桜庭一樹

「私の男」

花は小学4年のとき津波で家族を亡くし、親戚の淳悟のもとに引き取られて養女となった。北の町で暮らす二人が、ひとつの事件をきっかけに東京へ転居した。花は24歳になって、明日、結婚しようとしている。だが、よじれた淳悟との関係はどうなるのかは、花にもわからなかった。

タイトルから、かなり腰が引けていたのですが、他の作品の印象悪くなかったので、読むことにしました。娘の花と父であり男である淳悟を中心に据え、抱えた孤独をお互いの存在で埋めあう、閉じた完成された世界を、桜庭さんは力で描き切っています。濃厚さに辟易しながらも読ませるものがありました。ファザー・コンプレックスが底にあるのではないでしょうか。。時系列を次第に遡っていき、最後に幼い花と淳悟との繋がりが描かれ、幼さ故にどこか許される無邪気な関係のスタートが、不思議な明るさを残して読後感をよくしています。父と娘の匂い立つような情交も、殺人も、薄れてしまうほどです。「血」で全てを納得させる計算をしているとしたら、相当したたかな作家だと思います。

桜庭一樹

「赤朽葉家の伝説」

中国山脈の奥に隠れ住むサンカの娘・万葉が輿入れしたのは、タタラで財を成した赤朽葉製鉄所の大家だった。不思議な千里眼を持ち一族の経済を助け、姑・タツと共に家を束ねていく。息子の死を見通してしまった万葉は、いつも息子に哀しい眼差しを向けるのだった。バイクを乗り回し不良少女として名を馳せる娘の毛毬は、やがて少女漫画家となって一世を風靡する。仕事もせず家にいるのは、毛毬の娘・瞳子だった。瞳子は万葉の、死に際の言葉の謎を解こうとする。

戦後やバブル景気といった、それぞれの時代背景の中で揺れ動く、赤朽葉家の盛衰と、3代の女たちを巡る人間関係を描いた力作だと思います。特に、万葉の描き方は秀逸です。時代と地域の濃い色をたっぷりと読ませてくれます。最後の謎解きも、祖母への追悼ということで納得はできますが、ミステリーではなく、丹念に書き上げた一族のストーリーとして、おもしろかったです。架空のお話だと随所で言いながら、その世界に引込む筆致がすごい作家だと思います。

桜庭一樹

「少女には向かない職業」

中学2年生の1年間で、あたし、大西葵13歳は、人をふたり殺した。病気でアル中の義理の父と島で暮らす。ちょっとだけ目立ってる、けれども家では意外と問題を抱えている普通の中学2年の女の子の話。切っても切り離せない友人との関係から、殺人は始まった。武器はひとつ目は悪意で、2つ目はバトルアックスだった。

家族問題が入り混じり、事件として『友人』からけしかけられた『殺人』が絡んでくきます。 痛々しいラストは、最後までキメられない友人・静香の穴だらけの完全犯罪計画の情けなさというのが中学生らしいともいえます。もうとうに無くなってしまった父親や母親像を、どこかに求めている作家かも知れません。

桜庭一樹

「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」

片田舎の中学生・山田なぎさは、母子家庭で兄は引きこもりだった。 中学校を卒業したら、自衛隊に入隊して「実弾」を手に入れたいと願う。そんななぎさのクラスに、自分を「人魚」だと言う、謎の転校生・海野藻屑が入ってくる。父はアイドル歌手でお金持ちらしいが、藻屑はペットボトルのミネラルウォーターをぐびぐび飲み続けるユニークなキャラだ。父親から虐待されているらしい藻屑は、傷つけられながらも愛している父親と、味方がいない自分を守るために、嘘で塗り固めた砂糖菓子の弾丸を撃ち続けている。

2人の少女のどちらも、イタい。ありふれた日常に見せかけつつ、虐待の深層心理まで深く描いています。桜庭さんはバイオレンスの描き方が、本当にうまいと思います。 読むのもつらいけれど、ラストのなぎさの兄の行動に救われます。「生き残った子だけが、大人になる」教師の言葉が重いです。

桜庭一樹

「青年のための読書クラブ」

伝統あるお嬢様学校、聖マリアナ学園では、校内の異端者だけが集う「読書クラブ」には、学園史上抹消された数々の珍事件が書き継がれた秘密の「クラブ誌」があった。常に当事者でありながら観察者であり、記録者であり続けた異端の読書クラブは、ある計画をもくろんだ。毎年、生徒の投票によって全学生の憧れの「王子」が選出される伝統に、読書クラブの妹尾アザミが参謀になり、烏丸紅子を「王子」として「出馬」させることだった。

女性だけの閉じた世界で生きる、少女たちがおもしろかったです。主人公たちの、少年のような語り口もうまいし、「大衆」の心をつかむ術も巧みです。海外文学を散りばめながら、5編のエピソードが収斂する、ラストも印象的で、悲哀を感じさせられます。

桜庭一樹

「少女七竃と七人の可愛そうな大人」

美しく育った狭い田舎社会では目立ち過ぎる七竈(ななかまど)は、鉄道模型を愛し、孤独に生きる。「辻斬りのように」淫乱な母は、いつも新しい恋に落ちて旅に出る。唯一、心が通った親友の雪風と多くの時を過ごした。雪風との静かで完成された世界が永遠に続くかと思われた。だが狭い共同体、狭い人間関係の中で、大人たちの騒ぎはだんだんと七竈を巻き込んでいく。男遊びに目覚めた母が、七竈をみごもるまでの話が伝わってくる。

危うい斬新な世界のようでいて、古風なモラルに束縛される七竃の心がうまく描かれています。途中から、視点が変わり別な人物や犬が語るところは、新しい進展も別な角度からの意外性もなく、効果が薄い感じがします。と、突っ込みどころはたくさんあるのですが、その世界に引きずり込む力があると思います。

桜庭一樹

「荒野」

坂の上の築100年の、雨漏りのする大きな家で、恋愛小説家の父と暮らす十二歳の山野内荒野は、痩せた男性っぽい家政婦の奈々子さんに日常の世話をしてもらっていた。ある日突然の別れがきた。そして新しい家族がやってきた。父の再婚相手の蓉子さんと息子の悠也だ。悠也は、電車の中で荒野がドジなことをして困っていたところを、助けられた相手だった。思 いがけず義理の兄妹となってしまったのだ。黒髪の和風の顔を持った幼さを残した荒野と、すぐに留学していなくなってしまう悠也とのぎこちない、息の詰まるような触れあいとときめきが繰り広げられる。一方でにぎやかな学園生活があり、美しく活発な女友だちや男の子たちとの中で、荒野 はゆっくりと成長していく。

「私の男」とは違う、不器用に少女が大人になっていく物語です。鎌倉の町、アルバイトで着る着物や、蓉子さんにこしらえてもらった洋服、そして 放課後の買い食いのうさぎ型のまんじゅうなどの背景と小物も活きていて、奔放な恋愛と仕事に明け暮れる父、その再婚相手、家政婦などの強烈なキャラが、魅力的です。心地よいリズムと語感をもった文体で、感性豊かな一編の叙情詩を読んだような印象が残ります。特に夏祭りの喧噪の中での、悠也とはぐれたときの感覚描写がいいですね。

桜庭一樹

「ファミリーポートレイト」

美しいママ・マコと娘の口の利けないコマコは、過去から逃げ続けていた。マコの昔自慢と奔放な暮らしを見続けてきたコマコも、いつか背が高くなりマコを超えても娘であることを望んだ。だがふいにマコは湖に身を投げ、姿を消した。19歳のコマコはバーのカウンターで酔客相手に、空想の物語を語り始める。

母娘の濃厚な結びつきがこんなにも強いものかと、強烈に印象づけられます。母の愛憎を一身に受けた娘が、一人で生きることを覚えるまでの壮大な物語です。全体がモノトーンの映像で、所々に真っ赤な色が妖しく美しいです。作家になり、物書きの業を表現している辺りを含め、全体が「物語」なのだと強調するのは、桜庭さんの決して自分を見せないポーズでしょうか。それでも読者は母と娘に感情移入して、同調してしまうのです。もしかしたら現実と、想像の産物の物語とのあわいを、まんまと振り回され漂わせられ、深く心に残してしまいます。うまい作家だと思います。

桜庭一樹

「製鉄天使」

辺境の地、鳥取県赤珠村に根を下ろす製鉄会社の長女として生まれた赤緑豆小豆は、鉄を支配し自在に操るという不思議な能力を持っていた。荒ぶる魂に突き動かされるように、レディース“製鉄天使”の初代総長として、中国地方全土の制圧に乗り出す。「あたしら暴走女愚連隊は、走ることでしか命の花、燃やせねぇ!」中国地方にその名を轟かせた伝説の少女の物語だ。

いわゆる「不良」としての日々が、ひたすら主人公の目線で描かれていきま す。バイクを乗り回し一帯を疾風怒濤となって駆ける小豆の行動は、突き抜けています。雄叫びが、聞こえるようです。小説の中でマンガ・ストーリーが展開する運びは、好き嫌いが出るかも知れません。でもわたしは結構好きだったりします。根底にあるのは、枠を飛び出せなかった時代への惜春の思いかも知れませんが。

西条奈加

「無花果の実のなるころに」

中学2年の望は、料理がうまいので両親が転勤していってから、祖母の面倒を見ている。祖母・お蔦さんは元芸者でいまでも粋で何かと人に頼られる人気者だ。神楽坂での日々は、幼なじみが「蹴とばし魔」として捕まったり、ご近所衆が振り込め詐欺に遭ったり、いつも騒がしい。僕の力と、人脈の広いお蔦さんの知恵を駆使して、問題を解決していく。

6編の短編集です。気っぷのいい祖母や優しい望、近所の人々のキャラがいい味を出しています。料理の描写もうまく香りが伝わってきそうで、こういう家族がほしいと思いました。祖母の真剣で、人情味のある暖かい思考と、望の大人になる前の中学生らしい思考が、清々しいです。読後感もよく、他の作品も読んでみたいと思います。

佐々木譲

「代官山コールドケース」

17年前に代官山で起きた暴行殺人事件は、被疑者死亡で解決したはずだった。だが今、川崎で起きた同様の殺人現場から同じDNAが見つかった。真犯人は別にいたのだ。特命捜査対策室の水戸部に密命が下る。警視庁の威信をかけ、神奈川県警より先に犯人を逮捕せよと。

地道な証拠調べを積み上げていく、苦労の多い捜査が過去の真実を明らかにする。力作だと思う。それにしても17年前の記憶を掘り起こしていく、気の遠くなりそうな仕事の大変さ。わずかな綻びを見出しをキャッチし、解決の道を押し広げていく。リアリティがある。いい作家だと思う。

佐々木譲

「犬の掟」

東京湾岸で射殺体が発見された。蒲田署の刑事二人は事件を追い、捜査一課の刑事二人には内偵の密命が下される。所轄署より先に犯人を突き止めろ。浮かび上がる幾つもの不審死、半グレグループの暗躍、公安の影。二組の捜査が交錯し、刑事の嗅覚が死角に潜む犯人をあぶり出していく。

多数の登場人物と組織の構図を描き分ける力は、相変わらずすごいです。ただ今までの作品に比べ、一人一人の心の動きが深くなかったので、キャラ立ちしていない印象です。それが犯人像を浮かび上がらせにくくしてしまったかも知れません。あまりストーリーテラーに寄らないでほしいところです。

佐々木譲

「警察の条件」

都内の麻薬取引ルートに、正体不明の勢力が参入している。裏社会の変化に後手に回った警視庁では、若きエース警部も、潜入捜査中の刑事が殺されるという失態の責任を問われていた。折しも復職が決まった加賀谷は、9年前悪徳警官の汚名を着せられ組織から去った刑事だった。復期早々、単独行で成果を上げるかつての上司に対して安城の焦りは募ってゆく。

ある意味で古い清濁併せ持つタイプの加賀谷は、情報網を広く持ち、法的にすれすれの行動をする。だが変わりつつある裏社会の動きは、変わってきている。警察組織も変わろうとしている。生き残るのか、際どい選択を迫られる。いつもながらの丁寧な描写だが、強いキャラが類型的に見える。作者の得意分野ではないかも知れない。

佐々木譲

「地層捜査」

キャリアに歯向かって謹慎となった若き刑事・水戸部は迷宮入り事件を担当する「特命捜査対策室」に配属された。15年前に起きた新宿区荒木町の元・芸妓殺人事件を再捜査することになった。捜査は水戸部と刑事を退職した相談員加納の二人で、町の底に埋もれた秘密と嘘に迫っていく。

15年で変わってきた裏寂れた街や、そこに住む人々の変遷が浮かび上がってきます。バブルも知らない若手刑事が、地上げや暴力団絡みの時代を丹念に掘り起こしていく捜査は、まさに地層を採掘していくようです。地道な展開が飽きさせず、ラストの意外性もあり悪くありません。

佐々木譲

「憂いなき街」

サッポロ・シティ・ジャズで賑わう初夏の札幌市内で宝石商の強盗事件が起きた。捜査していた機動捜査隊の津久井は、当番明けの夜に立ち寄ったバー「ブラックバード」でピアニストの奈津美と出会う。彼女は、人気アルトサックス・プレーヤーの四方田純から声がかかり、シティ・ジャズへの出演を控えていた。ジャズの話をしながら急速に深まる津久井と奈津美の仲。しかし、そんななか中島公園近くの池で女性死体が見つかり、奈津美に容疑がかかってしまう。

純情という言葉に値する津久井の奈津美への思いは、警察官としてのきっぱりとした線引きが好印象です。シティ・ジャズ薬物が捌かれる情報に包囲網を敷き、逮捕に至る合間に見せる人間関係が魅力的な展開です。店や街、人間関係さえも、古風でタバコの煙のような雰囲気がいいですね。

佐々木譲

「新宿のありふれた夜」

新宿で10年間任された酒場を畳む夜、郷田は血染めのシャツを着た少女を店内に匿った。怯えながらメイリンと名のる少女は、監禁場所から脱けだす際、組長を撃ち組織に追われていた。さらに郷田は難民生活、日本での過酷な労働を強いられたメイリンに衝撃を受ける。新宿の暴力団の凶手。警察の執拗な捜査。この娘を救わなければ。メイリンの姿に自分の姿を重ねた郷田は、二重包囲網の突破を計った。

表題の通り、ありふれた素材にも関わらず読ませますね。新宿の知らなかった裏の顔を突きつけられ、次第にメイリンに惹かれていく心理も丁寧に描かれます。よくあるストーリーとは言え、おもしろかったのは発見でした。

