冬の再訪も近い星の不穏な時代。村長の甥で17歳のハーディは、伝説の女性ブラウンアイズと同じ瞳の色の少女チャームと出会う。記憶遺伝子を持つこの星の人間は、罪の記憶が遺伝することを恐れ、犯罪はまず起きない。だが少年と少女は、背中を刺された男の死体を発見する。ノス村とヤム村は食糧危機を解決すべく、電子工学を駆使する「地球人」との交渉が始まる。
異星人との不思議な共存です。飢餓の時期が長くなりそうな状況で、それぞれの思惑が狂い出します。自然の猛威と、住民たちは必死に生きる方法を探り出そうとします。どんな状況でも、若い人々の恋は芽生えて行きます。重苦しい風景だけではなく、夢のような美しい描写もあり、想像を掻き立てられます。住人と「地球人」との、心の繋がりもありながらの最後の選択が、何をもたらすのか。地球上での出来事としても考えられる面白い物語です。
1.疫病:「赤い死の仮面」エドガー・アラン・ポー
「エボラ」を思わせる病。城壁の中に罹患していない人々と、自らを隔離する公爵=安全という囲いが、あっという間に崩れる危うさ。筆致がさすがです。
2.天然痘:「レディ・」ナサニエル・ホーソーン
貴族エレノア歓迎の華やかな舞踏会の後に恐ろしい病。エレノアに焦がれた平民の若者は病にかかったエレノアのマントを引き剥がし姿を消す。疫病の源だったマントを纏った人形を、群衆は燃やす。図らずも庶民が疫病を抑えたのです。
3.コレラ:a.「見えざる巨人」ブラム・ストーカー
小鳥が少女の周りを飛び、病の危険を知らせる。巨人が見えた少女と、知恵のある老人の二人は人々に警告するが聞き入れられず、死んでいく。少女は看病に明け暮れる。巨人は「無垢と献身が国を救う」言い残して去っていく。詩情のある不思議な読後感です。
b.「モロウビー・ジュークスの奇妙な騎馬旅行」ラドヤード・キプリング
c.「一介の少尉」ラドヤード・キプリング
ボビーは少尉として赴任した連隊は、エリート紳士兵揃い。魚をさばくドーマーと共に釣りをした。病にかかったドーマーを看病し奇跡的に回復させが、感染したボビーが死んでしまう。男同士の友情の切り口が新鮮です。
4.インフルエンザ「蒼ざめた馬 蒼ざめた騎手」キャサリン・アン・ポーター
横たわるミランダの。馬を駆る。新聞社で記事を書くための観劇。病院への慰問。休暇中の兵アダムとの心弾む会話。重症化したミランダは入院。夢想に引き摺り込まれそうなところを、看護婦が死の淵から救い出す。元の部屋に戻るがアダムの幻は消えてしまった静寂・・。
5.疫病の後「集中ケアユニット」J・G・バラード
生き延びた人類の最後の姿は、あまりにも悲惨。
現代にも通じますが、富裕層と底辺の人々が疫病で受ける格差に暗澹としました。解説の石塚氏の、時節に合わせた作品集の収録は見事です。解説も長く、これだけで全体像も見えます。
セルビア人勢力の攻囲下にあったサラエボ。戦争犠牲者の鎮魂のために、ひとりのチェリストが統弾も恐れず、22日間街路で“アルビノーニのアダージョ”の演奏を続けていた。無差別攻撃の恐怖に怯え極限状態におかれた、水や食料の欠乏に苦しむ生活を強いられる市民の耳に届いたチェロの音色は、はたして何をもたらしたのか。
実話をもとにした創作です。1991年、かつてオリンピックも開かれたボスニアのサラエボの内戦が始まります。チェリストを守るため、狙撃兵としての任務に就く女性・アロー。4日に1度、隣人の老婆の分も含めポリ容器6個を腰と両手に下げ、危険地帯を横切って水を汲みにいく男・ケナン。妻子をイタリアに避難させ、パン工場に勤めて給料代わりのわずかなパンの支給から、妹夫婦に分けているドラガン。それぞれの心理や人々を静謐なタッチで描きながら、かすかではあっても祖国の復興を願っているのです。そしてどんな状況になっても、人として生きたい、誇りを捨てたくないというぎりぎりの切ないまでの選択をしていきます。すごい作家ですね。邦訳されたら、他の作品も読んでみたいと思います。
パリで暮らしているアメリカ人の著者が、自宅の近くで見つけたピアノ再生工房で、ピアノ職人リュックと出会い、気難しかった空気が和らぎ、ようやく集めた古いピアノを見せてもらえるようになります。製造された時代や国や種類の異なる、数十台のピアノが並ぶ光景は圧巻です。かつて弾いたことのある著者が、ピアノ教師についてレッスンを再開していくうちに、さらにたくさんのピアノや、調律士、ピアノ教師等々、ピアノに関わる人たちと親しくなっていき、ピアノと、音楽を愛する人たちの壮大なドラマが見えてきます。
わたしがかつてチェロを弾いていた頃の感覚を呼び覚まされ、夢中になって読みました。ノンフィクションですが、小説仕立てになっています。自分や親しい人のための私的な演奏を好む人々や、彼らを支える職人たちと穏かで心温まる交流が描かれています。リュックがピアノに囲まれ、光が差し込むフロアで恋人と踊る場面も、秀逸です。さらにピアノの歴史とか、過去のピアニストの逸話、作曲家のモーツァルトやベートーヴェン、ショパン、リストに関す逸話や、パリのピアノ教育事情なども紹介されますが、決してたいくつな資料や歴史ではなく、おもしろく引込まれる描写になっています。パリそしてフランス、ヨーロッパの音楽、文化の歴史の深さに、あらためて驚かされます。音の響きや心理を、こんなふうに描くこともできるのかと、著者と訳者に脱帽です。
ピアノの反響版の木材を、数世代も引き継いで育てて使う話に、チェロの楽器の木材が300年前のものだという、かつての先生の話が甦ります。一度弾かせてもらった楽器の音色の素晴らしさが、手に伝わってくるようでした。著者と共に色々なピアノに魅せられ、めくるめくピアノの世界を旅し、読み終わってからピアノが弾きたくなる本でした。わたしも、友人に預けているチェロをもう一度手に取りたくなりました。ピアノだけではなく、音楽の世界の官能的なまでの美しさを、充分に味わえるすばらしい本だと思います。
マフィアボスの息子として生まれたヴィニーは、やさしいパパに守られて育った。だが、21歳の誕生日、マフィアの一員としてファミリーとなるための儀式に参加する。彼の未来に自由はなかった。ヴィニーの心はマフィアの組織の中で次第に荒んでいく。しかし、母の死の衝撃的な真相を知り、直接麻薬に手を出したため逮捕されたことで、ヴィニーはかつての自分を思い出す。意を決した彼を待っていたのは・・・。
マフィアボスの息子が描いた、本物のマフィア小説だそうです。若いヴィニーの苦悩や葛藤が、よく描かれています。ただ暴力の波に流されてしまい、獄中で心が変わるあたりは、リアリティにかけます。そのために、ラストが活きてこないのではないかと思います。映画化なら、うまく扱えそうな素材になる作品でしょう。
アエメールは、5,000年前のメソポタミアのウルクで女神イナンナの女大祭司として、数字の書き方を学んでいた。クギと山形と線で表す60進法のやり方は、とても難しかった。2,500年前バビロンでは、アエメールは夢占い師で、2本の斜めのクギを発明した。1,300年前のバグダットでは、奴隷の踊り子のアエメールは、盗賊からついにスンカ=ゼロを学び取り、2003年のバグダットに考古学者として現れる。
それぞれの時代の人々が、アエメールという女性との関わりを持ち、恋をしたり友情を感じたりしていきます。自由人としてのアエメールの探究心と、毅然とした生き方が印象的です。ゼロとはなにか。数学に多少の関心を持った人なら、一度は聞く命題です。ゼロの歴史を5,000年間の愛のストーリーに仕上げた作品として、描いて見せるうまさに脱帽です。難しい数学ではなく、ラブストーリー、冒険物語として楽しめます。
老舗コーヒーハウスの女主人・クレアはいつもの朝のように出勤すると、階段から転落したアルバイトのアナベルを発見した。警察は単なる事故として処理するが、不審に思ったクレアは捜査を始める。
