近藤史恵

「ヴァンショーをあなたに」

小さなレストラン、ビストロ・パ・マルに仲のいい近所の田上夫妻がときどき来る。子どもの 手が離れ、ゆっくり美味しいものを味わうゆとりができたらしい。料理好きなご主人が、スキレットと いう重い鉄のフライパンが、どんなに手入れをしても錆びてしまう話しを三舟シェフにする。そこから 思いがけない話の展開になる。

おいしい料理が香ってくるような空気と、小さな謎の奥に見える人間の心や思いやりに、ちょっぴり 胸が痛くなる7編の短編集です。シェフをはじめ、4人のキャラも役割もうまく、料理が心憎いほどに おいしそうです。最後の2編は、三舟シェフの修業時代の逸話という設定になっています。そこでも 謎の女性の嘘を見抜いてしまい、次のステップを踏み出すための大切な言葉を、やさしく差し出します。 また老女とヴァンショー(ホットワイン)にまつわる話も印象的です。近藤さんの短編のうまさは、 格別です。

「薔薇を拒む」

施設で育った内気な少年・博人は、進学への援助を得るため、同い年の樋野と陸の孤島にある屋敷で働き 始めた。病気の夫人は気にかかるが、図書室もあり勉強を教えてくれるコウさんに助けられ、将来を見つめ られるようになった。エキセントリックな、令嬢の小夜に淡い恋心を抱くが、樋野の方がより熱烈だった。 だが、同じ使用人が殺される事件が起き、穏やかだった生活は一変する。

なぜ今、作者はこの作品を書こうとしたのか、モチベーションは低かったのではないでしょうか。人物も事件も どこかで読んだことのある雰囲気です。ラストがなんとなく納得できないのは、博人のキャラに肉付けが 薄いせいかも知れません。もっとギラギラとした強烈な熱い暗い心がないと、こういう結末にならないと 思います。ただ単にうまくすり抜けて、いい目を見ただけだと思うのです。次作に期待します。

「モップの精は深夜に現れる」

部下や自分の娘とのコミュニケーションに悩む中年課長。取引先の仕事や自分の容姿にためいきを つく女性ライター。同じ事務所でつきあっていた男に二股をかけられたモデル。彼らが遭遇した 不可解な事件の謎を、女清掃人探偵キリコが解明していく。そして彼女自身の家でも、頭を悩ます ことを抱えていた。

困っている人たちに、ヒントを与えるという距離感が、その人たちの心理に深く沿った描き方が できていると思います。それにしても、家庭や仕事の問題に揺れ動く最終話は、近藤さんの暮らしの 反映かと思わせる切実な空気がありました。このシリーズは、続いてほしいですね。

「天使はモップを持って」

平和なオフィスに8つの事件を引き起こす、小さな悪意があった。社会人一年生の大介には なぜ置いておいた書類が消えたのか、さっぱり見当がつかない。たまたま知り合った「歩いたあとには、 1ミクロンの塵も落ちていない」という掃除の天才で、とても掃除スタッフには見えないほどお洒落な キリコが鋭い洞察力で真相をぴたりと当てる。そこには仕事の場での、女性たちの押し殺した思いが 見えてくる。

ゴミの出し方や、建物内の汚れ方から、見えてくる人間関係を感じながら、綺麗にすることが好きな キリコというキャラが、悩んだり傷ついたりしながら人間味があっていいですね。 ぼんやりした大介が 次第に仕事への姿勢も変わっていくのも、さりげなく描かれていきます。短編のそれらが、ラストへと 繋がっていきます。仕事をする女性を、こういう形で描くこともできるのですね。

「モップの魔女は呪文を知っている」

流行のファッションに身を包む女清掃人・キリコが日常の謎を捜査し、事件を解決するシリーズ。 深夜のスポーツクラブでひとり残ったスタッフの行動が呼び起こした波紋。女子大生がバイトを かけもちし、やっと入手した希少種の猫が交換された謎。小児病棟の入院患者である少年少女が 噂した魔女騒動。新人看護師が遭遇した魔女の正体とは。

短編のそれぞれに登場人物の視点で描かれます。そして、キリコがさりげなく関わってきて、鋭い 観察と推理を見せてくれます。前作のラストから、深く悲しむキリコの姿に、胸が痛みます。

「サクリファイス」

かって陸上界で活躍したが、勝つことへの重圧に挫折した白石は、自転車競技に魅せられ、 エース・石尾のアシストを受け持つ。個人競技に見える自転車ロードレースが実はチーム戦に 近く、アシストは空気抵抗を受けながらエースの前を走り、表彰台に上るのは エースだけで、アシストの犠牲(サクリファイス)で成り立っている。その世界が好きだった。 多くのアシストを踏み台にしつづけるエース石尾。は、以前活躍しそうな選手をわざと事故に 巻き込んだと噂されていた。そんなとき、白石は元の恋人から会いたいと言われる。

