読書日記

R.キプリング、K.A.ポーター他

「疫病短編小説集」

平凡社文庫

2021.8.1

1.疫病:「赤い死の仮面」エドガー・アラン・ポー
「エボラ」を思わせる病。城壁の中に罹患していない人々と、自らを隔離する公爵=安全という囲いが、あっという間に崩れる危うさ。筆致がさすがです。

2.天然痘:「レディ・」ナサニエル・ホーソーン
貴族エレノア歓迎の華やかな舞踏会の後に恐ろしい病。エレノアに焦がれた平民の若者は病にかかったエレノアのマントを引き剥がし姿を消す。疫病の源だったマントを纏った人形を、群衆は燃やす。図らずも庶民が疫病を抑えたのです。
3.コレラ:a.「見えざる巨人」ブラム・ストーカー
小鳥が少女の周りを飛び、病の危険を知らせる。巨人が見えた少女と、知恵のある老人の二人は人々に警告するが聞き入れられず、死んでいく。少女は看病に明け暮れる。巨人は「無垢と献身が国を救う」言い残して去っていく。詩情のある不思議な読後感です。
b.「モロウビー・ジュークスの奇妙な騎馬旅行」ラドヤード・キプリング
c.「一介の少尉」ラドヤード・キプリング
ボビーは少尉として赴任した連隊は、エリート紳士兵揃い。魚をさばくドーマーと共に釣りをした。病にかかったドーマーを看病し奇跡的に回復させが、感染したボビーが死んでしまう。男同士の友情の切り口が新鮮です。
4.インフルエンザ「蒼ざめた馬 蒼ざめた騎手」キャサリン・アン・ポーター
横たわるミランダの。馬を駆る。新聞社で記事を書くための観劇。病院への慰問。休暇中の兵アダムとの心弾む会話。重症化したミランダは入院。夢想に引き摺り込まれそうなところを、看護婦が死の淵から救い出す。元の部屋に戻るがアダムの幻は消えてしまった静寂・・。
5.疫病の後「集中ケアユニット」J・G・バラード 生き延びた人類の最後の姿は、あまりにも悲惨。

現代にも通じますが、富裕層と底辺の人々が疫病で受ける格差に暗澹としました。解説の石塚氏の、時節に合わせた作品集の収録は見事です。解説も長く、これだけで全体像も見えます。

松田青子

「おばちゃんたちのいるところ」

中央公論新社

2021.7.5

失業中の男に牡丹灯籠を売りつけるセールスレディ、シングルマザーを助ける子育て幽霊、のどかに暮らす八百屋お七や皿屋敷のお菊。そして、彼女たちをヘッドハントする謎の会社員・汀。嫉妬心や怨念こそが。ユーモラスな怪談17件。

人と幽霊が違和感なく共棲しています。こんな世界があってもいいかも知れません。おばちゃん=幽霊という設定が楽しいです。現代人がいかに個人として孤独なのかと、ふっと考えさせられました。

チョン・セラン

「フィフティ・ピープル」

亜紀書房

2021.6.3

初の韓国作家の連作短編小説集です。きちんと生活し生きようとする人々の、いい捉え方の話です。底に流れる国のどうしようもない貧しさが、見え隠れします。逆に一人一人の優しさや思いやりが、いつの時代かの日本の暮らしを見ているようでもあります。心がどこか痛みます。

「イ・ホ」感染症内科専門医。診察より講義を受け持ち、ひょうひょうと接している。美大生の妻と知り合い、ゆっくり遠景や近景を楽しむ。ボランティアで底所得者たちへの訪問。二人で一緒に死ぬことを夢見るほのぼのとした話。
「チョ・ヒラク」高校生で『ペーチェット病』発症。ドラマーになる。今も関節炎を抱えている。ジャズバーを営み、常連の紳士との会話を楽しむ。ビルの建て替えで4年で閉店。いい雰囲気の店。カウンターにそっと腰掛けてみたかったです。
「ソ・ジンゴン」建築会社で働く。足場から転落事故。見舞いに来た息子はそれでも建築学科に進むと告げる。
「パク・イサク」母と学生アルバイトの息子の暮らし。一緒に古い映画を見る空気感がいい。
「ヤン・へリョン」キャディの仕事。クチナシの実を取ろうと木から落下。骨盤骨折で入院。費用はその前の客がアルバトロス=パー4の第1打目(ホールインワン)、パー5の第2打目=。費用も休んだ給料も負担してくれた。中国での新規マナージャーの仕事のオファーまで。夢をみられる時代。日本だともっとシニカルな見方をしてしまう。

貧しい時代にも職人技で進んできた日本。インフラも材料の製造も安価を求められて進んだ韓国。深読みすると、国の歴史や政治、人間性や未来も考えることのできる1作です。登場人物51人の相関図を書いた読者もいて、なるほどと思いました。どこかで繋がっているのです。そういう読み方も面白いですね。

塩沢美代子・島田とみ子

「ひとり暮らしの戦後史」

岩波新書

2021.4.20

戦争により夫を奪われる、また男性人口が減り結婚の機会を失い、一人で生きることを余儀なくされた女性たち。生活苦に追われながら戦後を生き抜く女性たちへの聞き取り調査と統計から、戦後生活史の様々な側面をたどる。

ドキュメンタリーとは言え、あまりにも切実な実態は物語でもあり、初版1975年から折に触れ改版されてきています。「共通な日本人の精神構造に深く根差していて」女性の自立やキャリア構築を阻む日本の社会制度が、未だに根深いのです。大企業ではいくらか実施されているが、男性が育児休暇を取るのも難しいです。結局は全て女性の負担にな理、零細企業では産休すら嫌な顔をされます。産休後、育児休暇から復帰して、以前と同じ仕事は望めない実態があります。結局は全て女性の負担になるケースが多いです。

更に根本的に男女賃金格差は大きく、年金へそのまま移行します。40年前からの進歩が遅々として目に見えません。入社できた会社により格差も大きいです。資料として、現在のものが欲しいです。「氷河期」世代や「コロナ」世代が、そして結婚しない人口の増加がどんな将来を生きられるのか、つい暗くなってしまいました。でも、考えるきっかけになる本でした。

丸山正樹

「デフ・ヴォイス」

文春文庫

2021.2.9

荒川は、以前勤務していた警察の、裏金づくりの内部告発をして辞職し、妻とは離婚。手話ができるボランティアをきっかけに、法廷の手話通訳士として事件に関わっていく。

手話にいくつか種類があることは、方言のようなものと解釈していたが、違いました。「日本語対応手話」「日本手話」「中間型手話」と海外ではまたさらにあります。 『ろう者』だけの家族内での手話と、幼かった荒川は『聴者』=コーダと呼ばれ、外の世界との通訳をして育ちます。声を持たずに生きるだけでも苦難だろうに、周囲の無理解や刺さる視線で世界が閉ざされる『ろう者』。まして高圧的な警察の中で、警察が作成する調書に無理やりサインさせられ冤罪を被ります。証明する手段もごく限定される絶望で的状況です。荒井はしばしば一方的に「味方」「敵」扱いされますが、悩みながらも通訳しながら事件の解決に立ち向かいます。明確な意思を持ったキャラではないので、読みながらいらいらしました。心の機微に疎く、周囲に流されるのは作家の性格に引きずられているせいでしょうか。


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