エスプレッソに焼きたてのお菓子の香りに包まれてしまう、作品です。焙煎したての満ち足りた香りが強い分、ミステリーとしてのおもしろさはあまり感じられません。クレアが、おせっかいな女性にしか見えないのが残念です。エスプレッソは、大変美味しそうでした。
一冊の本が、古書店の片隅で買い手が現れるのを待っている。ヴァカンスまでに売れなければ廃棄処分、と宣告されている本が、ちょっと身につまされる独白を始める。
良い本なのに、60年前の出版ですでに時代遅れになっている古書の悲哀が伝わります。シニカルなユーモア口調が、いいですね。一緒に並べられ本への、複雑な感情がさらりと語られます。嫉妬、憧憬、軽い嘲笑、などなどが、わずか60ページに埋め込まれています。
きわめて知的で魅力的な青年ジェレミーは、カーソン刑事の兄で連続殺人犯だった。彼が施設を脱走してニューヨークに潜伏した時を同じくして、新たな連続惨殺事件が起きる。カーソンに密かに送られてくるジェレミーからのメッセージをたどっていくと、謎めいて進行させる犯罪計画に突き当たった。
無駄のない文章や描写、緻密なストーリー展開と登場人物たちの深さにも驚かされます。頭脳明晰な作家なのだろうと、強く感じさせます。捻りもうまく、ジグソー・パズルのように解き明かしていく最後のピースが、みごとにはまります。凄惨な殺人と、美的とさえ言える論理性と衝動とのバランス感覚は、ほんとうにうまいなと思います。2作目のサイコ・サスペンスですが、前作より抜群に冴えています。
刑事カーソンは連続放火殺人を解決したが、功績は新たに配属された部署の上層部が取りあげた。カーソンは気にすることもなく、同僚のハリーとともに今度は頭部を切断された死体と向き合うことになった。女検死医ダヴァネルは冷徹な解剖をし、死体にある落書きを記録した。カーソンは連続斬首事件解決のため、暗い過去・弟ジェレミーと対峙した。
警察内部の権力構図と、現場で働く刑事たちの苦悩がシニカルに描かれます。暗くなり過ぎない軽妙な会話が救いになっています。ラストの思いがけない犯人像も、納得のいくものでした。手堅い作家ですね。
死体は蝋燭と花で装飾されていた。事件を追う異常犯罪専従の刑事カーソンは、30年前に死んだ大量殺人犯の絵画が鍵だと知る。病的な絵画の断片を送りつけられた者たちが次々に殺され、失踪していたのだ。殺人鬼ゆかりの品を集めるコレクターの世界に潜入、複雑怪奇な事件の全容にカーソンは迫っていく。そんな時、電話をかけられないはずの兄・ジェレミーから呼び出され、特別の「施設」に出向いた。
兄との微妙で絶妙な関係が、単なる連続殺人事件に終わらずおもしろくしています。ブラック・ユーモアも満載です。テンポのいい展開と猟奇的な殺人事件が、ぐいぐい引きつけて読ませるのです。ヘビィな食事のようであとで胃に重くなるのですが、また読みたくなるのが不思議です。
惨殺された女性記者。酒場で殺された医師。刑務所で毒殺された受刑者。刑事カーソンの前に積み重なる死。それらをつなぐ壮大・緻密な犯罪計画を、カーソンは暴くことができるのか。
デンポ、切れ味、ブラック・ユーモアがいいですね。今回は兄の出番がありません。豪族が街を支配し、なんでもできてしまうお金の力を否応なく見せつけられます。醜悪さが象徴的です。だからこそ、刑事たちの正義がささやかですが芯となって生きてくるのでしょう。うまい作家ですね。
建築家の僕は、ちょっとしたいたずら心で、口ひげを剃ってみた。妻のアニエスは気づかない。友人夫妻も僕の頭がおかしくなったと言い、次第にエスカレートしていき、アニエスは精神科に見せようとする。5年間の結婚生活の間の写真も、目にすることができない。設計事務所の仕事仲間も、気づかない。すべては妻の陰謀なのではないかと、僕は次第に恐怖に駆られていく。
些細なことから自、分のアイデンティティを失ってしまう怖さを、うまく描いています。「僕」に名前がないことが、さらに人間の存在の危うさを強調しているようです。作者のしっかりした構成と、展開のみごとさに脱帽です。それにしても、舞台になる場所や人物像の怪しいまでの雰囲気が、濃厚ですね。
キャロル・スターキー刑事は、かつて爆発事件で瀕死の重傷を負い、恋人を失っていた。セラピーを受けながらも、ときどきはタバコとジンをポケットに忍ばせずにいられない。またしてもロサンゼルスで爆発事件が発生し、同僚のリッジオが死んだ。破壊力のある精巧な爆弾で、連続して起きている事件の犯人・ミスター・レッドかと思われた。スターキーを追い抜こうと捜査に加わるマージク。犯人を追いつめようとするFBI特別捜査官・ペル。
爆弾の知識が豊富な作家です。それに魅了される犯人たちの心と、犯人を憎み、恐れを持つ心も描いています。ストーリーも、最後まで引きつけられました。本心からは人を信じることのできない、刑事と言う職業意識に苦しむスターキーを、魅力的なキャラとして読ませます。
他の作品も読む予定です。
ロス市警の刑事スコットは相棒の警察犬とパトロール中、銃撃事件に遭遇する。銃弾はふたりを襲い、相棒は死亡、スコットも重傷を負った。事件から九カ月半、犯人はいまだに捕まっていない。警備中隊へ配属となったスコットは、同様に大切な相棒を失ったシェパードのマギーに出会った。新たな相棒を得たスコットは一緒に動き出す。
心身ともに傷の残る二人の、心理はとてもせつないです。マギーの嗅覚を共有するようにして、事件の解決へと迫っていきます。あまり犬好きではありませんが、この作品を読むと犬の気持ちが理解できるような錯覚を持つほどです。人間も自分に害を及ぼす相手を嗅ぎ分けられたらいいですね。達者な作家です。
ロス市警警察犬隊スコット巡査と相棒のシェパード・マギーは、逃亡中の殺人犯を捜索していた。マギーが発見した家の中には、容疑者らしい男が倒れており、さらに大量の爆発物が見つかった。同じ住宅街で私立探偵のコールは、失踪した会社の同僚を探す女性の依頼を受けて調査をしていた。幾重にも重なる偽りの下に眠る真実。
警察犬と巡査の強い信頼の物語と、コールと相棒・パイクの二つのストーリーがうまく絡み合っています。一気に読ませるのはさすがです。警察物のおもしろさを楽しめます。
1889年、ロンドン警視庁に殺人捜査課が設置された。年間数千件発生する殺人事件に挑む刑事は、わずか12人だった。幼児労働、人身売買、誘拐がまかり通っていた。かろうじて指紋操作が取り入れられ、科学捜査の第一歩が始まった。切り裂きジャックの恐怖が残る街で、捜査に忙殺される中、仲間の刑事が無残な死体となって発見される。捜査を命じられたのは、新米警部補のディだ。
煙突掃除のために幼児が使われたり、闇で子どもの誘拐・売買が行われている時代です。救われるはずの救民院の悲惨さなど、貧困を背景にして起きる殺人事件。科学捜査が発達したいまとは違うのです。死体を切り裂いた凶器の特定や糸くず、指紋、アリバイからようやく推理実証するのが、いかに大変かが感じられます。それでも聞き回って収集した情報から、犯人を逮捕して行く刑事の勘と粘り強さを印象付けます。展開の早さと、信念を持った刑事たちの動きが、全体を重くせずに読ませてくれます。
ハリーは冴えない中年作家で、シリーズ物のミステリ、SF、ヴァンパイア小説の執筆で何とか食いつないできたが、恋人のダニエラには愛想を尽かされ、家庭教師をしている女子高生・クレアからも小馬鹿にされる始末だった。だがそんなハリーに逆転のチャンスが訪れた。かつてニューヨークを震撼させた連続殺人鬼・ダリアンから、告白本の執筆を依頼されたのだ。死刑執行を3ヵ月後にひかえた死刑囚の本は、ベストセラー作家になり周囲を見返す魅力があった。ハリーは、刑務所に面会に向かった。