佐藤青南

「ヴィジュアル・クリフ 行動心理捜査官」

催眠商法で客から多額の金を巻き上げているという「ご長寿研究所」の店長が強盗殺人に遭った。目撃者たちの証言から、未解決のままになっている綾瀬連続殺人事件の容疑者・一色亨が浮上する。警察内部は色めき立つが警視庁捜査一課の楯岡絵麻は、犯人による記憶改ざんを疑う。研究所の顧客に目をつけると、絵麻に行動心理を教え込んだ、恩師・占部亮寛の名前があった。絵麻は占部を訪ねると、占部は心理を読み取られないよう抗不安薬を服用してしまう。

もう少し分析の幅が欲しくなります。広げ過ぎるとプロファイリングになるでしょう。その手前なので、先が読めてしまうのが残念です。

佐藤西南

「ストレンジ・シチュエーション」

相手のしぐさから真実を読み取る自供率100%の取調官シリーズ。本駒込署のトイレで宮出巡査が拳銃自殺をした。絵麻と西野は強盗殺人事件の現場に向かったが、被害者夫婦の血痕がついた衣類が宮出の自宅から発見された。宮出の単独犯として事件は解決したかに見えたが、宮出の同期・綿貫刑事は自殺を断固否定する。絵麻は宮出の犯行方法のずさんさに違和感を覚える。

小気味のいいテンポでの展開は、癖になります。絵麻の頭脳に蓄積されたデータから、微かに感じる違和感が事件解決の糸口になります。このシリーズは確かに面白いです。

佐藤青南

「サッド・フィッシュ」

相手のしぐさから嘘を見破る取調官・楯岡絵麻が、相棒の西野とともに様々な事件に挑む。人気シンガーソングライターの自殺、ご近所トラブルにより過失致死に問われた老夫婦、集団リンチの果てに殺された女子中学生事件。さらには、かつての恋人が絵麻に接触してきて・・。

小気味のいい展開とキャラ立ちが、楽しく読めました。私にとっての漫画的小説ですが、筆致がしっかりして無駄がないところが好きです。行動心理で嘘か真実を見抜く絵麻捜査官は「エンマ」と言われています。伏線の張り方も、男性捜査官の考え方との違いもおもしろいです。たくさん出ているので、気軽にどの巻からでも読めます。

佐藤青南

「インサイド・フェイス」

取調官・楯岡絵麻が後輩の西野とともに、新たな敵に挑む。帰宅途中の看護師が、元夫の医師に刃物で襲われた。ふたりは三年前に、小学生の娘が何者かに殺され、バラバラ死体となって発見された事件の被害者遺族だった。元夫は意味不明な発言をして取調べにならない。しかし絵麻はある可能性を感じ、取調室を出て別調査に向かった。

前作同様、嘘を見抜きなにが真実か捜査して行きます。このシリーズは楽しめます。

佐藤究

「QJKJQ」

猟奇殺人鬼一家の長女として育った、17歳の亜李亜。一家は秘密を共有しながらひっそりと暮らしていたが、兄の惨殺死体を発見してしまう。直後に母も姿を消し、亜李亜は父と取り残される。何が起こったのか探るうちに、亜李亜は周囲に違和感を覚え始める。

壮絶な殺人が起こり、描写も構成もしっかりしています。ホラーではない文章で引き込まれます。順当な結末ですが、いい書き手だと思います。次作に期待です。

沢村凛

「笑うヤシュ・クック・モ」

両親の死後、引きこもりがちだった皓雅は、卒業後10年の大学の同窓会に出席した。かつてのメンバーでコンビニ自営の栄司、昇平、利男、海外出張直前の大樹が揃い、昔の飲み会の残金100円でサッカーくじtotoのシートを買いみんなでマークした。証拠を残そうと撮りっ切りカメラで写した。それぞれの日常に戻った頃、くじが1等の6千800万が当たった。だが大樹の家で預かっていたtoto券はマークした数字と違い、確認しようとしたカメラは、日光で別なものと取り違えられていた。現像した写真から、持ち主を捜そうということになった。手がかりは古代遺跡のヤシュ・クック・モ展だった。

toto券の確認から始まった追いかけが、カメラの持ち主、そしてヤシュ・クック・モへと軸がぶれていくように見えながら、一人一人の胸の内が見えてきます。雨の中、外でずぶ濡れになりながらヤシュ・クック・モ展来場者を探す場面は、読む方もうつうつとした気分になりますが、鮮やかな出会いがありほっとします。カメラの持ち主を探す行為は、まるで恋人探しです。殺人事件が起きるわけではなく、ラスト近くでようやく出てくる男の死体が、事件といえるだけですが、その捻りもうまいと思います。

沢村凛

「カタブツ」

結婚を間近に控えた昌樹は、三年前の交通事故で2日間の記憶が喪失している。婚約者の家を訪れたとき、初めて来たはずの海に身覚えたあった。さりげなく家族から聞くと、その海岸で殺人事件があったという。・・「マリッジブルー・マリングレー」

須磨は仕事の取引先で知り合った樽見と妙に気が合い、ときどき酒を飲むようになった。だが上司からは冷酷な人間だという注意を受ける。そう思っていない昌樹は、訪れた樽見の部屋に深夜の無言電話がかかってくる。・・「無言電話の向こう側」

6編の短編集です。さらりとした筆致で、日常にある小さな心のすれ違いをうまくまとめています。短さの中にちらりと見せる心の奥にあるものを、信じたい、あるいは信じる人間像を描いたいます。1編だけ、そうでないものが紛れ込ませてあります。きらりと光る短編です。

沢村凛

「さざなみ」

3時までにATMで振り込む順番待ちをしていた奥山は、入れ替わってくれた男から、知らない他人3人に親切にする義務を負った。そんな借金で身動きが取れない奥山に、おいしい仕事が紹介された。博物館のような「銀杏屋敷」の執事だった。謎の女主人・絹子さんから、次々に難題を出されるに、ない知恵を振り絞り気に入るような答えにたどり着く、という日々を送ることになった。

女主人の出す難問が、次第に難易度を上げていくあたりがうまいです。一方で誰かに親切にしたいのにことごとくダメになる奥山の描き方も、読みながら納得させられてしまいます。ねずみ講のように親切を広げるという「波紋」の終わり方があっけなく、最後で説明されてしまうのが残念です。

沢村凛

「脇役スタンド・バイ・ミー」

鳥になりたいと祈る老女、騒音とともに消えた女、真夜中に廃屋でひとり眠る少女、定年後の再雇用ができない男、前世を占えると告げる美女。それらのすべてに登場する脇田という男が、関わる。

日常の中のちょっとしたミステリを、どこか青い正義感で取り上げたような展開です。6話に共通して登場する脇役男の印象が薄いため、ラストの説明的な章が不必要に感じます。もう少し、明確な脇役にしたならさらにおもしろかったかも知れません。うまいタイトルに引かれて読みました。

沢村凛

「タソガレ」

祐児は恋人の里美から説明された「相貌失認症(フェイス・ブラインドネス)」の人の顔が覚えられない、認識できないという症状は、なかなか理解しにくかった。だが本人は小さい頃から巧みに、日常生活では支障がない術を身につけていた。パリ旅行中に親切にしてくれた人に取った冷たい態度の謎や、彼女の無意識の所作が呼ぶストーカーと誘拐殺人に至っては・・・。

ぱっと明るい装丁がまずきれいです。初めてのキャラ設定と、その恋人が疑問を分析しようとする姿に同情してしまいました。ここまで深刻な病気も困ると思いますが、初めて見た顔を覚えにくいというのはわたしもあるので共感できます。ラストへの持っていき方が、作者らしさが出ていていいですね。

沢村凛

「ディーセント・ワーク・ガーディアン」

「人は生きるために働いている。だから、仕事で死んではいけないんだ」。労働基準監督官である三村は、「普通に働いて、普通に暮らせる」社会をめざして、日々奮闘している。行政官としてだけでなく、時に特別司法警察員として、時に職務を越えた「謎解き」に挑む。労働基準監督官と刑事の異色コンビが、無人化工場内での殺人事件に立ち向かう。

労働基準監督官と刑事が友人という設定が初めてです。労働監督署と会社、社員との軋轢はわたしがよく知っているせいか、事例が少し深みに欠ける嫌いはあります。不況まっただ中の零細企業の、経営実態への視線はないようです。それでも六話のスキャンダル騒ぎで罷免になるという、追い詰められた事態は、興味が引かれました。それなのに、あっさりと好転させてしまい、軽過ぎたラストになってしまいました。お役所のぬるま湯を飲んだ気分です。

斉木香津

「凍花」

3人姉妹の長女・百合は次女・梨花を殺害した。頭も良く顔もスタイルも良く面倒見のいい性格で、美大からデザインの会社へ進んだ百合は、自首し収監されるが、面会は断り動機はわからない。父は貿易会社で忙しく、母は自宅で料理教室を開き、ごく普通の家庭だった。今まで当たり前にいた2人の姉を失った残された三女・柚香は、自慢の姉・百合の心の闇を探っていき、1冊のノートを見つける。それは長年、百合がつけていた日記帳だった。

人間には表の顔も家での顔も、言葉にしない自分の感情を抱える顔も、どれも一人の人間です。それらをなんとかコントロールして生きている、ということを改めて考えさせられました。両親と三姉妹、恋人、姉の会社の上司、さまざまに見える姉を知ろうとして、家族や近所の人や、自分自身の気づかずにいた知らずにいたほうがよかったほどの感情を見てしまいます。ラストに収斂していく真面目さが、好感を持ちました。

斉木香津

「千の花になって」

昭和19年横浜。十九歳の真砂代は、銭湯「くじら湯」を営む祖父と二人暮らしをしている。自分の容姿には、どうしても自信が持てない。知人の仲介で見合いをした男性には、ずっと思い続けている貴子という年上の女性がいるらしい。真砂代は戦時中にもかかわらず一人優雅に暮らすその貴子と知り合い、家事を手伝うようになる。貴子は戦争が終わったら、海をわたりパリで絵の勉強をするのだという。その先進的な考えや行動に戸惑いつつも、真砂代は少しずつ彼女に惹かれていく。

はっきり物を言えない少女の心の中や、戦時中の人々の猜疑心などがきっちりと描かれています。それでいて美しさを残すのは、貴子の絵に描かれた花の美しさです。新鮮な感覚を呼び起こされる驚きがあります。空爆で焼けた空さえ、美しいと感じる描写がすごいです。絵を描くことの根源に迫っている点は、戦争の苦労や大変さ以上に鋭い視線を持った作家としていい書き手だと思わせます。

里見蘭

「さよならベイビー」

自殺未遂をし母の死を受け入れられず、ひきこもりになって4年の雅祥は、父が預かった赤ん坊に戸惑う。3週間のはずだったが、その父が突然病死してしまう。赤ん坊の母親の連絡先もわからず、泣き叫ぶ赤ん坊にパニックになりながらも必死に世話をする。民生委員の訪問を受けるが、施設に預けることはできないと言われる。

人と関わることから逃げているひきこもりでも、小さな命を預けられると必死にならざるを得ません。手伝ってくれるしーちゃんの、見えなかった姿も目にし、遺産相続がとんでもない借金相続になりそうな展開など、一気に読みました。民生委員の関わりも、なかなかおもしろいです。パニックの様子もきちんと冷静に設定され流されず、4人の視点の章からなる物語が、ラストに収斂していくのもなかなかいいです。

佐藤憲胤

「サージウスの死神」

飛び降り自殺する男と最後に眼があった彼は、浴びた返り血によって、ある「力」を手にしたように思う。自分の内側にひそむ狂気と闇に向けられる怒りが疾走していく。地下のカジノでルーレットを回す音が聞こえてくる。そして そのリズムを手にした彼は世界を、闇を超えていく。世界狂気の果てに行きついた最後の場所とは・・・。

イカサマでもないのにルーレットでぴたりと数字を当てる男は、何が欲しいのか自分に問います。象徴としてのカネでもなく、勝利や熱でもない。探し求めた彼は、紅玉髄(サージウス)そんな縁起の悪い石に魅惑され手に入れます。血と狂気の世界でありながら、哲学的な思考回路に共感してしまうのは、わたしにもアブナい血が流れているのかも知れません。

佐藤憲胤

「ソードリッカー」

酒場で兄が刺されたのを目の当たりにした男は、ナイフのささった傷口から流れ出す血を見て以来、文章を書けなくなる。そんなとき、カメラを売りに行った店で偶然目にした模造の日本刀に魅せられ、入手する。この刀であの夜に決着をつけるのだ。男は、回復した兄にその刀で切り掛かる。

「ソードリッカー」「ライトワーム」の2編です。「ソードリッカー」は、ピンホールカメラのように部屋に逆さに映る屋外の光景や、刀をながめる男の狂気とのすれすれの描写がいいです。なかなかおもしろい作家です。「ライトワーム」は滅亡する世界と、それでも日常の行為を続ける男の視点で進行し、トリップしたような映像や思考を独特のつなぎで語ります。こちらは付いていけない感じがしました。

佐藤友哉

「333のテッペン」

東京タワーのテッペンで死体ハッケン、タワーが立入禁止になり、土産物屋でアルバイトをする土江田は、巻き込まれたくはなかったが、女子高生探偵・赤井と関わってしまう。・・「333のテッペン」
444匹の犬が忽然と消えた。・・『444のイッペン』
555の砕けた遺骨をいきなり見せた女性が、東京駅の雑踏で殺される。居合わせ、血に濡れたナイフを持った土江田に容疑がかかる・・『555のコッペン』
妻を殺した警官に脅されて、遺体からワッペンを取り戻しに土江田は同行させられる。・・『666のワッペン』

4編の連作集です。あまりにもよく知っている東京タワー、東京ビッグサイト、東京駅、東京スカイツリーが、ミステリー空間に変貌し、次第に主人公の土江田の過去が姿を見せていく構成が、うまいです。胡散臭くて、人間臭くて、危ういキャラ設定も、微妙に好みです。街の描写がじつに端的に立ち現れてきます。例えば千駄木は『下町の雰囲気をこれでもかと宣伝する道』。思わずにやりでした。

佐藤友哉

「1000の小説とバックベアード」

二十七歳の誕生日に仕事をクビになるのは悲劇だ。木原は四年間勤めた特定の依頼人を恢復させるための文章を書く「片説家」集団を離れ、途方に暮れていた。おまけに解雇された途端、読み書きの能力を失う始末だ。小説の執筆を依頼する配川ゆかりが現れ、妹の行方を探してほしいと依頼される。地下に広がる異界、全身黒ずくめの男・バックベアード。「1000の小説」計画。失踪した片説依頼人。「日本文学」とは誰か。小説に関わるあらゆるものが錯綜する。

「小説ってなんだろう。小説を読むことに、はたして意味はあるんだろうか。小説は、人を幸せにしてるんだろうか」という帯の言葉通りに、真っすぐに突き詰めようとしています。かなり強引なストーリー展開ですが、胸に届きました。なりふり構わず心境を吐露できるのは、ある意味才能かも知れません。おもしろかったです。

