読書日記

エリザベス・ウェイン

「コードネーム・ヴェリティ」

創元推理文庫

2017.5.6

第二次世界大戦中、ユダヤ人の女性飛行士マディと、無線技術士でイギリス特殊作戦執行部員のスパイの任務のクイーニーが、小型飛行機でフランスに飛び立つ。だが攻撃を受け墜落寸前の危機に立たされる。パラシュートで脱出したクイーニーはナチスの捕虜になった。彼女は親衛隊大尉に、尋問をやめる代わりに、イギリスに関する情報を手記にするよう強制される。その手記には、親友のマディの戦場での日々が、まるで小説のように綴られていた。

ややこしい手記に始まる長い物語は、真実みを帯びた嘘なのか曖昧なまま進行します。第二部で真実が明らかになっていきます。戦時下の過酷な状況にも関わらず、目を背けさせないストーリーのわずかな希望があります。過去の思い出が時おり、明るい青春の空気をまといます。こういう書き方もあるのかと、新鮮でもありました。結末はハッピーではないけれど、読後感はよかったです。

岩木一麻

「がん消滅の罠 完全寛解の謎」

宝島社

2017.5.1

余命半年と宣告された患者の病巣が、生前給付金を受け取った直後に治ってしまう。連続して4人もとなり、患者を担当した医師・夏目に、生命保険会社に勤務する森川から確認調査が入る。だが詐欺ではない。夏目と、友人でがん研究者の羽島が謎に挑む。政財官界のセレブたちが治療を受ける、がんの早期発見・治療を得意とし再発した場合も完全寛解に導くという病院にたどり着く。

医師と保険調査員の視点が複合的で、物語を深くしています。想定範囲内の謎というのは、明らかにミステリ読み過ぎのわたしの意見です。他の方が読むと、きっと驚きがあり、神か悪魔か審判に迷い楽しめると思います。がんで亡くなる割合が多くなっているのは、高齢化が根源にあるのでしょう。でも友人を亡くしていると、すがりつきたくなりますね。

ロジャー ホッブズ

「ゴーストマン 時限紙幣」

文芸春秋

2017.4.10

カジノの街で現金輸送車が襲われた。強盗のうち一人は現場で死亡。残る一人がカネとともに姿を消した。犯罪の始末屋である私は、カネの奪回と事態の収拾を命じられた。紙幣に仕込まれた爆薬が炸裂するまで48時間。面倒な仕事だが「私」には断れない。依頼主に借りを返さねばならないのだ。5年前、クアラルンプールで企てられた高層ビル内の銀行襲撃計画。それを無残な失敗に導いたのが「私」だったからだ。5年前のマレーシアでの大強盗作戦と、現在、カジノの街での時限紙幣追跡。2つの物語の結末は。

クライムストーリーなのに、いささかの感情の揺れを挟まず語られます。クールでスピーディーな展開が、読み応えありました。観察力、聴覚、すべてを磨いて手にした「勘」で、「ゴーストマン」消し役をこなします。金儲けより自分の矜持と、刺激、達成感で動いていきます。闇の、裏の存在さえ引きずり出してしまう力がすごいです。次作も読んでみたいです。

ジョン・グリーン

「さよならを待つふたりのために」

岩波書店

2017.4.2

ヘイゼルは16歳。甲状腺がんが肺に転移して以来、もう3年も酸素ボンベが手放せない生活。骨肉腫で片脚を失った少年オーガスタスと出会い、互いに惹かれあう。死をみつめながら日々を生きる2人は、周囲の人間にも鋭い目を向ける。「至高の痛み」を愛読するヘイゼルは、軽妙な会話や自虐ネタのやりとりでオーガスタスと親密になっていく。作者とメールできるオーガスタスを通して作者へ質問を試みるが、直接会ってなら答えると言われる。8時間のフライトでオランダに来て。

自分の体調管理と、家族との関係、医療者たちとの関係、友人たちとの関係がしっかりと浮き上がります。決して手軽な涙にせず、生きることの意味を突きつけられます。真剣に一日、いえ一秒ごとに死と対峙する気持ちに、読みながら読者も向き合うことになります。重くなり過ぎず、立派な人間だけではなく、人のすばらしさとどうしようもなさが胸に迫ります。いい作品と出会えてよかったです。

アンソニー・ドーア

「すべての見えない光」

新潮社

2017.3.13

孤児院で幼い日を過ごし、ナチスドイツの技術兵となった少年ヴェルナーは、厳しい体罰と止めることができないことの呵責に苛まれながら腕を磨いていく。パリの博物館に勤める父のもとで育った、目の見えない少女マリー。博物館から貴重品を移送する際、特別な伝説のダイヤモンドは模造品を3個作り、4人がばらばらに持つことになった。ひとつを持つ父とマリーはサン・マロの叔父の家に疎開する。戦時下でも引きこもりの叔父はラジオを組み立て音楽を聴き本を読む。父が連れ去られたあと、夫人と叔父はマリーに食事をさせ、本読み聞かせラジオを一緒に聞いた。誰もが過酷な戦争のもとで必死に生きていた。街の掃討作戦が行われようとした時、二人の短い人生が交叉する。

目が見えなくても生きる術を身に付けていくマリーの繊細な感覚が、伝わってくるようです。ドイツ兵として生きるしかないヴェルナーの胸に折り畳まれた思いが痛いです。貧しく誇りにまみれた戦時下の空気があり、そこに生きる人の心があります。凄惨なストーリーなのですが、美しい叙事詩を読んだような読後感があります。すごい作品です。戦争を知らない世代にたくさん読まれますように。なにか言えない空気に覆われている現代にこそ、大切にしなくてはならないもの、必要なことがそこにはありました。

