留めたが、意識が戻らない。担当医・ダナシェは、警察の事情聴取に決然と 臨む夫人に強く惹かれた。

ルイの心のエキスパート・ギュスターブとの会話が、ストーリーの一面を語っていきます。 ナタリーは見る人によっては、最高に魅力的な存在で、ダナシェを巻き込んでしまいます。 こういう人物って実在しそう、というリアリティがあります。ミステリアスな展開に、引きつけ られて読みました。人間の心理の深い謎の解明と、いかに読者に読ませるかを熟知した作家 ですね。

シェヴィー・スティーヴンス

「扉は今も閉ざされて」

独立した不動産業者として仕事も順調だったアニーは、誘拐された。サイコ男によって山小屋に監禁され、暴力と歪んだ欲望にさらされる毎日が、永遠に続くと思われた。けれど地獄から、奇跡的にアニーは生還した。カウンセラーに語りかける衝撃の監禁の悪夢と、残された唯一の家族・母とのゆがんだ愛情がアニーを苦しめる。

トイレに入る時間さえ制限され、望まない出産など、救いのない想像を絶する監禁生活です。けれど家に戻ったアニーは、家のクローゼットで寝るしかない恐怖に苦しめられます。立ち直りをさらに困難にさせるのは、母、かつての恋人、友人、マスコミであり、さらには不気味な空き巣まで登場します。カウンセラーへの一方的な告白だけでストーリーを展開させ、次第に読み手を納得させ絶望にたたき落とします。ラストまで一気に読ませます。失ったものを取り戻そうとする、わずかな希望に救われます。

サイモン・シン

「フェルマーの最終定理」

17世紀数学者フェルマーが謎に満ちた言葉を残した・・・。あまりにも有名になった、この数学界最大の 超難問「フェルマーの最終定理」に挑戦した、3世紀に及ぶ数学者たちの苦闘を描くドキュメントです。 天才数学者ワイルズの、完全証明に至る波乱のドラマを軸にピタゴラスの定理やユークリッド等の数論の 出発点の話から描かれています。

証明発表の栄光の後にほころびに気付き、挫折する数学者が、自ら閉じかけた解決の扉を才能が導いた閃きと 共に、もう一度押し開く瞬間の美しいまでの高揚シーンがすばらしいです。女性に学問は不要と言われた 時代にも、活躍した女性数学者がいたことや、日本人も関わっていることを始めて知りました。ワイルズが 証明する過程を、追体験しているようでした。高校の数学でさえ忘れかけているわたしにもわかりやすく、 ミステリをあるいは宇宙物理の話を読んでいるように楽しめました。

ロジャー・スミス

「血のケープタウン」

アメリカからの逃亡犯ジャックは妻子とともに再出発するため、ケープタウンへやってきた。だがある夜、自宅に 押し入った強盗を殺してしまったジャックは、再び自分が破滅の罠に落ちたことを悟る。その強盗にたかっていた 醜悪な悪徳警官に目をつけられてしまったのだ。事件を目撃した元ギャングの夜警や、悪徳警官を追うエリート内部 捜査官らをも巻き込み、男たちの運命は破局へ向かい走り出す。

南アフリカの吹き付ける乾いた風が、読んでいて体にぶつかってくるようです。ノワールな展開と、救いようの無い 愚かな人間たちの物語です。その中で女性の凛とした姿勢と、泥沼に這いずりながらこれだけは守ろうと咄嗟に行動 するヤク漬けの売春婦も、強さを持っていることに感心します。ラストはそれ以外はないだろうという終わり方ですが、 不思議に読後感は悪くありません。他の作品も読んでみようと思います。

ロジャー・スミス

「はいつくばって慈悲を乞え」

何が起きても不思議ではないケープタウン。強盗に入られたロクシーは、衝動的に憎んでいた夫・ジョーを射殺した。強盗の仕業に 見せかけようとしたが、真相に勘づいたギャングにゆすられる羽目に陥る。偶然そこに現われた傭兵ビリーは、遺産の一部と ひきかえにロクシーの護衛を買ってでる。しかし事件の周辺をかぎまわる野心的な刑事マンソンや、残虐な脱獄囚パイパーの思惑が からんだ末、地元のギャング団をまきこんだ壮絶な闘いがはじまる。

賭博で金を手にする夫への不信感で、絶望しているロクシーの閉塞感。金に困っているビリーの、腕の確かさと残っている人間味。 獄中でパイパーの「女房」だった、美しい男の強盗ディスコへの執着。彼等に関わるすべての人間たちの、息をつかせぬノワールな 世界でした。全員が死ぬしかないような竜巻状態で、わずかに希望が残るのが救いです。でもまた読みたくなる、病み付きの作家に なりそうです。