しがないゴースト・ライターがのハリーが、否応なく現実の殺人鬼と立ち向かうことになる、なんともすさまじい作品でした。しかもダリアンが後ろから付いてきているような、残忍な殺人事件が起こってしまいます。残忍な殺し方が過去のダリアンのものと、そっくり同じなのです。ハリーは第一容疑者扱いされながら、これまでの作家家業で身に付けた推理で、なんとか危機を切り抜けていきます。
ダリアンの語るストーリーが、まるで作家が仕掛ける虚構の世界のようです。しかもハリーは彼に動かされているのではないかと思い、真実にせまっていく展開が「二流」作家のようなのです。入れ子細工の迷宮に足を踏み出した感じがします。しかも作中のヴァンパイア小説やSF小説がじつにうまく、熱狂的なファンがいるのも頷けるレベルなのです。でも、もっとも作家になりたかったのはダリアンだったのかも知れません。ラストまでくるりくるりと幾度も結末が反転し、テンポもよく推理もみごとで、すっかり虜になりました。他に翻訳されていないのが残念です。
最近日本の作が多かったので、文章の雰囲気にほっと和みました。主人公のボッシュ刑事の視点でシンプルに進むのも、その効果を上げました。ただ、途中でテンポがゆる過ぎるのは、困りましたが。
散歩中の犬がくわえてきた骨は、20年前行方不明になっていた少年のものだった。だが、骨には長い期間暴行され、治療を受けていない痕跡があった。ボッシュ刑事は、真相解明に乗り出すが、追いつめかけると、別な真相が浮かび上がり、そこを追うと複雑な闇に入ってしまう。一緒に犯人を追っていた警官のジュリアが銃弾に倒れるが、それすら犯人に銃撃されたのではなく、暴発事故の様相を見せ、ボッシュ刑事は苦境に立たされる。
ベテランの書き方です。うまいですね。ただあまり優秀な刑事とは言えない人物の、好みが分かれそうです。
元FBI捜査官マッケイレブは、激務から心筋症で引退し、幸運にもドナーからの心臓移植を受けた。回復までには相当の時間を必要とした。父から引き継いだボートの修理をしているところへ、グラシェラという見知らぬ女性が訪れた。妹のグローリーを殺した犯人を見つけてほしいと。断るマッケイレブに突きつけられたのは「あなたの心臓は妹のものよ」。
単純なコンビニ強盗に撃たれたと思われた事件が、警察やFBIの捜査ミスがあり、さらに別な事件と絡み、次第にマッケイレブは追いつめられていく。
実力派のストーリーテラーです。何が殺人に駆り立てるのか、人間の心の奥まで描きつくそうとしています。思わぬ幸運や、アクションの幸運や、犯人へのあまりにもうまい接近などがあるものの、おもしろく読ませてくれます。
重傷を負ったコークが避難した小さな町で身元不明の水死体があがった。わずかな希望を支えに生きていた14歳の少女が殺されたのだ。さらに明らかになった20年前の少女殺害事件との関連はどこにあるのか。警察の他に、ジャコビがかけた懸賞金目当ての男たちにも狙われる。自分の身の潔白の証拠をつかもうとするコークの、必死の反撃が始まる。
手助けをしてくれた少年レンと少女チャーリーとその母親の、気丈さが小気味がいいです。不気味で獰猛な獣がうろつく土地で、はらはらさせながら危機をくぐり抜けていきます。けれどチャーリーにまで別の殺人の容疑がかかり、逃げることになります。ストーリーテラーの本領発揮ですね。最後で救われるので後味も悪くありません。うまい作家です。
シカゴの不動産王ルイス・ジャコビの息子が惨殺死体で発見された。保留地での火事の経営権を巡るトラブルか。保安官に復帰したコーク・オコナーは、捜査中に何ものかに狙撃される。最愛の妻と子どもたちにまで棄権が迫り、熱い心を持つが不器用なコークは最大の窮地に立たされる。
丁寧な描写が街の空気まで浮き上がらせ、スピード感のある展開で一気に長編を読ませます。設定としてはよくある殺人事件でありながら、おもしろいです。ラストのコークの逃亡は、次作への布石です。完全に次も読みたくなります。
カナダのオーロラの町はカジノの恩恵を受けている。その一方で深い森と湖があり、その日も吹雪だった。元保安官のコークに、新聞配達の少年が行方不明になったので探してほしいと、母親のダーラから依頼があった。最後の配達先の、老判事が拳銃自殺死体で見つかった。だがコークは殺人と判断し、少年が巻き込まれた事件の、捜査を始める。
弁護士で別居中の妻のジョー。恋人のモリー。大統領を目指すサンディ。保安官のシャノー。先住民族の血の流れを引くコークは、占い師のメルーが『ウィンディゴ』の呼び声を聞いたと言ったのを気にかけていた。捜査を進めるうち、また死体が発見される。今度は他殺だった。
冬にオーロラの見える町の、自然の美しさ、人と人のつながりの温もりを感じさせます。本当に美しい描写です。おそらく原作の持つ美しい自然への畏敬の念が、作品を悲惨なものにせず、人間の心に渦巻く欲望を際立たせるのでしょう。更に訳のうまさがそれを引き出していると思います。そこで起きる恨みや利害が絡む事件が、人間らしさを保ちながら悲劇のレールを走ることになったとき、自然の持つ力が浄化させるのかも知れません。
筆力があり、人間を描ける作家との、またひとつの出会いでした。
カジノの恩恵を受けているオーロラの町。深い森と湖。ハンバーガースタンドの主人・コークは元保安官だった。弁護士で別居中の妻のジョーと子どもたちと、なんとか復縁したいと思っている。禁煙し、ジョギングを自らに課している。湖のそばに隠れて暮らしていた、人気女性歌手シャイローが行方不明になったので、探してほしいと父親から依頼があった。FBIのブッカー捜査官、保安官のシャノーも同行するという。
食料をいつも届けてくれるウェンデルが、3日も来ないため、シャイローはカヌーをこぎ湖に出た。一方、捜査を始めるコークたちの行く手で、謎の人物に襲われた死体が発見される。殺人鬼がいる・・・。
クルーガーの2作目です。今回は、より人物を色濃く描いていきます。コークの幼い頃や、シャイローの過去など。それぞれの物語を抱えた人物が、触れ合ったり離れたり、次々に起きる事件を通して、関わりを深めて行きます。深い森の自然がもたらす恵みと、人間の欲望が引き寄せる災い。感情の揺らめきまでもが、美しい自然の一部分に過ぎないと作者は思っているようです。ハードボイルドな空気も濃厚です。
カジノのホテルで、射殺死体が発見された。25口径で、後頭部に2発。ラウべガス市警犯罪捜査課・科学捜査班のグリッソムたちと、警察、FBIまでが入り乱れての捜査合戦が始まった。科学捜査班はあくまでも証拠物件の発見とその追跡、そして膨大なデータとの照合にある。
何年も空き地だった建築現場の古いトレーラーの下から、ミイラ化した死体が見つかる。おそらく10〜20年前のものだった。だが、頭蓋骨には2発の銃弾のあとがあった。同じ犯人でプロの殺し屋によるものではないのか、捜査陣は色めき立った。
ドラマを、小説化したものでした。設定はおもしろいのですが、キャラが立ってきません。そして小説に欠かせない、熱いものがなく、淡々とユーモアセンスのある会話を中心に進んで行きます。原作ならば、よかったのでしょう。失敗でした。
コンビニのゴミ箱で、メッタ刺しにされた女性の死体が発見された。同棲していた相手から一方的に出て行かれ、不眠症に悩まされてもいたシカゴ警察署ジャック・ダニエルズ警部補は、捜査を指揮し、犯人の手がかりをつかもうと必死だった。だが連続殺人が起こる。さらに、ジャックの車の中に置かれていたチョコバーを同僚が食べ、大量の針で大怪我をする。あきらかな犯人からのメッセージだった。FBIのプロファイリングという邪魔をものともせず、
犯人に立ち向かっていく。
女性警部補の思考回路の明晰さと、行動力がじつに魅力があります。偏執狂の犯人の行動は、怖くて、ぞくぞくさせてくれます。これはいいですね。次の作も期待できそうです。
