森 絵都

【DIVE!! 4巻】

コンクリート・ドラゴンと呼ばれる、高さ10mのプラットフォームからのダイブ。 時速60キロ、わずか1.4秒の空中演技に夢中になった少年たちのストーリーです。

ミズキダイビングクラブでは、弟に女友だちを奪われた知季を初めとする、レイジ、 陵たち中学生たちと、両親が飛び込みをしていた高校生の要一が、毎日練習していた。 そしてクラブの閉鎖が噂される中、麻木夏陽子コーチが新任した。彼女の指示は的確で、 知季は「ダイヤモンドの瞳」を持っていると言い、特別のカリキュラムを与えられた。

何よりも驚かせたのは、夏陽子の「オリンピックを出すのが目標」という言葉だった。 知季たちのライバルとして、幻の天才ダイバー・白波の血筋を引き、青森の海で跳んで いたという飛沫(しぶき)を連れてきた。国内予選を勝ち抜き、オリンピック出場 権を手にするのは誰か。

初めて知るダイブの世界でした。1.4秒のために、筋力のアップ、姿勢や精神力など あらゆる努力をしても、才能がなく他の競技へ移行するしかない者も出る世界。試合 前の緊張感や心理、コーチの心理なども巧みに描かれています。
何よりも惹かれたのは、最後は選手個人の自分の意志で跳ぶことであり、ある意味の 自己表現だろうと思います。そして少年たちが、熱く、美しいのです。

圧巻はラストの試合のシーンです。10回の飛び込みの時間軸と、一人一人の選手や コーチの心理を描く横軸が織り上げる、濃密なドラマでした。森さんは初めて読みま した。スポコンものは苦手で避けていたのですが、この作品はスポーツものでは括ら れない次元のものでした。他の作品も、読んでみたい作家です。

【つきのふね】

中学生のさくらは、ある事件から友だちの梨利とは遠ざかり、高校進学で頭を痛め ていた。そんな空気から逃れて、最近は智さんの部屋に入りびたりだった。智さんの ミルクコーヒーは、とりとめのない会話と一緒で美味しかった。でも途中で、智さんは 仕事を思い出し、宇宙船の設計図作成に取りかかってしまう。さくらは、自分が透明 人間になったようで、そういう時間の流れも気に入っていた。

梨利につきまとっていた勝田くんは、さくらとも友だちだと思っているところがあった。 その彼が、智さんの部屋に現れた。さくらと梨利の間に何があったのか、探ろうと していたのだった。二人は、勝田くんに言えない事件を起こしていたのだ。万引き グループに入っていて、スーパーでつかまったのだ。そんな頃、近所で連続放火事件が 発生した。さくらと勝田くんが放火事件を探るうち、大きな疑念が生まれた。

言葉にするとこと、できないこと。たくさんの微妙な行き違い。しまっていた心の叫び。 「未来なんか、こなきゃいいのに」その響きが伝わり、泣けてきました。森さんは、 少女を描くのも力があるのですね。久しぶりに、10代の自分の心境を思い出し、あの 時期のことがあったから、いまの自分があるのだと改めて思いました。

【カラフル】

プラプラという名の天使は、死んだぼくの魂が抽選に当たったから、生まれ変わり 失敗した下界で修行を積んでこいと言う。絶対命令でもあると。服薬自殺を図った 小林真の体に、ぼくは入り込み蘇生した。

暖かい両親と兄の4人家族に思えたのに、実は役者ぞろいの仮面家族だった。登校 してみると誰からも浮いた真の姿が見え、高校入試も間近に迫って、進路問題も抱 えていた。逃げ込むように入った美術室だけが心の安らぐ場所だった。こんな状態 でぼくは修行を終えて、天上に戻れるのだろうか。小林真を演じ、見えない家族の 心がくやしくて、ぼくは爆発させてしまう。

こういう設定で、見つけていく家族のほんとうの心。せつないですね。中学生の頃 の自分を、つい重ねて読んでしまいました。涙がこぼれました。珍しく、感情移入 してしまった作品です。少年を描くのが、とてもうまい森さんです。

