北森鴻

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作品名出版社
うさぎ幻化行東京創元社
虚栄の肖像文芸春秋
なぜ絵版師に頼まなかったのか光文社
親不孝通りディテクティブ実業之日本社
親不孝通りラプソディー実業之日本社
深淵のガランス文芸春秋
蛍坂講談社
桜宵講談社文庫
緋友禅 旗師・冬狐堂文春文庫
狐闇講談社文庫
孔雀狂想曲祥伝社文庫
屋上物語祥伝社文庫
共犯マジック文春文庫
蜻蛉始末文春文庫
触身仏 連丈那智フィールドファイル ll新潮社
顔のない男文春文庫
狐罠講談社文庫
狂気廿四孝角川文庫
凶笑面 連丈那智フィールドファイル l新潮文庫
闇色のソプラノ文春文庫
メイン・ディッシュ集英社文庫
メビウス・レター講談社文庫
花の下にて春死なむ講談社文庫

「うさぎ幻化行」

飛行機墜落事故で不慮の死を迎えた音響技術者・義兄の最上圭一の同業者に譲った遺品から、「うさぎ」に不思議な “音のメッセージ”を遺していたと知らされる。圭一から「うさぎ」と呼ばれ、可愛がられたフリー・ライターの リツ子がメッセージを聞くと、環境庁が選定した日本の音風景百選を録音したものと思われるが、どこかひっかかる。 録音されたと思われる水琴窟や、列車の音、祭り囃子、教会の鐘などの音源の場所を訪ね歩くうちに、音風景の奇妙な 矛盾に気づく。そして、もうひとりの「うさぎ」の存在を知ってしまう。

北森さんの文章は、分厚い重低音を重ねた上に、華やかなソリストの歌が入るオーケストラのようです。ぐいぐい 引っ張られて読みました。音を訪ねる旅の旅情と、冷静に音源を突き詰めていくリツ子がのキャラが、いい設定です。 この世のものとは思えない音の絶妙な味わいを感じさせてくれます。「北斗星」や「トワイライトエクスプレス」と いう人気の旅客列車に乗車した登場人物が、奇妙な出来事を見かけて、その謎解きをしていく別風景も、いつのまにか ひとつの絡み合った物語になり、ラストへと収斂していきます。ただ、いままでの北森さんらくしない終わり方が、 引っかかりました。

なお、北森さんは心不全のため2010年1月ご逝去、48歳の若さでした。シリーズ途中のものもあり、北森作品を たくさん読んできた読者としては、とてもとても残念です。この作品が遺作になると思われますが、これからも読めると 毎回楽しみにしていたのです。心よりお悔やみ申し上げます。



「虚栄の肖像」

花師であり絵画修復師でもある佐月恭壱のもとに、肖像画の修復の依頼があった。 報酬は古備前の壷という破格のものだった。多くを語らない依頼主の調査を、花師の 手伝いをしている善ジイに頼むと、収集品は多いものの、行き詰まった大家だった。 だが引き受ける直前に火事で、大きな損傷を受けてしまったという。行きつけのバーの 朱明花とその父・朱大人も絡んでいるらしい。恭壱は己を納得させて修復にかかるが キャンバスの中に何かを隠し、取り去った形跡が見つかる。

北森さんのこのシリーズは、力が入っていますね。人物の配置も絡み方も、人物像も じつに怪しく存在感があります。冬の狐の骨董商も、かつての恋人も登場します。 なによりも、3点の絵画修復の細部のおもしろさに引きつけられてしまいます。 ラストの秘絵の章は、彫り師や縛り師も絡み、濃く危ない世界に落ち込みそうでいて、 ぎりぎりのところで踏みとどまっていて、ぞくぞくさせられます。北森さんの深さが ますます魅力を発揮した作品です。年末の賞を狙っているのでしょうか。