13年前、麻薬とアルコール漬けになっていた、まだ21歳のマリーは二人の売春婦仲間を殺して服役した。過酷な刑務所を息抜き、成長して仮出所した。頑固でマリーに厳しく、自殺した息子のマーシャルを愛していた母のルイーズと、言いなりになっている父・ケウ゛インと、妹・ルーシーたちは、その日を恐れていた。決してマリーを許そうとしなかった。
なんとか仕事をみつけたマリーは、自分の娘のティファニー、息子のジェイスンに会いたかった。だが愛人だった麻薬密売人・パトリックが、ティファニーをドラッグ漬けにして売春させていることを知る。さらに、かつて殺した仲間のブラック家から魔の手がのびる。
復讐を誓うマリー。
ブラックな世界を描きながら、一人一人の心理を執拗なまでに深く追っていく作者は、もろい人間の心をあぶり出そうとする。マリーがおろかではなく、けれど冷静過ぎず揺れる感情も持ち合わせていることで、全体をぴしりと引き締めています。映画にしてもスリリングな心理描写に焦点を合わせるでしょう。力作です。結末が早めにわかってしまったので、その点が惜しいです。
老刑事・リーバーマンは、深夜に呼び出された。シェパード巡査部長が、妻と不倫相手の男を撃ったのだ。さらに大量の爆弾や食料を持ち込んで、ビルの屋上に立てこもったという。要求は、将来有望なパートナー・カーニー警部を屋上に来させるというものだった。
ヘリコプターで状況を把握し、狙撃する計画が立てられた。一方シェパードはマスコミの取材も受け、あくまでもカーニーが来なければビルを爆破すると強硬な姿勢を崩さなかった。事件の展開に連れ、登場人物の背景が次々に明らかになっていく。犬と立てこもるシェパードの、真のねらいは何か。
すっきりとした展開が映画を思わせ、それでいて一人一人の心理の描写がうまいです。リーバーマンに信頼を寄せる悪役のエル・ペロのキャラが、際だっています。シリーズになっているので、ほかの作品も読みたくなりました。
シカゴの刑事・リーバーマンが行くユダヤ協会をはじめ、いくつかの協会が襲撃され、大切な聖典を奪われた。初めはネオ・ナチ集団の仕業かと思われたが、アラブ人とも推測された。街中が悲嘆にくれたが、人々は復旧に向かおうとする。だが、その裏で暗躍する憎しみに満ちた存在を、リーバーマンたちは追いつめようとした。
人種のもつれや宗教の違いなどが、わからないままストーリーが進んでしまいました。一人一人の造形もうまいのですが、時代の差がありすぎて、おもしろくありませんでした。
グウェンが「めまい」に襲われたのは高校のカフェテリア。それがすべての始まりだった。そもそも、タイムトラベラーとして準備をしていたのは、いとこのシャーロットだったのだ。ところが実際に過去に飛んだのは、何の準備もしていないグウェン。相棒のギデオンは気絶しそうなほどステキだけど、自信過剰で嫌なやつだが守ってもらうしかない。グウェンを守ろうと母は必死になる。
明るい性格のグウェンが中心なので、軽快なストーリー展開がテンポよく読み進められます。緻密な歴史的背景の描写も、楽しめます。タイムトラベルした時代は、馬車や馬が走り、男性がカツラを着け、女性がコルセットをして広げたスカートとロールヘアという中世。繰り広げられる人間模様も。どの時代かで実行された陰謀。3部作ということなので、あと2作読みたいと思います。
タイムトラベル能力の調整のために行う「時間消化」中に若き日の祖父と出会ったグウェンドリン。2人はギデオンや〈監視団〉メンバーには内緒で、ルーシーとポールがクロノグラフを盗んで逃亡した謎を解明しようと画策する。クロノグラフが12人のタイムトラベラーの血を読みこんだとき、一体何が起きるのか。
タイムトラベルで出会う、過去の系譜の人たち。おじいちゃんとの会話に心が温まりました。ギデオンへのもどかしいグウェンドリンの恋心に、少々気恥ずかしいですが純粋さがいいですね。思いがけず気丈に危機を切り抜けていく、強さも併せ持っています。テンポがよく、ラノベのように楽しめます。
サンジェルマン伯爵から告げられた残酷な真実に、グウェンドリンの恋心は荒れる。そんななか、盗まれたクロノグラフの隠し場所がついに明らかになる。〈監視団〉メンバーやいとこの目をかいくぐり、若き日の祖父の協力のもと伯爵の陰謀に迫るグウェンドリンだったが、相棒・ギデオンとの関係はこじれたまま。〈監視団〉はメンバーの中に潜む裏切り者の正体を暴くため、18世紀の舞踏会に2人を送りこむ計画を進めていた。
サンジェルマン伯爵の計画を阻止しようとする、グウェンドリンとギデオンの行動が思い切りがよく痛快です。人間の欲望が、永遠の命を得ること。その間に何をするのか。重くならずに描いてみせました。いいラストです。
生きたまま埋葬されたら/隕石が当たったら/樽の中に入ってナイアガラの滝下りをしたら/タイムトラベルをしたら/太陽の表面に立ったら・・45項目の死に方を、科学で読み解く、世にも不謹慎で真面目な思考実験。
多くの死に方を、科学的に少しばかりシニカルにからかいの含めてユーモラスに描かれています。美しい死に方のひとつに「宇宙空間からスカイダイビングしたら」というのがあります。宇宙ステーション(高度400キロ)から宇宙服を着て落ちる。だが秒速8キロの速さで横に動くので、いつまでも地球に降りられない。そこで減速用ロケットエンジンを着けて。落下を始めると地上100キロ点で、マッハ25G(音速の25倍=時速3万キロ超)がかかり、体は潰れてしまう。いくつもの破片になり、1600度の高熱で蒸発し、炭素・水素・酸素・窒素のガスになり、原子から分子が引き剥がされ、輝くプラズマとなって落ちてくる。地球からは美しい流れ星に見えるだろう。大気中を漂い、原子核が新たな電子と巡りあい原資となって地表に舞い降りる。一粒を人間が吸い込むかもしれない。そんな最後でも、数前年後にまで存在する一つの方法かもしれませんね。期待とは少し違う方向でしたが、充分に面白く楽しめます。人生って楽しいです。こういう本に出会えるのですから。
ソフトウェア開発で億万長者になったジョーは、前触れもなく広場恐怖症になった。外に出られなくなり、ニューヨークの地下グランド・セントラル駅の下にある屋敷で暮らす。介助犬エジソンとともに地下鉄の線路沿いに日課の散歩に出たジョーは、煉瓦の壁にハンマーを叩きつける男と遭遇する。崩れた壁の中には古い白骨が現れる。だが男はまだなにかを探し、殺害される。広場恐怖症のジョーは警察に容疑をかけられ、エジソンと一緒に張り巡らされた地下鉄道や抜け道を駆使してひたすら逃げる。
地上に出られないジョーを、よく地下だけで冒険させるものです。理性的思考とパニック思考との落差がユーモラスです。過去のウィルス殺人兵器の使い方もうまいです。個人的には殺し請負人のオザンがカッコいいキャラクタが好きです。映画のような楽しみを味わえる作品です。
刺されて死んだ若い男。警察署の廊下に張り出されていた写真の一枚。事件記者ハンナは、写真の中に弟の死体を見つけた。美貌の女装歌手として愛されていた弟はなぜ殺されたのか。この手で絶対に殺人犯を突き止める。そう決意して調べはじめたが、ハンナの息子だと主張する謎の少年アントンが現われたことにより、社会の裏にうごめく様々な思惑と対峙することになる。
ナチス政権前夜のベルリン。背景は重いですが、人々は暮らしていくのです。食料のために働き、ハンナは記事を書くために足で多くの人と会い、気の休まる時もないのです。銀行家のボリスと出会い惹かれていくのを潔しとしないハンナの気丈さが、とても魅力的です。女性は強い。どんな状況にも希望を捨てなければ生きていける。そんな読後感を残してくれます。
不妊治療にクローン技術が実用化され、その第一人者のデイヴィス医師は、娘を惨殺されてしまう。反クローン派の攻撃なのか。復讐を誓ったデイヴィスは、残された精液を使い、何も知らせず患者のマーサに用いる。犯人と同じ顔の人間を作ることにしたのだ。少年ジャスティンは、聡明で探究心旺盛に育つ。バーチャルゲーム「シャドー・ワールド」の中で、殺人事件の犯人が、現実世界の犯人「ウィッカーマン」だと推理した。母・マーサから出生の秘密を明かされたジャスティンは、母が裁判所に接見禁止命令を出させたデイヴィスと、接触する。