【永遠の出口】

紀子は姉から「永遠に〜できない」と言われると、絶望的な焦燥に駆られ泣いた。 やがて世界には、紀子の目の届かないものが氾濫していくことに気づいていく。世 界の広さを知って、大人への出口に近づいていった。

小学生の紀子は、ひとりだけ誕生会を開かない好恵の家での、奇妙な居心地の悪さを 感じながら夕食を食べた。
5年生の新担任は、全員に黒魔法をかけた。幼友だちのトリは「冬眠」に入ると宣言 した。担任に盾を突いた春子は、攻撃の生け贄にされた。

小学生から中学生へ、淡い初恋や万引きなどを通して見せてくれる女の子の世界は、 とても痛い小説でした。ああこの頃の自分はどうだったかと、記憶の糸を引き寄せら れました。その気分に浸かったきりにならないのは、どの章にもほの見える希望で しょう。決して、現状のままではない明日があると。そのための、一歩があると。

乙一さんの痛さとも違う、森さんの世界にまた引き込まれてしまいました。

【アーモンド入りチョコレートのワルツ】

恭と智明、ナス、じゃがまる、そして章くんの5人のいとこは、5年前から毎年の 夏休みを章くんの別荘で過ごすのが、恒例になっていた。合宿みたいなものだ。 きっちりとスケジュールが組まれ、まじめに勉強もする。泳ぎや買い物の自由時間も 章くんが決め、みんなはそれに従った。唯一不満は、夜のクラシック・アワーだ。

だが、5年の間に力のバランスの崩壊が、音もなく進行していた。智明の背は章くんを超えて いた。恭は章くんより早く泳げることに気づいた。ナスは英会話が抜群だった。それを 必死に隠そうとしていたのだ。「子供は眠る」

「彼女のアリア」「アーモンド入りチョコレートのワルツ」の3編からの作品です。 森さんの描く男の子の世界。じつに魅力的です。外見の成長と、心のコントロールを 取ろうとする少年たち。ああ、自分が少女のとき、少年のことなど少しも知らなかった のだと、教えられます。いまでも男性がわかっているわけではないのですが。もっと 前に知っていたかった作家ですね。

【宇宙のみなしご】

両親は仕事で忙しく、陽子と弟のリンは二人で食事をし、退屈に負けないおもしろい ことを考え続けていた。猫の姿を追う二人が思いついたのは、深夜どこかの家の屋根に 昇ることだった。ドキドキする冒険だった。

クラスメイトの七瀬さんは、少し前からリンと同じ陸上部で走っていた。クラスでは 孤立しているような存在だった。話すきっかけに持ち出した「屋根昇り」に、彼女は 加わりたいという。

クラスでは存在感のないキオスクと呼ばれている男の子に、偶然現場を見つかり、自 分も昇りたいと言い出す。

深夜の屋根の上という、遠い記憶に結びつく設定と、姉弟だけでない人間関係の 複雑でこわれやすい心を扱うのは、森さんの得意とするところでしょう。ほんの 一歩日常の線から超えた辺りが、刺激的で、そしてやさしい。

【ゴールド・フィッシュ】

ライブで歌いだした真ちゃんは、輝いて見えた。さゆきの夢、そのものだった。 学校では用務員室が、さゆきの居心地のいい場所だった。美術部に入っている さゆきは、林田さんの顔を描こうとした。なにを見ているか、瞳になにが映って いるかが描けたらたいしたもんだと、言われる。

そんな頃テツから、真ちゃんのバンドが解散したと聞かされる。だが真ちゃんの父 から、そっとしておいてやれと言われる。猛然と勉強を始める、さゆき。自分の リズムを取り戻そうと。

ひとりひとりが、自分の道を探る時代。こまやかな心の動きがうまく描かれています。

【リズム】

中学生のさゆきは、ママとお姉ちゃん、そして幼なじみの真ちゃん、魚屋のテツ。 いつまでもこの世界で生きていけたらと思うが、進路問題は避けて通れない。さらに 真ちゃんの両親の離婚問題、真ちゃんが家を出て高校に行かずミュージシャンになる という。

揺れる思春期の女の子が、成長していきます。こんな女の子のような時代を過ごして こなかったわたしには、興味深かったです。さわやかな読後感があります。続く 「ゴールド・フィッシュ」に期待したいです。

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