トム・ロブ・スミス

「チャイルド44」

国家保安省の敏腕捜査官・レオは、国家のためにならない人物を迷うことなく探し出し、 告訴していた。今回逮捕したのは獣医のアナトリーだった。スパイ容疑だがどこか間違い ではないかと感じさせた。だが狡猾な部下の策略にはまり、罪を否定できなくなってしまう。 さらに妻・ライーサへの容疑を自ら告発する立場に追い込まれる。ライーサは無実だと 断定したことにより、共に片田舎の民警に追放される。そこでは少年少女が際限なく惨殺 されていた。遺体の刻印が、レオに何かを告げていた。

スターリン独裁国家の下での、思考・言論の統制がそくそくと背筋を寒くさせます。その中で 夫婦の絆を再確認し、犯罪を暴いていくレオの姿勢が決してヒーローではなく、弱さを抱えた 人間として描かれます。それでもなお犯人を追いつめていき、ラストの重さ深さが胸に 突き刺さります。連続殺人だけではない、壮大なストーリーになっています。すごい作家が 現れた感じです。

トム・ロブ・スミス

「グラーグ57」

レオは念願のモスクワ殺人課を創設したものの、一向に心を開こうとしない養女・ゾーヤに手を 焼いている。ベッドの下でナイフを見つけて動揺するが、妻・ライーサに話さなかったことが、 あとで夫婦の間の問題になる。その頃フルシチョフは激烈なスターリン批判を展開し、投獄 されていた者たちは続々と釈放され、逆にかつての捜査官や密告者を地獄へと送り込む。 レオに突きつけられた任務は苛酷なものだった。家族のため、彼は極寒の収容所に潜入して、 自ら投獄した元司祭を奪還する計画だったが、脱出計画に思わぬ支障が生じる。 反乱を起こした収容者たちによって、レオは元チェキスト(秘密警察勤務者)だとして拷問に かけられる。絶望の淵に立たされ、敵に翻弄されながらも、レオはゾーヤを救出するために 生き延びていく。

容赦のない展開が、読者をぐいぐい引っ張っていきます。前作「チャイルド44」の続編です。 重過ぎるテーマと体制に気圧されて読むのをためらいましたが、読んでよかったと思います。 主役はもちろん脇役にいたるまで、登場人物が自分なりの信念を持って、翻弄する時代を生きようと 必死になる様子が克明に描かれています。共産主義体制下でレオをはじめチェキストたちが、 多くの人々を死に追いやった論理は、自分が生き残る道の選択だったのでしょう。あの状況下では 必ずしも卑怯だと言えなかったかも知れない物事の両面を描いて行きます。 生きるための原動力となるのは、復讐であり、そういう自らを矯正する行いの礎になるのは家族と いう辺りは、現代の視点での解釈・理論付けとも言えそうですが。怒濤の時代を登場人物たちと 一緒に駆け抜けた思いを、強く感じました。3作目があるようです。気が重いと言いながら、たぶん 読んでしまうと思います。

リチャード・スターク

「汚れた7人」

冷徹で非情なプロの犯罪者パーカーは、他の6人とともに、フットボール・スタジアムから売上金を 強奪した。金を預かり女と数日一緒に潜んだ。だがわずか10分の外出から戻ると、女は殺され金は 消えていた。誰かの裏切りか、他者が犯人なのか。警察に追われながらも、犯人を追いかけるパーカー たちを、思いがけない罠が待っていた。

テンポもよく、おもしろく読みました。復刊された40年近く前の作品のようですが、犯罪小説の 模範となるほどのうまさです。7人の間の緊張と、警察との駆け引きもじつに巧みです。ハードボイルドと して、こういう書き手がいたのですね。

J・M・スコット

【人魚とビスケット】

魅力的で奇妙な新聞の3行広告のやりとりに興味を持ったわたしに、「ビスケット」と名乗る男が 接触してきて本を書いてほしいと言う。スカイ島の屋敷に招かれ、「ビスケット」と 「ブルドッグ」、まだ到着していない「人魚」と「ナンバ−4」の4人の物語が始まった。 第二次世界大戦のころ、シンガポールからの脱出を望んでいたヨーロッパとアメリカ人たちは、 商船に乗り込んだが船が転覆してしまった。多くの乗客が命を落とす中、小さな救命艇(ラフト) に乗った4人は、漂流を続けることになった。

不思議なタイトル に惹かれて読んでみました。序章から強烈に引き込まれてしまいました。 漂流ものは苦手だと思っていたのですが、まるで映画を見るような展開と描写の臨場感に、 圧倒されます。すべてが、「物語」なのか。それすら危うくなる謎に満ちた雰囲気も、はらはら させてくれます。4人のキャラがたって、一人一人がじつに人間臭く、それでいて「人魚」という 不思議な女性の存在感もいいですね。ラストも、効果的です。

