畠中 恵

「しゃばけ」

江戸の廻船問屋の若だんな・一太郎はひ弱な体で寝込むことが多く、外に出るのも容易では なかった。なぜか一太郎の周囲には、妖怪がペットのようにたくさんいるのだ。屏風の中には 屏風のぞき、手代の佐助と仁吉は犬神。家鳴という小鬼たち。

手代が気づかないうちに、ひとりで出かけた一太郎は、帰りの夜道で人殺しを目撃してしまう。 いつも出入りしている岡っ引きが、情報を持ってくる。殺された大工は、侍による試し切りの ように、首をはねられていたという。一太郎が見た下手人は、刀ではなかった。
そんな折り、薬を買い求めにきた怪しい男に一太郎は襲われてしまう。

なんとも不思議な設定が、すんなりと受け入れられてしまいます。一太郎も妖怪たちも、じつに 魅力的な存在なのです。幼なじみのお菓子職人を初めとする人との関わりは、ほのぼのとした 人間味がよく出ています。単なる「お話」では終わらせないところが、作家としての力量を感じ させます。ほかの作品も読んでみたいですね。

「ねこのばば」

「しゃばけ」で、すっかり虜になってしまいました。2作目「ぬしさまへ」も読む予定です。 長崎屋の若だんな・一太郎の病気がちでいながら、関わってしまう事件を解決していくという 設定がおもしろいです。

妖怪たちがはべる部屋で、一太郎は最近体調がいいことに、気を良くしていた。そこへ、大むら 屋のお秋が、急死したと日限の親分が知らせにくる。兄の松之助の縁談相手、おまきの姉だった。 お秋がいつも使っていた、ふみ箱が消えていたと言う。妖怪たちを連れて、一太郎は大むら屋へ 行ってみることにした。

シリーズ物としても、いいできだと思います。ある意味では、いくらでも話を続けられるのです から。妖怪たちが、なんともいい味付けをしてくれますね。イラストも楽しめます。

「ぬしさまへ」

長崎屋の若だんな・一太郎は病気がちなので、手代の二人はぴたりと寄り添っている。 そこへ日限の親分から、幼友達の菓子職人・栄吉の作った毒入りまんじゅうで、一人暮らしで 小金持の隠居が死んだという。運良く犬のおかげで、栄吉はようやく番屋から帰してもらった。 妖たちの情報では、金に汚い身内の4人が毒を盛ったのだろうという。納得の行かない一太郎は あれこれ探ってみる。

シリーズ2作目で、装丁も凝っています。3作目「ねこのばば」で語られる、手代の佐助の 昔話も魅力的だったが、今回は仁吉の過去にスポットが当てられます。好きな相手は、吉野と いう妖だった。だが彼女には、千年も思い続ける『鈴君』がいた。やがて仁吉はあきらめるしか ないと思うのだが・・・。

妖怪たちが、なんともいい雰囲気を見せてくれます。人のこころに巣食う悪の芽を暴いて みせることで、事件の解決だけに終わらないところが、畠中さんの魅力でしょう。

「おまけのこ」

「しゃばけ」シリーズ4です。屏風のぞきや鳴家(やなり)、いつもの妖のほかにこわい (狐者異)や影女が登場します。人の心を形にしたような異形のものたちを相手に、体の弱い 若だんながちょっと世間とずれた感覚で解決して行きます。6編の短編です。

吉原の禿(かむろ)を足抜けさせる手伝いをする若だんな。5歳のころの活躍。そして、 鳴家の活躍で大切な「お月さま」を守ったりします。妖たちがますますキャラが明確に なってきて、興味深いですね。なにより鳴家がペットのように、かわいいのが味があります。 読んでいる間ずっと、にやついて電車に乗っていたのではないでしょうか。

「うそうそ」

湯治のため、箱根に行くことになった若だんなと兄の松之助、そして手代の佐助と仁吉と鳴家たち 一行だが、出だしからどうも不穏な空気があるのです。地震の夢と女の子の泣き声。そして実際に 起きる地震が、不気味です。出航した船に揺られ、若だんなは手代の佐助と仁吉がいないことに 気づく。船を降りた小田原から駕篭で向かうが、雲助に高い駄賃を吹っかけられ、何者かに命を 狙われる。

若だんなと妖怪たちのシリーズ5です。いままでになく、兄や二人から引き離された 若だんなが、なんとか難関を乗り越える辺りに、シリーズがまだ続きそうな予感がしました。 冒頭で出てくる変わり咲きの朝顔も、夢も、すべてラストに向ける伏線というのはオーソドックスで すが好感度が高いです。いつものおっとりした空気とは違い、剣呑な空気が漂い、新しいキャラも 登場で次作もまた楽しみですね。一匹ほしい、鳴家・・・。かわいくて、けなげでペットに したいです。

「みいつけた」

病気がちの5歳の若旦那・一太郎が、ひとりぼっちで寝ていると、天井から顔をのぞかせた 小鬼たち。一緒に廊下を滑ったり、シャボン玉や影絵、石蹴り、かくれんぼうをして遊んだ。 熱のある一太郎が、鳴家(やなり)と友だちになるお話。