題材に引かれて読みました。クローンの存在というほんとうの怖さは、自分と同じ体で同じ思考、嗜好の個体があるということなのだと、改めて思いました。双子とはまったく違います。登場人物がやたらに多くて、それぞれの描写が冗長です。ゲームの必要性も、あまりなかったのではないかと思います。ゲームの中でも現実のクローンを作るのと同じように、キャラを作るというのは、現実の自分が持っていない力を、持ちたい願望でしょうか。途中で飛ばし読みをしながら、ようやく読み終えました。デイヴィス医師もジャスティンも普通の人であり過ぎて、半端な感じがします。もっと冷徹な思考回路の人物にしたらよかったのに。
800人の弁護士が所属する法律事務所で、100万ドルの年収とパートナーの地位を目指すエリート弁護士マイクル・ブロックは、事務所に侵入したホームレスの男に銃を突きつけられる。警官の狙撃で救われるが、仕事への関心をふいに失ってしまう。男の動機を追うマイクルは、ホームレスを支援する法律相談所の所長モーディカイに出会い、事務所を辞める決心をする。男の死に事務所が絡んでいることを知り、証拠となるファイルを事務所から持ち出すが、窃盗罪で告訴され危機に立ってしまう。
アメリカのよりよき正義を貫こうとする弁護士ブロックの活躍を、シンプルな展開で描かれています。おもしろく読ませますが、人物がどうにも軽薄な思考の持ち主にしか見えないし、巨大法律事務所の弁護士軍団がちょっとしたミスでおたおたするとも思えません。読者対象が少年であればこの程度でもいいのかも知れませんが、軽い読み物という感じです。
身重の警部補ジュマは、警視キンケイドとの新生活を控えていた。だが、まだ迷っている。そんなとき、鋭利な刃物で切り裂かれた女性が発見される。通報したのは夫で、妻が妊娠していたことも知らなかった。恋人もまた、そのことを知らずに失踪していた。ジュマは現場を指揮しながら、ドラッグ絡みの捜査は遅々として進まなかった。
シリーズものです。人間関係を描こうとしているのは見えますが、どうも目新しさが感じられません。ベテランの作家らしいうまさは、もちろんあります。ただ会話で進めていく構成が、わたしはあまり好きではないのです。テンポが遅いのもだめでした。せっかちな性格には合いませんでした。
ヘイゼルは16歳。甲状腺がんが肺に転移して以来、もう3年も酸素ボンベが手放せない生活。骨肉腫で片脚を失った少年オーガスタスと出会い、互いに惹かれあう。死をみつめながら日々を生きる2人は、周囲の人間にも鋭い目を向ける。「至高の痛み」を愛読するヘイゼルは、軽妙な会話や自虐ネタのやりとりでオーガスタスと親密になっていく。作者とメールできるオーガスタスを通して作者へ質問を試みるが、直接会ってなら答えると言われる。8時間のフライトでオランダに来て。
自分の体調管理と、家族との関係、医療者たちとの関係、友人たちとの関係がしっかりと浮き上がります。決して手軽な涙にせず、生きることの意味を突きつけられます。真剣に一日、いえ一秒ごとに死と対峙する気持ちに、読みながら読者も向き合うことになります。重くなり過ぎず、立派な人間だけではなく、人のすばらしさとどうしようもなさが胸に迫ります。いい作品と出会えてよかったです。
双子の姉のマリーナと、妹のスザンナは幼い頃はテレパシーで「交信」していた。だが、マリーナは喉を切られて殺害されてしまった。1年以上立ったころ、残されたスザンナの周辺をつけ回す何者かが現れた。警察に届けても、本気で捜査してはくれなかった。自分でなんとかするしかなかった。
スザンナの恐怖の描写が前半の多くを占め、スティーウ゛ン・キング級なのでちょっとどうかなと思いながら読みました。後半が、俄然おもしろくなりました。配分の悪さが惜しいです。
大学の遺跡発掘チームのマレクたち学生は、14世紀の遺跡で信じられないものを発見した。それは、現代のメガネレンズと、助けてくれというメモだった。折しも巨大ハイテク企業・ITCから、彼らにジョンストン教授の救助協力要請が入った。
行き先は、なんと14世紀中世の南フランスだった。37時間以内に救出し、転送措置に戻ることを教えられ、歴史を変えないため武器も持つことができないという。マレクたち3人と護衛の2人は、半ば強引に転送装置に乗せられた。
着いてすぐ騎士集団に襲われたり、転送装置の破損などハプニングの連続をいかに生き延びるか・・・。
設定もなかなか説得力がありました。無限の宇宙の存在など、興味もそそられます。ただ、映像を意識してしまったせいか、物語性や人間に深みがないのが惜しいです。
かつて捕虜収容所だった発掘現場で奇妙な骸骨が発見された。その男は脱出用と思われるトンネルを収容所に向かって這い進んでいたうえ、額を拳銃で打ち抜かれていたのだ。脱走兵にしては謎めいた殺害状況に、新聞記者ドライデンは調査を開始する。だが数日後、同じ現場で新たな死体を発見する。過去と現在を繋ぐ謎の連鎖が絡み合う。
伏線をしっかり張っていて、時間の描き方も、個性的なキャラもうまいと思います。ただ、ひと粒の真実をつかむために、これほど積み上げた荷物を掻き分けるのはしんどかったです。後出し的な人物が、事件の鍵になるのも納得がいきません。まどろっこしいさに苛ついてしまいました。
小児科医ベックは、8年前連続殺人犯キルロイに、妻エリザベスを殺されていた。ある日エリザベスから謎のメールが届く。生きている?まさか・・・。
犬の散歩に出かけたベックの部屋に、罠が仕掛けられ危うく逮捕されそうになる。だが、エリザベスとの約束の場所に行きたいと、警官を負傷させ逃げ出してしまう。
弁護士や友人達の働きに助けられ、ベックは犯人像に近づいていく。果たしてどこにたどり着くのか・・・。
この作家も初めてですが、やはり充分読ませますね。「ディーヴァー」と比較すると、より一般人に近い感じがします。それだけに、結末がああそこまでいくか・・・と、胸を突かれるのです。
テンポもよく、楽しめます。
マイロンの元を、昔の恋人エミリーが訪れてきた。14年前、結婚式の前夜の彼女との選択した行為が、二人を遠く隔てたのだった。それなのに、思いがけないことを告げた。
13歳の息子が実は骨髄移植をしないと助からない病気で、唯一のドナー登録者が行方不明になっていること。ドナーの行方を探してほしい。さらに、息子はマイロンの子どもだと。
息子の命を救うために、マイロンは行動に出るが次々に壁にぶち当たる。ドナーは名前を変えているし、家族がみな彼のことを隠そうとするのだ。
コーベンの2作目です。前半が状況説明にもたついた感がありますが、引き付けて読ませてくれます。独身のマイロンが、息子という存在とどんな関わり方をしていくのかが、問われていきます。複雑な状況の中で、「親」になるということ。エンディングが、こころに残ります。
元テニス選手ヴァレリーが、射殺された。残された手帳に、スポーツ・エージェントのマイロンが契約しているデュエンの名が載っていた。調査を始めたマイロンは否応なく、テニス界の隠された秘密が絡む事件に、巻き込まれていく。数年前にヴァレリーの恋人も殺され、未解決のままだった。2つの事件に共通点があると、マイロンは考えた。影がちらつくブラッドリー上院議員。ヴァレリーのストーカー。解決する先にあるものは・・・。
ニューヨークギャグに、思わずにんまりさせられます。しっかりと展開される、ストーリーがおもしろく読ませます。探偵でもなく、FBI捜査官でもない立場で調査を進める設定で、どこまで描けるのか。なかなかやりますね、コーベン。