シャルロッテ・リンク

「沈黙の果て 上・下」

創元推理文庫

2017.3.9

ヨークシャーの古い屋敷で春の休暇を過ごしていたドイツ人グループは3組の夫婦と子供が3人。夫たちの濃密な友人関係のもと時間は流れていた。散歩好きなイシェカが戻ると、夫と家の女主人、子供を含めた5人が惨殺死体となっていた。凶器はナイフ。楽しかったはずの休暇が一転して、恐怖に変わる。生き残ったイシェカと義理の娘。弁護士のレオン。セラピストのティムと鬱を抱えた妻のエフェリン。最近になって親戚と名乗り屋敷の相続権を主張する男。義理の娘の反抗と家出。女主人を初め、それぞれの家族が抱えていた深刻な問題が浮かび上がってくる。そして親密すぎる三人の夫たちの結びつきには驚くべき秘密があった。

支配する者と依存する者。束縛から逃れられない空気が濃密で、いたたまれなくなりました。作品は読みやすく、複雑な人間関係もしっかりと描き込まれています。ハラハラさせながらラストまで引きつけられます。うまい作家です。犯人は途中で推測できますが、独特な空気感で真実を見る難しさを感じます。それにしても三人の夫たちの秘密には、鳥肌が立ちました。後味の悪さが次作を読む気をなくさせました。

佐藤究

「QJKJQ」

講談社

2017.3.6

猟奇殺人鬼一家の長女として育った、17歳の亜李亜。一家は秘密を共有しながらひっそりと暮らしていたが、兄の惨殺死体を発見してしまう。直後に母も姿を消し、亜李亜は父と取り残される。何が起こったのか探るうちに、亜李亜は周囲に違和感を覚え始める。

壮絶な殺人が起こり、描写も構成もしっかりしています。ホラーではない文章で引き込まれます。順当な結末ですが、いい書き手だと思います。次作に期待です。

河野裕

「最良の嘘の最後のひと言」

創元推理文庫

2017.3.1

世界的な大企業・ハルウィンが「年収8000万で超能力者をひとり採用する」という告知を出した。審査を経て自称超能力者の7名が、前日の夜に街中で行われる最終試験に臨むことに。ある目的のために参加した大学生・市倉は、同じ参加者の少女・日比野と組み、「No.1」の持つ採用通知書を奪うため、策略を駆使して騙し合いに挑む。他メンバーも組んだり離れたり騙し合いとなる。

支給されたスマホの指示で動きつつ、誰かのスマホを奪い破壊するか。入社できなくても希望額をもらうことで降りるか。さまざまな思惑で動くメンバーたちが、スマホに監視されてもいるのです。真の目的は別にあるのではないかと思わせ、スピード感のある展開でした。超能力を使い過ぎず、高感度の持てるラノベでした。人間像の深さがもっとあったら本格小説として評価したいところです。

カリン・フォッスム

「湖のほとりで」

PHP文芸文庫

2017.2.14

風光明媚な、北欧の小さな村で発見された女性の死体。村の誰もが知る聡明で快活な少女・アニーだった。死体には争った形跡もなく、自殺か、あるいは顔見知りの犯行ではないかと推測された。事件は、早期に解決すると思われたのだが。

セーヘル警部が地道に村人たちに話をしていく過程を、丁寧にそれでいて伏線を一気にひっくり返すラストへとみごとに繋げています。偏見を持たずに人と会話して、相手から話させる姿勢が事件の糸を繋げていきます。人々の性格が手に取るように明らかになっていきます。落ち着いたいい作品だと思います。

宮内悠介

「彼女がエスパーだった頃」

講談社

2017.2.2

6作の短編集です。「百匹目の火神」「彼女がエスパーだった頃」「薄ければ薄いほど」など。淡々と語る作者の視点は、超能力、超常現象を信じてはいない。ただ真実を知りたいと描き出していく。

記者のわたしが取材していく、さまざまな力や、超常現象はほんとうにあるのだろうか。次第に周囲を渦巻く人間関係や、「力」に巻き込まれていくのを、自覚しつつ流されていくように見えます。それが記者の心の中にある、なにか、によって見え方が変わっていくのです。おもしろい作品だと思いました。ただ寒々とした読後感はなぜでしょうか。

逸木裕

「虹を待つ彼女」

KADOKAWA

2017.1.24

2020年。人工知能と恋愛ができる人気アプリに携わる有能な研究者の工藤は、予想できてしまう自らの限界に虚しさを覚えていた。そんな折、死者を人工知能化するプロジェクトに参加する。試作品のモデルに選ばれたのは、カルト的な人気を持つ美貌のゲームクリエイター、水科晴。6年前、自作の「ゾンビを撃ち殺す」オンラインゲームとドローンを連携させて渋谷を混乱に陥れ、自らを射撃の標的にして自殺を遂げていた。晴を調べるうち、彼女の人格に共鳴し次第に惹かれていき、やがて彼女に「雨」と呼ばれる恋人がいたことを突き止める。だが「調査を止めなければ殺す」という脅迫を受ける。晴の遺した未発表のゲームの中に彼女へと迫るヒントを見つけ、人工知能は完成に近づいていくが。

初作家でした。感情さえコントロールしている工藤の存在に、妙な共有感を持ってしまいました。論理的に展開していくストーリーに引き込まれます。囲碁の人間対人工知能を巡るメディアとの関係。人工知能と対話する中で離婚を勧められたとクレームが入り、会社での上部の思惑や人間関係。対人間より、死者の友人たちに聞く、晴の像作りに夢中になっていく過程もおもしろいです。未知の領域を知りたいというあくなき研究者の思いの高さと、「恋愛感情」にのめり込み過ぎる点が性格が変わってしまったような印象を受けます。少し俗的表現に終わった部分を崩したのが残念な気がします。他の作品も読んでみたいです。

貫井徳郎

「愚行録」

創元推理文庫

2017.1.18

幸せを絵に描いたような家族に、突如として訪れた悲劇。深夜、家に忍び込んだ何者かによって、一家4人が惨殺された。隣人、友人らが語る数多のエピソードを通して浮かび上がる、「事件」と「被害者」。理想の家族に見えた彼らは、一体なぜ殺されたのか。