ヴィカス・スワラップ

【ぼくと1ルピーの神様】

アジア最大のスラム街・ダラヴィに住むラム・ムハンマド・トーマスは、「ミリオネア」の ようなクイズ番組で全問を正解し、10億ルピーの賞金を勝ちとった。だがTV局は、孤児で 学校にも行っていない少年が難問に答えられるはずがないと、警察に逮捕させる。ニュースを見て 駆けつけた女性弁護士スミタは、真実を聞きたいと言う。孤独に生きてきたラムが、インドの 貧しい生活の中で殺人、強奪、幼児虐待死と隣あわせに必死に生きて目にしたものが、クイズの 答えだった。教会から孤児収容施設へ移され、友人になったサリムと逃げ出し、テイラー家の 雑役として雇われ、次はレストランのバーテンダーになる。映画の世界へのあこがれが募っていき、 元女優ニーリマ家で働いた。だが・・・。迷ったときには幸運を呼ぶ1ルピーコインを投げ、表・裏で決めた。

弁護士に答える形で冷静に語られるため、ラムの壮絶な人生が一層強烈な印象を残します。底辺の 貧しさから、身につけた知識を活かして這い上がるラムに、幾度も立ちふさがる厚い壁。それにも かかわらず、絶望せずに生きる姿が感動的です。インド社会の裏も表も飲み込んだストーリーで、選択 クイズのようにシンプルに見せかけて読ませるしたたかな精神を、確かに感じ取りました。 こういう作家もいるのですね。だから小説はやめられないのです。

シャンナ・スウェンドソン

【赤い靴の誘惑】

魔法界のソフト開発をオフィスにしているケイティは、魔法に免疫を持つ能力があった。 男とのデートもままならない、ちょっと冴えないケイティに、ボスのモーリンから社内にいる スパイを捜査するよう命じられた。そんな折、テキサスから両親が様子を見に来るという。 両親は普通人なので、取り繕うのが大変になる。ケイティは男を射止めるため、同僚から 勧められた赤い靴を買うことにした。

魔法をかけて人に見える姿と、本来の姿。設定は魔法界だが、予想外に人間の欲望に気づかされて おもしろかったです。人からどう見られているか。仕事をしていても悩まされる問題です。 ドタバタに紛れて、ふと大事なことが見えてくる、楽しい本でした。

シャンナ・スウェンドソン

【ニュヨークの魔法使い (株)魔法製作所】

ケイティはテキサスから出てきて一年、毎日が驚きの連続だ。ニューヨークって本当におかしな街。宙に浮いてる妖精はいるし、教会の屋根にはガーゴイルが出没する。会社では上司のミミとの 戦いにうんざりしている。そんなとき、地下鉄で一緒になるオーウェンから仕事のオファーが 入る。面接に行った会社は豪奢な建物で、あらゆる奇妙な人々が揃っていた。ケイティに求め られているのは、魔法に対する免疫を持っている資質だった。会社は魔術を開発するビジネスだった。

2作目です。魔法の世界がレベルアップした感じがあります。1000年の眠りから覚めた マーリンという新しいキャラも雰囲気があるし、すぐ赤くなるシャイなオーウェンが、実はすごい 力の持ち主だったりしてほほえましいです。現実との接点をかなり丁寧に描かれていて、そこだけ でも楽しめます。面接で目の前にいきなりコーヒーカップが出てきたりする場面には、思わず 笑ってしまいました。シリーズ化してほしいですね。

シャンナ・スウェンドソン

【おせっかいなゴッドマザー】

魔術を製作する会社で働く、ケイティは同僚のオーウェンとつき合い始めた。待ち合わせの コーヒーショップで、恋の手助けをすると言ってエセリンダが近づいてきた。遅れてきた オーウェンは、スパイ行為をして会社の警備隊に拘束されていたアリが逃げたので、捜査に 戻らなければならないという。そしてクリスマスも年末も、とんでもない事件が起きてしまう。

(株)魔法製作所シリーズの3作目です。前作でつき合い始めたケイティと オーウェンの恋愛が、 いらいらするほどのスローペースで、どちらも純情です。資金源を得て巨大化していく敵との、 魔法対決もおもしろいです。とんでもない設定と魔法が、どこか憎めないのは、読者へ伝えようと する姿勢が真面目だからかも知れません。次のシリーズが楽しみです。

シャンナ・スウェンドソン

「コブの怪しい魔法使い」

あこがれのシャイなオーウェンにとって、自分が最大の弱点になることを知ったケイティは、 ニューヨークの魔法界のソフト開発オフィスを後にし故郷のコブに戻ってきた。だが田舎町で、 稚拙だが魔法を使った悪事の匂いを嗅ぎ付けてしまう。ケイティの身を心配し、会社の制止を 無視して現れたオーウェンを、家族には友人と紹介する。大掛かりな銀行襲撃の計画を知った 二人は、水や木の精たちやガーゴイルと共に阻止しようとする。