佐藤友哉

「世界の終わりの終わり」

純文学作家として出版社から出した6冊は、すべて赤字で挫折した「僕」は日々を鬱々と生きている。かつて幼かった妹が列車に跳ねられ、体をまっぷたつにされてしまった残像が脳内に棲息した。脳内で作り出した妹の言動に揺れながら、再び作家の道を再び歩もうと線路を乗り越え東京へ出る。奇妙な少女と出会い、なぜか励まされ、同居を始めて作家への道に1歩づつ近づいていった。

妄想を開き直って書き上げたという作品です。途中読むのを止めようと思いながら、かろうじて見える作者と作品との距離感が微妙におもしろく、結局最後まで読んでしまいました。どこか突き抜けたものを感じさせ、他の作品でどんな物語を書くのか期待です。

朔立木

【死亡推定時刻】

建設会社やゴルフ場の経営もしている社長の娘が,誘拐される。1億円の身代金を準備したにもかかわらず、頭のいい中年の声の犯人の指図に振り回された警察は受け渡しに失敗し、林道で死体が発見された。落ちていた財布に残された指紋から,ゴルフ場の若いアルバイトの小林昭二が逮捕され、厳しい取り調べが始まった。

取り調べで警察が導く通りに自白していき、現場検証までも捏造されていきます。娘を誘拐された家族の心理、犯人とされる男の心理、男の無実を感じながら手を打つこともできず絶望に追いやられる母親、メンツにかける警察官と警察の正義、情状酌量にだけ動く弁護士、そして下される死刑判決。疑問を抱いた若い弁護士が立ち向かうが、巨大な警察組織、検察、裁判官の厚い壁に阻まれます。どのシーンも臨場感に満ちていて、身震いしたくなる世界を見ました。改めて冤罪の恐ろしさを突きつけられ、声を失います。「禍福(=冤罪)はあざなえる縄(なわ)の如し」という言葉の重さを実感しました。

塩沢美代子・島田とみ子

「ひとり暮らしの戦後史」

戦争により夫を奪われる、また男性人口が減り結婚の機会を失い、一人で生きることを余儀なくされた女性たち。生活苦に追われながら戦後を生き抜く女性たちへの聞き取り調査と統計から、戦後生活史の様々な側面をたどる。

ドキュメンタリーとは言え、あまりにも切実な実態は物語でもあり、初版1975年から折に触れ改版されてきています。「共通な日本人の精神構造に深く根差していて」女性の自立やキャリア構築を阻む日本の社会制度が、未だに根深いのです。大企業ではいくらか実施されているが、男性が育児休暇を取るのも難しいです。結局は全て女性の負担にな理、零細企業では産休すら嫌な顔をされます。産休後、育児休暇から復帰して、以前と同じ仕事は望めない実態があります。結局は全て女性の負担になるケースが多いです。

更に根本的に男女賃金格差は大きく、年金へそのまま移行します。40年前からの進歩が遅々として目に見えません。入社できた会社により格差も大きいです。資料として、現在のものが欲しいです。「氷河期」世代や「コロナ」世代が、そして結婚しない人口の増加がどんな将来を生きられるのか、つい暗くなってしまいました。でも、考えるきっかけになる本でした。

新城カズマ

「サマー/タイム/トラベラー-2」

悠有は「プロジェクト」を通して、時空間跳躍能力のコントロールできる練習をする。辺里の町では続発する放火事件が発生していた。そして「モウ オマエニ 未来ハ ナイ」という謎の脅迫状が、悠有に届く。涼、コージン、饗子それぞれの想いが交錯するなか、いつしか卓人は不安に囚われていた、「悠有はなぜ過去へ跳ばないのだろう」と。不安通り、花火大会の夜、悠有は卓人の前から姿を消した。

なんとも切ない青春の物語です。散りばめられた伏線が、後半は駆け足で収斂していきます。時空間跳躍や、放火犯探し、商店街の未来のための現金強奪計画など、はらはらさせられ通しでした。最後の捻りは少し無理があるけれど、よかったです。そしてラストは少し未来の大人の卓人の姿に、ほっとします。理系色のない作家に、ここまでハートをつかまれるとは思いませんでした。おもしろい作家です。

新城カズマ

「サマー/タイム/トラベラー-1」

夏。未来に見放された辺里町で、美原高校に通う卓人たちは嫌なマラソン大会を走った。ゴール直前で、幼馴染みの悠有は、3秒間、未来へ時空を跳んだ。お嬢様学校の響子の号令一下、コージンと涼と卓人、そして悠有の高校生5人は、「時空間跳躍少女開発プロジェクト」を開始した。無数の時間SFを分析し、県道での跳躍実験に夢中になった。けれど、それが悠有と過ごす最後の夏になろうとは、卓人たちには知るよしもなかった。

本好きで早熟な高校生たちが、喫茶「夏への扉」に集まって繰り広げる想像力の世界がなんとも魅力的です。猫の名前をそれぞれが、「チェシャ、ク・メル」「ペトロニウス」「ハミイー」「ジェニィ」と呼ぶなどの書き割りもいいです。あらゆるSFのタイムトラベル物を、読みあさって資料作りをするなんて、楽し過ぎます。読んだことのある本が出てくるのもうれしいです。なによりも、卓人の他のメンバー一人一人とのスタンスが絶妙です。こういう人間関係を持てたらどんなにいいでしょう。シリーズ第1作です。

白石かおる

「僕と『彼女』の首なし死体」

渋谷ハチ公の銅像の足元に、名前も知らない『彼女』の生首を置き去り、白石は仕事に出かけた。総合商社に勤務する白石は、社内抗争と仕事に振り回される平社員にすぎない。トラクターのプレゼンのトラブルを、発想を変えて思いついたアイデアで切り抜けるが、手柄は当然のように上司のものになる。だが白石を目の敵にする矢部副課長と、彼の婚約者で冴草秘書室長との確執もあった。同僚で親友の野田だけには、ここ数日の落ち着きのない様子を読まれていた。停電が起きて安定しない、借りている家の冷蔵庫には冷凍した『彼女』の死体があるからだ。しかも電話による脅迫もあった。

出だしのショッキングさがありながらも、ごく普通のサラリーマンの白石が関わる事件です。途中で白石の犯行の理由が想像できてしまうのですが、それでも楽しめるのは人間像の描き方がしっかりしているからでしょう。アクションが漫画っぽいのが逆に、深刻にならずに軽い読み物として成立させる要因かも知れません。「日常」と「殺人」との境界を見極めようとする、おもしろさがあります。

須賀しのぶ

「紺碧の果てを見よ」

会津出身の父から「喧嘩は逃げるが、最上の勝ち」と教えられ、反発した鷹志は海軍の道を選び、妹の雪子は自由を求めて茨の道を歩んだ。海軍兵学校の固い友情も、つかの間の青春も、ささやかな夢も、苛烈な運命が引き裂いていく。戦争の大義を信じきれぬまま、海空の極限状況に翻弄されていく。

資源のない日本の無謀な大戦を、今までも様々な作家の物を読んできました。須賀氏は、軽装備のゼロ戦特攻隊員への思い入れを消し、冷徹な視点で大局を視野に個人の心情までも自在に描き出していきます。いこれまでにない視点に気づかされました。真珠湾攻撃前の、開戦布告がなぜ遅れたのか闇に包まれたままです。ラストの敗戦による混乱を収めた鷹志の言葉が光ります。「我らは、敗北を糧に立ち上がる防人である。いかなる時代にあっても、諸君よ、紺碧の果てを見よ」なかなかの作家だと思います。

須賀しのぶ

「神の棘T・II =上・下」

家族を悲劇的に失い、神に身を捧げる修道士となった、マティアス。怜悧な頭脳を活かすため、親衛隊に入隊したアルベルト。寄宿舎で同じ時を過ごした旧友が再会したその日、二つの真の運命が目を覚ます。独裁者が招いた戦乱。ユダヤ人に襲いかかる魔手。信仰、懐疑、友愛、裏切り。ナチス政権下ドイツを舞台に、様々な男女によって織りなされる、歴史小説。ユダヤ人大量殺害という任務を与えられ、北の大地で生涯消せぬ汚名を背負ったアルベルト。救済を求めながら死にゆく兵の前で、ただ立ち尽くしていた、マティアス。激戦が続くイタリアで、彼らは道行きを共にすることに。聖都ヴァチカンにて二人を待ち受ける「奇跡」とは。廃墟と化した祖国に希望はあるのか。

地続きの北欧の、国境を崩し侵略する戦争の凄まじさを、強く意識させられました。独裁政権に民意が流れていく様も、心に刻まれます。わずかな抵抗や救出が、その後の祖先の血統にまで遡り立ち位置が変わります。まして国がなくなるなど、国語も禁じられる世界は壮絶です。どんな占領者の元でも、人々は日常を営んでいかなければならないのですから。個人のできる限界や、心の有り様をどうするか。自分に常に問い続けなければ、倒れてしまう自分の危うさ。膨大な死傷者の人数に言葉を失います。この壮大なストーリーを描く作家の筆致の前にひれ伏すしかありません。

須賀しのぶ

「荒城に白百合ありて」

薩摩藩士の岡元伊織は、昌平坂学問所で学ぶ俊才だが、攘夷に沸く学友のように新たな世への期待を抱ききれずにいた。伊織は安政の大地震の際に、燃え盛る江戸の町をひとりさまよい歩く、美しい少女を見つけた。あやかしのような彼女は訊いた。「このくには、終わるの?」と。伊織は悟った。「彼女は自分と同じこの世に馴染めぬいきもの」だと。それが青垣鏡子との出会いだった。魂から惹かれあう二人だが、幕末という「世界の終わり」は着実に近づいている。鏡子は会津藩の下士の家に嫁ぎ2人の子をもうけるが、愛を持てなかった。伊織は薩摩藩、長州藩の変遷、安政の大獄、桜田門の変と激流に飲み込まれそうになるのを、一歩引いて渡り歩いていた。

歴史小説ですが、人物像がくっきりと浮き上がりそれぞれの抱える心を描き出す巧みさは、舌を巻きます。死が間近にある時代の会津の鑑とされる嫁の役割もこなす鏡子は、存在の「異」を感じて生きる。「死」の象徴でもある白百合はタイトルとしても活きていると思います。物語に取り込まれ、一気読みさせるなんともすごい作家です。

須賀しのぶ

「また、桜の国で」

1938年10月。外務書記生・棚倉慎はポーランドの日本大使館に着任。ナチス・ドイツの侵攻、続くソ連の侵攻、緊張が高まる中、慎はかつてシベリアから日本の援助で祖国へ帰ったポーランド孤児たちが作った極東青年会と協力、戦争回避に向け奔走する。ヤンとレイとの不思議な友情も生まれる。だが戦争は勃発のワルシャワ。幼い日の約束を守るべく慎は、日本人としてポーランドのために戦う決意を固める。
ユダヤ人迫害、ゲットー蜂起、カチンの森、ワルシャワ蜂起と、歴史の陰に隠され敗れた者たちの目線からポーランド人を描く。そのエネルギーの象徴としてショパンの名曲「革命のエチュード」の旋律が行間から流れ出る。

ロシア人と日本人との間の慎は、日本では疎ましく感じた外見を、戦場では巧みに使って行くのです。滅びた歴史のあるポーランドが、気高く誇りを持って再び滅びていくのは、読んでいても辛く心に刻まれます。戦争の悲惨さは最終的には民間人の大量死に至ります。歴史を踏まえ、日本人を見据え、鋭く研ぎ澄まされた刃を突きつけてくれた小説でした。すごい作家です。

須賀しのぶ

「帝国の娘 上・下」

大帝国・ルトヴィア。辺鄙な山村で平凡に暮らしていた少女カリエは、突然さらわれ、病に臥せる皇子アルゼウスの身代わりにさせられる。礼儀作法から武術まで、過酷な訓練の日々、冷徹な教育係エディアルド。そして皇位継承レースが始まる。優秀で冷静沈着なドミトリアス、優しく明晰なイレシオン、傲慢で感情的なミューカレウスの3人の皇子。女でも戦士になれる隣国のグラーシカ。美貌の神官サルベーン。カリエは持ち前の負けん気と行動力でレースを乗り越えてゆく。

また一気読みさせられました。世界観、人間の追い求めるものを、臨場感のある描写で引き込んでいきます。女性が男性として生きる窮屈さと、宮廷闘争で見える男性の選択のなさ。自由闊達に生きるグラーシカに惹かれます。ファンタジィでありながら、人間群像の表裏を見せてくれます。いい作家と出会いました。

須賀しのぶ

「革命前夜」

ベルリンの壁崩壊直前の東ドイツのドレスデンにピアノ留学した眞山柊史。音楽大学には、個性豊かな才能たちが溢れていた。激しい気性を持つヴァイオリニストのヴェンツェルの学内の演奏会で伴奏。翻弄、魅せられながらも、自分の音を求めてあがく。眞山は避難所の小さな教会でオルガン奏者・クリスタのバッハに出会う。国家保安省の監視対象者だった。密告しないか、するか。この国の人間関係は二つしかない。クリスタは西への亡命を企てるが、巻き込まれた眞山にも監視の目が着く。クリスタの決死の計画はヴェンツェルや眞山に危機をもたらす。亡き父の友人から託された楽譜も絡み、音楽も世界もが怒涛の渦に飲み込まれていく。

1日で一気読みさせられました。ピアノやヴァイオリン、オルガンの演奏と音楽。心が揺さぶられる音楽の感動の描写。警戒心のない日本人の扱われやすい性格の眞山を主人公にする秀逸さに舌を巻きます。冷戦時代の東側の現状や臨場感、裏切りさえもやむを得ない事情に視線が向けられます。音大生、時代、その現実味のある筆致は、単に資料を元にした以上のものです。まるで経験者のようです。ベルリンの壁崩壊はたくさんの作家が書いています。その中でも突出しています。こんな作家がいたのですね。出会えてよかったと思う作品です。

朱川湊人

「満月ケチャップライス」

妹の亜由美に起こされた中学一年の進也が台所に行くと、知らない男が眠っている。夜の仕事をしている母が連れて帰ってきた人らしい。進也はあまり気にせず、3人家族と謎の男・チキさんとの、奇妙な楽しい暮らしが始まる。モヒカン刈りで目立つチキさんは、冷蔵庫にある材料で抜群の味の調理が得意だった。ギターも弾ける。怪我で足を引きずる亜由美への罪悪感で過保護にしていた進也は、いつか心に安らぎを感じるようになった。そんな時、思いがけない事件が起きる。