「なぜ絵版師に頼まなかったのか」

変革の嵐が吹き荒れる明治の帝国大学には、多くの雇われ外国人が教師・研究者として赴任していた。 ドイツからきた医学部主任ベイツ先生は、並外れた日本びいきで、その弟子・葛城冬馬と二人が、 次々と起こる事件の謎を解いていく。

当時日本で活躍した実在の人物も絡め、政治の裏事情なども出てきて、軽いユーモアミステリーに 北森さんらしい味があります。冬馬と、事件のたびに何度も名前を変える友人のキャラもおもしろい です。各章のタイトルは海外ミステリからのパロディで、思わずにやりとさせられます。 ただ、人物の深みが不足気味なのは、時代設定のせいでしょうか。


【親不孝通りディテクティブ】

「親不孝通り」シリーズ2作目です。1作目はワル高校生だったテッキは、いまは 博多の街でカクテルが売りの、屋台の親父をしている。出入りしているキュウタは、 結婚相談所の調査部の仕事をしていた。ベスト・カップルを宣伝に使うための調査を していて、部屋を訪れると折り重なるようにして二人が死んでいた。キュウタは、 第一発見者としての事情聴取が、任意の参考人になってしまった。テッキが調べていくうち、 広域暴力団がからんでいるらしいと知る。・・・「セブンス・ヘブン」

6編の連続短編集です。客を見るテッキの鋭い観察眼が、すごいです。切れます。 そして、うちに秘めた激しさやプライドが、ある一点を超えるととんでもない方向に 走っていきます。清濁併せ持つ人間群像を、ジャッジを立てて描き切っています。おもしろい ですね、このシリーズ。


【親不孝通りラプソディー】

17歳のキュータは、博多のライブハウスで美人局に引っかかり、ヤクザに一千万円を 吹っかけられてしまった。父親は建設会社の社長で、選挙戦出馬の醜聞を避けるために、 金を出すだろう。だがキュータは自分で金を用意するために、信用金庫強奪を計画していた。 金に困っていたキョウジと一緒に実行し、まんまと手に入れるが一億二千万もの大金だった。 二人で姿を隠そうと必死だった。

友人のテッキは、その計画を本気にしていなかった。かわいいエンジェルと駆け落ちすることで、 頭がいっぱいだった。だが母親の恋人の刑事から、表沙汰にできない事件だったことを知る。

北森さんの新しい分野です。ギャグのような軽い展開で、博多弁の会話がさらに明るくしています。 しかしうますぎる話の裏に、しっかり視線を向けるキュータやテッキが、全体を引き締め、 むちゃな高校生たちのキャラや、人間関係とその背景まで、細かな目線が行き届いています。 ラストまで揺れることもなく描き切っています。北森さんんは、ほんとうに職人芸だと思って しまいます。


【深淵のガランス】

花師であり、絵画修復師でもある佐月恭壱の修復師専用電話に、依頼が入る。 長谷川画伯の1点は、絵の下に更に別な絵が描かれていた。単なるキャンバスの 節約と言えない何かが、隠されている。絵画研究所にX線などでの撮影を依頼し、 バーのママ・明花とその謎を思案している佐月に、接近してきた男がいた。・・・「深淵のガランス」

旅館を営む多田が洞窟壁画を発見し、魅せられた多田がひとり悦に入っていると 壁画の剥落が始まった。4分割された佐々木画伯の絵を修復中の佐月に、慌てて修復を依頼してきた。 洞窟内気温が低い冬の間に修復を終わらせないと、大変なことになる。だが、成分分析をし補修材の準備を している佐月に、何者かが襲いかかってくる。・・・「血色夢」

2編の中編です。バーのママ・明花とのくつろいだ佐月の顔と、修復中の命を削るような作業の顔の、 対照的な表情や息づかいまで伝わってきます。絵画の裏にある魔性の世界を、かいま見たような気が しました。北村さんの専門知識の深さには、いつも驚かされます。それをわかりやすく読者に語れる、 筆力もすごいものがありますね。