自転車競技を知らないわたしでも、その魅力というか魔力のようなものが感じられ、 競技中の息詰まる駆け引きの雰囲気や、体力の限界まで走り込む選手の姿がみごとに 描かれています。競争意識や野心、疑心暗鬼の世界のようでいて、爽やかさが残るのは 白石の推察力と信念かも知れません。ラストで起こる事件と真相も、2重3重の サクリファイスが見え、最後のどんでん返しはさすが近藤さんですね。人の心を見抜く視線が、 鋭く、深いです。

「タルト・タタンの夢」

下町の小さなフレンチ・レストラン「ビストロ・パ・マル」の、ちょっと変わったシェフの つくる料理は、気取らずにお客の心と舌をつかんでいます。常連の西田さんが、なぜか体調を くずしたという。シェフは、一皿の料理を出し、その原因をさらりと納得させてしまう。 かつて 甲子園をめざしていた高校野球部の不祥事の真相や、フランス人の恋人が最低のカスレを つくった理由はなんだったのか。

7つの短編です。特別料理によって謎が明らかになり、元気を取り戻すお客というのは、 北森鴻さんの“香菜里屋シリーズ”を思い出させますが、近藤さんのテイストはまた異なった 雰囲気があります。人間に注がれる視線の暖かさと、想像する結末のひとつ上のオチが なかなかです。どの料理も家庭的で美味しそうですが、特に暖かいワイン“ヴァン・ショー”が すごく印象的で、飲んでみたくなりました。

「賢者はベンチで思索する」

ファミレスのアルバイト・久里子は、いつも同じ席に座り2時間もいる国枝老人が気になる。 しかも少し痴呆の様子もあるらしい。だが、犬のアンを散歩させていた公園のベンチで 出会った国枝は、別人のように見える。最近数件発生していた毒入りのパンを食べたアンを、 すばやく病院に行かせてくれ、おののく久里子を救ってくれる。深夜に出歩く弟で浪人生の 仕業だったらどうしようかという不安も、解決してくれた。だが、近所で誘拐事件が発生し、 国枝が男の子を連れているのが目撃されるという、とんでもないことが起きる。

さりげない日常が、見える角度が変わるとまったく別なものに見えてくる。そんな視点の 新鮮さを感じさせてくれました。見逃してしまいがちな、人間の抱える「悪意」と「善意」を いままでになかった描き方で、読ませます。やられました、近藤さん。作品にバラツキが ありそうですが、選んで読んでみましょう。

「ふたつめの月」

久里子は服飾雑貨の輸入会社で、契約から正社員に採用されたが、部署の廃止で突然リストラ されてしまう。だが、自己都合退職扱いで上司も怒っていると伝え聞く。犬のアンとトモの散歩を している途中、ファミレスで知り合った赤坂(国枝)老人と出会い、仕事を辞めたことを話して しまう。そして思いを寄せているイタリアに料理の修行に行っている弓田を、待つべきかどうかの 迷いも相談した。赤坂老人の推理を聞き、久里子は確かめてみる事にした。

不思議な老人の存在感が、なんとも魅力的です。人の目にどう写るかと、その人がどういう 人間かという間の落差や、揺れ動く心の中を描くのがとてもうまい作家です。久里子の周囲の 人間まで、短い表現でくっきりと見えます。背景や小道具のすべてに無駄がないので、この 長さに凝縮できるのでしょう。それでいて、息苦しさや気負いが感じられないのも、いいですね。

「狼の寓話」

夢だった刑事課に配属が決まって張り切った會川圭司は、犯行現場で失神し、鑑識が見つけた証拠を 誤って流してしまった。チームから外され、次に組んだ相手は女性刑事黒岩だった。担当したのは 一週間前の殺人事件だった。新婚の小早川が殺され、疾走した妻・梓が疑われていた。周囲の 聞き込みから小早川のDVが浮き上がってくる。梓が出版社に応募した、殺人を思わせる童話 原稿も見つかる。

警察小説としては軽いタッチで進んで行きます。その先に描かれたDVの、加害者と被害者双方の 心理まで踏み入って行ったとき、読みながら心が叫び出しそうになりました。自分の事に引き 寄せて、痛みを感じさせられるのです。すでに知っている問題に、こういう描き方もできるのかと 感嘆しました。冒頭に出てくる童話が、梓の心理を反映するかという描き方もなかなかおもしろく、 うまいですね。なによりも、近藤さんの心の奥深くにある冷たく湖と、血が噴き出しそうな感性を、 かいま見た感じがします。抱えながらも、決して暴れさせることなく、かと言って冷静でもなく、 絶妙なバランスを保っているようです。読後感にポッと灯る灯りが救いです。