母親の元同棲人とチキさんとの接触、怪しい宗教団体に巻き込まれそうになる亜由美を、必死に取り戻そうとする進也たち家族。日常から一歩踏み越えそうになる危険を描きながら、明るいタッチで家族の大切さを感じさせてくれます。母親の心の深さと断固とした線引きが魅力的です。人間を一面的に描かず、様々な事情や感情や揺れ動く心を浮き上がらせていく姿勢がいいですね。奇妙なネーミングの家庭料理がおいしそうで、作ってみたくなります。

朱川湊人

「なごり歌」

あの頃、ひとつの町のような巨大な団地は、夫婦と子どもたちの笑い声が響き、夢があった。三億円事件の時効が迫り、TVに夢中になったのも、団地とともにあった。洋服の仕立てをこっそりする人がいたり、模型飛行機を飛ばし続ける男がいたり、妻を亡くし自殺した男のがいるとも。子どもたちは、小さな祠にいるという雷獣に興味を持ち、ささやかな冒険をしてみる。

連作短編集で、底辺に流れるのは夢だった過去への懐しさ、失われたものの哀しさでしょうか。雷獣も幽霊もホラーというより、ファンタジィです。追憶は今の現実に通じる道なのだと、作者は伝えたかったのかも知れません。それにしてもなんと、現在の子どもたちの、大人たちの、立つ環境の厳しい変化を思わずにいられません。

朱川湊人

「本日、サービスデー」

文具の営業課長・鶴ヶ崎は、仕事の先が見えてきたかと冴えない気分だったが、ついにリストラ勧告をされてしまう。そんな鶴ヶ崎の前に、悪魔と天使が姿を見せる。悪魔は「きょうは何でも願いが叶う、サービスデーだ」と告げる。天使は本来は知ってはいけないことなので、1日監視につくと言う。仕事が急にうまく回りだし、家族や周囲の人間に尊敬の目で見つめられる。だがリストラ勧告をしてきた上司の出張時の態度に思わず「飛行機、落ちてしまえばいいのに」と内心思ってしまい、乗客570人を乗せた飛行機が墜落した。天使に喰ってかかるが、なかったことにできないと言われてしまう。だが鶴ヶ崎はあきらめず、非常手段を用いることにした。・・・「本日、サービスデー」

5編の短編集です。どこかとぼけた口調がありながら、意外に人間への愛情が感じられます。確かに一生に一度、こんな何もかもうまくいく日があったらどんなにいいだろうと思います。でもその裏には、意外なものが見えてくるという、うまい構成でした。他の作品も読んでみたいです。

朱川湊人(和歌: 笹公人)

「遊星ハグルマ装置」

不思議なお話、異世界のショートを16編書くのは、結構大変だったでしょう。おもしろゾーンに立ってみたいと思いました。連作と読めなくもありませんが、とすればラストは寂し過ぎるでしょう。
和歌を各章の間に挟むのは煩わしいです。頭を簡単には切り替えられません。飛ばして、あとでまとめて読みました。企画としてはおもしろいのかも知れませんが、でもピンと来るものが少なかったです。

朱川湊人

「わくらば日記」

小学生のワッコは、病弱で美しい姉さまに心酔していた。そして姉さまが時々使う、過去を見る不思議な能力をあこがれの巡査に話してしまったため、本庁の刑事から事件現場を「見る」ことを依頼されてしまう。その度に体調を崩し臥せってしまう姉さまを気遣うワッコだったが・・・。

背景は戦後の昭和期だろうと思うのに、描き出される人の心は現代に通じ、事件もまた現代に肉薄し、心の両面性を浮き上がらせていきます。朱川さんは美しい時代の書き割りもうまいし、心理を描くのもうまいのです。そして深いところで、人間の持つ生きている哀しさ、希望を信じているのでしょう。とても後味のいい作品です。

朱川湊人

「わくらば日記追慕抄」

人や物の「記憶」を読み取れるという不思議な力をもった姉の鈴音と、姉想いのワッコ。固い絆で結ばれた二人の前に現れた謎の女は、鈴音と同じ力を悪用して他人の過去を暴き立てる御堂吹雪の冷たい怒りと憎しみに満ちたまなざしが鈴音に向けられる。

シリーズ2作目です。ワッコの回想として描かれる、人の心の両面に向けられる視線がいいですね。時代背景も美しいです。鈴音とは光と影の吹雪のキャラが、次の作品への伏線になるのかも知れません。楽しみです。

朱川湊人

「さよならの空」

テレサ・クライントン教授の発明したウェアジゾンは、地球のオゾンホールの拡大を止める物質だった。オゾンホールからは、太陽の強烈な紫外線が降り注ぎ生物のDNAを破壊・死滅させるのだ。世界中で食い止めるためにウェアジゾンの散布が始まった。だが、夕焼けが消えるという現象を引き起こした。日本上空でも散布が予定され、最後の夕焼けを見ようと人々は空を見上げた。その頃、テレサは日本を訪れ横浜に向かっていて、少年トモルに出会った。

世界を救うための物質が持つ、副産物の現象。夕焼けへの愛着は、誰でも懐かしい思い出と共に持っています。着眼点はとてもいいですね。老教授と少年というキャラが類型的な域を出ないのが、ストーリーの深みを欠いてしまったかも知れません。作者の思いはわかるけれど、いまいち伝わってこない感じが残念です。

朱川湊人

「いっぺんさん」

いっぺんだけ何でも願いを叶えてくれるという神社があると、祖母から聞いたうっちんは、友だちのしーちゃんの願いを託すべく、行ったことのない神社を探しにいく。白バイのおまわりさんになりたいという願いをかけたが、しーちゃん自身が重い病気にかかって死んでしまう。うっちんは事故で怪我をした弟のために願いを使ってしまう。だが神様はとても粋な計らいをしてくれる。「いっぺんさん」

8編の短編集です。朱川さんの好きな部分と、ホラー系の嫌な感じが入り交じっています。表題の「いっぺんさん」がほのぼのとしています。最後の現代における因習を描く「八十八姫」は、不思議さと深い思いが印象的な作品です。

朱川湊人

「銀河に口笛」

小学3年生のモッチ、エムイチ、ニシ、ムー坊の4人組は、「ウルトラマリン隊」を結成した。やがて不思議な力を持つ少年リンダが転校してきた。ミハルも加わり、猫を探し、自転車を探す。そして急死した母親が残した貯金通帳を探し出すが副委員長は、進学できずいなくなってしまう・・・。35年たった今、リンダの力を覚えているのはなぜかモッチだけだった。

新しい分野を描こうとした朱川さんの作品は、どうしても小路幸也さんと比較してしまいます。まだ練れていない分、あるいは上手く進むかも知れませんが、この作品だけではもうひとつ何かが足りません。これからの変化を楽しみにしたいと思います。

杉井 光

「終わる世界のアルバム」

なんの前触れもなく人間が消滅し、その痕跡も、周囲の人々の記憶からも消え去ってしまう現象が頻発している世界だった。いつの間にかクラスメイトが減っていき、葬式や遺書は存在せず、DJがかけるビートルズが二人しかいないのが当たり前だった。ただマコトは、例外的に消えた人間の記憶を保持することができた。銀塩フィルムで撮った写真に写っている人の記憶は残るのだ。父母も消えてしまい、隣家のクラスメイト莉子とその母の恭子さんに養ってもらいながら、時々教室から減っていく机を見に中学に通い、夕方の記念公園で海賊放送のラジオを聞く。そんなころ、いなかったはずの女の子・奈月がいつのまにかクラスの一員として溶け込んでいることに気がつく。そして公園に彼女が来るようになる。

消滅、喪失、無・・・。なぜこういうテーマに惹かれるのか、自分の中にあるものの正体を知りたいと思ったりします。前半はほかの作家の世界との類似が気になりましたが、マコトのキャラが立ってくると、ぐいぐい引き込まれてしまいました。記憶からも失われるなら悲しみはないかも知れませんが、マコトは記憶するから心が痛み、感情が揺さぶられます。心の深い動きをとてもうまく表現していると思います。次作が楽しみです。

杉井 光

「すべての愛がゆるされる島」

太平洋の真ん中、赤道直下に浮かぶ名前のない小さな島には教会があり、神父とわずかな島民が暮らし、訪れるどんな二人も祝福され、結婚式を挙げることができる。ほんとうに愛し合っているかぎり、同性愛、近親愛、不倫愛、あらゆる愛がゆるされる。作家・藤岡は愛人の美鈴と15年前に訪れ、いままた娘の咲希と一緒に来た。

「愛してる」というのは、わずかな一瞬だけかも知れないと思いました。キャッチと違う、論理的に理解しようとする姿勢がいいです。社会的に通用しない関係の存在を、なんとか確かめようと行動するひたむきさがあります。好きな分野とは言いにくいですが、この作品はアリですね。

梓崎優・相沢沙呼・市井豊・鵜林伸也・似鳥鶏

「放課後探偵団」

創元の5人が書き下ろした学園推理短編集です。相沢さんはトランプ・ミステリを読んだことがあり、今回も「恋のおまじないチンク・ア・チンク」でさらりと楽しめます。それぞれに頑張っている書き手がいるのだと、うれしくなりました。

梓崎さんの「スプリング・ハズ・カム」が印象に残ります。33歳になった高校の同窓会で、タイム・カプセルを掘り起こすドキドキ感や、卒業式でのハプニングの犯人を推理していくのが楽しめました。キャラ立ちしていると、安心して物語に入っていけます。ラストもなかなか凝っています。甘みもほろ苦さも伝わってきます。

しなな泰之

「魔法少女を忘れない」

高校生・北岡悠也には妹がいる。名前はみらい。ある日突然、母が連れてきた。みらいは元・魔法少女だ。わからないことだらけの妹との距離感をつかめずにいる。幼なじみの千花や親友の直樹の助けを借りながら、自分の知らない世界を生きてきた少女に、兄として向き合うことになる。

優しい気持ちが伝わってきます。現実にこういう人間関係はありえないほどの、やさしさ。と言ってしまうと身も蓋もありませんが。ラノベらしいという感じです。ページ途中のイラストが、わたしにはかなり邪魔でした。それじゃラノベは読むなよと、言われそうですね。

小路幸也

「HEARTBEAT」

高校の優等生の委員長・原之井は少し悪なヤオと淡い恋をした。彼女が自力で自分の人生を立て直すことができたなら、十年後、あるものを渡す約束をした。ニューヨークの「暗闇」から帰ってきた原之井は、約束の場所にやってきた。だが彼女は姿を見せず、代わりに彼女の夫と名乗る人物が現われる。彼女は三年前から行方がわからなくなっていたという。居場所を捜し出そうと考えたとき、協力者としてかつての同級生・巡矢(めぐりや)に会うことにした。一方、元男爵家で財閥の五条辻家の直系であるユーリ少年 は、お屋敷で起きる幽霊に怯えていた。

ふわふわと危うい雰囲気で始まった物語が、原之井が過去を思い出すことと、巡矢の視点の両方から描かれ、さらに二つの話が繋がっていくという手法が、不思議な空間を作り出しています。原之井の「心音を聞き分ける」能力の設定もうまく機能しています。ただ魅力的な筆力なのに、どこか印象に残る感じが薄いのはなぜでしょうか。

小路幸也

「HEARTBLUE」

NYの失踪人課の警察官ワットマンは父と同じ道を選んだことを後悔はしていなかった。そんな彼を、少年サミュエルが訪ねてきた。1年程前からおかしな行動をしていた少女ペギーは、なぜ姿を消したのか。 映像クリエイターの巡矢(めぐりや)も加わり、探り出そうとして辿り着く真実とは。

語り手が二人いて、それぞれが追っていた事件が浮き上がってくるにつれ、ふたつの事件はひとつにつながっていきます。現実感が乏しく、NYや日本とか具体的な地名は出てくるが、地球上のどこでもない場所の設定です。体言止めの多用が嫌いでなければ、心地よいリズム感があります。軽い音楽のようにさくさくと読めます。

小路幸也

「COW HOUSE カウハウス」

畔木(くろき)は総合商社で上司とトラブルを起こし、鎌倉の古い屋敷の管理者として転勤してきた。交際している美咲も一緒だった。温情配転をしてくれた坂城部長が、ときどき私服で、上司の顔を見せずに訪れるようになった。広い屋敷に元テニス選手だったじいさんと、中学生のふうかちゃんが遊びにきた。じいさんからふうかちゃんに屋敷のピアノを弾かせてほしいと頼まれる。調律もしていないピアノで弾いたふうかちゃんはまさに天才少女だった。なんとかしてあげたい思いが、畔木をある計画立案へと向かわせた。

じいさんと部長との、過去のいきさつや繋がりが物語に深みを与えています。神戸で震災に合った畔木が、美咲の愛情に支えられ、自分のペースで周囲を巻き込み、壮大なシステムを回転させていく過程に説得力があります。大きな夢の実現という、ある意味では理想的な背景、キャラ、ストーリーがファンタジィの世界を思わせます。それでも読んでいて楽しいのです。嫌な事件ばかり報道されるいま、こういう物語に癒されたいのかも知れませんね。

小路幸也

「カレンダーボーイ」

2006年、安斎と三都は同じ大学で働いている。その二人が1968年小学校5年生の同級生だったころにタイムスリップしてしまった。 目覚めるともとの時代に、翌日は過去へ戻る繰り返しだった。精神的には大人のままの2人は、安斎は使い込まれてしまった公金を補填するための、「3億円」を強奪するために、三都は同級生の命を救うために、 少しずつ過去を変えて行く。 しかし、過去を変えれば当然その結果が現在にも波及する。 それでも二人は目的をかなえるために 過去と現在を行き来する。

題材がおもしろく、テンポよく読ませます。最後に安斎(タケちゃん)のやるせない思いと、三都(イッチ)のタケちゃんへの深い友情がちょっとせつないです。ただ、2人のキャラがきちんと描き分けられていないので、同一人物にみえることがあります。そしてクライマックスであるはずの部分がさらりとし過ぎて、はぐらかされた感じがします。肝心の部分を回避しているのです。目を背けたいのか、描けないのか、もしかしたら作家として致命的かも知れません。それでいて、次作を読みたくなるのが不思議です。

小路幸也

「21 twenty one」

中学に入学した時、担任の韮山先生が言った。「このメンバーが卒業までの仲間です。そして21世紀に21歳になる、21人です」21・21・21。twenty oneだった。医大生の糸井は、岩村から晶の死の連絡を受けた。自殺だという。25歳の今もときどき連絡を取り合うほど、メンバーは強く結ばれていた。宮永とともに全員に連絡を入れ、葬儀への出席とそのあと集まることにした。自殺の原因はどこにあったのか。それぞれが考え始め、自責の念に駆られていく。結婚した人や、ミュージシャンや会社員や、次第に暮らし方や考え方に違いが出ていたこともわかってくる。