【蛍坂】

5年前に死んだ奈津実の家に線香を手向けた足で、有坂はなにげなく三軒茶屋の店に入った。 ビアバー『香菜里屋』では、度数の違う4種類のビールを置き、主人の工藤は おいしい肴を出してくれる。常連客の中に、奈津実の友人の洋子がいた。有坂は工藤と洋子を 相手に、16年前報道カメラマンになる夢を抱いて中東に行った話を語った。 奈津実と最後のデートのなった「蛍坂」のことも。だが、洋子の経緯と、工藤の推理から 思いがけない展開になった。・・・「蛍坂」

5編の短編集です。このシリーズも毎回、雰囲気が変わり、今回はちょっとしんみりとした 「いい話」を集めています。出される料理が、味はもちろん、香りと熱さやお酒の喉越しまで 感じられます。食欲の秋には、たまらない1作ですね。短編の名手という感じの北森さん。 ラストの決め方も、職人技です。


【桜宵】

アルコール度数が違う4種類のビールと、絶妙な味の料理を出す隠れ家的な店「香菜里屋」で、 客の日浦が話し始めた。故郷の小料理屋の、15周年パーティーに誘われた。けれど5年も付き 合いがなかったためか、なじみ客のひとりもいない、居心地の悪さを味わうことになる。その後、 女将の一人娘から、女将が重病で入院したと連絡が入る。「十五周年」

北森さんとの出会いの「花の下にて春死なむ」と同じ、マスター・工藤が、さらに深みのある 料理と、推理と、そして関わりを、見せてくれました。5編の短編集です。出される料理が どれも、香り立つようで美味しそうです。短編なのに、中編ほどもある話をしっかりと印象づけ、 いい結末を示唆して終わりました。じっくりと味わっていたかった、お勧めの本です。


【緋友禅 旗師・冬狐堂】

「秋霜萩」と呼ばれる幻の陶器と、殺人事件を絡ませた『陶鬼』
国立博物館の鑑定で正真物とされた埴輪と、持ち込んだ男の死。『永遠笑み』
緋色のタペストリー作がの死体で発見される。半年後、女性作者が緋友禅を発表する。『緋友禅』
レプリカの円空仏が現れ、銘木屋の老人が人を刺して逃亡する。30年前のデパートの展示会での、 事件が絡む。『奇縁円空』

旗師・冬狐堂が魅せられていく、心の動きがいままでより突き放して、描かれているような気が します。その分、制作者の取り憑かれたような姿を、鮮やかに浮き上がらせているようです。 すさまじい世界なのです、制作するというのは。自分の命と引き換えにでも、あるいは他人の 命などなんとも思わないほどの、激情に駆られる人間像に、共感すら感じさせられました。 この短さで描く、深い世界。北森さんは、短編もほんとうにうまいですね。


【狐闇】

骨董業・冬狐堂の陶子は、2枚の青銅鏡を落札した。だが田中と名乗る男から、市で手違いが あり戻してほしいという電話が入る。会主・高塚を訪ねると、同業者の雅蘭堂の越名と出会った。 青銅鏡に妙な仕掛けをした、弓削昭之が電車に飛び込んだと知らされる。そして弓削家の使用人 から、弓削昭之が家から持ち出した鏡を返してほしいと連絡が入る。

半年後、希少価値の絵画を手に入れた陶子は、今度は絵画を盗まれた上に、贋作作りの汚名の罠に はまってしまう。そして高塚が殺された数日後、青銅鏡の発掘現場の謎の写真が送られてくる。

写真家で友人の硝子の紹介で、民俗学者・連丈那智から日本の民俗学の歴史と、青銅鏡との関連を 教えられる。硝子や那智たちも巻き込んで、事件はさらに進んでいった。

北森さんのキャラ二人が、出会ってしまいましたね。その分、縦糸と横糸が複雑な模様を描いて くれました。陶子はいいキャラだけど、思い込みの激しさだけでは、作品に深みが足りなくなる のを、那智の冷静な分析力で補ったというところでしょうか。那智の分量をもっと多くして ほしかったというのは、読者であるわたしのわがままですが。


