菅浩江

【夜陰譚(やいんたん)】

菅さんの短編のうまさは、以前からのものです。この短編集も、とにかくうまいと思います。 日常の暮らしと、ふと迷い込む闇。独特の言葉が前に出過ぎているのが気にかかりました。 珍しく読後感が嫌な感じが残りました。1作目、2作目で、読むのを止めようかと思ったほど です。力がありながら、なかなか日の目を見ない作者が、編集部からの意向に迷走している のではないか、と思うのはうがった言い方ですが。

太っていると、会社で笑い者にされているOLが、夜道で電柱に見つけた傷痕に誘われる。 「夜陰譚」

着物の妖しい魅力が描かれる「和服継承」。官能の世界の闇。

どの作品も、闇が深すぎる気がします。ほんのりの救いがないのが、つらいですね。

【プレシャス・ライアー】

ヴァーチャル世界を探検していた詳子は、「ソルト」や「シュガー」から攻撃を 仕掛けられる。
従兄・禎一郎は次世代コンピュータAIの研究をしていた。その実験のためだった。 無事に救い出され日常に戻った詳子だったが、こんどは「ペッパー」というピエロの 姿をした男が接触してきて、目の前で消えてみせる。

詳子と禎一郎は、正体を突き止めようとヴァーチャル世界に入っていく・・・。

いまいる世界は現実なのか。あなたは自信を持って言えるだろうか。という、問題 提起の小説と言ったらいいでしょうか。菅さんの成長が充分感じられます。ただ 読者のわがままを言うと、ファンタジィのゆとりのある作品の方がいいかもと思い ます。

【歌の翼に】

音楽大学を首席で卒業していながら、人前でピアノを弾けなくなり、商店街の 楽器店の音楽教師をしている亮子先生を、9編の短編でまとめています。

小・中学生の生徒たちのこころに起きた事件を、鋭い感性で嗅ぎ分けてしまう。 娘のハルナを音楽の道に進ませようとする山田夫人は、熱心なあまり、ハルナの 悩みに気がつかない。「教室だと気持ちよく弾ける」という言葉から、亮子先生 は推理してみせる。
ハルナはもう一人の先生にも、教えを受けていたのだった。

小さな言葉から「事件」を解決してみせるのは、加納朋子さんを彷彿とさせる 感じもあります。違いは、社会への視線と関係性の広さですね。
ただ、菅浩江さんにはもっと大きな作品を書いてほしいと思うのは、読者のわが ままでしょうか。

【末枯れ(すがれ)の花守り】

大学生の今日子は、ベランダに朝顔を植えた。絞りの入った赤い 花は圭次郎と出会った時のものだった。いつまでも続くようにと 願い、朝顔の蔓のように彼に惹かれていった。だがこのところ、 連絡がこない。

花を咲かせることに思いをこめている今日子の前 に、黒い絽の着物姿の永世姫、時代劇のお引きずり姿の常世姫が 現れる。『我らの館で花のしぼむことなく、男と永遠に添わせる』 そう言われてフラリとしたとき、「鬼」と名乗る花守り・時実が、 止めに入る...。

朝顔、曼珠沙華、寒牡丹、山百合、老松を間に繰り広げられるの は、異形の世界の妖しいまでの美しさです。まるで、能の舞台や 映画を見ているような感じがします。短い文章でこれほど見事に 描ききる菅さんという作家はすごい!です。そして、女のこころ の深いところを描く手腕も。 ふーっと、ため息の出るような作品です。ぜひ、お読みになって みてください。

【五人姉妹】

35歳を迎えた園川葉那子は、成長型の人工臓器を埋め込まれて いた。その日彼女は、4人の客と対面した。臓器スペアとしての クローンたちだった。バイオ企業の経営者の父が亡くなり、よう やく会ってみようとしたのだった。...「五人姉妹」

短編集ですが、読み終えるとこまやかなこころの動きを描いた、 長い物語を読んだような気がしました。「永遠の森」の、続編を 思わせる作品です。 永遠と、刹那の間に揺れるこころが、とても人間的なので、SF なのに、胸に残るのでしょうか。美しく、哀しい物語です。

【鬼女の都】

「永遠の森博物館惑星」(早川書房)では、ファンタジィを存分 に味あわせてくれたので、今回も期待して読みました。

舞台は京都。京都ものの小説でファンを持つ藤原花奈女が、謎の言 葉を残して、自殺する。屍体は能楽に使われる小袖でおおわれてい た。真相を追う優希たちにも魔の手が伸びてくる。京都は、鬼の住 むところ。歴史が連綿と続いているところ。特殊な環境が、読み手 を引き付け、いつのまにか京都の世界に入っていしまう。

手ぶりだけで、三味線を弾いてみせる場面など、彼女の筆致がすば らしい。格調の高い物語でした。

【アイ・アム】

介護ロボット・ミキは、ホスピスでの仕事に充実感を味わっている。 でも、ときどき浮かび上がる記憶?が、ミキを悩ませていた。

同僚の看護婦や患者との会話にも工夫をこらしたりできる、高度な 知識と技術もある。それでも「わたしは誰?」なのかと、問いたく なる。

ファンタジィタッチの気持ちのいい本です。ただ、彼女の作品に期 待しすぎたのか、ちょっともの足りませんでした。「400円文庫」 に限界があるのは当然なのだけれど。次作を楽しみにしましょう。

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