晶の死の理由と、奥深くに秘められた真実を知っていくという設定は、よくあるけれど描き方がうまいです。建前と本音を使い分ける社会人だから着けられる、結論に説得力があります。21人がしっかりとキャラがたっているのも、ラストの決め方も、作家の成長が見えてうれしいです。これからも作品を楽しみに読みたいですね。

小路幸也

「モーニング」

大学時代からのバンド仲間5人のうち、交通事故で死んだ真吾の葬儀で25年ぶりに顔を合わせた。帰ろうとすると、俳優の淳平が「俺は自殺する」と言った。喫茶店オーナーのダイは、仕事を放り出しても止めようと、車に乗った。自殺の理由を当てたら、死ぬのをやめるという淳平の言葉に、ヒトシとワリョウも同じ思いで、4人の20時間のロングドライブが始まった。かつての暮らしや一人一人が何を考えていたのかを探り出していく。男5人の共同生活。マドンナ的存在の茜さんとの想い出や、決して他言すまいと封印してきた事件もあった。

40歳半ばのダークスーツの男たちが、25年前の共同生活にタイムスリップしたように、思い出していく設定がおもしろいです。時間処理も巧みでスピード感もあり、複雑な心の描き方もうまいです。ラストのひねりも、更に重ねたひねりも効いています。傷として現在のそれぞれの書き込みが希薄なので、現実感に乏しいのは、長さ的にやむを得ないところでしょうか。

小路幸也

「うたうひと」

入院しているギタリストに、インタビューにきた女性がいた。音楽に関わってきた過去を話すうちに、彼はバンドのボーカリストとの別れや、ギターへの深い感情を吐露してしまう。・・・「クラプトンの涙」。音楽に見入られたミュージシャンたちの、7編の短編集です。

ラストの「明日を笑え」は、実在したコミックバンドを下地にしたような話です。どれもがリアルな、それでいて夢のワンシーンのような美しい作品集です。音楽好きには、ほろ苦い想い出で胸が満たされる作品集です。

小路幸也

「空へ向かう花」

祖父と二人で住んでいる古いビルの屋上で、カホは屋上から飛び降りそうなハルを止めた。花屋でアルバイトをしている学生キッペイの助言で、カホはハルとも一緒に屋上に花の庭園を作ることにした。事故で死んだユキナを喜ばせようと考えたのだった。そんな矢先、祖父が急死する。カホは、庭園はどうなるのか。

カホに関わるそれぞれの人の視点で、短く描かれている心は、みな背負いきれないほどの重さを抱えています。家庭の崩壊という状況で、子どもたちが大人が考える以上に、深く考え抜き生きていこうとします。傷つきやすく、でもたくましい子どもたちの姿が、印象的です。

小路幸也

「わたしとトムおじさん」

帆奈(ハンナ)ニールセンは、ニューヨークの両親と離れ祖父母とトムおじさんと暮らしている。古くからの建物で蕎麦屋の八島庵を始め、たくさんの店や学校までも、観光施設「明治たてもの村」に移されて営業していた。古い家具や建物を、古く見えるように修理する仕事のトムおじさんのところに、かつての同級生が訪ねてきたことが、思いがけない波紋を引き起こす。

不登校の帆奈の視点から描かれているので、垣間見える大人の世界の事情もどろどろせず、シンプルに描かれます。それがかえって問題を明確にし、大人も子どもも進んでいけるのでしょう。近くにこういう観光施設があったら、行ってみたいファンタジーの世界です。小路さんは、子ども視点の作品がとてもうまいです。

小路幸也

「空を見上げる古い歌を口ずさむ」

みんなの顔が「のっぺらぼう」に見える。息子の彰がそう言ったとき、凌一は20年前に姿を消した兄・恭一に連絡を取った。翌日すぐに駆けつけた恭一は、家族みんなで暮らした懐かしいパルプ町で起こった不思議な事件を語り始める。桜咲く“サクラバ”や六角交番、タンカス山に囲まれて、パルプ工場従業員家族の大集落は、平穏でやさしい暮らしを送っていた。恭一が病気を境に、みんなの顔が「のっぺらぼう」に見えるようになった頃、次々と死人が出た。

6年前の小路さんのデビュー作に、ようやくたどり着きました。おもしろいです。「のっぺらぼう」に見えるという設定もおもしろく、遊び回る子どもたちの世界がいきいきしています。子どもの視点で、きちんと事象を表現するのは難しいと思うのに、軽やかになんなくクリアしています。そのために、大人が過去を語るという形にしたのでしょう。「解す者(げすもの)」「稀人(まれびと)」「違い者(たがいもの)」という、異世界に説得力があります。このシリーズでの続編も読みたいと思いましたが、出ていないのが残念です。

小路幸也

「brather sun 早坂家のこと」

早坂家では三姉妹・あんず、かりん、なつめが暮らしている。再婚した父・陽一と真里奈と幼い弟は、近所に住んでいて、お互い行き来してとても仲がいい。だが存在を知らなかった父の兄・太一が、両親が旅行中に訪問した。伯父と数日楽しく過ごしたが、帰り際に父には内緒にしてくれと言い残した。だが思いがけない出来事で、三姉妹は伯父と再会することになる。

なぜ太一のことを知らせなかったのか。陽一の思いと、三姉妹の心の揺れがそれぞれの恋人も絡み、丁寧に描かれていきます。決して無理をせず、行き着くべきところに心は届く、そんなことを感じさせる作品です。ただ、あまりにもいい人ばかりで物足りなさが残るのですが。

小路幸也

「高く遠く空へ歌ううた」

高くて広い空に囲まれた町で暮らす、感情を顔に出すことが出来ない少年ギーガンは、夏合宿の朝、10人目の死体を見つけてしまった。ルームメイトの柊とともに、鎌倉のばあちゃんのところへ行き、警察へ連絡してもらった。ほかの誰にも話さず、合唱の練習もいつも通りに出る。犬笛の音が聞こえる親友のルーピーは、次々に起こる事件のときに「犬笛」の歌声が聞こえてくると言う。ギーガンは現場近くで、革ジャンの男を見かけている。

事故で片目を失い、父の自殺死体も発見したギーガンが、感情を表せないという設定が、うまく展開していきます。周りのキャラも個性的で魅力があります。小路さんの作品の中で、好きな分野のものだけを読んでいますが、この作品もいいですね。「空を見上げる古い歌を口ずさむ」の続編的要素もありますが、単独でも楽しめます。

小路幸也

「そこへ届くのは僕たちの声」

震災で奇跡的に助かったかほりは、叔父の家で暮らしている。空からの声を聞くようになったかほりの心は、リンくんに向けられていた。個人所有の天文台に行くようになり、車椅子の葛木君とも知り合った。偶然見かけるリンくんの行動は、さらにかほりは探究心を刺激する。その頃、日本各地で起きる同じパターンの子どもの誘拐事件を警察は調査していた。その中で脳死状態にある者を回復させたり、意思を読み取ったりする人物が現れたり、特殊な会話が できる子供たちがいるという噂と、ハヤブサという言葉を耳にする。

子どもたちと大人の関係がおもしろい展開です。命を賭けて闘うラストの大事件を描くスペースが少なく、構成のバランスに不満を感じました。あるいは長編になり過ぎるのでカットしたのかも知れません。子供だけが持つパワーというのは、確かにあるのではないかと、自分の子どもの頃を振り返ってみてしまいました。清々しくて切なく、小路さんらしい作品です。

小路幸也

「Q.O.L.」

殺し屋だったという父の遺言で、龍哉は昔の父の相棒だった男に拳銃を届けることになった。湘南の元別荘である広い家で、それぞれが好きな仕事、あるいは目標にしていた仕事につき、仲良く、詮索せず、束縛せず同居している2人に話すと、光平とくるみは一緒に行くという。「殺したいやつがいるんだ。」拳銃を手に入れた龍哉、光平、くるみ。恨みの原因である過去を持つ3人は、それぞれの思惑を胸に出発するが、思わぬ誘拐事件に関わってしまう。

「QUALITY OF LIFE」というタイトルがうまいです。過去の恨みの原因は、語り尽くされている感が否めないし、誘拐事件との絡み方も甘いけれど、どろどろでは決して終わらない小路さんの展開とラストがいいですね。ほぼこれで既刊を読んでしまったので、新作を楽しみにしています。

小路幸也

「残される者たちへ」

デザイン事務所を経営する川方準一のもとに、同窓会の通知が届く。準一の通った小学校の子どもたちは、ほぼ全員が当時のあこがれの団地の子どもだった。準一は、親友だったという押田明人に会場で声をかけられるが、彼のことを何も思い出せない。他の人間はすべて覚えているのになぜか。悩む準一は、幼なじみで精神科医の藤間美香に相談する。記憶のずれと団地の存在に関係があると見た準一と美香は、団地の探索に乗り出した。

いまは廃墟となりつつある団地の、かつての美しく楽しかった思い出と、記憶の謎を追ううちにたどり着いた「あるものの存在」が思わぬ姿を見せていきます。星空の観察や子どもの足音が聞こえるような風景に描写に、胸を締め付けられます。魅力的なキャラの登場で、ようやく取り戻した記憶ですが、その時が親友との別れだという悲しい結末です。美しくはかなくせつない、小路さんらしい美の世界です。

小路幸也

「僕たちの話をしよう」

インターネットも携帯電話も通じない深い山奥から、舞という少女が飛ばした赤い風船が運んだ手紙が、受け取った同じ小学生から返事が届き、文通が始まる。どれほど遠くのものでも見えてしまう健一、どんな匂いもかぎわける麻里安、そしてあらゆる音を拾う耳を持つ隼人。不思議なチカラを備えた3人は集い、少女に会いに行くことを決めるが、思いがけない事件が起きる。

それぞれが抱える家族との暮らしが見え、子どもだから制約される行動が、大人と子どもの中間的な役割を果たすカンザキが救ってくれます。事件が少し浅いのはやむを得ないところですが、この分量の中で冒険ストーリーをきちんと終わらせてくれます。いつも読後これは児童書かも知れないという思いを深めています。

小路幸也

「キサトア」

世界的に評価されるほどの芸術家でもある12歳の少年アーチは、双子の妹キサとトアと父親の4人暮らしだ。海辺の町に越してきて5年、家族は平和に暮していた。アーチは色の識別ができないが、物づくりが得意だった。日が出ている間しか起きていられないキサと、日が沈んでいる間しか起きていられないトアを、父とアーチは交代で見ている。風のエキスパートの父は風車の管理をしながら、簡易宿泊所も維持している。人々の思いやりの優しい町へ、水のエキスパート・ミズヤさんが、水の流れを調査に来た。

アーチの視点から描かれる物語は実に繊細で美しいです。語り継がれてきた双子を生け贄にするという伝説や、水の事故さえも、風や水の音とともに映像として印象に残ります。ラストのマッチ・タワー・コンテストも、忘れられないシーンになりました。父とミズヤさんが「自然を相手に仕事をしているということは、戦うのではなく、逆らわず、あるがままに受け入れ感じるから、自然は彼らに応えてくれるのだ。 この世界は信じられないくらいの微妙で、繊細で、かつ絶妙なバランスの上に成り立っているのだ。」と言った言葉も残ります。小路さんの作品の中でも、格別の1作です。

小路 幸也

「僕は長い昼と長い夜を過ごす」

ゲームプランナーのメイジの睡眠サイクルは、五十時間起きて二十時間眠る。気楽な素人監視のアルバイトで、対象者のアクシデントから二億円を手にしてしまう。決して表に出ない金を狙い、奪還屋、強奪屋に誘拐されそうになったが、サポートをすると名乗り出た謎のナタネさんや、ネットで知り合ったハッカーのリローたちに救われる。そんなとき札幌の兄から15年前、強盗に殺された父親の件で相談の電話が入る。

会社内で気のいい人たちに囲まれて、うまくやっていたはずの人生が、突然巻き込まれた大事件と家族の過去に対面することになってしまいます。ゲームプランナーのメイジらしく、さまざまなストーリー展開を想定し分析し対応するという設定が、無理なくソフトな雰囲気のままおもしろく展開していきます。裏の世界との駆け引き材料もうまいし、真相が明らかになっても誰一人救われない、知らないままの方が丸く収まることもある過去の収斂の仕方も、小路さんらしいです。ラストの逸話は、そうくるか、と唸らせます。睡眠サイクルが単にメイジの素質のひとつに過ぎなかったのが、もったいない感じです。これだけでも膨らませても、おもしろい物語ができそうです。

小路幸也

「さくらの丘で」

祖母の遺書には、祖母が少女時代を送った土地・さくらの丘の「西洋館」を、孫の「わたし」に譲ると書かれていた。一緒に渡されたのは古びた鍵がひとつ。祖母の2人の幼なじみも、同じメッセージをそれぞれの孫・香織、紗代に伝えていた。なぜ、3人の祖母たちは孫にその土地を遺したのか。鍵は何を開けるものなのか。秘密をさぐるため3人の孫は、そこをを訪れた。祖母たちの少女時代の青春が刻まれた西洋館は、世界大戦後まもない田舎町で、わずか2年存在した小さな学校だった。廃校後の建物を維持していた3人の少女たちが、密かに匿った人がいた。かつて町を逐われたけい子さんと脱走兵のロンさんだった。かろうじて生きのびられるかと思われたとき、殺人事件が起こり警察が調査に来た。

歴史としか思えない過去のできごとを調べる3人の孫の思いと、祖母の二つの時代が交差する形での展開が、悲惨さをそっと包み込むような描き方です。満開の桜の花びらのはかなさに象徴される、美しい物語です。

小路幸也

「リライブ」

命の灯火が消える瞬間、“バク”が囁きかける「人生の分岐点。そこからもう一度、やり直させてあげましょう。ただし、ひとつだけ条件があります」という言葉に、戻りたいそのときを強く願う。

もう一度人生をやり直させるのなら、自分はどこに戻りたいかを、考えさせられます。そして別な選択をしたことが、果たしてどんな結果になるかはわかりません。物語は複雑な二重構造になっていて、闇の中で交わされるわずかな会話で、生き直したことの意味が見えてきます。なかなかうまく考えられていると思います。

小路幸也

「ダウンタウン」

旭川の高校生・森省吾は、孝生たちと軽音楽部でピアノを弾いている。先輩のユーミさんに誘われて狭くて小さな喫茶「ぶろっく」に通うようになった。 そこは何故か年上の女性ばかりが集う場所で、ショーゴはカオリさんやりサさん、カンさん、バンビさん、りょうちゃんたちに歓迎され、家から離れた場所で極上の時間を味わう。プライベートには深くは立ち入らないそれぞれにも、ドラマがあることを少しづつ感じ取って行く。ケンゾーという写真家から、カオリさんの喫茶店への思いを聞かされる。