【孔雀狂想曲】

下北沢にある趣味骨董・雅蘭堂の越名は、いつもゆったりと一日を過ごしている。ふらりと入って きた場違いな少女が、ジッポライターに目を止め、祖父にプレゼントしたいと言う。だが、その ライターは手放したくない、いわくつきの品物だった。一週間後祖父の長坂が現れ、持ち主を 知っていると言う。

扱うライターやカメラ、手描き友禅、古九谷焼、絵画にまつわる話や、オークションでの裏の 裏まで知り抜いた駆け引きが、相変わらずみごとです。短編風な仕立てで、中編というのも いつもの巧みな筆さばきです。

北森さんは、ほんとうに職人芸という感じがします。


【屋上物語】

デパートの屋上という、どこかわびしい響きがある場所に、高級麺の立ち食いスタンドがある。 無駄のない動きで、「さくら婆ァ」がみごとな手さばきと客さばきを見せている。稲荷神社の狐や 屋上観覧車、ベンチなどが語るのは、女性店長の飛び降り自殺であり、その息子が飛ばす紙飛行機 だったりする。スタンドによく来る興行師の兄ィや、ペットショップのるりちゃん。謎を追う 「さくら婆ァ」の頭脳は急速回転をする。

さりげない屋上の出来事が、思いがけない事件の真の顔を見せていきます。強面のキャラが 抱えるせつない思いが、人間臭く、ふっと死語になったような「人情」をかいま見せてくれます。 うまいですね、北森さん。出会いの「メインディッシュ」を、思い出しました。


【共犯マジック】

1967年(昭和42年)「なにか、おもしろいことねえかなあ」とつぶやくのが習慣になって いた蜷川は、勤めている書店の倉庫に「フォーチューンブック」6冊を見つけた。不幸と災い だけを予言する本で、爆発的に売れた時期、本の与える絶望が次々と自殺者を出し、ついに 書店側が取り扱いを拒否し、その姿を消した曰く付きのものだった。蜷川は、かすかな予感 めいたものを胸にしながら5冊の本を売り、1冊は自分のものにした。

知人から声をかけられながら、無視して本を買っていった女性。万引きをしそうでしなかった男子 高校生。アベックの二人が1冊づつ。最後の1冊は、女子高生。タッチの差で買い損ねた大学生は、 女子高校生に必死に譲ってくれと頼むが、断られた。

時代の強烈な事件を印象的づけながら、「フォーチューンブック」を手にした6人を、そして 彼らに起きる不幸を描いていきます。短編ほどの枠に描き込まれる人生の断片が、こんなに深く 鋭い切れ味で描かれるとは。北森さんの、魔術的とも言える巧みな展開は、みごとです。 ラストに収斂する人間像とミステリーな事件が、鮮やかに、そしてあっと思わせる、大きな全体 像を見せてくれます。

すごい作家ですね。これは未読の方は、ぜひお勧めです。


【蜻蛉始末】(かげろうしまつ)

明治12年、政商藤田組の藤田伝(イ専=旧漢字) 三郎は、東京警視庁に逮捕された。容疑の内容も 告げられず、「吐け」と過酷な取り調べを受ける。ひと月後ようやく知らされたのは、元手代の 告発状だった。藤田組が大規模な贋札を作っていると。贋札事件の容疑者として逮捕されたの だった。

17年前、長州藩の高杉晋作たちの攘夷決行に加担しようと、伝三郎は熱く燃えていた。密議に 参加し、路銀の用意を依頼される。そんな伝三郎に、幼なじみの<とんぼ>こと宇三郎は直感的に 危惧を覚え止めようとするが、聞き入れられなかった。

幕末から明治にかけての激動の嵐の一面を、北森さんは読ませてくれました。お金の流れがどう なっていたのか。その疑問のひとつが解けた気がします。士気や権力、それらの裏付けをみごとに 描いているのです。<光>伝三郎の存在と、<影>宇三郎との絡み合った感情と行動が、単なる歴史 ものではない、人間たちがうごめいた時代を浮かび上がらせています。