「黄泉路の犬 」

刑事課の會川圭司は、女性刑事黒岩と一緒に東中島での強盗事件を担当していた。姉妹に刃物を つきつけて脅し2万円を奪い愛犬チワワも攫われたという。簡単に解決するかに見えた事件は、 たくさんの犬や猫を飼っている女性の自殺によって、混迷を深めていった。捜査していく過程で、 黒岩の遠い親戚の子どもの、家でも絡んでくる。

動物の保護シェルターやボランティア、里親募集サイト、アニマル・ホーダーなどの実態も見えて、 動物の愛護と虐殺との関係が鮮やかに浮き上がります。関わる人たちの描き分けもうまく、これ だけ重く絶望的な題材を描きながら、読後感は決して悪くありません。むしろ希望があると 信じたくなるのです。黒岩の仕事で見せる厳しさと、人間的な迷いややさしさに救われます。

「スタバトマーテル」

声楽家の夢に挫折したりり子は、音楽大学の副手の仕事をしていた。恋人の西とは、3度も 付き合い、別れた。なぜかそれでも、どこか繋がっている。そんなとき、美術科の特別講師として きていた版画家・瀧本大地との出会いが、りり子のすべてを変えていった。個展で会った大地の 母はかつてイラストレーターだったが、事故で視力を失い大地のマネージメントに力を向けていた。 大地の家にりり子が訪れたとき、豪邸の中は異様な空気に包まれていた。その頃から、りり子に 対する悪意の牙が向けられた。

ひた向きな芸術家の母と息子の感情や目の手術など、よく知られた題材が、ひと味もふた味も 違う切り取り方で、強烈なインパクトで迫ってきます。それでいて絶望させることがなく、 どこかに信じられそうな希望を持たせてくれます。読後感も痛いけれど、不思議な魅力があります。

「ガーデン」

火夜(カヤ)がふらりと姿を消し、同居していた真波宛にネイルした子指が入った小包が届く。 真波は同じマンションの今泉探偵事務所を訪れ、捜査を依頼する。街で知り合ったヤクの 密売人・スワから拳銃を手に入れた火夜は、「幽霊」の飴井に、拾った仔犬モンモランシイを 押しつけるやさしさも見せる。飴井の知人の横田と地下カジノに行き、数人の男に負けを体で 払わせられたあと、ふらりと入った庭の中の温室に魅了される火夜。その庭の管理人・藤枝から 今泉は、温室の死体の処理を依頼される。

火夜や探偵を始め、登場人物全員が何らかの秘密を抱えて、存在が危うい感じがします。その上に 成立した連続殺人事件です。ダークなシーンも、近藤さんの描き方には、すれすれの官能の匂いを 感じさせます。血と愛憎が交叉し、父親とひいお婆ちゃんの記憶を抱き続ける火夜が辿り着いたラストに、新鮮なものを見せてくれました。

「凍える島」

喫茶店・北斎屋のあやめとなつこは、常連客のうさぎくんと椋くんと友人二人に、詩人の 矢島さんと奥さんの奈々子さん、という一行は、瀬戸内海の真ん中に浮かぶS島の別荘に向かった。 かつて新興宗教の聖地だった島で、翌朝奈々子さんが刃物で刺さされ発見された。鍵は内側から しかかからない、密室だった。濃霧の中を手探りで進む数日間の間に起こる、連続殺人事件。 犯人は、意図は・・・。

孤島で起きる、ある意味ベタな展開をここまで面白く読ませてくれことに、驚かされる 近藤さんのデビュー作です。恋愛とミステリーを絡め、一人一人の心理に寄り添う描写が、 じつにうまいです。カタカナ表記に違和感があるのだけがマイナス点です。

「演じられた白い夜」

劇団の主宰者・神内匠は、妻で女優の麻子を始め、本格推理劇の稽古のため山奥のペンションに 俳優たちを集めた。お互いに面識もなく、ミュージシャンなど芝居経験のない人物もいた。台本は その日の練習分だけ渡され、スリリングな劇を作り上げていく。台本に殺人事件が登場した日、 現実に殺人が起こってしまう。雪の藤棚の下で首を吊っていたのは、役柄で殺される女性だった。