小路さんは今まで小学生視点が多かったですが、高校生で青年に変わろうとする雰囲気の作品です。希望を見出そうとする人々を 、やさしい視点で描く暖かさの中に、しっかりと現実を受け入れる姿勢が筋が通っています。高校生という過度期も、ラストのバンビさんの救出劇のカーチェイスも、なかなかうまく描いています。切なくなる人間の心。やはりうまいですね。

小路幸也

「ラプソディ・イン・ラブ」

日本の映画界を支えてきた名優笠松市朗と、前妻で伝説の女優四之宮睦子。長男で名脇役の園田準一。異母兄弟で人気俳優の岡本裕と、婚約者で人気女優の二品真里。紺田監督のもとで、一度は解体した家族が家族を演じ互いに絆を深めていくドラマを作るのだ。展開は久しぶりに集まった家族全員が、よくあるごく普通の日常を撮るものだが、リアルにそして演じる家族という不思議な映画が始まる。

姿を見せない監督は、平和な日常に投下する爆弾を胸の内に秘めておき、それを自由なタイミングで投下させることを指示するのです。どこまでが演技で、どこからが素の顔か、一人一人がそれそれの素質や性格を読み合い、絶妙のタイミングで台詞かどうか明確ではない言葉で語り始めます。そして笠松市朗の最後の映画になることが、次第にわかってきます。淡々と進むドラマに向けてカメラは常に回わり、それぞれが演じていながら、とても自然なのです。お互いに周りの人たちを俳優としてきちんと評価して、認めている視線がいいのです。ゆっくりと読みました。こまごまとした情景や仕草のひとつひとつを、じっくりと味わいたくなります。上質の映画小説だと言っていいと思います。

小路幸也

「ピースメーカー」

伝統ある中学内で対立する運動部と文化部の架け橋となり、学内に平和をもたらす「ピースメーカー」は、伝説になっている。顧問のコウモリから「二代目ピースメーカー」になってくれと言われた、放送部の良平とケンちゃんは校内を駆け回る。剣道部で二大剣士と呼ばれている折原と河内の、河内がわざと負けている噂が流れていた。・・「サウンド・オブ・サイレンス」
放送部OBで良平の姉みーちゃんが、顧問のコウモリと付き合っているらしい。対立する先生たちにばれ、コウモリが学校を辞めさせられ、放送部が廃部になりそうだった。・・「愛の休日」

6章で、小さな事件を解決していく短編連作集です。昭和の時代設定にした作品は、どうもぴんと来ません。放送の音楽のフェードアウトとフェードインを区別していなかったり、オープンリール・テープデッキという小道具の言葉だけが強調されていて、活かされていません。小路さん。そろそろ行き詰まってきたのかも知れません。

小路幸也

「探偵ザンティピーの休暇」

マンハッタンに住む探偵ザンティピーは数カ国語を操る。日本人と結婚した妹・サンディから「会いに来て欲しい」と電話があった。嫁ぎ先の北海道の旅館で若女将になった妹と会うと、オンハマという立ち入り禁止地域で偶然人骨を見つけたのだという。解決のためにザンティピーは探りを入れていく。

特に大きな謎を解決するというわけでもなく、日常の暮らしの過去を知るということですから、無理にアメリカ人を設定しなくてもよかったのではないでしょうか。よくある話というのが正直なところでした。

小路幸也

「東京バンドワゴン」

「東京バンドワゴン」という明治時代創業の奇妙な名前の、古書店兼カフェをで小さな事件が起きる。東京下町の堀田一家の大家族と、近所の人々も加わり、人情味あふれるドラマが繰り広げられる。

小さな古書店の謎を解き明かす設定に、惹かれて読みました。亡くなった曾祖母のナレーターで語られていきます。第1話の「春 百科事典はなぜ消える」 から、第4話の「冬 愛こそすべて 」まで、いくつかの小さな 謎を解いていきます。どうしても、テレビの大家族ドラマシナリオを読んでいるような感じがしてしまいます。誰か俳優を思い浮かべると、想像できるのかも知れません。

小路幸也

「シー・ラブズ・ユー 東京バンドワゴン」

「東京バンドワゴン」という古書店兼カフェで、店主とその家族の物語が語られる。自分が売った本を1冊づつ買いにくる男性がいた、謎。赤ちゃんが置き去りにされたり、夏には幽霊騒動が起きる。

シリーズ2作目です。娘に会いにくる女優の話が、人情味あふれています。でも、どこかで読んだ話のような印象があります。小説としては、少しキャラが類型的過ぎて、おもしろくありません。やはり、苦手シリーズでした。

桜木紫乃

「凍原」

17年前、弟を釧路湿原に奪われた松崎比呂は女性刑事となって札幌から釧路に帰ってきた。その直後、湿原でブルーの目を持つ自動車セールスマンの他殺死体が発見される。「キリ」と呼ばれるベテラン刑事と一緒に捜査を進めるうち、65年前の深い闇を探り当ててしまう。

捜査を進める現在と、65年前の樺太からの引き上げの物語が交互に描かれていきます。過去の人物の心理描写がリアルでありながら、背景が見えないのは書き手の世代ではやむを得ないところでしょうか。文章にリズムがなく、会話が活きていなくて、どうにも読みづらい作家です。途中から飛ばし読みをしてしまいました。「凍原」のように心を開かない作家から伝わるものは、後味の悪さでした。

不知火京介

「ただいま」

社会人になって初めての小学校の同窓会に出た僕たちは、懐かしいアルバムに見知らぬ美少女がいることに気がつく。1学年20人足らずなのに、誰も覚えていないという。学校の資料を調べると、短期間在籍していた松村美沙だとわかる。成績もオール5で通して美人なのに、誰の記憶にも残っていない美沙。僕は蔵にしまい込んだ日記や年賀状などから、人の記憶から消えやすいタイプの人間だと知る。そして何度も美沙と出会い、その都度好きになり手紙を交換していた。美沙の親戚を通して知った住所に思いを書いた手紙を出し、ついに返事がきた。・・・「ただいま」

6編の短編集です。どの作品も児童書になりそうなくらい、淡い子どもの頃の記憶や思い出が美しく、はかないのです。それを大人になったいま、再認識して現実との接点を再構築していくストーリーになっています。綿菓子を食べたような、味わい続けていたい作品だと思います。文章の美しさとも相まって、魅力的な作家です。どんな作品世界なのか、他の作品も読んでみたいです。

不知火京介

「マッチメイク」

派手な流血シーンも、ショーとして売り物にするプロレスで異変が起きた。額を割られたダリウス佐々木が、蛇毒で死亡する。殺人か事故死か。謎のダイイング・メッセージ。新人の山田聡は、同期で経理もわかる本庄と、謎を解明しようとする。華やかなリングでの活躍と、それを裏で支えるシナリオを作るマッチメーカーや、無名のレスラーたちの存在も、次第に見えてくる。だが前座レスラー丹下が、240キロのバーベルを首に落として死に、脅迫めいたカッターや不祝儀袋が送りつけられると、山田は震え上がった。

プロレスの世界を知らない読者にも、わかるようなストーリーになっています。ただ事件と、レスラーの心理まで描くのはかなり難しかったのではないでしょうか。ラストの盛り上げが少なく、さらりとし過ぎています。もっと揺さぶりがほしかったです。全体のバランスの悪さが惜しまれます。

真藤順丈

「地図男」

俺が仕事で移動中に、ときどき出会った「地図男」は付箋や紙切れを挟んだ関東の大きな地図帳を持ち、道を尋ねると途端に饒舌になった。次々に語られる物語は終わることを知らない。見せてもらうと俺は、つい、そこに書かれた物語を読んでしまうのだった。3歳で音楽の天才児。東京23区の区章をめぐる戦い。奥多摩のムサシとアキルの恋物語。だが、仕事先の西東京で会ったとき、地図男は満身創痍で地図も破られ瀕死の状態だった。

関東を駆け巡る妄想物語という雰囲気があります。センテンスの短さが、独特のリズム感を持ち、ぐいぐい引込まれていきます。最後はもっと地図に書き込まれた物語を、読みたい欲求に駆られてしまう不思議な作家ですね。

柴田哲孝

「悪魔は天使の胸の中に」

城島刑事はあちこちで起きる不可解な金属バットによる殺人事件が、気になっていた。何者かに躍らされたかのような、犯人の供述も不自然だった。週刊誌の記者・松永もまた事件を追っていた。そんなとき元FBI捜査官でプロファイラーだったエミコ・クルーニルが来日し、脅迫文が届く。

某海外作家の傷痕を思わせるエミコ像や、自分の周囲への無警戒ぶりや、都合よく犯人像ができあがっていく筋書きも、日本という場所でFBI絡みの連続殺人事件を書くと、こうなるのは無理はないだろうと思います。がんばっているのはわかりますが、残念です。

二郎遊真

「マネーロード」

株式市場の値動きを予見し、富を築き、ネット上で「金の声を聞く男」と呼ばれる男、ヒィ。そのヒィに逆襲をしたい男と、ヒィと微妙な関係を築く大学生カズキ。

もしかしたら引きこもりだった作者が、社会に出て順応しようと、精一杯背伸びして書き上げたような作品でした。数人の視点で描かれていますが、どれにも作者の思考がそのまま出てきて、このキャラに言わせるのは無理だろうと感じてしまいます。相手の心を映像的に捕らえる特殊な「力」も、妄想でしかなく魅力に欠けます。株式もよく知られた側面しか描かれず、リアリティがありません。携帯電話が繋がらないのを「電話線がはずれている」とうっかり書くほど、携帯電話ひとつにも慣れない雰囲気があります。書き続けたら、もしかしたら化けるかも知れませんが。

図子慧

【君がぼくに告げなかったこと】

祖母が面倒を見ていた内田が自殺し、2カ月後に祖母が病死した。ロスにいる父が結婚するため、家を売却することになり、義国は寮に入る予定だった。帰国した父と親族での法要の最中に、高校の同級生から升岡が飛び降り自殺したという連絡が入った。ざわつく空気を抱えたまま、寮での生活が始まった。升岡の自殺の真相を追ううち、鞍田が屋上にいたことがわかるが、鞍田も失踪する。退学した岩下と友野の話題も出た。二人と鞍田は、義国が父から預かっていたカードで、金を引き出していたのだった。そんなとき寮でボヤ騒ぎが起きる。

ごく普通の高校生に見える義国とその友人たちの関わりも、死と隣り合わせの危うさをはらんでいます。真相を突き止めることで、さまざまな顔を持つ「人間」を、受け入れていきます。男子寮の空気や、複雑な家族事情など、煩雑すぎるほどの要素をなんとかまとめ切った筆力はすごいかも知れません。引き込まれて読みました。何作か読んで みたいと思わせる作家です。

図子慧

【ラザロ・ラザロ】

製薬会社の廣田は、本社幹部フェアフィールドから急な仕事を命じられた。かつて研究所にいた倉石が、研究成果を持ち出し独自の治療法を完成させたという。人間の不老不死とも言える薬の特許を、50億で取引を持ちかけてきた。廣田の仕事は、その下調べをすることだった。その頃、研究所あとに侵入した、斑猫(はんみょう)という名の男がいた。彼は、ガン治療薬を必死に追求していたことがあった。焼失した研究所。焼死した教授。複雑な記憶がよみがえる。

製薬会社を舞台に、丁寧な描写で組み立てられています。永遠の魔法の薬をめぐる人間関係が、うまく処理され、最後までおもしろく読ませます。自分に誠実に書くことを課している作家だと思います。好感度、高いです。ただラストが早い段階で想像がつくことと、書き終えるのに4年以上かかったせいか、キャラがぶれてしまったのは、残念です。

図子慧

【閉じたる男の抱く花は】

元カレからの真っ赤な薔薇の花束を抱えた本庄祈紗と西田智佳子は、卒業謝恩会のパーティー会場のホテルを出た。パトカーのサイレンが響く中、いきなり男に銃で脅され酔いつぶれた西田のマンションまで行くことになった。恐怖におののく祈紗はタクシーで男・タキの使いに行かされ、戻るとホテルに連れて行かれ犯された。解放された後ニュースで、その夜国会議員が殺されたことを知る。だが祈紗はタキを求めて参加した風華流家元・天利の講演会で、使いに行った家の男・佐宗(サソウ)に出会う。

タキと佐宗、そして元カレとの間に揺れる祈紗を、お花の家元騒動を暴きながら描き出していきます。丁寧な筆致は変わらず、手堅くまとめています。破綻がない分、どこか類型的になる人間像や展開も、図子さんの独特の世界ではとても生き生きして見えて、作品の魅力になるのが不思議です。おもしろい作家ですね。

瀬川深

「チューバはうたう mic Tuba」

会社勤めの私は一人でチューバを吹く。学生時代の吹奏楽がきっかけだった。けれど吹奏楽部でもオーケストラでも、どうにも居心地が悪く止めてしまった。一人河原で、吹き続ける。ある日、インディペンデントのクラリネット吹きと出会い、あちこちで演奏することになる。そんな私の耳に飛び込んできたのは、「Muzicanti auri(ムズイカンティ・アウリ)」という音楽だった。

「チューバはうたう mic Tuba」「飛天の瞳」「百万の星の孤独」の3編の短編集です。「チューバ・・」が、出色です。決して単独演奏になり得ない楽器でありながら、引かれ続ける女性のチューバへの思いが、延々と熱く語り続けられます。ラストの盛り上がりがすばらしいです。「百万の星の孤独」のプラネタリウムを通して、伝えられる思いにも引かれました。

瀬川深

「我らが祖母は歌う」

田舎に住む母にボケが出始めているらしいとヘルパーから聞いた息子が、検査がてら東京に呼び寄せた。母・三枝子は「キャナルタウン」と称する塀と運河に囲まれた、セキュリティに守られた近未来的な町に来た。とまどいながらも祖母が孫と歌うとき、浮かび上がる時間、歴史、そして人生・・・。

無機的な生活シーンの中で、孫娘と散歩するとき三枝子は幸福感に満たされます。過去の記憶があふれ出し、いま現在のできごとがまるで夢の世界のようです。地方都市と東京ベイエリア、昭和と平成21年の二つの時間と家族の物語とが、自在に交錯する描き方が新鮮です。30代の作者が75歳の祖母の心に寄り添って描けることに驚きがあり こういう老い方がすてきだろうと強く感じさせてくれます。

瀬川深

「ミサキラヂオ」

漁港に面したミサキに開局したラヂオは、早朝から深夜まできまぐれに流れる。DJはリクエストを読むが、とんでもない遅れた日にズレて放送されたりする。地形か電離層の関係か、15分あるいはひと月前の放送だったりする原因は不明だが、人々はそれも楽しんでいる。経営者の社長、ミュージシャン崩れのスタッフたち、喫茶店のマスター、高校生、音楽教師、診療所のドクトル。そんな中、喫茶店の片隅で小説を書いていた土産物店主が、文学賞を受賞する騒ぎが起きる。