ケイティの兄弟や母、祖母たちの能力も明確になり、悪事に魔法を使うことへの明確な線引きをし、 オーウェンの気持ちもはっきりします。シリーズ4作目で、ようやく恋愛感情から一歩進みました。 二人が純情なので、ほほえましいくらいですね。魔法の力と、ごく普通の家庭や街の暮らしとの、 描き分けも楽しめます。次のシリーズも楽しみです。

ゴードン・スティーヴンス

【カーラのゲーム 上・下】

1994年、カーラはボスニアで夫と子ども、そして帰るべき祖国を失った。テロリストに組し、 世界を相手に戦うことにした。

ルフトハンザ航空3216便は、カーラによってハイジャックされた。機長を通しての交信は、 イギリス・アメリカ・フランス・ロシアの外相からなる政治委員会と情報局<ストライク>に 伝えられた。TV映像が刻々と映像を流した。ハイジャッカーのターゲットは、パリ ・ロンドン・モスクワ・ワシントンが候補と考えられた。そしてヒースローへ向けられ、 イギリスでは、SAS(英国陸軍特殊航空挺部隊)のフィンたちが、待ち構えていた。 ヒースローに着陸した3216便。行動のデッドラインは12時間後と告げられ、カーラからは 外相たちが考えてもいなかった要求が出された。

戦火のボスニアで、女や子どもが置かれた悲惨な状況の中、地雷の間からSAS隊員二人は カーラに命を救われます。彼らの残した言葉「敢然と戦うものが勝つ」。運命が大きく変わる軸を、 印象的に描き、登場人物ひとりひとりの物語も複雑に絡み、ラストとへ収斂させる筆致は みごとです。途中からはらはらし、夢中になって読んでいました。ひさしぶりのおもしろさでした。

アレックス・シアラー

【世界でたったひとりの子】

子どものタリンは、賭けでディートに所有され、マネージする『子ども』の仕事をこなして暮らしていた。家から家へ、そして別な町へと移動していく。 ホテル住まいでハンバーガーの食事で、お金はディートが使ってしまう。あと数年で子どもで なくなるタリンに、PPインプラント手術を受けさせる費用をどうするかを、ディートは考えていた。老化防止薬が開発され、多くの人が40歳の顔をして120年を生きる世界だった。その反動と して子どもが生まれにくくなり、貴重な子どもに手術を受けさせ、永遠の宝物にしようとする。 人さらいが、常に子どもを狙っていた。 タリンは残っているかすかな記憶から、自分を、そして両親を知りたいと思った。大人になり たいと願うタリンを、遠くから狙う謎の視線がつきまとっていた。

若い体で人生が延長され、音楽をすべて聴き、作曲し、すべての本を読み、本を書き、あらゆる やりたいことをし尽くして、なお生きながらえる世界に愕然としました。タリンが見抜くのは、 そういう人たちの、穴の開いたような空虚な目なのです。 永遠の若さを得たことで、失ったものの大きさと、退廃の匂い。怖い本だと思いました。 現在の思考をそのままにタイムスリップして、人生をやり直してみたいと空想することが ありますが、実現すると、その世界でわたしはなんと空虚な存在になることかと気づきました。 いまの自分をありのまま受け入れ、生きていくことの大切さ。ラストで救われます。

マークース・ズーサック

【メッセージ】The Firast card /The Last card

19歳のエドは、しかたがなくタクシーの運転手をしていた。もう、人生をあきらめかけていた。 たまたま居合わせてしまった銀行強盗のために、駐車違反になった。ついでに強盗の仲間の車も、 警官の注意で移動してしまった。つまり逃走用の車が消えたのだ。エドとマーヴのとっさの行動が、 強盗逮捕になってしまう。
エドが老犬ドアマンと暮らしている家に、小さな封筒が届いた。ダイヤのエースのカードだった。 カードに書かれている住所を訪ねると、エドを必要としている人がいた。そして、次々に謎の カードが送られてくるのだった。

出だしの明るさに惹かれ、児童書だと思わずに、手にしていました。そこに描かれる人物が 深く悩み、救いようのない状態なのです。そしてエドが必死に考えるたびに、人間って捨てた もんじゃないなと、感じるのです。こんな本もあったのですね。新年早々、2作のすてきな 児童書を読むことができました。