関わった周囲の人へのインタビューして集められた証言。隣人。付き合いのあった家族。などで、次第に被害者と加害者をあぶり出していくスタイルです。4章から、ふいに深い部分が姿を見せ始めます。住宅地の用地買収、会社の卒業大学の派閥、その家族たちの付き合い、その中に殺人に至るほどの憎しみを抱いていく過程から結末まで。みごとに構成された作品です。貫井さんの作品は長いのでデビュー作しか読んでいませんでしたが、いい作家ですね。

S・M・ハルス

「ブラック・リバー」

創元推理文庫

2017.1.14

「わたしのためにフィドルを弾いて」病で最期が迫った妻からの願いを、六十歳の元刑務官ウェズはかなえられない。刑務所の暴動で負った凄惨な傷のせいで。妻が逝きウェズはその刑務所の町、ブラック・リバーへ旅立つ。妻の連れ子との十八年ぶりの再会と、暴動の首謀者の仮釈放を決める公聴会での証言が待つ町へ。

フィドル(ヴァイオリン)を弾くことが男同士の繋がりで、息子や才能のある男に引き継がれていく時代の描き方が生き生きとしています。それと同時に元刑務官ウェズへの、残酷な暴力もすさまじさが実感されます。その暴動の首謀者の仮釈放されるかも知れないと聞き、たまらずに公聴会に向かいます。深いところの人間愛を、日常を淡々と描くことで心に突き刺さってきます。うまい作家です。

飛 浩隆

「自生の夢」

河出書房新社

2017.1.8

文字を変貌させる怪物「忌字禍(イマジカ)」を滅ぼすために、「わたしたち」はある男を放つ。話す力で人を死に追いやった、30年前に死んだ稀代の殺人鬼・・「自生の夢」
霧が晴れたとき、海岸に面した町が「灰洋(うみ)」に翻弄される。人も街も飲み込まれ形を変えられていく・・「海の指」
宇宙空間からぽんと切り抜いた「星窓」を、少年が買ってきた。いない姉が現れ時間が巻き取られていく・・「星窓 remixed version」
アリスは生まれてすぐ、文章で記録する装置「Cassy」を両親から与えられた。天才詩人となって生み出したもの、遺したものとは・・「#銀の匙」。「曠野にて」。「野生の詩藻」。
「われわれ」は、開発した「スウォームキャスト」で、宇宙のさまざまな場所で生命を育て、よりすぐりの生命体に原語基盤原語をインストールした。そしてその方角と距離の情報を収集する・・「はるかな響き」

10年ぶりの作品です。作家が生きている情報はありましたが、飛び上がるほどうれしいです。意識と皮膚感覚まで持っていかれるSFのおもしろさを味わえました。読者の想像力の限界を試されているようでした。思考を裏返され、地に潜らせられ、宇宙に放り出されるのです。時間を忘れ、言葉の裏表を探り、飛氏の世界を存分に楽しみました。10年前の世界の、甘美な毒を再び飲んでしまったわたしは、次の作品をまた待ち続けるしかありません。感性が衰えないうちに次を読ませてほしいです。

廣嶋玲子

「妖たちの四季 妖怪の子預かります-3」

創元推理文庫

2017.1.3

妖怪に花見に誘われた弥助と千弥。ふたりの後をこっそり尾けていた久蔵は、不思議な場所に出た。・・『春の巻』。千弥と月夜公の過去の因縁の物語・・『冬の巻』。ついに明かされる千弥の過去。四季と公募で選ばれた妖怪編。

妖怪が生まれる過程にぞっとしつつ、望みが哀れでもありました。千弥と月夜公の過去が一番知りたかったところだったので、引きつけられたいい話でした。千弥の奥深い痛みに共感しました。壮大な描写がアニメ映像化してほしいと思ったほどです。このシリーズはとにかくおもしろいです。

中山七里

「セイレーンの懺悔」

小学館

2016.12.13

葛飾区で発生した女子高生誘拐事件。不祥事により番組存続の危機の帝都テレビ「アフタヌーンJAPAN」の里谷と朝倉多香美は、スクープを狙って奔走する。誘拐事件を捜査する警察官を尾行した二人が廃工場で目撃したのは、暴行され無惨に顔を焼かれた被害者・綾香の遺体だった。クラスメートへの取材から、綾香がいじめを受けていたという証言を得た。主犯格と思われる少女と成人男性の録音から、スクープとして他局を突き放した。だが里谷は何かが引っかかっていた。そして警察発表は別人の逮捕。誤報にショックを受ける多香美。里谷の降格。一人で追いかけるが。

メディアの側からの事件捜査をきっちりと描いてきています。メディアの矜持とはなにか。ただストーリー、題材には斬新なものがないのが残念です。現実事件が虚構を越えている今、ミステリで作家がどう生き延びるのか、難しい時代なのかも知れません。

市川憂人

「ジェリーフィッシュは凍らない」

東京創元社

2016.12.7

特殊技術で開発された小型飛行船「ジェリーフィッシュ」。その発明者ファイファー教授を中心とした技術開発メンバー6人は、次世代型ジェリーフィッシュの長期航空試験に臨んでいた。ところがフライト中に、密室状態の艇内でメンバーの一人が死体となって発見される。さらに、自動航行プログラムが暴走し、彼らは試験機ごと雪山に閉じ込められてしまう。脱出する術もない中、次々と犠牲者が出る。

未来型の乗り物と、アナログな通信手段と低パソコンレベルで、とまどいました。ストーリー設定は楽しめます。密室ミステリとしてはアリです。ただ、ラストで犯人に語らせるのは興ざめです。デビュー作ですから、化けるかどうか注目はしておきましょう。