ねじれた時間軸の不思議な世界の味わいがあります。コマ撮りの映画のような描き方がうまいです。引きずられるようにして読みました。地の文章のなかに会話が練り込まれ、次々にシーンが変わっていき、めまいがしそうです。群像劇で距離感を置いた描き方でありながら、接写した空気感があり、個性が光ります。いままでにない、おもしろさなのです。ミサキに暮らす一人一人の思いが伝わって、哀切さがなんとも言えません。不思議な作家です。

瀬尾まいこ

【幸福な食卓】

朝食のとき「父さんは父さんを辞める」といい、薬学部の受験をすると言った。その言葉を佐和子と兄の直ちゃんは、なんとか理解しようとする。別居している母さんからは、毎日食事が届けられる。5年前の父さんの自殺未遂が原因だった。佐和子も、梅雨が始まるとその時のことを思い出し、気分が不安定になる。直ちゃんの恋人や、佐和子の高校の友人など、ささやかな日常のつながりの中で、傷つき、笑い、そして失っていく大切なもの。

瀬尾さんは初作です。静かにいい時間を過ごしている家族。喧嘩することさえ、うらやましくなります。でも薄い皮一枚下に、ざっくりと開いている傷口が痛いです。しっかりした視点で描かれているのは、食事にまで及び、無農薬野菜、シュークリームまでが、とてもおいしそうです。クリスマスプレゼントも、ありふれているマフラーなのに、質感まで伝わってきます。そして、終章で思わず涙が出てきました。瀬尾さん、うまいですね。

瀬尾まいこ

【図書館の神様】

早川清(きよ)は、ひなびた高校の国語の講師で、文芸部の顧問だった。高校生の頃、バレーボールに夢中だったが、部員の自殺に責任を感じてやめたことが未だに尾を引いていた。図書室から見える陽射しをたたえた湾が美しかった。新米でなにをしていいかわからない清を前に、たったひとりの文芸部員の垣内くんは、部の方針を提示し予算を決めると、川端康成の本を読み始めた。家に帰ると、家庭があるのにつき合っている浅見さんがきている。そしてときどき、遊びにくる弟もいる。

がんばることをしない世界の居心地のよさが、心を和ませてくれます。そして周りから背中を押されるように教員採用試験を受け、合格してしまう経過も、ふんわりしたシーンになるのです。会話も、ほんの少しどこかずれているような曖昧さが、味がありますね。人間関係のスタンスが、微妙に好きです。

瀬尾まいこ

【優しい音楽】

設計事務所に勤める永居は、駅で知り合った女子大2年の千波とつきあうようになった。ふわりとした時間が過ぎていく。なかなか紹介したがらなかった、千波の家族に会うことになった。音楽一家の亡くなった千波の兄のことを知り、永居はフルートの練習を始める。

「優しい音楽」「タイムラグ」「がらくた効果」3編の短編集です。優しい人間像が心地よく、悪意のないストーリーに和みます。ハードな本と、ソフトな本。両方を読めるのがうれしかったりします。

瀬尾まいこ

【天国はまだ遠く】

千鶴は小さな鞄を手に、部屋を後にして日本海の側の果てへと向かった。23歳の命を終わらせるために。タクシー運転手が案内した、ぼさぼさ髪の男が営む民宿に泊まった。別れた彼にメールをし、身支度を終わると薬を飲み、布団に入った。だが目覚めてしまった。宿の男が作る朝食がおいしく、自然を感じる時間に囲まれていた。畑と養鶏と釣りを、体験するうち千鶴の中に、変化していくものがあった。

仕事の人間関係の行き詰まりや恋愛の失敗で、その薬の量じゃ死ねないよと、思いながら読み進めました。そして心地よい村や人間たちの間にも、自分の居場所がないことを感じるのは当然かも知れません。瀬尾さんの、素直な筆致に引かれて読みましたが、後に残るものが弱い感じがします。

瀬尾まいこ

【温室デイズ】

中学校の崩壊は近い。窓ガラスがすべてなくなったとき、みちるは壊すモノがなくなると次の対象は『人』だと感じている。でも教師たちには見えていない。小学校でイジメる側にいたみちるにはわかる。今度はみちると優子が標的にされた。優子は相談室に逃げた。みちるは弁当を捨てられ、鞄を壊されても教室でがんばり続けた。生徒たちから避難してきたスクールサポーターの吉川と、とりとめのない話をするようになった。一方優子は相談室からフリースクール、そしてカウンセリングルームと、親の勧めに流されて行く。だが、卒業が近づき二人もクラスメイトも少しづつ変化していく。

「いじめ」を扱った小説を読むのは、正直つらいものがあります。瀬尾さんは突き放した視線でいながら、生徒にきちっと寄り添った描き方をしています。そこに救いがあります。熱血先生もいないどこにでもある教室です。生徒の心の動きを丁寧に見つめ、乗り越えていく生徒自身が持つ力に、ささやかな希望を感じさせてくれました。高校にも新しい人間関係があり、社会にも複雑な現状があるにしても、中学を卒業した経験がきっとどこかに残って、支えになってくれると思います。

仙川環

「逆転ペスカトーレ」

シェフが辞めることになった、父の残してくれた小さなレストランミヤマの、後継者をどうするか。厨房の経験のないあきらは、姉のみゆきと相談し合う。そんなとき客としてきた花井がシェフとして任せてほしいと名乗り出た。作らせてみるとこれが抜群の腕だった。特にペスカトーレが評判を呼び、客が押し寄せるほどになった。だが近くに出店するライバル店や味の評論家の登場に加え、おかしな噂が聞こえてきた。

レストランの進む道と、ある種の薬の開発という二つのストーリーが、最初から仕掛けが見え過ぎておもしろさに欠ける感じがします。厨房内部の人物像も、類型的な感じがします。じつは花井がいい人だったのも、昼ドラにしてしまう要因でしょう。料理がおいしそうなだけに、惜しいですね。

仙川環

「治験」

仕事を探してハローワークからの帰り道、怪しげな外国人から声をかけられた宮野は、「ま、いっか」と話を聞いてみた。ネットで健康食品の販売をする会社で、前金の500万円でパソコンを購入し販売サイトを立ち上げた。弱っている愛犬にも商品を食べさせたところ死んでしまった。そうするうち苦情を言いに来た猪俣一美から、架空会社でサイトも閉鎖されたことを知る。一美はアメリカの研究機関に勤める立場上、この商品との関連を疑われたらまずいので、商品回収を手伝うと言う。さらには無断掲載されていたホー教授からの呼び出しに、一緒にアメリカに行くことになる。

日本の立ち位置で、ちょっとアメリカの事情を知っている人の書いた、ミステリという浅さは仕方のないところでしょう。一美も宮野もリアリティがなさ過ぎるが、宮野のいい加減さとまじめさの両面で、物語を成立させてしまう手腕はなかなかだと思います。仙川さんもおもしろい作家の一人です。

仙川環

「感染」

ウィルス研究医・中沢葉月は、外科医の夫・啓介の前妻・公子との間の息子が誘拐されたという連絡を受ける。だが啓介と連絡がつかないので、やむなく公子のもとを訪れ、一緒に身代金を持って行くが、焼かれた骨で発見された。葬儀のあと行方をくらました啓介を探すうち、連続幼児誘拐事件や臓器移植との奇妙な接点に気がつく。

仙川さんのデビュー作です。よく練られた構成と、人物の配置もうまいです。臓器移植の専門的な領域も、読者にわかりやすく描いています。人物の心理を描こうという姿勢は伝わりますが、少し浅いのが気になります。この長さに収めるのにテーマが大き過ぎて、無理があるかも知れません。小説としてはぎりぎりのところで成立して、読ませています。

仙川環

「終の棲家」

大日本新聞社会部に配属した朝倉智子は、学歴と資格へのプライドが邪魔して、現場記者としては未熟だった。独居老人の医療問題を追ううち、取材する老人たちが次々に死亡する。

鼻持ちならないお高い女性記者が、周囲の人間関係の中で鍛えられ、現場を知っていきます。医療問題への切り込みは物足りなく、成長物語としても甘過ぎで途中で放り出しそうになりました。

仙川環

「無言の旅人」

三島耕一が交通事故で重体になり、植物状態になる可能性もあるという。両親の安雄と芳子、妹の香織、そして婚約者の公子は病室を訪れ、必死に看病に当たる。病室に釣り仲間だという安土が見舞いにきて、息子さんは尊厳死を望んでいると話していたと言う。安雄が耕一の部屋から見つけた遺書が、家族や病院に波紋を呼ぶ。

家族や医師の、それぞれの率直な気持ちが描かれます。決断することへの迷いや心残りまで、踏み込んでいると思います。ただ、視点が都合よく移動しすぎて、読者としては煩雑な感じがします。人物設定がどうしても類型的なのは、仕方のないところでしょうか。単に社会問題を扱うだけでない点は評価できます。

佐藤多佳子

【一瞬の風になれ 1・2・3】

サッカ−のプロを目指す兄とは違い、新二はサッカーから落ちこぼれてしまう。家族の都合で祖母との暮らしが始まった幼なじみの連と、二人は軽い気持ちで陸上部に入った。連の背中を追いかけるうち、新二は意外にも走る魅力に引かれてしまう。女子の谷口のがんばりも、励みになった。そんなある日、兄の健が交通事故に遭う。対戦校のライバルや部の人間関係や、先生の指導で失敗や喜びを味わっていく。

新二の日記を読んでいるような、素直と言うか、体言止め多発で、話し言葉全部という文章が、散漫な印象を受けます。絞り込んだなら1巻にまとまりそうな気がします。削ることのできない作家なのでしょう。青春の一ページとしての、さわやかさがあります。ただ悪意も、悪も、泥臭さも存在しない世界というのは、高校生設定としてはきれい過ぎでしょう。キャラでは連がおもしろいと思いますが、ほかはどうも類型的な感じがしてしまいます。きれいに仕上げたスポーツ物語で、『一瞬の風』は感じますが印象が薄いです。

坂木司

【青空の卵】

保険会社の営業の僕・坂木は、仕事が終わるとプログラマをしている鳥井の部屋を訪れる。料理のうまい鳥井に、外のできごとを話すと思いがけない推理をしてくれ、驚かされる。ようやく連れ出した近所のスーパーで、ちょっとした切っかけから巣田香織と出会い、やがて彼女は鳥井の部屋にやってくる。

女子中学生の物語のようだと思いながら、読みました。作家は仕事をしたことのない女性でしょうね。そういう設定の甘さ、ひきこもりとは言えない「ひきこもり探偵」鳥井と、友人の僕・坂木との友情は、きわどくボーイズラブ的関係に見えます。謎解きよりも心理や人間関係への分量が多いです。ごく狭い体験から想像力で作った理想的なキャラにひっかかりはあるけれど、小さな日常の謎解きは楽しめます。文体がきれいで、独特の雰囲気がおもしろいです。

坂木司

【仔羊の巣】

坂木は、同僚の吉成が転職の誘いに悩み、佐久間が妙に張り切って『保険のおばちゃん』的な仕事をしているのではないかと気にかけているという相談を受ける。『ひきこもり』の鳥井は、あっさりとその謎を解いてみせる。思いがけず知り合った地下鉄駅員の下島から、ホームに長時間立ち続ける少年の謎を知りたいと言われる。

関わった登場人物が次第に増えていき、それぞれの役割をうまくこなさせています。ある意味では、理想的な人間関係と人物しか描かれていないのです。人前で大泣きする人を見慣れないせいか、実在感を持てません。そこをすんなり受け入れられたら、素直に物語に入っていけるでしょう。決して嫌いではないのが、不思議な作家です。

坂木司

【動物園の鳥】

動物園でガイドボランティアをしている安次郎から、痛めつけられた猫が最近増えたという相談だった。もうひとつは若いボランティアの明子ちゃんが、動物に謝っている謎も知りたいと。鳥井と坂木が動物園に行ってみると、製薬会社に勤めている中学の同級生・谷越と会った。いじめの側の人間だったのに、驚くことにその件をほとんど覚えていないらしい。

シリーズ最後になりました。鳥井と坂木の周りには、幾重にもいい人の取り巻きが増えてきています。「引きこもり」の逆に見えます。谷越までが改悛してしまうのは、どうしても出来過ぎだとは思いますが、後味は悪くないのです。保護する人間と、すがってしまう人間がいて、そしてその関係を引きずってしまい、抜けられない弱い存在。最後に、坂木が鳥井を突っぱねてみるのも、そこをなんとかしたかったからでしょう。結果も想定内ですが。無理な設定でありながら、どこか引きつけてしまう魅力があります。

坂木司

【シンデレラ・ティース】

大学2年の咲子が、母の紹介で夏休みのバイトを決めたのは、なんと苦手な歯医者だった。受付でお客と接触するうち、一人一人の悩みに気づいていく。そして自分の歯科治療恐怖症を治していく。

丁寧な筆致はいいのですが、作者の目線の低さがどうも気になります。児童書ではない、小中学生レベルの思考回路、会話、ごく狭い人間関係、謎とも呼べない他愛無い小話の連続です。この作家の限界かも知れません。

丈 武琉

「セオイ」

「セオイ」は、悩む人々が最後に頼ると噂される謎の伝承技である。技の使い手の鏡山零二と助手の美優は、西新宿の裏路地に居を構え、密かに老若男女を救っていた。だがある時、有名作家の事故死との関連でベテラン刑事に目をつけられ、執拗につきまとわれる。必ずしも無関係とは言いがたいのだが。鏡山はやがて、美女連続殺人事件に絡んだ恐ろしい陰謀の渦中にのみ込まれていく。

他人の人生を背負い、死にたい男性は自殺できるようにする。明るく生きたい女性が、中央線13番ホーム最終電車の後に来る無人の電車に乗ると、気が付くのは駅のベンチだった。出だしは苦しみを背負う空気ですが、多数の殺人事件が発生しSFホラーめいた展開になります。双子の兄の狂気の悟りの世界と、現実の世界が複雑に捻れていきます。文章も荒く展開も既出の感もありますが、デビュー作としては全力を出した好感度は高いです。2作目以降はどうなるか。難しい分野選択になりそうです。

真保裕一

【黄金の島】

貧しいベトナムの漁村。17歳のチャウと、シクロ引きの仲間たちは黄金の島・日本で稼いで戻ることを夢見ている。ノートもパンも買えない。男は人のものを盗み、女は体を売る以外に生きられない地獄から抜け出したい...。