リサ・ジャクソン

【ロザリオとともに葬られ】

連続娼婦殺人事件が発生していた、ニューオーリンズ。まるで祈るように腕を組まされ、首に 絞められたあとがあった。事件の起きる深夜、ラジオ局で視聴者からの悩み相談を担当していた、 精神分析医サマンサは、"ジョン"からの脅迫電話を受けた。家には誰かが侵入した形跡もあった。 次第にエスカレートしていく脅迫に、サマンサはおびえた。そんな中、隣人だという謎めいた男 タイが接近してきて、サマンサは惹かれていく。

良質のミステリです。悪くはないのに、道具立てがありふれていると感じるのは、ミステリの 読み過ぎでしょうか。起こるべくして起きる。精神分析医でありながら、明晰ではない。警察は 無能。だから事件が次々に起きてしまう。恐怖だけがエスカレートしていくストーリー。

斬新さとうまさの両方を求めるのは、酷でしょうね。

ジェラルド・シーモア

【囮 上・下】

アメリカ麻薬取締局捜査官アクセル・モーエンは、ジュゼッペ・ルッジェリオ家がかつてベビー シッターをしたことがある、シャーリーに再び仕事を依頼するという情報をつかんだ。ジュゼッペの兄でマフィアのドン、マリオ・ルッジェリオへ近づくチャンスだった。
イギリスの田舎町で教師をしていたシャーリーに、アクセルは接触を依頼した。

ごく普通の暮らしから、一転して暗黒社会へ潜入する危険を冒すことに、シャーリーもまた スリリングな魅力を感じてしまった。組織からシャーリーへの連絡方法は、腕時計の発信機 だけだった。ベビーシッターをしながら、じっと嘘の生活をしていくシャーリー。そして、 ファミリーの晩餐会にマリオが出席することになった。

アクセル。シャーリー。マリオ。ジュゼッペと妻アンジェラ。予審判事タルデッリ。登場人物 一人一人のストーリーと、縦糸のストーリーがみごとに織り上げるドラマです。ここまで人物が 際立つとは。描く力は大きいです。シンプルなストーリーが、壮大なスケールに構成されてし まったのです。

しかし、危険な仕事であり、仮に逮捕してもまだ新しいドンが生まれることを知りながら、女 性を暗黒世界に送り込むとは。ひどいんじゃない?と、個人的には思わないわけでもありませんが。

メアリ=アン・T・スミス

【テキサスは眠れない】

17年前、二人の男女を斧で滅多切りにした殺人罪で、ロナ・リーは10日後に死刑に なる予定だった。FBI捜査官ポピー・ライスは、事件ファイルを読んでいて捜査の不備を 発見した。悔い改め、神のもとにいくとほほえむロナ・リーは本当に殺したのか。ポピーは テキサスで捜査を始め、州知事に死刑の延期を求めるつもりだった。ところが、次々に 行く手をはばむものが現れる。

冷静で鋭い推理と、行動力。相手の心理をつかむ会話に、ユーモアも忘れない。周囲に潰されず、 振り回してしまう。女性捜査官として、かなり魅力的な存在です。続いていた不調な読書が、 いっきにテンションが上がりました。処刑のシーンも怜悧に描き、思わぬ展開をしてみせる ストーリーも、おもしろいですね。
何作か読んでみようと思います。

メアリ=アン・T・スミス

【かもめの叫びは聞こえない】

FBI特別捜査官ポピーは、景勝地ブロッグ島で休暇を過ごすはずだったが、少女の死体を 発見してしまう。筋肉が痙攣を起こしたまま固まり、鼓膜が破れ、引きちぎられた衣服、 肥満の体の幼い顔が歪んでいた。ダイエットキャンプの参加者だった。島の州警察官に 協力を申し出るが、また死体が見つかった。排他的な島民たちの思惑が行き交う中、連続 殺人事件として、本格的に捜査を開始する。

FBI特別捜査官ポピーシリーズ、2作目です。すっかりベテランの雰囲気で、それでいて 捜査官同士や関わる人間たちとの、スタンスの取り方もいいです。ストーリーも更に 深くなり、冷静でいながら、すさまじい殺人現場のなまなましさも、強烈に描かれます。 ラストは、すごいです。タイトルに納得です。あまり翻訳されていないのが、惜しいですね。

メアリ=アン・T・スミス

【殺人を綴る女】

下院銀オーウェンは、ニューカクストンで起きた三重殺人事件を、本にしてくれと 犯罪作家デニースに依頼した。オーウェンに惹かれ、引き受け調査を開始する。友人の FBI捜査官ポピーは、いつもデニースに鋭い意見を言ってくれた。大統領周辺にまで、探りを 入れるうち、オーウェンが、娼婦とホテルの一室で死んでしまう。

メアリの1作目です。デニースが作家らしい、しっかりとした調査をし、論理的に構築して 行く推理も、魅力です。ポピー脇役ですが、デニースとの弾む会話がいいですね。皮肉も、 ストレートな言葉も、女性の厚い友情を感じさせます。

