横山秀夫

「64」

映画化されている原作です。複雑な人間関係や組織の絡みを、しっかりした構成力で支えています。警察内部の人間関係の軋轢の濃さを書くと、右に出る作家はいないのではないでしょうか。「64」と呼ばれる、昭和64年発生の少女誘拐殺害事件は未解決のまま、担当していた三上や悔い、上層部の隠ぺい工作、鑑識担当官は自責の念から退職、被害者の父の執念、すべての関係者の胸から消えない。おもしろく一気に読ませます。640ページあまりの長編が、映画ではどう表現されるのでしょう。

地位と自身の矜持、部署同士の対立、さらにトップの思惑。刑事から広報官になった三上の、ないがしろにしてきた家庭では、娘が家出あるいは失踪して妻が一歩も部屋から出ない。人間臭くて泥臭くて醜悪な世界だけれど、人間でいたい、自身でありたいと思う三上の姿に共感してしまう。エンターテナーな作家だと思う。

横山秀夫

「影踏み」

忍び込みのプロ・真壁修一は侵入した稲村家の、夫婦の寝室で殺意を感じた。妻は夫に火を放とうとしている。直後に逮捕された真壁は、二年後、刑務所を出所してすぐ、稲村家の秘密を調べ始めた。だが、夫婦は離婚、事件は何も起こっていなかった。真壁の思い過ごしだったのか。真壁は、母親の無理心中で死んだ双子の弟が、意識の中(中耳)に同居するという奇異な状況にあった。弟の無念を重ね、真壁は女の行方を執拗に追った。

破綻のない、ほんとうにプロ作家ですね。重い影と、深刻になるテーマを、意識の中の弟を設定することで、微妙に軽くしています。それも辛い話ではあるのですが。窃盗犯にも忍び込み専門や、下着ドロなどランク付けもあります。意識の中の弟と会話することで、刑事の側の思考も読ませストーリー展開のテンポがいいです。警察と反対の立ち位置での小説として、おもしろかったです。

【真相】

十年前、息子を刃物で殺された篠田のもとに、警察から犯人が逮捕されたという連絡が入る。 だが被害者だった息子の、意外な面を知らされてしまうのだった。「真相」

県庁を辞め、生まれ故郷の村長選挙に出ることを決めた樫村は、村長になり観光産業を誘致し、 どうしても守らなければならない秘密を抱えていた。選挙戦の中、次第に疑心暗鬼になっていく 篠田。「18番ホール」

5編の短編集です。これでもかと、鬼気迫る人間の悪意の部分のあぶり出しが続きます。どうしても人間は、愚かな過ちを繰り返す存在であり、希望は見いだせない存在として描かれます。 読後感が悪いです。

【第三の時効】

6作の短編集です。凝縮された、犯罪心理劇だと思います。警察という組織の嫌らしさを 全面に据えて、罠にはめるのに似た作戦の勝利と、感情のせめぎと合いと、わずかな 達成感に伴う、ひりりとした痛みを味合わせてくれます。うまい作家ですね。

【ルパンの消息】

15年前、学校の屋上から投身自殺した教師・嶺舞子は、じつは殺人だったというタレ込みで、 警視庁は慌ただしく動き出す。時効まで24時間しかない。当時の高校生3人・竜見と橘、 そして喜多は、それぞれの道を歩いて生きていたが、はからずも参考人として警察に集まる ことになる。別の取調室ではあったが。
残された時間で自白と証拠集めを指揮する、溝呂木は絶対に「落とし」てやると心に決めていた。 高校時代のテスト用紙奪取計画『ルパン作戦』が、あらわになり、嶺舞子の死の謎が見えてくる。

横山さんは、長編で力を出す作家のようですね。読み始めは、軽い高校生の事件を扱う物語と 思いましたが、次第に関わる人間像がくっきりと描き出されていきます。しっかりとした、ディナー でした。ちょっと重いのが好きな読者には、いいと思います。

【顔 FACE】

婦警に憧れて警官になった瑞穂は、犯人の似顔絵を描く。だが1年前「だから女は使えねえ」と いう、組織の本音に聞こえた言葉に屈し似顔絵の改ざんをした悔恨が心の傷になっていた。
選挙違反の特ダネで優位に立っている新聞社に、情報をタレ込んでいるのではないかと、広報室は 記者対策に躍起になっていた。警察という男社会の中で、必死に仕事をする瑞穂に、配転命令が 出る。

横山さんの描く警察官は、とても人間臭く、嫌になるほど現実感があります。今回は女性が主人公 で、その内面にまで触れていき、なかなか鋭いです。また似顔絵がどういうふうに描かれるのか、 そこにどんな要素が加わるのかがわかり、おもしろかったです。

【陰の季節】

警察の中でも警務課といういわゆる人事課の小説を、初めて読みま した。前作の『動機』で警察の人間関係を、ぴしりと描いています が、この作品は更に内側に視線を向けています。

二渡真治は、年齢や経歴をもとに人事異動のパズルを解いている。
そこへ天下り先のポストを退職する予定だった尾坂部が、辞めない とごねているという情報が耳に入る。
警察組織は完全なムラ社会だ。掟を破ることは尾坂部の「死」を意 味する。理由は何か。二渡は当てにならない上部とは別に、必死に 打開策を見つけようと動き出す...。

4作の短編集ですが、1作とも読めるものです。横山さんの思考回 路がとても小気味がいいのです。高村薫さんとも違うおもしろさで す。

【動機】

貝瀬の父は、巡査で派出所勤務を続け、定年するとこころが崩壊し 入院していた。
本部警務課の貝瀬に緊急連絡が入る。一括管理していた警察手帳30 冊が盗まれた。貝瀬の提案で個人管理から変更した矢先の事件だっ た。
状況は内部犯行説に傾いた。動機は何か。刺すような視線を向けら れる中、貝瀬は捜査を始める...。
4作の短編集です。横山秀夫さんの説得力のあるストーリーに、引 き込まれました。決して既成の警察物語ではない、新鮮さがありま した。ただ、これも新刊で読んでいた!(またやってしまった=笑)

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