集まった人物たちがそれぞれに抱えている心理を、巧みに描き分けて絡ませるのはさすがです。 作中劇はデビュー作「凍える島」に似た設定で、別な物を見せてほしかったというのは読者の わがままです。警察への連絡も、管理人とも連絡が取れないお約束の「密室」殺人事件に、 こういう書き方もあるのかと、感心させられます。次第に疲労を増していく空気の中で劇的な 死が起きるのですが、麻子の心理の変化は、人間関係の希薄さからか少しさらりとし過ぎかも 知れません。

「青葉の頃は終わった」

瞳子、加代、法子、サチ、猛と弦は大学からの仲間だった。誰もがあこがれた瞳子が、 ホテル七階から飛び降りたという報せは、それぞれの胸に大きな動揺を与えた。葬儀の後、 瞳子からのはがきが送られてくる。「わたしのことを殺さないで」。彼女を死に追いやった 責任は自分の言動にあったのではないかと、一人一人が思い悩み、さりげなく通り過ぎようと していた暮らしが揺らぎ始める。仲好しだった加代は、ピアノ教師の仕事がうまくいって いなかった頃、お嬢様育ちの瞳子と一緒にパリに旅行し、出会った日本人の二人組と行動を 共にするうち、瞳子が暴力で犯されてしまう事件があった。

死んだ後の自分を忘れてほしくないという欲求が、友人たちを振り回してしまう設定は、 イタいです。行きていく様々な局面で、選択して進む結果の責任は自分にあると思うので、 どうも瞳子の甘えについていけない感じがしてしまいます。ミステリの書き方としてはいい けれど、共感はできないのが正直な感想です。ただ、「青春」のストーリーとしては許される のかも知れません。

「カナリヤは眠れない」

週刊誌の編集部で過酷な日々を送っている小松崎は、たまたま出会った歩(あゆむ)に連れられて 整体師・合田力に引き合わされた。幾度か通院するうち、新婚の茜という女性に興味を持った。 どうやら買い物依存症らしかった。取りかかっている記事にしたいと動き出す。

現代社会の中でうまくいかずに悩んでいる群像が、この短さにうまく収めています。 整体師という意外な職業の設定も、新鮮さがあります。近藤さんは、心理に寄り添い多数の 登場人物を絡ませていくのがうまいです。そして希望を残してくれる点に、ほっとします。 単に買い物依存症を見せるだけではなく、ミステリ絡みの展開も楽しめます。

「シェルター」

週刊誌の編集部の小松崎は、整体院の歩と旅行に行く計画をしたとき、歩の姉・恵がパスポートを 置いたままいなくなったという。その頃恵は、いずみと名乗る謎めいた少女と出会う。「殺されるかもしれない」とすがってくるいずみは、保護しなければならない気持ちにさせた。一方、 小松崎は取材していた映画の主役が、病気で降板したことを知り、その本当の理由を探り始める。

整体師・合田がおいしいキャラです。事件の核心部分にざくっと入って、ある種の治療をして しまいます。女同士の複雑な感情を描く近藤さんは、寄り添いながら、決して溺れない筆致が 冴えています。あまり頭脳明晰ではない小松崎が、読者の案内人役なのがうまい設定だと思います。 整体師シリーズも、安心して読めますね。

「茨姫はたたかう」

女性専用マンションに住む梨花子は、隣室の早苗と礼子と親しくなった。会社では対人関係に 臆病で頑なに心を閉ざす梨花子は、マンションでのストーカーの影に怯え始めた。だが、心と 身体を癒す整体師合田に出会ったのをきっかけに、整体医院の歩に恋する記者の小松崎の 後押しもあり、初めて自分の意志で立ち上がる。

童話の眠れる茨姫は、王子様のキスによって呪いが解け、幸福になった。もしそれが、ストーカー だったらどうなるのか。たとえ話として出されるが、考えてみると行きずりの王子さまは 自分の思い込みで行動する点は、確かにストーカーと言えなくもありません。周囲の力に 助けられて、梨花子は生きることにも正面から向き合うことになるのです。さわやかな応援歌と 言えるかも知れません。

「ねむりねずみ」

「ことばが、頭から消えていく」役者生命を奪いかねない症状を訴える若手歌舞伎役者・中村 銀弥を、妻・一子は崖っぷちにたたされた思いで気遣っていた。夫の友人でジャーナリストの 良高への気持ちを、抑えられなくなってきていたのだ。そんなとき上演中の劇場内で、人気 歌舞伎役者・小川半四郎の婚約者が、客席で刃物で刺されて死んだ。女形役者・瀬川小菊と その友人で探偵・今泉文吾と助手の山本は、衆人環視下における事件を調べ始める。