形成外科医マーク・サイドマンは、銃で撃たれ死の瀬戸際から奇跡的に回復した。だが待っていたのは、妻モニカは撃たれて死に、6ヵ月の娘が行方不明になっているという過酷な現実だった。しかも2丁の銃弾が見つかり、マークの銃が消えている。警察とFBIは、麻薬中毒の妹や、さらにはマークをも容疑者として捜査をし、すべてに盗聴装置が仕掛けられた。家族ぐるみの友人で弁護士のレニーは、マークのよき理解者だった。そこへ犯人からの身代金の要求の連絡が入った。「警察に知らせるとそれで終わる。ノー・セカンド・チャンスだ」と。だがFBIがひそかに張り込み、金は奪われてしまう。
苦しみの1年半が過ぎた。マークは娘を思わない日はない。2度目の身代金の要求が入る。マークは元FBI捜査官のレイチェルとともに、娘を取り戻すべく指定の場所に向かった。
コーベンのノンシリーズです。主人公が撃たれるという衝撃的なスタートから、最後の最後までひっくり返されるストーリーに、すっかり引き込まれてしまいました。理性と感情。犯人に翻弄される人間像がうまく描かれ、そして胸が痛いのです。これほど悲惨な状況にも関わらず、読後が悪くないというのも救われます。
プロバスケット選手・ブレンダの身に、危険が迫っていた。ブレンダの父も行方がわからなくなってしまった。マイロンはエージェントとともに、身辺警護を引き受けることになってしまう。真夜中にかかってくる脅迫電話と、ブレンダの母親が20年前に失踪したことを手がかりに、マイロンは捜査を始める。
シリーズ5作目。わずかな手がかりから、真相に迫っていくマイロンの明晰な思考と、思わずにやりとさせられるユーモアセンスが、いい味を出しています。最後のひねりも、磨きがかかってきたようです。安心して読める、シリーズです。
法律事務所で働くマットは、妻のオリヴィアの出産を控えた幸せな夫だった。学生時代に誤って殺人を犯し、刑期を終えたことも過去のものとなりつつあった。だが出張先の妻の携帯から、浮気現場の映像が送られてきた。仕事の途中で見かけた怪しい車に、轢かれそうになった。そして浮気相手の男の死体が発見され、マットは事件に巻き込まれていく。
一方、ローレン警部は聖マーガレット教会のシスター殺人事件を、捜査していた。聞き込み先の女性は、小学校で一緒だったマットの叔母だった。事件は複雑に、絡んでいった。
前科という傷を引きずりながら、目の前の問題をなんとか解決しようと必死になる男の心理が、うまく描かれています。オリヴィアの過去がかなり暗い設定なのですが、なんとか希望を残した読後感があります。ただ、好みで言うと「マイロン・シリーズ」の方が、いいですね。
ジャックは、イギリスの秘密情報部でかつては活躍していた。引退し、海辺の小さな街で過ごしていた。ある日、友人のパオロが訪ねてきた。娘がマフィアのボス・ザバッラにだまされ、麻薬漬けになって一緒に暮らしているのを、救出しザバッラを殺して、ほしいと言う。救い出すことだけを約束し、ジャックはニューヨークに向かう。だがパオロは、車に仕掛けられた爆弾で重傷を負う。怒りがジャックを駆り立てた。ザバッラをたぐりよせる作戦を開始した。
協力者をも巻き込んで、果敢に立ち向かっていくアクションシーンがうまいです。ユーモアのセンスもあります。結果的に相手を殺してしまうことにもなっても、自責の念を消してしまう筆致はなかなか巧妙です。引退し老いた人間を主人公に設定することも、そのためかも知れません。人間像もよく書き込まれているのですが、最後のオチもいまひとつでした。
50年前に海に沈んだ水兵の標識と人骨が打ち上げられ、元英国秘密情報部員・ジャックは調査をしていた。その頃数千トンの弾薬や放射性廃棄物が、海溝に投棄されたことを知った。検死審問にきていた記者が、ジャックに隠蔽工作が行われていることを告げようとした時、狙撃されてしまう。残した言葉は「ブラック・キャット」だった。次第に巻き込まれていくジャックがたどり着いたのは・・・。
謎を追いかけて行き泥沼に引き込まれる展開は、よくあるパターンなのですが、なかなかうまくまとめています。相手の力の奥深さを暗示するラストも、おもしろいのです。ただ、テンポとスピード感がわたしとは少し合わない感じでした。
FBI特別捜査官・マギーは少年連続殺人犯を追う。すでに死刑になったジェフリーズの犯行の手口によく似ているのだ。ケラー神父への最期の懺悔が本当ならば、犯人はほかにいることになる。
ニック保安官、その姉のジャーナリスト・クリスティン。それぞれに抱える暮らしや問題も、複雑に絡んで織り成す長編です。デビュー作らしいのですが、力のある作家ですね。
強い女性捜査官の、ゆれるこころの描写もなかなかうまいです。魅力的な作品です。
1作目の「悪魔の目」登場の、FBI特別捜査官・マギーシリーズ2作目です。彼女の体に刻まれた傷は、凶悪犯スタッキーの罠にはまった時につけられたもので、6ヶ月経ったいまも悪夢にうなされていた。3か月前に脱走したスタッキーは、再びマギーにゲームを仕掛けてきた。
離婚係争中の夫・グレッグ、スタッキーからマギーを遠ざけようとする上司・カニンガム局長、そして完璧なセキュリティの住宅を斡旋したテス。どんなに周囲から信頼されていても、マギーのこころの「恐怖」はますます募っていった。
ピザを届けにきた女性が殺害され、ワインを選んでくれたウエイトレスの死体が発見された。内臓を摘出する手口は、スタッキーそのものだった。現場近くで見つけたスタッキーを追いかけ、頭に向かい銃の焦点を定めた。だが、彼ではなかった。
心配する同僚のニックと出かけようとした、マギーのホテルの部屋の前に置かれたディナープレートに、あざ笑うかのように内臓のオブジェが入っていた。
恐怖と、怒りで気も狂いそうなマギーの心理が、巧みに描き出されています。人間関係も、ひとりひとりの存在感も印象的で魅力的です。「悪魔の犯行を阻止するためには、わたし自身が同じ悪魔になる必要がある」という台詞が、強烈でした。
FBI捜査官マギー・オデールのシリーズ3作目です。J・ディーヴァー並みの、精緻な捜査と状況分析は、また新たな魅力を見せてくれました。
森のキャビンに立てこもった6人の若者が、捜査官を襲撃したあと、集団で服毒自殺をした。地下室には、大量の武器弾薬が隠されていた。プロファイルをしていくうち、マギーが行き着いたのは、カルト教団だった。だが、そこにはなんと母キャリーが関わっていた。
事件と捜査と、人間像が、じつにうまく絡んで厚みのある作品になっています。余談ですが、母と娘の確執が激しいのは、日本ではなかなか見られない設定です。うまく和解し折り合っていこうとしながら、ますます傷つけ合っていく描写が凄まじいものがあります。
追いつめられる恐怖感が、減少したのは残念ですが、たぶんこれからも、ずっと読んでいく作家になりそうです。
友人の精神科医グウェンから、患者のジョウアンが行方不明になったので探してほしいと頼まれ、オデール特別捜査官は休暇を利用して捜査を始めた。静かな田舎町コネチカットでドラム缶に詰められた、多数の死体が発見された。ジョウアンが住んでいた近くだった。オデールはまっすぐ、現場に向かった。
カーヴァ4作目です。デビュー作の、きりきりと恐怖と戦いながら事件に立ち向かっていく空気はすっかりなくなり、ベテランになってしまったオデール特別捜査官。ごく普通のシリーズになってしまったのが、惜しいです。作品としてはうまいし、人物像も町の空気までも伝わります。元郵便配達員でアルツハイマーのラシーンが、とても印象的です。
ネブラスカから脱出しようとしたオサリバン神父は、空港のトイレで刺殺され、バチカンに届ける秘密書類を奪われた。FBI特別捜査官マギーは、連続して起きる神父殺人事件の真相を探るべく、対抗意識を燃やすラシーン刑事と切断死体の捜査を進めていた。友人の精神科医グエンは、マギーを気遣いながらも秘かな計画を実行しようとしていた。パソコンオタクのギブソン少年は、ネットゲームに夢中だった。現実の事件に繋がるとは思いもせずに。ケラー神父はネット友人から送られたハーブティーに安らぎを覚えていたが、ある夜、箱入りのゴムマスクを届けられ震え上がった。