ウィリアム・K・クルーガー

「闇の記憶」

講談社文庫

2016.10.10

シカゴの不動産王ルイス・ジャコビの息子が惨殺死体で発見された。保留地での火事の経営権を巡るトラブルか。保安官に復帰したコーク・オコナーは、捜査中に何ものかに狙撃される。最愛の妻と子どもたちにまで棄権が迫り、熱い心を持つが不器用なコークは最大の窮地に立たされる。

丁寧な描写が街の空気まで浮き上がらせ、スピード感のある展開で一気に長編を読ませます。設定としてはよくある殺人事件でありながら、おもしろいです。ラストのコークの逃亡は、次作への布石です。完全に次も読みたくなります。

ウィリアム・K・クルーガー

「希望の記憶」

講談社文庫

2016.10.25

重傷を負ったコークが避難した小さな町で身元不明の水死体があがった。わずかな希望を支えに生きていた14歳の少女が殺されたのだ。さらに明らかになった20年前の少女殺害事件との関連はどこにあるのか。警察の他に、ジャコビがかけた懸賞金目当ての男たちにも狙われる。自分の身の潔白の証拠をつかもうとするコークの、必死の反撃が始まる。

手助けをしてくれた少年レンと少女チャーリーとその母親の、気丈さが小気味がいいです。不気味で獰猛な獣がうろつく土地で、はらはらさせながら危機をくぐり抜けていきます。けれどチャーリーにまで別の殺人の容疑がかかり、逃げることになります。ストーリーテラーの本領発揮ですね。最後で救われるので後味も悪くありません。うまい作家です。

中村文則

「土の中の子供」

新潮社

2016.9.30

27歳のタクシードライバーとして日々を送る私は、親に捨てられ孤児として日常的に虐待された日々の記憶に苦しめられていた。自己破壊衝動のような喧嘩沙汰を起こしたりする。

幼少期の虐待に目をそらさず、真っ正面から描く姿勢が作者の持ち味です。それと引きずり込まれるような筆致はいつもながら驚かされます。人間の醜い欲望を描きながら、最後にかすかな光が残るからまた次の作品を読みたくなるのでしょう。

中村文則

「悪意の手記」

新潮社

2016.9.28

血小板減少という大病に冒され、精神の錯乱もあり死を自覚した15歳の男が、奇跡的に回復に向かった。学校に戻ってもどこか別世界にいる感覚で、生きる意味を見出せずにいた。首を吊ろうとしたところに、心配した親友「K」が来た。話しているうち、全ての生を憎悪しその悪意に飲み込まれ、ついに「K」を殺害してしまう。だが警察は自殺として処理した。そして「K」の母親に憎しみをぶつけられ殺されそうになる。

三つの手記で構成されています。心の内にある「悪意」の正体を知りたくて、一気に最後まで読んでしまいました。作者の中にある「核」をつかみたかったのです。隔靴掻痒で、読み終わった後また次作に期待してしまいます。

結城充考

「躯体上の翼」

創元SF文庫

2016.9.25

およそ百年を費やし〈共和国〉の互聯網(ネット)を探索できるようになった少女・員(エン)。すでに瑞々しい情報の涸れ果てた互聯網上を彷徨うなかで、彼女はcyと名乗る人物に呼びかけられる。会話を交わすうちに、徐々に絆を育む員とcyだが、共和国の緑化政策船団が散布する細菌兵器の脅威がcyに迫っていた。

大掛かりな構成に想像力をかき立てられます。ただcyがおおよそ予想がついてしまうため、途中の戦闘や他の人物像までも、冗漫に思えてしまいます。作者の基本にあるものが、弱いのでしょう。

黒川博行

「繚乱」

角川文庫

2016.9.20

大阪府警を追われたかつてのマル暴担当刑事、堀内と伊達。競売専門の不動産会社で働く伊達に誘われ、東京で暇を持て余していた堀内は、大阪へと舞い戻る。再びコンビを組み、競売に出る巨大パチンコ店「ニューパルテノン」を調べるふたりは、利権をむさぼる悪党たちとシノギを削ることに。警察OB、ヤクザ、腐敗刑事を敵に回し、ふたりは大阪を駆け抜ける。

しばらく作者と離れていましたが「後妻業」がおもしろく、他の作品も読んでみようと思いました。けれど多少期待したものとの温度差を感じてしまいました。暴力が日常にあり過ぎて読み進めるのがわたしには辛かったです。構成も展開もキャラも文句の着けようがありません。こういう路線で確立しているのですね。単にわたしと肌が合わなかったとしか言えません。あとは読まないと思います。

廣嶋玲子

「うそつきの娘-妖怪の子預かります2」

創元推理文庫

2016.9.18

うぶめに気に入られ、正式に妖怪の子預かり屋となった弥助は、相変わらず千弥とべったりの暮らしをしている。そこへ持ち込まれる三味線になった母を探す子猫の妖怪、千弥を婿にと望む華蛇族のわがまま姫。千弥の助けも借り、弥助は次々妖怪たちの問題を解決していく。そんな折、妖怪の子どもたちが行方不明になるという事件が発生。行方不明の子妖怪を探しに浅草にいった弥助は、そこでひとりの少女に出会った。

元妖怪だった美しい千弥と、弥助が子どもから少年へと成長していく過程が、ほのぼのと楽しめます。事件は凄惨な描写もあるのですが、後味の良さがいいです。また読みたくなる作品です。

黒川博行

「後妻業」

文春文庫

2016.9.15

91歳の耕造は妻に先立たれ、69歳の小夜子を後妻に迎えていたが、実は内縁の妻だった。住民票を移して、家具を搬入。親戚、近所に顔見せすることにより内縁の事実を確定させていた。耕造が倒れ、小夜子は結婚相談所の柏木と結託して早々に耕造の預金を引き出す。さらに公正証書遺言を盾に、遺産のほぼすべてを相続すると耕造の娘たちに宣言した。娘の知り合いの弁護士が調査員に調査を依頼することで、小夜子と柏木のとんでもない犯罪歴が明るみに出てくる。

