篠田節子

「コンタクト・ゾーン」

ダイエットをしているありさ。キャリアとの結婚を夢見ていた、公務員の真央子。 大病院の娘で医師になる気もない祝子。
熱帯雨林のバヤン島に、観光に来た3人の日本人女性が、豪華なリゾートホテ ルに宿泊し、ブランド物の買い物、そしてホテルのボーイとの浮気が繰り広げ られようとしていた。

首都サプルで暴動が起きた。それでも行動予定を変えようとせず、街にでるが 激しい銃撃戦に巻き込まれてしまう。さらにホテルも襲撃にあい、ボーイのチェ ラの手引きで、小舟でかろうじて脱出する。

だが、漂着したのは同じ島の反対側だった。そこには奇妙なバランスで、ゲリラや 解放軍とも暮らす島民たちがいた。日本とは連絡手段もない場所で、3人は生きる しかなかった・・・。

印象が強烈だった「弥勒」を連想させるが、ごく普通の女性たちの視点で描かれ ている。頭も体も全力で使って「生きる」ことに力点が置かれ、日本での「生きる」 とは、まったく別な価値観を持つようになる女性たちが、じつにたくましいのです。

戦争の意味と、生きることの意味。深くも読めるが、暗くはなく、異文化との接点 「コンタクト・ゾーン」がうまく描かれています。

「妖櫻忌」

お茶室の火災で、作家・大原鳳月が若い演出家とともに焼死した。 彼女の執筆を助けてきた若桑律子が、編集者・堀口に原稿を持って きた。

それは鳳月を書いた小説だった。出版社を、センセーショナ ルに売り出そうとする意志に向かわせるのに充分なものだった。 枚数が進むうちに、作品が次第に鳳月自身の文章に見えてくる堀口 が、真相に迫ろうとする。その彼の前に繰り広げられたものは...。

結末は最初から見えていながら、ぐいぐい引き込まれて読みました。 「女の情」というのは、すでに書き尽くされたもののようでいて、 こういう切り口もあるのだと、おもしろかった。有吉佐和子の作品 に通じるものがあります。

「家鳴り」

読みはじめてから、新刊で読んだことに気付きました。それでも 最後までおもしろく引き込まれてしまう筆力は、さすがです。 「幻の穀物危機」「やどかり」「操作手」「春の便り」「家鳴り」 「水球」「青らむ空のうつろのなかに」の7編の短編集です。新 刊のタイトルは「青らむ・・・」でした。

ペンションが建ち並ぶおしゃれなところで、手作りパンの店を開 いている橋本は東京西部で大地震が起きたことを知る。詳しい情 報がなく、村には避難民たちが押しかけてくる。思いがけないト ラブルが発生する。これは、こわいストーリーです。「幻の・・」

痴呆の進む母親が、介護ロボットに幻想を見る。家族たちが目を 離したとき、事件は起きた。「操作手」。 不思議な、けれどとても現実に近い展開です。幸せって、なんだ ろう考えてしまいました。

全部の作品に共通しているのは、設定の現実感と、異世界との境 界が奇妙に入り組んだ恐怖があるところです。

「インコは戻ってきたか」

東地中海の真珠と呼ばれるキプロス。旅行雑誌の取材のために訪れ る響子と、カメラマンの檜山。

切り詰められた日程の中で、若い女性がよろこびそうな観光スポッ トの写真を取り、記事を書く。炎天下、ボロ車がついに故障する。 二人は、長く複雑な歴史を持つその国で、紛争に巻き込まれる。

篠田節子の取材の確かさは、前作の「弥勒」(みろく)で折り紙付 きです。今回も歴史を解説しながら、飽きさせない。でも「弥勒」 がすご過ぎるからね...。 出版社の書く本の帯のコピーって、中身と一致しないことが多くな りました。売るぞ!という気迫はわかるけど...。しかたないのかな。

「三日やったらやめられない」

辛口のエッセイです。小説がおもしろくても、エッセイはどうもぴ んとこないことが多いのですが、彼女のぴりりと引き締まったエッ セイはおもしろいです。 「血と殺人の美学をめぐって」「書評地獄」「ナイフをめぐる文化 展」「cpuに割り箸噛ませて」「素顔のままで、十八年目の報告」 などなど...。

ちょっと本屋さんで、立ち読みをしてもいいと思います。お化粧を せず、ワープロ専用機で原稿を書き、チェロを弾く。思いがけない 彼女の基本的な生きる姿勢が、こちらのぐうたらを気づかせてくれ ます。

「百年の恋」

ぱっとしないフリーライター真一は、美人で有能なエリート銀行員 梨香子に恋をして、なぜか結婚。しかし、仕事が最優先の梨香子は家 事がだめ。感情の起伏は激しい。次第に「主夫」させられるいらだち。 そうしているうちに妊娠、出産。 男社会の中で仕事と子育てをどう両立するのか...。

柳美里とはまた違う視点で書いています。笑い飛ばしながら、現実の 暮らしを逃げないで見つめている。篠田節子の作の中では、珍しい傾 向です。

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