FBI特別捜査官マギーシリーズ5作目です。登場人物のそれぞれの視点から描くことで、ストーリーの幅を広げ、プロの作家としての成長を思わせます。トラウマを冷静に処理し、安心して読めます。人間関係を巧みにそれぞれが利用する世界を、奥深く描き出しました。ただ、捜査官マギーの独特の雰囲気が薄れ、1作目のインパクトと比較してしまうのは、読者のわがままですね。
元保安官補・ミロは私立探偵だったが、それも止めることにした。両親からの遺産を受け継ぐ53歳の年齢に達し、手に入るはずの信託預金が、誰かに横取りされてしまっていたのだ。かつてパートナーを組んでいたシュグルーと再開したのを機に、遺産の奪回と復讐を決意した。だが、追っていくうちにとんでもない難関にはばまれ、死体がいくつも転がりミロも殺されかけた。背後にある見えない敵に、それでも立ち向かう二人。
男同士の友情と、ダーク、深まる謎。酒、車、薬、女。悪くはない作品ですが、少々鼻についてきました。ヒーローものに、飽きてきたようです。
デニス巡査部長は、相棒のデニーと依頼された仕事を片付けた。麻薬売人3人を銃殺した。それは、レイモンドに雇われた副業でだった。だが、3人は売人ではなく税関職員だった。
表の仕事は殺人事件やレイプ事件、強盗事件を追いかける正義感にあふれる警官である。だが副業での思わぬ目撃者が、モンタージュ写真を公開された。デニスに、そっくりだった。次第に追いつめられていく。
主人公が殺人者であり、警官であるという設定は、苦笑せずにいられません。殺人者の心理と、それを追いかける警官としての心理を描写していく視点が、おもしろい試みです。うまくまとめていますが、やはりこれはないだろう・・・と。どういう結末になるかの興味で、最後まで読んでしまいましたが...。
ドイツのハンブルクにやって来た痩せぎすの若者イッサ。体中に傷跡があり密入国していたイッサを救おうと、弁護士のアナベルは銀行経営者ブルーに接触する。だが、イッサは過激派として国際指名手配されていたのだ。練達のスパイ、バッハマンの率いるチームが、イッサに迫る。そして、命懸けでイッサを救おうとするアナベルと、彼女に魅かれるブルーもまた、暗闘に巻きこまれていく。遺産の相続人はお金に欲がないが、請求権宣言をするようアナベルとブルーが働きかけ、イッサの身の安全とイスラム系のたくさんの人を救うことに必死になる。
人種や宗教の確執が、人々の行動を制約し、枠を取り外そうともがく先にある運命は過酷です。その心情に引き込まれます。ですが、バッハマンはイッサがテロの資金源であると阻止しようとします。立ち位置で、人は見方も考えもその人の正義なのです。果てのない争いの不毛さに体が震えました。
電話の向こうで親友が殺された。死に際にトム・メロンの住所を殺人者に告げて。その瞬間から平凡なサラリーマンのトム・メロンは謎の集団に追われはじめた。子どもたちを義母に預けるが、妻とは連絡が取れない。そして妻はオフィスに血痕を残して消え、トム・メロンは警察に殺人犯として追われる。警察と暗殺者集団に追われる身となり、さらには幼い子供まで人質に取られる。
瞬時の判断力でかろうじて、難を逃れ、妻子を救おうと必死になるメロンと、妻を事故死で亡くした過去を持つ刑事・ボルトの視点で描かれます。展開の早さが読者に疑問を持たせずに引っ張っていき、捻りの部分で立ち止まらせ、更に謎を深めさせます。ラストも、次の事件があるぞと余韻を持たせて終わります。うまいけれど、登場人物があまり好きになれないのも、珍しい作品です。実際の事件はそういうものかも知れませんが。
死んで50年後の世界に幽霊として蘇ったピアニスト、アルトゥアは、音大生たちと親しくなり一緒に暮らすことになる。ピアノの腕一本でサロンを渡り歩いていた身としては、なんとか生きていくことはできる。さらに親友だったパヴェルもよみがえっていることを知る。幽体離脱、怪人の出現、さらに殺人事件も起きてしまうが、切り抜けようとあの手この手を編み出していく。
表紙の美しいイラストに惹かれました。50年後の音楽の解釈や、社会の変化もたちまち受け入れてしまうピアニストに、翻弄されながら読みました。過去と現在が微妙に捩じれて行き来する想定もおもしろいです。ユダヤ人である出生をさらりと描き、戦時中の国外逃亡もさりげなく印象に残します。古風な癖のあるキャラたちの描写もシニカルでいて、愛情を感じます。
山間の大学町で両眼をえぐられ、両腕を切断される連続猟奇殺人が起きる。そして別の町で起きた不可解な墓荒らしという、まったく無関係に見える二つの事件に不審な点を感じた者がいた。時折、暴力的な感情を抑えられないニエマンス警視正と、退屈な街での仕事にうんざりし、大きな事件を夢見るカリム警部の捜査が交差した。浮かび上がるクリムゾン・リバーという謎を二人は追った。
あまり読んだことのない、ニエマンス警視正とカリム警部の個性的なキャラが、際立っています。守備範囲を飛び越えた強引な捜査が、次第に核心に近づき事件の謎を解いていく展開がおもしろいです。スピード感もあり、屈折した男たちの感情が混じり合い濃厚です。映画になったというのも、納得できるストーリーでした。
考古学者コンラッドは、アメリカ空軍少将・父イェーツから、南極大陸で起きている異変の捜査を命じられた。一方、環境保護活動家の言語学者・セリーナは、法王から南極の地震活動で氷山が崩壊していると知らされる。南極の下に眠るアトランティス伝説を、確認してほしいという。
氷の下わずか3キロに、アトランティスがあるというのは、安直過ぎる気がします。よくある地底の秘密基地の映画そのままに、物語は進行します。視覚的にうまく書いていると思いますが、だからなんなのかと、不満が残ります。残念。
クラークの2作目です。時間が許すなら最後まで一気に読んでしまいたくなります。はらはらして、ああ早く誰か犯人に気がついて、彼女を救って!と思って読むのです。謎解きが中心なわけではない
のに、おもしろいです。
夫のゲイリーを殺したとされたモリーは、覚えがなかったにもかかわらず、弁護士の勧めにより司法取引で5年半の刑期を終えた。刑務所を出たモリーは、インタビューに集まった報道陣に対して、「無実であり、きっと犯人を探しだす」と公言する。
元の家政婦のバリーの助けで、前と同じ暮らしを取り戻すに連れ、「あの夜」の記憶がよみがえりそうになる。夫の部屋に、誰かがいたような気がする!そして、耳に残るあの音は・・・。
リポーターのフランが信じてくれたのが、何よりもこころ強い。だが、今度は証言を約束してくれたアマナリーが殺される。そしてまた、モリーが犯人にされそうになる。だのに、彼女にはまったく記
憶がないのだった...。
登場人物がそれぞれに過去を引きずっていたり、人間関係に悩みながら生きているのです。そこに共感を覚えるのです。とても人間くさい存在感が、引きつけるのでしょう。
タイトルの印象とは違って、理性で書き上げる文章がすがすがしいです。展開もスピード感があり、それでいて細部の描写も活きていて、おもしろいですね。
アダムとの幸せな結婚生活をし、コラムニストとしても成功を収めていたネルは、祖父マックから、選挙への立候補を勧められる。そのことが、こころの深いところに眠っていた政治家への意欲を目覚めさせる。
だが、アダムの強硬な反対にあう。激しい口論のあと、アダムはクルーザーの爆発事故で死亡する。爆発物がしかけられたと見て、警察は動き出す。ネルも独自に調べるうち、アダムが不動産取引で不正をしていたのではないかと疑われるものが出てくる。もし発覚していたら、選挙には勝てない・・・。
いくつもの思惑がからみ、事件は複雑になっていく。