近藤さんのデビュー2作目で、梨園シリーズです。しがない中二階役者の小菊の目を通して見る、 梨園の表裏は、怪しく艶やかな異世界を見せる菅浩江さんの歌舞伎世界とは違う、ごく普通の 感覚で語られます。わかりやすく読ませてくれるのは、大部屋役者の小菊の設定によるものだと思い ます。それでも舞台にかける役者の執念や、晴れの舞台に立つ夢を抱き続ける役者の思いが、 痛いほど伝わってきます。ミステリの謎解きとしては、見えてしまい過ぎるけれど、おもしろい 世界を書ける作家だと思います。

「桜姫」

市村笙子の前に、かつて大物歌舞伎役者の跡取りとして将来を嘱望されていた兄・音也の 親友だったという若手歌舞伎役者・市川銀京が現れた。家族が、歌舞伎界が隠している真実とは なにか。音也の死の真相を探る銀京に、笙子は激しい恋心を抱くようになる。 一方、三階の女形の小菊は、若手の勉強会で演じた「桜姫」の本公演が決まったが、気がかりが あって素直に喜べない。桜姫を演じる銀京に不吉なものを感じていた。

歌舞伎界を演ずる側から描くのは、かなりの力や知識が必要だと思いますが、近藤さんはその大変さを 読み手に意識させずに読ませてくれます。笙子の心の揺れを丁寧に描くことで、人の思惑の深さ、 黒さを浮かび上がらせていき、ラストでは妙に納得してしまいます。そこがうまい書き手だと思います。

「散りしかたみに」

歌舞伎座での公演中、毎回決まったところで桜の花びらが一枚、ひらりと散る。誰が、何のために、 どうやってこの花びらを散らせているのか。女形の瀬川小菊は、師匠菊花に命じられ、探偵の 今泉とともに、謎の調査に乗り出すが、今泉は途中から調べるのを止めようと言い出す。 若手の実力者・市川伊織は半年前になにものかに襲われ、剃刀で顔を切られ深い傷跡を残したまま 舞台に立っている。小菊は、彼の楽屋に出入りしている滝夜叉姫と呼ばれる、妖しいまでの 魅力的な女性を見かける。

三階の女形瀬川小菊を語り手にして、歌舞伎界で二十年以上にわたって隠されてきた、哀しい 真実が浮かび上がってきます。はかない花びら一枚が告発する仕掛けも、舞台の表も裏も見える ストーリー展開に引込まれます。ラストが少し弱い気がしますが、内に秘めた思いを抱えて 舞台にたつ役者の業を見せられるようです。

「二人道成寺」

女形役者・岩井芙蓉の妻・美咲が火事で意識不明となり1年がたった。献身的に病室を見舞う夫が 放火したのでは、と女形瀬川小菊の関わりの深い探偵・今泉に調査依頼があった。 依頼主は 芙蓉のライバルで、互いに目も合わせない女形役者・中村国蔵だった。女形二人の間になにが あったのか。事件の前に美咲が国蔵と親しげに話すのを目撃していた芙蓉の番頭・玉置は、複雑な 思いで内心の葛藤を押さえながら、成り行きを見つめていた。

三階の女形瀬川小菊と、番頭・玉置の視点から描く形で進められるストーリーは、狭い歌舞伎界の 愛憎を、のめり込まずに、それでいて核心に深く迫っていきます。さらりと、軽妙な小菊に語らせる 近藤さんのこのスタンスが、読みやすくしていると同時に、若干の浅さを感じさせるかも 知れません。

「猿若町捕物帳 巴之丞鹿の子」

江戸の町で、「巴之丞鹿の子」という人気役者の名がついた帯揚げをしていた娘だけを狙った連続殺人が起きる。南町奉行所同心・玉島千陰は岡っ引き・八十吉を連れて、捜査に乗り出す。

花魁・梅が枝との絡みもあり、役者の世界で起きる事件が描かれます。時代物が苦手なわたしは、 なんとか読みましたが、やはりだめでした。キャラがあらかじめ決まっていて、感情移入がし難い 点や、純朴な、あるいは人情味あふれる登場人物の心理に付いていけません。

「猿若町捕物帳 にわか大根」

遊女が3人、連続して死ぬという事件が続いた。死因はそれぞれ違うが、南町奉行所同心・玉島 千蔭はなにかが引っかかる。一人が死の間際に「雀」という言葉を残していた。

堅物の南町奉行所同心・玉島千蔭と、お人好しでおっちょこちょいの岡っ引き・八十吉の名コンビシリーズです。こちらはかなり現代の心理を取り入れる努力が見えますが、それでもわたしには 合いません。分かりやす過ぎる人物像とオチが、楽しめたらいいのですが。

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