黒川氏の無駄のない筆致と、大阪弁のユーモア感が一致して、キャラ立ちがうまいです。結婚相談所の元マル暴刑事の調査員が詐欺事件を追い詰めていく過程も、罪の意識のない女のふてぶてしさがいっそ気持ちがいいです。それにしても現実が小説を越えていると思う日々です。

中山七里

「ヒポクラテスの憂鬱」

祥伝社

2016.9.10

「コレクター(修正者)」と名乗る人物から、埼玉県警のホームページに犯行声明ともとれる謎の書き込みがあった。直後アイドルが転落死。事故として処理されかけたとき、再び死因に疑問を呈するコレクターの書き込みがあった。関係者しか知りえない情報が含まれていたことから、捜査一課の刑事・古手川は医大法医学教室に協力を依頼。光崎老教授新米助教の栂野真琴は、驚愕の真実を発見する。その後もコレクターの示唆どおり、病死や自殺の中から犯罪死が発見され、県警と法医学教室は大混乱。やがて司法解剖制度自体が揺さぶられ始める。

TVドラマ化されると知り、読み始めるとまさに1時間もののストーリーです。刑事・古手川の描き方は秀逸でした。あとは類型的な、配役さえ浮かんでくる展開でした。

柳井政和

「裏切りのプログラム」

文藝春秋

2016.9.8

安藤裕美は20代で起業し、腕のよいプログラマーを企業に斡旋している。裕美の猛烈な営業で業績は順調に拡大していたが、そこに大事件が発生。自分の会社が送り込んだプログラマーが、取引先企業の持つ個人データ5万人分を暗号化して使用不能にし、そのデータの「身代金」を要求してきたのだ。取引先や自社の存続も危ういところに送られてきた「ただのプログラマー」という青年だった。

デビュー作ということでひいき目に見て、プログラマーとデータの扱いはおもしろいです。軽く読むのには楽しめます。ただ人物設定が類型的過ぎ、女性視点では無理があります。経営者として無能な女性でしかありません。編集者の助言できる女性像はこんなものなのかと辟易します。

中村文則

「最後の命」

講談社文庫

2016.9.5

疎遠になっていた幼馴染みの冴木から唐突に連絡が入った。しかしその直後、私の部屋で一人の女が死んでいるのが発見され疑われる。部屋から検出された指紋は「指名手配中の容疑者」冴木のものだと告げられた。

男性のある時期の性衝動の強さの描写が晒されます。冴木はそれを悪と感じ、常に「死」を意識つつ、欲望を増大させ、実行しようとします。「私」は潔癖に拒否し、幼い頃の強姦の記憶を否定しようとします。どちらも快楽には死がつきまといます。生命を次の世代につなげるはずの、性行為を真っ正面から描いた作品です。これも一気に読ませる文章力がすごいです。

中村文則

「私の消滅」

文芸春秋

2016.9.3

一行目に不気味な文章が書かれた、ある人物の手記。「このページをめくれば、あなたはこれまでの人生の全てを失うかもしれない」それを読む男は、重度の鬱病の女性を診察をした精神科医だった。

精神科医の「僕」は小塚という新しい身分を手に入れ、早く逃げなければと思いつつ手記を読んでしまいます。そこに手紙が届き男に拉致され、病院に連れて行かれます。精神科医が患者の精神部分に入り込むという、催眠療法から先が踏み込んで描かれています。自分のアイデンティティが揺らいでいく過程が、本人が気が付かないうちに進むのが怖いですね。引き込まれる作家です。

中村文則

「銃」

河出文庫

2016.9.1

雨が降りしきる河原で大学生の西川は、死体の傍に落ちていた銃を目にする。圧倒的な美しさと存在感を持つ「銃」に魅せられた彼はやがて、「私はいつか拳銃を撃つ」という確信を持つようになる

デビュー作です。まったくの偶然から銃を手に入れてしまった私は、日常が徐々に変化していきます。意識していなかったものへの憎悪が沸き上がる瞬間。地道な警察の捜査という社会を遮断し、深く深く自分を掘り下げていく作家に、久々に出会いました。ハマりました。

中村文則

「掏摸」

河出文庫

2016.8.18

東京を仕事場にする天才スリ師。万引きをする幼い男の子を見かけ、庇ってしまう。指示した母親は最低の暮らし、考えをしていた。男の子に生き方を伝える。僕は「最悪」の男・木崎と再会する。かつて仕事をともにした闇社会に生きる木崎が、僕に囁く。「これから三つの仕事をこなせ。失敗すれば、お前を殺す。逃げればあの母子を殺す」。ひとつ目は裕福な独居老人宅の強盗。二つ目は書類をダミーと交換すること。そして三つ目は。運命とはなにか、他人の人生を支配するとはどういうことなのか。

構成も闇社会を知って書き切っているのがすごいです。引き込まれて読みました。女性が類型的なのは、作者の若さのせいで止むなしでしょう。猛禽類の五感と目を持った、鋭い作品です。

中村文則

「王国」

河出文庫

2016.8.10

ユリカは男とホテルに入り、薬で眠らせ写真を撮って出て行く。組織によって選ばれた、利用価値のある社会的要人の弱みを作ることがユリカの「仕事」だった。かつて同じ施設にいた長谷川にデータを渡す。木崎という男の後を歩いていると、人ごみの中で見知らぬ男から突然忠告を受ける。「あの男に関わらない方がいい。化物なんだ」。不意に鳴り響くホテルの部屋の電話。ユリカに語りかける男の声。「世界はこれから面白くなる。あなたを派遣した組織の人間に、そう伝えておくがいい。そのホテルから無事に出られればの話だが」ユリカの逃亡劇が始まる。

自分以外を信用してはいけない闇の世界に、一気に引き込まれます。暗闇の中を自分の考え得る方法で、切り抜けていきます。ただ組織はあまりにも強大です。人生って誰かが設計した通りにしか、生きられないのかと考えると絶望的な気持ちになります。けれど希望があるのです。そこに救いがあります。