政治家の家系に生まれた女性の、暮らしぶりや、生き方にも興味を引くものがありました。いま、2作目を読んでいます。30年も書き続けていた作家でした。何作か、読むことになりそうです。
エプリングは嫌っていたケータイを、家族や同僚からの文句が出てようやく購入した。帰宅途中、着信音が鳴った。恋人と仕事関係の男からの、作家「ラルフ」への約束をすっぽかされた怒りの電話だった。番号違いだと言っても取り合ってもらえず、電話会社に連絡してもあり得ないと無視された。次第にエスカレートする電話内容に頭がおかしくなりそうだった。・・「声」
9章が絡み合い、関連が少しづつわかっていきます。作家・ラルフは恋人から登場人物にするなと言われ、ロザリーという物語の女性の人生を変えて満足を得ます。どの章も、不条理へのいら立ちのルツボに置かれます。通信手段としてのケータイを中心に、現実に存在していることの危うさと、迷宮のような展開がおもしろいです。ミステリではないけれど、楽しめます。
人間の設計図になるdnaの解読装置。開発者であり科学者の娘が皮肉にも脳腫瘍で死ぬことが判明。救うために全力をあげる。最後の道は、軌跡の治癒能力を持つイエス・キリストの遺伝子の謎を融くこと...。待ち受けていたものは何か。____おもしろい!訳ももたつかず、冒険ミステリを盛り上げていく。通勤電車の中で読み、降りるのを忘れそうになった。
暴力(クライム)が完全に消えた社会とは、どんな社会だろう。傷害事件、殺人事件も起こらない...。
世界有数のバイオテクノロジー会社が、fbi長官とともに「良心」と名付けたプロジェクトを組み男性の持つ暴力誘発遺伝子を破壊する、特殊なウィルスを開発した。
だが、ウィルスに感染した男性たちが次々と、変死していく。
ハードカバーを通勤電車の中に持ち込んでの、読書でした。多少説明し過ぎるきらいはあるが、確かにおもしろい。お勧めです。
「ギャングスター」の前作です。スリーパーとは、少年院に送られた青少年犯罪者のことです。
ニューヨークのヘルズ・キッチンの街の、悪戯好きな4人の少年たち。ジョン。トミー。マイケル。ロレンゾ。図書館では1冊を抜くと本が崩れるように並べておき、その本を司書に取らせた。教会の告解聴聞ブースに忍びこみ、ひそかに秘密を聞いた。
そんな彼らは少女キャロル、ボビー神父、麻薬には手を出さないギャングの支配者キング・ベニーなどからも、気にかけてもらえる仲間だった。だが屋台からホットドックをひとつ盗るつもりの悪戯が、タイミングを誤り老人に重傷を負わせてしまった。
4人はただちに警察に拘束され、ウィルキンスン少年院に送られた。そこには、地獄の日々が待っていた・・・。
少年たちにとって、まさに地獄。多少の知識はありましたが、あまりの悲惨さに目を背けたくなるほどでした。でもその中で生きて少年院を出るための死闘。手に思わず力が入ってしまいました。
少年院で体にしみ込ませたものは、その後の4人の人生を変えてしまったのです。最後はちょっと物足りなさもあったのですが、物語のパワーに圧倒されてしまいました。すごい作家です。
羊飼いのパオリーノは借金のため、カモッラ党に父親を殺され、息子のカルロをさらわれた。凶悪犯罪者への道を進ませようとする彼らから取り戻すため、パオリーノは銃で息子を撃った。
アメリカン・ドリームを夢見てイタリアから逃れた夫婦は、乗客の半分以上も死ぬという悲惨な密航船に乗った。妻のフランチェスカは船室で出産し、夫を許さないまま死んだ。生まれた息子の名はアンジェロ。
パオリーノは食肉工場で働き、貧困と病気に囲まれてアンジェロは育ち、ギャングのアイダに拾われる。相棒のパッジと共に、組織の幹部にのし上がっていく...。
3世代の裏社会を描きながら、陶酔も力みもなく、しっかりと人間が描かれていきます。社会のせいにすることもない、彼らの存在感が魅力的に見えるのは、いまの社会が失ってしまった規範に則っているからでしょうか。不思議にひきつけられました。
生きていくのに必要な力とは、なんでしょうか。そう問いかけられた気がします。
第二次世界大戦の最中、ナポリはドイツ軍により完全破壊の標的にされた。すべての建物が瓦礫と化した街に残された子どもたち300名は、戦うことを選択した。15歳の少年、ヴィンチェンツォ。フランコ。ファブリツィオ。ダンテ。少女、アンジェラ。彼らは元鉄道機関士のマルディーニと娘のヌンツィア、アメリカ軍のコナーズから銃の扱い方を学び、果敢にドイツ軍と戦った。大切なものを失った痛みを知る者の力が、爆発する。
戦車やタンカーを相手に、知恵を出し尽くし壮絶な市街戦を繰り広げる、一人一人の少年たちの強い視線が、映画のワンショットのように焼き付けられました。少年たちの思いや心理までが描かれて、みごとです。展開や戦闘シーンの処理もうまく、読ませてくれます。戦争ものはあまり読みたくないのは、命令系統に縛られた人間が嫌だからだろうと思っています。でも、このストーリーには精一杯に生きる、命があります。傷つき倒れる命も、それぞれの人生を生きようとする必死さに胸を打たれます。カルカテラの3作目です。深さのある作家だと思います。
平和な田舎町に、自転車でふらりと現れた料理人が、町一番のヒル家に雇われる。名前はコンラッド。
最高の食事を次々に、出してみせる。魅せられたヒル夫婦も、テーブルセッティングから料理の出し方を教わっていく。屋敷にシティから客を呼んでのディナーに向けての、ひと騒動...。
きわどいストーリーですね。ブラックユーモア。料理の材料から、仕上がり、おいしさが匂ってくるような描き方です。
いつもの読書傾向とひと味違って、気分転換かな。
私立探偵キンジーのもとに、期限切れの貸金庫を競り落としたという男から、買ってくれないかと持ちかけられる。14年前別かれた夫・ミッキーとキンジーの記念の品物だった。行方不明になったのではないか。二人は警察で同僚でもあった。その頃の事件が関わっているらしいと知り、探そうと決意する。
かつて毎日のように入り浸っていた「ホンキー・トンク」を足がかりに、ミッキーの部屋にも忍び込んでいく。
多少コミカルな性格や行動も、ご愛嬌というところでしょうか。軽く、それでいてしっかり楽しませる術を知りつくした、作家のようです。長さ的には、もっと深くてもよさそうな、と思うのは要求し過ぎというものでしょう。
美しい小さなティカリー谷では、日没後の薄やみが深くなる時間帯を「ダーク・サーティ」と呼んだ。なにか不吉な空気が漂うのだった。先祖代々この地に生きてきたジェシーは孫の誕生日プレゼントとキャンドルを買いに、街に出ていた。しばらく前からうまくいかなくなった妻・ジーン、息子夫婦と孫や愛犬たちが待っている。なんとはなしに胸騒ぎがして、早く戻ろうとした。悲惨だった。全員が惨殺されていたのだ。
まもなく警察との銃撃戦で一人が死に、犯人としてエディとザックが逮捕された。だが、エディは自分は犯行に加わっていないと言い出す。優秀な弁護士をつけ、マスコミを味方にして勝ち抜けようとする。裁判中も、敬虔なジェシーは牧師の言葉も聞かず、ひたすら沈黙を守り、息子たちのために建築中だった家を作り続けた。判決が降りようとした時、ジェシーは動き出す。
「白い犬とワルツ」の作者です。どんなミステリーになるかと、期待しすぎたかも知れません。丁寧なストーリー展開は好感が持てますが、スピード感に欠けまどろっこしい。う〜ん、わたしがせっかち過ぎるのでしょうか。最後はそれか、と、失望が大きかったです。
数年前から20年ほども前の短編もある。パソコンが家庭の中にここまで普及する以前のミステリーです。チリも入らない室温も一定に保たれた「電算室」に、大形コンピュータがドカーンと据えられていた時代です。
古さをさほど感じないくらい、コンピュータや情報システムの先が見えていた作家たちって、すごいですね。
グレッグ・ベアの「タンジェント」が特におもしろい。