ヤクザになりきれなかった修司は、抗争から逃げ執拗に追われ、ベトナムで彼らと出会い、日本に向け、出航する決意をする...。

ひとり一人の人物像が充分に描かれ、厚みのある構成になっている。真保裕一のリアリティは、視点の確かさにある。心の中を描く視点。日本の数少ない良質の書き手だと思う。

清水義範

【首輪物語】

8編の短編集です。しばらく清水さんとは遠ざかっていました。「首輪物語」は、「ロード・オブ・ザ・リング第1部」のパロディ。純真なチワワ族のモカカとジョンが、魔法使いでアフガン・ハウンド族のナンダレヤの忠告に従って、魔力を持つ金の首輪を消し去る旅に出る。地の果ての天上山の溶岩に投げ入れるために。3、4回は観た「ロード・・・」の登場人物が、犬のキャラになり、思わず苦い笑いが出ます。衝撃のラストは「!!」。清水さんらしいです。

「プロフェッショナルX」は、一人孤島で生き抜いたロピンソン・クルーソーを、「プロジェクトX」風な構成で描いています。本人の意思とは違う切り方をするマスメディアを、うまく皮肉っています。

読後感がいまいちすっきりしないのは、すでに清水さんとの距離があり過ぎたからからでしょうか。「愛は戻らず」でした。

雫井脩介

【火の粉】

元裁判官の梶間勲は、2年前の裁判で武内に無罪判決を言い渡していた。友人一家殺害容疑だったが、自らの背中の殴打の傷が殺人犯によるものと思われたからだった。退官後、法学部の教授になり、裁判制度のゼミに武内が現れた。そして、梶間家の隣になんと引っ越しをしてきたのだった。偶然なのか、故意なのか。勲の複雑な思いをよそに、妻と老母、息子とその妻と幼い娘の家族に、武内は親切な隣人として取り入ってくる。

だが、少しづつまるで毒のあるカビが入り込んだように、家族の心が揺さぶられ始める。

法廷小説かと思う出だしとは違い、主力は家庭の中です。とにかく引っ張って行くストーリーの展開がうまいです。武内が「善・悪」どちらなのか、家族の一人一人も複雑な顔を見せていきつつ、はっきりした表情をなかなか見せません。さりげないできごとで起きる心のさざ波を、大波にしてしまう力を持つ武内という男を、こんなふうに書けるとは。

ただ、ストーリーに必要な人物しか登場せず、読者の一歩先に予備知識を入れてしまい、思いがけなさがなくなるのが、惜しいです。専門的な裁判や警察の描写は、すっと避けている辺りが、これからどんな作品を書くのか、ちょっと評価が微妙なところがあります。

雫井脩介

【虚貌 上・下】

21年前、運送会社の社長一家が惨殺され、生き残った長女は半身不随、幼い長男は大やけどを負った。犯人は元従業員の3人。主犯格とされる荒は、ほかの二人に遅れてようやく出所した。滝中刑事は娘を心配しつつ、仕事しか目に入らなかったが、ガンに冒されていることを知る。同僚の辻刑事は、生まれながらの顔の痣に苦しみ、カウンセラーを受けていた。

ある日、犯人の一人酒井田が、そして時山が無惨に殺される。荒の仕業か、生き延びた少年の犯行か。滝中刑事は、最後の仕事にしようと捜査を始める。

「火の粉」より前の作品のようです。ストーリーとして引き込んでいく力や、キャラの描き方もうまいです。ただ視点が次々に変わっていくので、主流を見つけるのが難しいところがあります。そして『虚貌』そのものの設定が、いいかどうか。犯人の側の描き方に傾倒している作家に、かすかに感じる怖さ。うまいし、おもしろいけれど、好みでは「NO」かも知れません。

柴田よしき

「小袖日記」

上司との不倫に破れて自暴自棄になっていたあたしは、公園で雷に打たれ平安時代にタイムスリップした。女官・小袖として「源氏物語」を執筆中の香子さまの片腕として働き、平安の世を取材して歩くと、物語で描かれていた女たちや事件には意外な真相が隠されていた。そして山寺で同じくタイムスリップしてきた9歳の少女と出会う。

「源氏物語」のまた違う解釈も興味深かったし、元ネタ探しの裏話もうまく伝わってきます。ただタイムスリップした状況や心理がベタ過ぎ、タッチが軽いため、薄っぺらく感じるのは仕方がないところです。平安時代の凄惨な時代背景も深刻には伝わりませんが、ストーリーとしておもしろかったです。

柴田よしき

「貴船菊の白」

秋になったら、いつかあなたが話してくれた、京都の紅葉を見に連れて行って・・・。亡き妻が語ったその地は刑事になって初めての事件で、犯人に自殺された因縁の場所だった。刑事を辞めた男が十五年ぶりに訪れたとき、そこに手向けられていた貴船菊の花束。白く小さな花は、思いもよらぬ真相を男に告げる。

美しい京都の風景や季節感を舞台に、七つのミステリがそつなくまとめられています。待ち時間が保たなくて、コンビニで購入した本です。こんなに毒のない世界を書いていたのかと、初期のトゲトゲした執拗な文章が印象に残っていたので意外でした。作家としてそこそこの辺りで長く書き続けていくことの大変さが、あるのでしょうね。

笹本稜平

【天空への回廊】

単独で無酸素でエベレストを極める、アルパインスタイル信奉者の郷司(さとし)が頂上から降りる途中、アメリカの人工衛星が山に激突した。郷司は激しい雪崩からかろうじて生還した。キャンプの情報で同じ登山家のマルクが、雪崩に巻き込まれたことを知った。アメリカは現地に厳重な箝口令を敷き、機体の回収計画を立てた。郷司にも協力要請があった。郷司はすでに高所滞在で疲弊していたが、マルクの遺体を降ろしたい一心で引き受けることにした。

だが衛星は「ブラックフット」を搭載していた。遭難したマルクは薄れて行く意識の中で、かつてのアメリカが進めていた、戦略兵器開発プロジェクトを思い出していた。高度8,000mの場所で、政府とジャーナリストとアルピニストたちの戦いが、繰り広げられた。

登山のスリリングさが作品を支え、山岳ものとしては、いい出来で最後まで読ませます。ただ、筆力はあるのですが、たくさんの幸運や偶然で構成されてしまい、嘘っぽくなるのが難点です。秘密めいたものもなく、ストーリーも順等過ぎる運びで、おもしろさを感じさせてくれません。またも、キャッチに引かれての酷評です。

首藤瓜於

【症例A】

シチセイ・タワービルを手始めに、連続爆破事件が起きていた。犯人が潜んでいた倉庫を捜査していた茶屋刑事は、緑川に逃げられ鈴木一郎を逮捕した。

だが、弁護側は公判中に精神鑑定を要求した。アメリカ帰りの精神科医・真梨子は彼の経歴の空白を発見した。戸籍は他人のものであり、記憶は再構築されていた。感情の情動がない、不思議な患者だった。

強靭な肉体と、ロボットのような感情の人間というと、映画のヒーローを連想させるます。
ただ日本という狭い舞台では、陳腐さが表れてしまい、どうにも中途半端なものになってしまいます。爆破事件との絡みで、最後まで読ませる力はあるのですが、それだけで終わるのが惜しいです。

茂木大輔

【オーケストラ楽器別人間学】

フルートやホルンなどの管楽器。ヴァイオリン・チェロなどの弦。打楽器。どんな人がどんな楽器を選ぶのか。そして、その楽器によって性格はどう形成されるのか。

オーボエ奏者の作者の、偏見と独断に満ちた文章には、思わずにやりとしてしまいす。サービス精神あふれる作者は、有名人を挙げ、どの楽器が似合うか、当てはめて見せてくれます。

例を挙げると、<筒井康隆>さんは表現の圧倒的な力を持つ点で、クールにバランスよく和音を作る。というより、大勢のトゥッティを従え、半狂乱に弾きまくるのが似合うから、チェロの首席奏者。<みのもんた>さんは、鋭い眼光、発想、頭の回転の速さ、口調と有無を言わせぬ説得力、カリスマ性。これは指揮者、とくるので、笑ってしまいます。
楽器への愛情に裏打ちされた?ひょっとしたら当ってるかも、と思わせるところが作者の意図なのでしょう。

清涼院流水

【トップラン】第1〜5話

これもまた、5冊の本。やはりスティーブン・キングの影響は大きい。

2000年の始まり。二十歳の音羽恋子の前に「よろず鑑定士」の貴船天使が現れる。マクドナルドという日常の中に、ふいに見えた不思議な世界。「トップランテスト」に合格すれば、100万円。
家族とのかかわりや冷静なこころの動きが、こまやかなタッチで描かれています。それが現実感を失わずに話を展開させるようです。

次に恋子は、「よろず鑑定士」貴船天使から2つ目のテストを提示される。7500万円入りのアタッシュケースを、2ヵ月間自宅で隠すこと。この大金はなに?
不思議なスタンスを取り続ける家族の中で、そんなことができるだろうか...。

そして今度は、姉の銀子を誘拐するぞ、という脅迫電話を受ける。誘拐されたくなかったら、3億7529万9500円をローンで払え。いたずらか、でも...。恋子が反撃すると、こんどはパパさんが行方不明になる。次々に立ち向かうことになる新しいトップランテスト、いやクイズ。

最後はかなり熱くなりますね。2000年に起きるニュースが随所に折り込まれた謎なども、すべてがラストへと繋がる。数字やクイズや人の心理がおもしろかった。

清涼院流水

【コズミック 流】

平安神宮の初詣という、群集という「密室」の中での殺人事件から物語が始まった。目撃者も凶器も発見されず、首を切断された死体の背中に血で書かれた文字「密室壱」。そして次々と事件が起こりわずか6日間に19人が殺された。「犯罪予告状」は今年、密室で1,200人が殺されると告げてきた....。

血も凍るような事件が、日常からふいに転げ落ちていく形で描かれていて、不思議に惹かれて読み進めています。全4巻の予定です。

清涼院流水

【ジョーカー 清】

幻影城という「密室」の中で繰り返される殺人事件。濁暑院溜水は小説「麗しき華のごとく、没落は夢のように」を書くことで現実の事件を追いかけていく。犯罪捜査のプロjdc、警察を翻弄するように、装飾した屍体が重ねられていく。「逆転の間」「流血の間」、そして「審判の間」「美画の間」。事件はしかしまだ始まったばかりだった。

凄惨な事件がゲームの展開のように感じられる筆致。そして現実と小説世界との混在。めまいがしてくるような感じがします。でも、まだ続きがあるんですね。

清涼院流水

【ジョーカー 涼】

「清」に続く下巻です。幻影城という「密室」の中で繰り返される殺人事件。「芸術家=アーティスト」を名のる犯人からのメッセージの意味を突き止めるために、jdcのトップ探偵たちが推理を展開「する。八つの生け贄」は、これで終わるのか。いくつもの隠された言葉遊びの謎が、解きあかされる。

仕掛けとしてのおもしろさに、つい読まされてしまいますが、結末をどう着けるのか、案外な〜んだとがっかりしそうな気もします。

清涼院流水

【コズミック 水】

【清涼院流水】

流」に続く下巻、「コズミック」「ジョーカー」4巻の最終です。jdc(日本探偵倶楽部)に送られてきた「1200年密室伝説」の原稿は、平安、江戸、そして現代に至る1200人の密室殺人事件の真相に迫るものだった。

そして、探偵たちの推理が深く深く繰り広げられる。ついに、真相にたどり着く...。

最後の最後まで、読者を裏切り続けた展開は、見事でした。ただ、好嫌いが分かれる本かも知れません。わたしもおもしろかったけど同じ傾向のものは、あとは読まない?それとも不思議な魅力に惹かれ、手に取るでしょうか。

佐藤正午

【ジャンプ】

一杯のカクテルがときには人の運命を変えることもある。物語はそんな魅力的な出だしから始まる。

三谷純之輔は出張の前夜、恋人の南雲みはると飲んだカクテルで、したたかに酔った。マンションの部屋の前から、彼女は三谷の朝の日課用のりんごを買いに出た。
そしてそれっきり、みはるは消えた...。

三谷は、小さな手がかりから足跡を追っていく。会社に出された休暇届。急病人に遭遇するコンビニ。病院。スナック...。だが、追いかけるほど、彼女は遠くなっていく。

きっちりとした文章は、自分で確かめ納得しようとする三谷の心の動きを丁寧に描いている。ただ彼の側からだけの描写は、どうしても平面的になってしまうのかも知れない。最後はもっと、「暮らし」から「ジャンプ」してほしかったです。

重松清

【四十回のまばたき】

文章が生硬で売れない翻訳家圭司は、亡くなった妻の妹耀子と冬を過ごすことになる。しかも彼女は「冬眠」するのだった。感情のコントロールが下手?で、泣くべき時に泣けない彼は、耀子やセイウチのようなアメリカ人作家と出会い、自分を見つけていく。

「四十回のまばたき」とは、うたた寝のこと。取り返しのつかない後悔にさいなまされたり、どうしようもない悲しみに襲われた時のおまじない....。

欠落感、喪失感を持った人なら、きっと胸にしみてくる本です。

曽根圭介

「殺し屋.COM」

刑事でありながら副業で悪党を狙った暗殺を請け負う「subway‐0910」こと佐分利吾郎。認知症の老人に成りすまして「殺し屋.com」のアカウントを乗っ取り、殺し屋となったホームヘルパーの「torazo‐i」。暗殺成功率100%で伝説と化した凄腕の殺し屋「jackal‐0420」ことジャッカル。そして、ある少女の依頼をきっかけに、暗殺を斡旋する「組織」へと肉迫する探偵・君島顕。暗殺者専用サイト「殺し屋.com」をめぐり窮地に追い込まれてゆく「殺し屋」たちの、前代未聞の暗殺劇。

ネットで落札してから人を殺すという、設定がうまく、関わる殺し屋たちのキャラがおもしろいです。自分は殺しのプロだというプライドや、アルバイト感覚で入ってくる新人たちへの皮肉が、すべて翻って自分に返ってくる終わり方も納得がいきます。サイコでもなく、どこかゆるい苦笑を浮かべたくなるストーリーですが、おもしろい世界でした。他の作品も読んでみたいです。

曽根圭介

「熱帯夜」

猛署日が続く8月の夜、ボクたちは凶悪なヤクザ2人に監禁されている。友人の藤堂は、妻の美鈴とボクを人質にして金策に走った。2時間後のタイムリミットまでに藤堂は戻ってくるのか。ボクは愛する美鈴を守れるのか。・・・「熱帯夜」。
高齢化社会で高齢者徴兵制度が導入された。高齢者虐待反対グループと、テロと民族若化運動を進める「青い旅団」との衝突など皮相な現代社会が見えます。・・・「あげくの果て」
「ゾンビ」が浸透し日常化する社会に、蘇生者保護法が彼らを支えています。彼らがほしいものとはなにか。・・・「最後の言い訳」
3編の短編集です。職人作家という印象です。うまいし捻りや落ちもあり、きちんとしていますが、どこか記憶に残りにくかったです。初めての電子書籍本という、影響はあるのでしょうか。

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