中山七里

「どこかでベートーヴェン」

宝島社

2016.7.29

県立高校音楽科の生徒たちは、9月に行われる発表会に向け夏休みも校内での練習に励んでいた。ピアノがうま過ぎて周囲から浮いている転校してきた岬と、実力差がありながら鷹村は気が合った。だが豪雨で土砂崩れが発生し、校内に閉じ込められてしまう。電話も電波も通じない。二人は救助を求めるため倒れた電柱を橋代わりに渡ろうとする。辛うじて岬が渡り切り、やがて救助隊が駆けつける。だが授業をサボっていた岩倉が何者かに殺害されていた。警察に疑いをかけられた岬は自らの嫌疑を晴らすため、素人探偵さながら独自に調査を開始する。

才能、努力、勇気、運。音楽だけではなく、スポーツやあらゆる分野で、努力だけではたどり着けない高みがあります。力のないものの妬みの深さを描き切り、目を背けたくなりました。そして小さな村の利権絡みの親と子の関係も心が痛かったです。初期の「ドビュッシー」に戻ったような、ピアノ演奏の描写シーンはすばらしいです。そこだけに酔っていたいと思わせるほどです。なお「もう一度ベートーヴェン」(仮題)の次作も読みたいです。いろんな分野を書き分ける作者の器用さは評価しますが、やはり音楽に惚れ込んでいるのが伝わる作品が好きです。

加藤鉄児

「殺し屋たちの町長選挙」

宝島社文庫

2016.7.25

強迫神経症の斉藤は、その症状によって仕事を干された元一流の殺し屋。再起を図るべく斡旋サイトから選んだのは、愛知県の町長殺害・報酬100万円。かつて見たことのない安値に、ほかに手を挙げる人物はいないだろうと踏み、復活戦にちょうどいいと喜んだ。しかし斉藤のほかに3組もエントリー。かつてその名を馳せた殺し屋たち。役人コンビ、殺し屋組合の経理担当者など、激しいバトルが始まる。

殺し屋たちのユーモラスなキャラ立ちがいいので、楽しめます。もう一度確認しないと心配で失敗する斉藤のほかに、それぞれがなにか仕事に支障を来す症状持ちばかりです。町長殺人計画中に姉のアリスを探すミツルは、さらに生まれたばかりの赤ん坊の亜理須を託される。オネエキャラの斎藤がうまく緩衝剤になり、軽妙な後味が良い作品になっています。

J.G.バラード

「ハイ・ライズ」

創元SF文庫

2016.7.22

映画のCMに惹かれて読んでみました。1980年の作品なのですね。まだ高層マンションが少なかった時代でしょうか。40階マンションで閉鎖的な社会を形成し、下層階と上層階の対立で人間性を失っていくさまを描いています。冒頭ベランダで犬を電話帳で焼いて食べているシーンから、過去に遡って物語が始まります。

秩序立っていたはずの住人たちが、エレベーターの封鎖、停電、スーパーの商品が強奪される。ダストシュートが、トイレが詰まる。なにかに取り付かれたように野生に帰っていく狂気の激流に、一気に飲み込まれました。今の時代では起きないかも知れません。映画を見に行く気をなくしました。

フェルディナント・フォン・シーラッハ

「テロ」

東京創元社

2016.7.13

ドイツ上空で旅客機がハイジャックされた。テロリストがサッカースタジアムに旅客機を墜落させ、7万人の観客を殺害しようと目論んだのだ。しかし緊急発進した空軍少佐が独断で旅客機を撃墜する。乗客164人を殺して7万人を救った彼は英雄か。犯罪者か。結論は一般人が審議に参加する参審裁判所に委ねられた。検察官の論告、弁護人の最終弁論。有罪と無罪、ふた通りの判決が用意された衝撃の法廷劇。

論告、弁論、被疑者証言。あまりにも国家の正義、軍人の正義が定石通りの論理で、ほとんどほころびがありません。論理が揺れるのはごくわずかです。もっと深い裂け目を、期待し過ぎたのかも知れません。ゆだねられる読み手として、戸惑ってしまいました。

佐々木譲

「犬の掟」

新潮社

2016.7.8

東京湾岸で射殺体が発見された。蒲田署の刑事二人は事件を追い、捜査一課の刑事二人には内偵の密命が下される。所轄署より先に犯人を突き止めろ。浮かび上がる幾つもの不審死、半グレグループの暗躍、公安の影。二組の捜査が交錯し、刑事の嗅覚が死角に潜む犯人をあぶり出していく。

多数の登場人物と組織の構図を描き分ける力は、相変わらずすごいです。ただ今までの作品に比べ、一人一人の心の動きが深くなかったので、キャラ立ちしていない印象です。それが犯人像を浮かび上がらせにくくしてしまったかも知れません。あまりストーリーテラーに寄らないでほしいところです。

ショーン・ステュアート

「モッキンバードの娘たち」

東京創元社

2016.7.4

本物の魔術を使うことができ、自由奔放に生きた母。反発したトニは、大学を出て三十歳になる今まで、保険数理師という堅実な人生を歩んできた。だが母が亡くなったとき、奇妙な力を持つ六人の「乗り手」が降りてくる母の能力を受け継がされてしまう。トニは葬儀が終わった翌日、人工授精で妊娠することにした。父親になってくれる男を探す前に。だが国税局からは多額の母の滞納金の連絡が入る。預金のほとんどで充填したが、さらに会社から部署の廃止による解雇を言い渡され、仕事を失い妊娠3ヵ月のトニは途方に暮れる。

「乗り手」の力を借りないと男と付き合うこともできないトニは、次第に母の苦しみを理解するようになっていきます。お腹の子の成長とともにトニの成長が重なっていきます。魔法の配分は多くはなく、ラストが気持ちいいです。アメリカという国は、息子は父を乗り越え、娘は母を越えることが必要なようです。甘いけれど、日本でよかったと感じました。