ジェイムズ・スウェイン

【カジノを罠にかけろ】

カジノで一番古い店「アクロポリス」で、ブラックジャックを勝ち続ける不審な男・ フォンテーンが連日現れた。元刑事でカジノ・コンサルタントのヴァレンタインは ビデオを分析し、ディーラーのノーラが関わっていると疑った。だが目的がもっと 奥深くにあるかも知れないと、ヴァレンタインはさらに男を追いつめていく。

キャッチの印象と違い、地味な展開で進んでいきます。設定もカジノにしてはおとなし目です。 それでも最後まで読ませるのは、共感できる人間が描かれているからでしょう。2作目も 読んでみようかと、思わせてくれます。

ジェイムズ・スウェイン

【ファニーマネー】

元刑事でカジノ・コンサルタントのヴァレンタインは、『ボンベイ』の経営者アーチーから 調査を依頼された。その矢先、40年来の元同僚で親友が、爆弾を仕掛けられて殺された。 ヴァレンタインは、敵を討とうと必死になる。だが、次第に明らかになっていく、意外な 事実が突きつけられる。

カジノ・コンサルタントのヴァレンタインの第二弾です。
カジノのギャンブル性で読ませるのではなく、イカサマに関わるすべての人間像が、なかなか 興味深いのです。女子プロレスラーとの恋もあり、ヴァレンタインが62歳で、がんばり過ぎる 嫌いはありますが、それもキャラとしてアリかと思ってきました。だめ息子ゲリーとの親子関係も、 どうしてもうまくいかない、もどかしさが伝わってきます。

シオドア・スタージョン

【不思議のひと触れ】

「日常」という、いつもの暮らしの中に、ひっそりと潜む「不思議」の10の物語です。

父の留守のとき、義母・グエン母さんに、おもちゃのない部屋で過ごすというお仕置きをされた ボビーは、スタンドの光の中で、指を使い影絵遊びを始めた。だが、それも止められる。一瞬、 暗くなった壁に浮かんだものは・・・。

セピア色の古風な雰囲気を漂わせながら、語られる不思議。上質のユーモアを見せながら、 少し不思議なSFの世界が味わい深いです。じっと、その世界に浸っていたいような、浮遊感が おもしろいです。

テイラー・スミス

【殺意の法則】

ニューヨークでは、乳幼児連続誘拐事件が起きていた。記者・クレアはかつて ロシア・マフィアのボスに接触した時に、恋人のFBIおとり捜査官・マイケルが 殺害された。責任は自分にあるのではないかと、悩まされていた。そんなクレア にドゥーセ特別捜査官と名乗る男が近づいてきた。目的は何か、記事にできる 情報をつかめるだろうかと、クレアは慎重に見極めようとする。

一方美貌のローレル捜査官は、ダンとともに、残された物件から犯人のプロ ファイリングを試みていた。ダンに報告書を届けに立ち寄ったローレルは、 ダンの一人娘レキシーと犬のバッバはとの暖かい家庭に、心を引かれる。

仕事上で見せる強い顔と、一人の人間としての弱さややさしさが、事件が絡む ことによって、極限に追いつめられていきます。いい出来の作品です。

ルイス・サッカー

【穴】

スタンリー・イエルナッツは有名野球選手のスニーカーを盗んだとされ、グ リーン・レイク・キャンプ少年院に送られた。ついていなかった。ひい爺さ んの代から、不運という呪いをかけられていた。
作業は直径も深さも1.5mの穴を掘ることだった。それが更正のためだという。 所長と看守のもと、朝早くから毎日毎日が穴掘りだった。次第に同じ少年たち とも、なんとかうまくやっていけるようになる。

ある日、スタンリーは金色の筒を掘り当てる。力関係から「x線」と呼ばれる 少年が見つけたことにする。所長は狂ったように、穴掘りを急かせた。
スタンリーが字を教えていた「ゼロ」が、レイクから逃走した・・・。

これは、おもしろいです。最後まで一気に読ませてくれました。ひい爺さんの 悪口など、小さな伏線もすべて最終結末へと修練されていきます。
スティーヴン・キングの「死のロング・ウォーク」を思わせる展開が、小気味 いいくらいです。ある意味では完成された物語です。う〜ん。こんなのもある のですね。小説のおもしろさがたっぷりです。

パトリック・ジェースキント

【香水】

18世紀のフランスの町は、悪臭に満ちていた。中庭には小便の匂い。 階段部屋は木が腐り、ネズミの糞が積もっている。暖炉は硫黄の匂い がし、屠殺場には血の匂いが立ちこめている。
魚屋の調理台の下で産み落とされ、捨てられた男の子・グルヌイユは 神父に見放され、施設に預けられる。理由はただひとつ。「匂わない」 からだった。体臭を持たない・・・。それが物語の始まりだった。