「しゃばけ」シリーズの、児童向けに書かれた作品です。5歳の若旦那の、初の妖しとの出会いは、 ほんのり涙味がしました。

「いっちばん」

病気がちな薬種問屋長崎屋の若旦那は、近所の菓子屋の栄吉が修行に行っている 安野屋で栄吉の腕が上達したのか、気になっている。こそ泥に入った八助は主人に 助けられ、腕を買われ菓子作りを手伝うことになる。それを見て栄吉は肩を落とし、 菓子作りを止めようかと思う。だが八助の言動に不審なものを感じた栄吉は、店の 被害を食い止める。主人の褒め言葉と若旦那の励ましに、菓子作りへの道を貫く ことを肝に銘ずる。

しゃばけシリーズで、5編の短編集です。鳴家たち怪しの者たちの、設定キャラに ほっとしてしまいました。最近の畠中さんの剣呑さに、胸を痛めていたのです。 それでも各事件は以前とは違う、味が加わっています。よく言えば大人になって 人間の心理を描くようになったし、それがまた初期の手放しで楽しいとは言えない 感じもあります。作家としての、これからの大変さを思います。

「ちんぷんかん」

手代の仁吉と佐助は、火事の半鐘を聞いて若だんなを連れ出そうとするが、煙を吸った 若だんなは気を失ってしまう。若だんなは三途の川原で、石積みをしている子ども たちや鬼と出会う。一緒に連れてきてしまった鳴家を、帰さないといけないと道を探す。 ・・・「鬼と小鬼」

「しゃばけ」シリーズ番外編という雰囲気の短編形式です。 いつものかわいい鳴家や、若だんなと周囲の人々の成長と別れに焦点を当てていきます。 長い時を生きる妖たちと比べると、人の生きる時間は短いのです。病に慣れきった若だんなにも、 「死」はまた別物です。桜の花びらの妖=小紅の話がせつないです。ただいまひとつ、表現力が もどかしくもありました。「寂しい」と書けば、寂しさが伝わるわけではありません。 畠中さんの世界にひたってるうちはいいけれど、読み終わったあとの多少の物足りなさは、 妖たちに免じてよしとしましょう。

「ゆめつげ」

江戸は、辻斬りが頻繁に起き、物騒で夜はおちおち出歩くこともできなかった。
清鏡神社の跡取りの神官・弓月は、夢の中に入って、過去や未来を見る能力を持っていた。 弟・信行の方がしっかり者なのだが、弓月はいたってのんびりとしている。そんな折り、 「夢告」を見込んでと、青戸屋からの依頼が来る。行方不明の長男・新太郎を占ってほしいと 言う。

白加巳神社に招かれたが、大地震の後見つからなかったのに、今3人の新太郎が名乗りを上げて いるのだという。それぞれの親の利害も絡み、占いは不吉な事態を予想させた。果たして、 弓月は夢の中に、何を見たのだろうか。

しゃばけシリーズとは違い、かわいい妖怪たちは出てこないが、弓月もなかなかの味があります。 心の痛みがわかるけれど、じっと胸に抱え込んでしまいそうな危うさも持っていて、読み進め ながら、その痛みに共振してしまいました。未来が見えることの不幸。でも、きっと明るい未来が あると信じていくところが、救いです。これもシリーズ化しそうですね。

「まんまこと」

江戸では、奉行所に届けるまでもない案件は、街の名主が玄関先で調停をした。神田の宗右衛門は お気楽な跡取り息子・麻之助が心配でならない。そんなとき、麻之助がお腹の子だと名乗る女が 現れる。笠松屋のおのぶだった。調べていくうち、意外な相手に行き着く。調停の結果は・・・。

妖怪(「しゃばけ」シリーズ)も出てこない、江戸の人情話の短編集です。けなげな町娘、遊び人 ふうの主人公、気のいい友だち、お金に左右される人々・・・。時代物が苦手なわたしは、 やっぱりだめでした。シンプル過ぎて、入れ込むことができません。

「つくもがみ貸します」

親を亡くしたお紅と、その叔父の養子である清次の二人は、姉弟として出雲屋を切り盛りしている。 鍋、釜、布団、何でも貸し出す店で、その中に煙管(キセル)、根付け、掛け軸等が100年の年月を 経て妖しの力を携えた『つくもがみ』たちがいる。レンタルされて行った先で、様々な事を見聞きする のが何よりも楽しみ、という一風変わった妖怪たちだった。

付喪神たちは姉弟とは口を交わそうとしないし、 お互いのことをあまり快く思ってないところも あったりして、 「しゃばけ」シリーズとはかなり距離感も雰囲気も違います。 畠中さんも、 この設定に苦戦したのでしょうか。読者もつらいです。時代物が苦手と、再びため息をつきたく なる作品でした。

「こころげそう」

長屋に女の幽霊が出る。そんなうわさ話の真意を確かめようと、下っ引きの宇多は動き出す。 娘と息子を水で亡くした由紀兵衛を訪ねると、死んだはずの於ふじがいた。

事件の謎と、九人の登場人物の物語です。前作よりは剣呑さは薄れたものの、どこか硬い空気が 残っている感じがします。時代劇であっても、登場人物をもっときちんと書き分けてほしいです。 時代物が苦手と思うわたしには、必須条件です。

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