バリーライガ

「ラスト・ウィンター・マーダー」

創元推理文庫

2016.6.4

3部作でついにシリアルキラーの父・ビリーを追い詰めるジャスパー。だが恋人のコリーが誘拐され、血友病の友人ハゥイーに助けられながら追っていく。捜査陣はビリーに混乱させられる。ジャスパーは、失踪した優しい母は生きていると信じていた。その母も見つけた。けれどその姿は想像を絶するものだった。殺人鬼の血を受け継ぎ教育されたジャスパーが、そちらの世界に足を踏み出すのかどうか。際どい選択を迫られる。撃たれたジャスパーを病室のベッドに手錠で括り付ける刑事たちをも、見なかったことにさせる、壮絶な闘争の最後のシーンがすさまじい。テンポよく、陰惨にならず、結末を迎えさせる力はすごい。

横山秀夫

「64」

文芸春秋

2016.6.1

映画化されている原作です。複雑な人間関係や組織の絡みを、しっかりした構成力で支えています。警察内部の人間関係の軋轢の濃さを書くと、右に出る作家はいないのではないでしょうか。「64」と呼ばれる、昭和64年発生の少女誘拐殺害事件は未解決のまま、担当していた三上や悔い、上層部の隠ぺい工作、鑑識担当官は自責の念から退職、被害者の父の執念、すべての関係者の胸から消えない。おもしろく一気に読ませます。640ページあまりの長編が、映画ではどう表現されるのでしょう。

地位と自身の矜持、部署同士の対立、さらにトップの思惑。刑事から広報官になった三上の、ないがしろにしてきた家庭では、娘が家出あるいは失踪して妻が一歩も部屋から出ない。人間臭くて泥臭くて醜悪な世界だけれど、人間でいたい、自身でありたいと思う三上の姿に共感してしまう。エンターテナーな作家だと思う。

佐々木譲

「代官山コールドケース」

文春文庫

2016.5.20

17年前に代官山で起きた暴行殺人事件は、被疑者死亡で解決したはずだった。だが今、川崎で起きた同様の殺人現場から同じDNAが見つかった。真犯人は別にいたのだ。特命捜査対策室の水戸部に密命が下る。警視庁の威信をかけ、神奈川県警より先に犯人を逮捕せよと。

地道な証拠調べを積み上げていく、苦労の多い捜査が過去の真実を明らかにする。力作だと思う。それにしても17年前の記憶を掘り起こしていく、気の遠くなりそうな仕事の大変さ。わずかな綻びを見出しをキャッチし、解決の道を押し広げていく。リアリティがある。いい作家だと思う。

佐々木譲

「警察の条件」

新潮文庫

2016.5.10

都内の麻薬取引ルートに、正体不明の勢力が参入している。裏社会の変化に後手に回った警視庁では、若きエース警部も、潜入捜査中の刑事が殺されるという失態の責任を問われていた。折しも復職が決まった加賀谷は、9年前悪徳警官の汚名を着せられ組織から去った刑事だった。復期早々、単独行で成果を上げるかつての上司に対して安城の焦りは募ってゆく。

ある意味で古い清濁併せ持つタイプの加賀谷は、情報網を広く持ち、法的にすれすれの行動をする。だが変わりつつある裏社会の動きは、変わってきている。警察組織も変わろうとしている。生き残るのか、際どい選択を迫られる。いつもながらの丁寧な描写だが、強いキャラが類型的に見える。作者の得意分野ではないかも知れない。

廣嶋玲子

「妖怪の子預かります」

創元推理文庫

2016.5.11

12歳の弥助は、親代わりの目が見えず按摩で生計を立てる千弥と、貧しいが平和に暮らしていた。ある夜いきなり誘われ妖怪奉行所に連行される。前夜悪夢を見た弥助が鬱憤晴らしに割った石が、子預かり妖怪うぶめの住まいだったという。妖怪の御奉行から「罰としてうぶめに代わって妖怪子預かり屋になれ」と命ぜられる。次々とやってくる子妖怪に振り回される弥助。どじょうの妖怪は血をほしがり、カミキリバサミの妖怪は髪の毛を食べたがる。

ひんやりとした空気をまとう千弥が魅力的で、弥助とコミカルな妖怪たちとの展開が楽しいです。千弥が心の暖かみを取り戻す辺りが、うまく絡ませていて和みます。

廣嶋玲子

「銭天堂1」

偕成社

2016.5.1

駄菓子屋があった。路地の壁にはりつき商店街から隠れている。だが店先には、色とりどりの菓子が並んでいる。真由美は首をかしげた。もう何百回と通っている道だけど、あんな店見たことないと思ったが覗いてみる。

6編の短編集です。女店主・紅子のほしい銭とお客の要望が合ったときに、不思議なことが起きます。約束を守らないときのちょっと怖い目に遭う、ピリ辛の話は新鮮です。シリーズになっているのですが追いかけるのは止めておきます。ハマり過ぎそうです。

アーナルデュル・インドリダソン

「声」

東京創元社

2016.4.18

クリスマスシーズンで賑わうホテルの地下室で、一人の男が殺された。ホテルのドアマンだった孤独な男は、サンタクロースの扮装のままめった刺しにされていた。捜査官エーレンデュルは捜査を進めるうちに、被害者が幻の天才美声少年歌手だった過去を知る。父から厳しく支配された少年が最高の舞台で声変わりをする悲劇、そして車椅子の父を世話をする姉。自らも癒やすことのできない傷を抱えたエーレンデュルが、ついに事件の真実にたどり着く。

序盤の展開のスローさが途中から、ホテルの支配人、コック長の悪事、部屋の清掃人、高級娼婦、エーレンデュルの娘との確執、登場人物の多様さと絡みをじつに巧みに描いていきます。一人一人が抱える心の傷に解決の光を見せ、読後感も明るいです。