人間を深く見つめて卓越した作品は、時代小説を敬遠しているわたしを夢中にさせてくれました。


【触身仏 連丈那智フィールドファイル ll】

「凶笑面」に続く「連丈那智フィールドファイル ll」。「触身仏」他5編の短編です。 美貌と才能を兼ね備えている民族学者・連丈那智助教授は、助手の内藤三國を 振り回しながら民俗学のミステリーを小気味よい展開で解き明かしていきます。

奥羽山脈のふもとの山村に住む、役場の三田村から「特殊な形状の塞の神」があるという手紙が来た。現世との境界線を塞ぐ『即身仏』だった。さっそく訪れたそこは、 簡素な木堂だった。『即身仏』を見たとたん、那智はぴたりと口を閉ざしてしまっ た。・・・「触身仏」

那智というキャラが、じつに魅力的です。鋭い洞察力も、知識もすごい。民俗学など わからないままの読者が楽しめるように、描いてみせる北森さんの造詣の深さが そうさせるのでしょう。
那智とミクニとのディスカッションも、ミクニのこころと理性との葛藤もおもしろい。 軽く笑わせておいて、そこに重要なヒントが隠されていたりするのです。


【顔のない男】

緑地公園で全身骨折による空木精作の惨殺死体が、発見された。捜査が長引くにつれ 原口と又吉刑事は、お屋敷で仕事も持たずに暮らしていた空木の、意外な顔を発見 していく。彼は栄光商事に関わる人間に、コンタクトを取ろうとしていた。

それを記した調査ノートから、二人の刑事は推理していく。栄光商事とは、何をし ていた会社なのか。事業を興した持田壮一とは、誰なのか。謎は一層深まり、渋谷の路上に描かれた天使の落書きなど他の事件も交差して迷宮に入っていく。

北森さんの長編は、おもしろいです。この作品も二人の刑事の心理も絡ませながら、 散りばめられた伏線をラストで見事に、収斂していきました。構成力、心理、人物 描写、ストーリー、どれを取っても見事な手さばきです。


【狐罠】

店舗を持たずに骨董を商う、冬狐堂の宇佐見陶子は同業の橘薫堂から贋作の 硝子碗をつかまされていた。プロとして、屈辱の溝だった。保険会社の美術監 査部の鄭(てい)は、その品を見せてほしいと近づいてきた。 鄭(てい)は、目利き殺しを仕掛けられたのだと忠告をする。さらに保険会社や 国立博物館、世界的な美術館を巻き込んでの橘薫堂の意図が展開していると。陶子 は、橘薫堂への意趣返しを仕掛ける決意を固める。

骨董の師であり元夫のプロフェッサーに、陶子は橘薫堂への目利き殺しを仕掛ける ための、職人を紹介してほしいと依頼する。だが、橘薫堂の外商・田倉俊子が殺さ れるという事件が絡み、複雑な展開を見せていく。

北森さんの力量を見せつけられる、すごみのある作品でした。美術骨董への造形の 深さをさらりと読ませる筆力は、みごとです。その世界の人間たちの心理や、執着、 そして本物の美を得る喜びなどが、じつに細やかに描かれていきます。
いままでの作品の中でも、群を抜く作品です。


【狂気廿四孝】

表紙の幽霊画をたくみに使った、北森さんのデビュー作です。

江戸から東京に変わったばかりの混沌とした時代。脱疸で両足を切断した名女形・ 澤村田之助の復帰舞台が人気を呼んでいた。壮絶なまでの舞台にかける執念と、 周囲に起きる殺人事件、放火事件。戯作者・新七と、その弟子のお峯は捜査に乗り 出す。

歌舞伎界の裏側の秘密に迫っていくお峯の設定が、心理を解き明かすのにはうまい 人物です。戯作者としての、想像力を働かせるところは、純情な町娘役では無理だ ろうと思います。
複雑な人間の思惑と、こころに深く、くすぶる感情までが、描き分けられています。 北森さんの魅力が出ている作品だと思います。


