麻耶雄嵩

「螢」

京都山中のファイアフライ(螢)館に、螢の群生を見にきた諫早、平戸、千鶴たち7人の大学の アキリーズ・クラブのメンバーだったが、あいにくの豪雨に見舞われた。そこは10年前、当時の 館主・加賀螢司がヴァレンタイン八重奏団のメンバーとの練習のために逗留していたが、その6人 を惨殺し、狂死した。肝試しのアキリーズ・クラブのOB・佐世保が買い取り、夏の合宿の場に なっていた。

夕食のときにかけたCDは、未完成の加賀螢司作曲の「夜奏曲」だった。雰囲気はたっぷりと 用意され、10年前の殺人現場の寝室で、休むことになる。深夜、眠れずに起きていた数人は 佐世保が殺されていると知った。雨で道路が寸断され、電話も不通。密室殺人事件は起こった。

雨音から始まり、音楽、屋敷の中の音がうまく絡まり、ミステリーとしてのできもいいです。 各章の視点が変わり、全体がなかなか見えて来ないしかけもうまい。10年前の謎解きと、現在の 事件がシンクロしていくあたりも、麻耶ワールドが全開です。ラストまで楽しませてくれます。

「まほろ市の殺人 秋」

真幌市で半月ごとに起きる連続殺人事件が、人々を恐怖に陥れていた。11人の被害者には 共通点がなく、わずかに死体の傍らに意味ありげな小物が置かれていることと、左耳を燃やして いる点が、同一犯人と考えられ、『真幌キラー』と呼ばれた。警察に協力する推理小説家・ 闇雲A子の子守役に、メランコ刑事とあだ名された天城憂が指名された。

軽いタッチの短編に近い作品なので、どうしても食い足りなさが残ります。次作に、期待です。

「翼ある闇」

麻耶さんのデビュー作。どこか、清涼院流水さんの幻影城「密室」を思わせます。 木更津と香月は今鏡家の依頼で、京都近郊にある蒼鴉城に行くと、そこでは密室殺人事件が 次々に起きていく。警察も加わる中、二人の名探偵はどう推理していくのか。

軽いジョークとリズミカルな文章が、壮絶な殺人事件にも関わらず、暗くならずに展開を見せて くれます。音楽と絵画と宗教も、小道具として使われ味付けがうまいです。シリーズ物になって いるようなでの、軽く何作か読んでみたいと思わせてくれます。

「メルカトルと美袋(みなぎ)のための殺人」

売れない作家美袋が状況を説明し、探偵のメルカトルが謎を解いていく、短編集です。

同窓会をかねての別荘で起きる殺人事件。原稿書きで逗留した旅館の幽霊話から起きる、殺人。 メルカトルが書いた小説を、美袋が謎解きをすべく悪戦苦闘。そしてシベリア急行列車密室 殺人事件。

振り回されてばかりの美袋と、明晰強引なメルカトルの、キャラがおもしろいです。どの編にも かなりキザで嫌みな文章が、挿入されています。それに刺激されて、つい読み進めてしまう気も します。楽しめるので、それもまた意図的なものなのかと。

「木製の王子」

比叡山の麓に、画家・白樫宗尚が建てた独特のフォルムの屋敷がある。そこには白樫家と 那智家の二つの家系の一族だけが、住んでいた。探偵・木更津は雑誌に掲載された建物の 写真のロゴから、3年前の未解決の事件を思い出す。つてをたどり、京都の出版社の如月に 探りを入れようとする。

取材と称して如月は、同僚の倉田と安城を、屋敷に送り込んだ。だが、若嫁・晃佳が 殺され、切断した首はピアノの上に飾られ、一族の証の指輪が消えていた。そして、全員に 完ぺきと思われる時間的な、アリバイがあった。

「翼ある闇」を引きずりながら、新しい事件を描いています。テンポがスローになったのは、 強引な木更津も出しゃばらずにいて、伏線となる事柄をさりげなく示すためにページを費やして いることにも、原因があります。そこがまた、おもしろいところなのですが。
描き方の厚みが、出てきました。登場する人物が多いのに、きちんと区分けされていて、なかなか だと思います。次作に期待したいですね。

「夏と冬の奏鳴曲(ソナタ)」

20年前「真宮和音」という女優の魅力に取り憑かれた6人の若者が、共同生活を送り、その後 それぞれの人生を生きたのだった。その同窓会が開かれるので、雑誌社の烏有(うゆう)と アシスタントの桐璃(とうり)は、取材のために孤島を訪れた。6人のうち、1人だけがずっと 島で墓と屋敷を守ってきたらしい。

わずかな取材さえなければ、楽しい休暇のはずだった。一転して、殺人事件が起きる。夏の 異常気象で、雪が降り積もった朝だった。孤島。足跡のない雪。完ぺきに思える密室殺人である。

和音が描いた絵や、訪れた一人が神父だとか、細かいところにもこだわった設定が、よく効いて います。烏有が振り回されながら、なんとか真実にたどり着く過程がおもしろく、読ませます。 麻耶さんのいままでの中で、特に好きな作品になりそうです。

「木更津悠也」

ほろ酔いで帰宅途中の会社員が目にしたのは、窓に投影された人影だった。影がハサミで カーテンを切りはじめた。切り終わった時、ぽっかり空いた隙間から、殺気だった両目が 見えた。

名探偵・木更津悠也が前面に登場してきます。決めどころで、ひらりと推理してみせて くれます。軽く読んで楽しいのですが、シンプル過ぎて、ちょっとおもしろ味をなくした かも知れません。長編の方が、うまいと思います。

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