どんな匂いをもかぎ分けるグルヌイユは、控え目な男だった。公爵の 香水を調合するバルディーニの元で、黙々と働いた。バルディーニは グルヌイユの作る香水の処方を、自分のものにするために。グルヌイユ は、匂いを商品にすることを学び、徒弟期間終了証を手にするために。

しばらくの間山に身を隠したあと、グルヌイユはパリに戻り、匂いを 自由に操り富も名声も手にするが...。

匂いの小説には、井上夢人の「オルファクトグラム」を読んだことが ありますが、「香水」は、体臭を持たず匂いを自由に操る男の、悲喜劇を テンポのよさと展開で、うならせてくれました。
ほんとうに、おもしろいですね、これは。発見!です。

ベルンハルト・シュリンク

【朗読者】

15歳のミヒャエルは大病のあと、ふとしたきっかけで、年上の女性ハンナと 激しい恋に落ちた。
感情の行き違いも経験したが、ミヒャエルはすぐに自分から謝ることも覚えた。 学校が終わるとハンナの家に行き、読んでほしいという本を朗読する。そして セックスをする。

ある日、ふいにハンナは失踪する、何も告げずに。
時は流れハンナのことは、思い出に変わろうとしていた。大学のゼミで、ナチ スの強制収容所裁判が取り上げられ、ミヒャエルは傍聴に行った。
法廷で、ハンナと再会した・・・。

少年から青年への成長期の物語だけに終わらず、厳しい選択をして人生を 生きてきた女性のこころを、際だたせています。そこに関わった彼が、学んだ ことは大きなものだったのです。「自由と尊厳」。死語になりかけている言葉 への、わたし自身のの熱い思いも、呼び覚まさせてくれました。

マーティン・J・スミス

【人形の記憶】

8年前、婦人警官テレサに暴行し重傷を負わせた容疑で、デラ・ウ゛ェッキオと いう男が服役していた。弁護士・ブレナはその後の捜査から新事実を見いだし、 再審請求を行った。

証人になるべきテレサは恐怖のため、事件の記憶を喪失していた。だがテレサは 記憶が揺らぐことに不安を覚え、心理学者・クリステンセンに相談した。
恐怖に追い打ちをかけるように、テレサに恐ろしい電話がかかってくる。

滑り出しが少しもたついた感があるのは、テレサの記憶の曖昧さを伴走することと、 中心に据える視点の変化が大きいからでしょうか。後半のクリステンセンの展開が おもしろかったです。記憶の喪失、再構築、誤りの訂正。人間の心理は、自分に 都合よく記憶を塗り替えてしまうから、複雑になっていくのですね。

マーセル・セロー

「極北」

雪が全てを包む廃墟と化したシベリアは、無音の世界だ。かつて開拓に夢を持って入植した家族と暮らした家で、メイクピースは独り住み続けていた。だが墜落した飛行機を目にし、旅に出る決意をした。途中にはわずかな人数で生き延びている居住地があり、部族の集落があり、基地と呼ぶ集団がありそこで囚人の身になった。ゾーンと呼ばれる放射能に汚染された地帯から、部品を運ぶ仕事に就かされる。その中で青く光るフラスクを手に入れ、脱走した。

緊張感のある極寒の描写と、開拓に夢を持って入植した家族が次々と倒れ、取り残されて生きているメイクピースの生々しい命をつなぐ行動に引き込まれていきます。けれど、あくまでも架空の放射能と細菌兵器で汚染されている都市は、書き割りに過ぎません。ときどき訳者・村上春樹の斜に構えたきどりがふっと見え、悲惨さも現実感が薄くRPGゲーム的な展開に感じてしまったのが残念です。

ジョン・サンフォード

【一瞬の死角】

銀行強盗に失敗し、逃げ遅れた妻を射殺されたラシェズは、移送中に逃亡した。 警察への復讐のために。

ミネアポリス市警の副部長・ダウンポートを初め、ルーカスたちは必死に 解決に向けるが、あざ笑うように刑事たちの家族が次々に殺されていった。
刑事スタディックは捜査をしながら、警察内部の情報をラシェズに流していた。 ばれないようにうまく立ち回っていた。

ラシェズは、かつての女友だちサンディを半ば人質に取り、事件現場で受けた 傷を治療させた。サンディはなんとか逃亡を試みるが・・・。

刑事の家族たちの恐怖や、刑事たちのキャラがうまく活かされています。派手な アクションシーンも映像として想像しやすいです。いいできだと思います。欲を 言えば、ラシェズがあまり頭脳明晰じゃないところ。周囲の人間の方が鋭い。