【凶笑面 連丈那智フィールドファイル l】

美貌と才能を兼ね備えている民族学者・連丈那智助教授は、助手 の内藤三國とともに、岡山の鬼封会という祭祀のビデオの謎を解 こうとする。
ところがビデオを送ってきた都築が殺されてしまう。謎を解く鍵 は、鬼...。

キレのいいタッチと、民族学への検証と、連丈那智というキャラの 強烈な存在感に、魅了されました。ちりばめられたパーツが、彼女 な頭脳の中で一気に解き明かされる見事さ。民族学そのものへの 興味もかき立てられます。
これはきっと、シリーズとして進むのではないでしょうか。北森 さんの新しい面が、開いたようです。


【闇色のソプラノ】

大学生・真夜子は、友人の部屋で偶然見つけた古い同人誌で、夭 折した童謡詩人・樹来たか子の詩と出会った。
「生キモノノ謡(うた)」の詩に魅せられ、卒論のテーマに選ん だ。図書館などの貘とした資料から彼女の足跡をたどっていった。

郷土研究家・殿村と知りあい、たか子が自殺したこと、その息子・ 静弥が同じ遠誉野(とよの)市の病院にいると教えられる。大学の 近くだった。
静弥が入院している病院で、真夜子と同じようにたか子の跡を追っ ている、ガン末期の弓沢と知り合った。

絡み合う糸のような人間関係を、巧にあやつり、北森さんは本格 的なミステリーを読ませてくれました。たか子というのは、あの 金子みすゞがモデルです。誌の中の『しゃぼろん、しゃぼろん』 と鳴る音が効果を上げています。

魅せられたものの<狂気>と、過去をどう見るかを、おもしろい 視点で展開してくれます。最後のひねりも、納得できます。ちょっと 理が勝ちすぎている感じもないわけではありませんが、とにかくお もしろいです。


【メイン・ディッシュ】

劇団を率いる<ねこ>こと・紅林ユリエは、座付き劇作家の小杉 の台本の仕上がりを待ち、じりじりしていた。公演が迫っていた。 ユリエの同居人・ミケさんの推理のヒントで小杉は書き上げる。

ミケさんの料理がまた絶品で、団員たちのおなかを満足させてく れる。そんなある日、近くの路上で男子高校生の死体が発見され る。謎のひったくり事件との関わりはあるのか...。

料理の描き方が実にうまい作家です。見た目はもちろん、味や匂 いまで、思わず口の中に入れてしまいたくなるほどです。推理の 展開も、複雑に見えていながら、意外性があります。
こんな同居人がわたしもほしい...などと、思ってしまいます。


【メビウス・レター】

取材旅行から戻った作家・阿坂龍一郎に、謎の手紙が送られてく る。「今はもうどこにもいないキミに」と始まる過去からの手紙 だった。

優秀な秘書・烏丸女史の不在中に、同じマンションで阿坂のファン だという若菜妙子が、押し掛けるようになる。そして強引な編集者・ 野島が謎の死を遂げる。阿坂を執拗な手紙で追い詰める犯人とは...。

これも、おもしろいです。思いがけない仕掛けが、ちりばめられ ていて、結末を引き立てます。


【花の下にて春死なむ】

アルコール度数が違う4種類のビールがあり、絶妙な味の料理を 出す「香菜里屋」の工藤は、推理力も鋭い。

俳人・草魚が死んだ。彼の消された過去を知ろうとする飯島七緒 は、深い迷路へと入っていく。故郷に恋いこがれ、それでも遂に 帰れなかった理由とはなにか。隣の家に住む、車いすの女性の謎 の死と、どう繋がるのか...。

6編の連作になっています。この中でも、冷えたピルスナーに注 がれるビールのうまそうな...料理のおいしそうな...。それだけで も、読んでいておもしろいです。もちろん、ミステリーとしての おもしろさも堪能できます。

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