エリカ・ジョング

【セックスとパンと薔薇---21世紀の女たちへ】

わたしは読んだことがないのですが、『飛ぶのが怖い』で話題になっ たエリカ・ジョングのエッセイです。タイトルだけを見るとちょっ と遠慮したくなります。でも、中身は鋭い視線で現代の女たちへの 問題を投げかけてくれます。

自分を見つけ、力をつけて自立し、人を心から愛し、人生のさまざ まな楽しみながら生きるすばらしさ。ヒラリー・クリントンはなぜ イバラの道を歩かなければならなかったのか。ダイアナの悲劇は、 どうして起きてしまったのか....。などなど。鋭い!です。

マイ・シューヴァル&ペールヴァールー

【笑う警官】

夫婦の合作だということに惹かれて、読みはじめました。日本では 岡嶋二人のコンビがあり、その作品がおもしろかったので....。

警官一人を含んだ、バスの乗客8人が射殺される。犯人の形跡は雨 に、流されている。わずかな手がかりと、かろうじて息のあった一 人が残した言葉から、犯人に迫っていく。

人物像が読みすすむにつれて、鮮やかに浮かび上がる書き方がすごい。 30年前の作品とは思えない、斬新な設定と人間的な警察官が印象に 残ります。

マイ・シューヴァル&ペールヴァールー

【消えた消防車】

尾行して監視中のアパートが、突然爆発炎上する。ラーソン警部は 消防署に通報し、一人で夢中で住人の救助に当たる。だが、なぜか 出動が遅く、消防車が着いた時には、建物は焼け落ちていた。

4人の死者と重軽傷者7人。事故か、放火か。細かな現場検証と、 関係者からの証言の中から、意外な事実が浮かび上がってくる。

衝撃的な火事の場面展開から、地道な捜査とのバランスがいい作品 です。

マイ・シューヴァル&ペールヴァールー

【バルコニーの男】

ストックホルムで起きた連続強盗と、連続少女殺人事件。

ラーソン警部とマルティン・ベッグとコルベリたちは、目撃者たち から(3歳の男の子まで!)の話を聞き、犯人を追って行く。玉石 混合の証言は、絡まりもつれている。それらのひとつづつを解きほ ぐしていき、脈絡をつけ、事件を明らかにして行く。

純正のというか、正統派の警察小説です。「北村薫」的な丁寧な作 品で、なかなか味があります。

チョン・セラン

フィフティ・ピープル

初の韓国作家の連作短編小説集です。きちんと生活し生きようとする人々の、いい捉え方の話です。底に流れる国のどうしようもない貧しさが、見え隠れします。逆に一人一人の優しさや思いやりが、いつの時代かの日本の暮らしを見ているようでもあります。心がどこか痛みます。

「イ・ホ」感染症内科専門医。診察より講義を受け持ち、ひょうひょうと接している。美大生の妻と知り合い、ゆっくり遠景や近景を楽しむ。ボランティアで底所得者たちへの訪問。二人で一緒に死ぬことを夢見るほのぼのとした話。
「チョ・ヒラク」高校生で『ペーチェット病』発症。ドラマーになる。今も関節炎を抱えている。ジャズバーを営み、常連の紳士との会話を楽しむ。ビルの建て替えで4年で閉店。いい雰囲気の店。カウンターにそっと腰掛けてみたかったです。
「ソ・ジンゴン」建築会社で働く。足場から転落事故。見舞いに来た息子はそれでも建築学科に進むと告げる。
「パク・イサク」母と学生アルバイトの息子の暮らし。一緒に古い映画を見る空気感がいい。
「ヤン・へリョン」キャディの仕事。クチナシの実を取ろうと木から落下。骨盤骨折で入院。費用はその前の客がアルバトロス=パー4の第1打目(ホールインワン)、パー5の第2打目=。費用も休んだ給料も負担してくれた。中国での新規マナージャーの仕事のオファーまで。夢をみられる時代。日本だともっとシニカルな見方をしてしまう。

貧しい時代にも職人技で進んできた日本。インフラも材料の製造も安価を求められて進んだ韓国。深読みすると、国の歴史や政治、人間性や未来も考えることのできる1作です。登場人物51人の相関図を書いた読者もいて、なるほどと思いました。どこかで繋がっているのです。そういう読み方も面白いですね。

ロバート・J・ソウヤー

【フラッシュフォワード】

21年後の未来へ、地球上の全人口が飛んだ。

だいたんな設定に、冒頭から引き込まれてしまった。ロイドとテオは 素粒子研究所での大規模な実験が失敗し、数分間数十億人の意識が、 未来を見てしまった。

恋人とは違う女性と結婚しているロイド。銃弾に倒れ死亡している テオ。科学者としての推論。なんとか未来は変えられないものか....。 未来は確定したものなのか。

時間の流れの新しい問題。これは、おもしろかった。わたしが興味 を持っているテーマなので、なおさらです。

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