佐々木譲

「地層捜査」

文春文庫

2016.4.11

キャリアに歯向かって謹慎となった若き刑事・水戸部は迷宮入り事件を担当する「特命捜査対策室」に配属された。15年前に起きた新宿区荒木町の元・芸妓殺人事件を再捜査することになった。捜査は水戸部と刑事を退職した相談員加納の二人で、町の底に埋もれた秘密と嘘に迫っていく。

15年で変わってきた裏寂れた街や、そこに住む人々の変遷が浮かび上がってきます。バブルも知らない若手刑事が、地上げや暴力団絡みの時代を丹念に掘り起こしていく捜査は、まさに地層を採掘していくようです。地道な展開が飽きさせず、ラストの意外性もあり悪くありません。

森 晶麿

「ホテル・モーリス」

講談社

2016.4.5

芹川准は叔父の会社の社員だったが、突然ホテルの支配人を任された。期間は6日間、ギャングたちの大宴会までだった。客数の減少と予算不足と問題が山積みのホテルで、准はオーナーのるり子、コンシェルジュの日野たちと仕事を始める。初日から早速、怪しげなカップルと奇妙な少女とギャング、世界的バレリーナまでもがチェックインした。「お客様の心に寄り沿った最高のおもてなし」をする伝説のホテルを、維持できるのかさえ危うい状況だった。

おもてなしと裏の顔のスタッフたちが痛快です。必死に乗り越えようとする奮戦が、読んでいて楽しいです。ちょっとしたシニカルなやりとりもいい雰囲気です。

佐々木譲

「憂いなき街」

ハルキ文庫

2016.3.30

サッポロ・シティ・ジャズで賑わう初夏の札幌市内で宝石商の強盗事件が起きた。捜査していた機動捜査隊の津久井は、当番明けの夜に立ち寄ったバー「ブラックバード」でピアニストの奈津美と出会う。彼女は、人気アルトサックス・プレーヤーの四方田純から声がかかり、シティ・ジャズへの出演を控えていた。ジャズの話をしながら急速に深まる津久井と奈津美の仲。しかし、そんななか中島公園近くの池で女性死体が見つかり、奈津美に容疑がかかってしまう。

純情という言葉に値する津久井の奈津美への思いは、警察官としてのきっぱりとした線引きが好印象です。シティ・ジャズ薬物が捌かれる情報に包囲網を敷き、逮捕に至る合間に見せる人間関係が魅力的な展開です。店や街、人間関係さえも、古風でタバコの煙のような雰囲気がいいですね。

伊坂幸太郎

「ガソリン生活」

朝日新聞出版

2016.3.15

緑の旧型デミオへの愛着のある免許取り立ての良夫と、年齢以上に聡明な弟・亨がドライブ中に乗せた女優が翌日急死する。パパラッチ、いじめ、恐喝など一家は更なる謎に巻き込まれていく。語り手が車で、いろんな駐車場で会話する。

ひさしぶりに伊坂さんの作品を読みました。いつも通りの暮らしの中で起きる事件を、解決していく展開が緩やかで楽しかったです。またミステリに飽きたら寄り道したいですね。

神林長平

「ライトジーンの遺産」

早川書房

2016.2.25

なぜか臓器が崩壊して死んでいく未来社会で、人類が頼れるのは人工臓器しかない。人工臓器の総合メーカー・ライトジーン社が臓器市場を独占し、ほぼすべてを支配することに危惧があったため、解体された。残されたのは乱立するメーカーと臓器を巡る犯罪や怪現象だった。ライトジーン社の遺した人造人間コウは、サイファの能力も持つため、市警の新米刑事タイスから捜査の手伝いを依頼された。だが同時期に造られた兄の存在に阻まれる。

硬筆な文章で綴られる未来社会の姿が、想像力を刺激されぐいぐい読んでしまいます。人間も人造人間、一人では満たされないのかも知れません。心というか、つながりの中にだけ自分の存在価値があるという読後感がいいです。

中山七里

「ハーメルンの誘拐魔」

角川書店

2016.2.20

子宮頚がんワクチン接種の副作用による記憶障害で通院中の15歳の香苗が、帰路で母が目を離した隙に消えた。現場には「ハーメルンの笛吹き男」の絵葉書が残されていた。警視庁捜査一課の犬養が非公開捜査に乗り出す。数日後、父親がワクチン勧奨団体会長の娘・亜美が下校途中に行方不明になり、携帯電話と共に「笛吹き男」の絵葉書が発見された。さらにワクチン被害を国に訴えるために集まった少女5人が、マイクロバスごと消えてしまった。犯人像とその狙いが掴めないなか、捜査本部に届いた「笛吹き男」からの声明は、70億円の身代金の要求だった。声明はマスメディアにも届けられ、公開捜査に切り替えられた。

緻密に計算した作品でストーリーを楽しめます。文章もうまくなりましたし、いい作家だと応援しているのです。けれど最初のシーンのあちこちで伏線が見えてしまいます。香苗の誘拐、苦しい家計の香苗の母が、携帯で闘病のブログを開き情報を収集している辺りも違和感が拭えません。それをスルーして読んでも、身代金の受け渡しで翻弄される警察の設定も既視感があるし、犯人設定にも目新しさはありません。やはりミステリの読み過ぎかも知れませんね。と言ってしまうと身も蓋もありませんが。

長谷敏司

「楽園」

角川スニーカー文庫

2015.2.10

青く深く広がる空に、輝く白い雲。波打つ緑の草原。大地に突き立つ幾多の廃宇宙戦艦。千年におよぶ星間戦争のさなか、敵が必死になって守る謎の惑星に、ひとり降下したヴァロアは、そこで敵のロボット兵ガダルバと少女マリアに出会った。いつしか調査に倦み、二人と暮らす牧歌的な生活に慣れた頃、彼はその星と少女に秘められた恐ろしい真実に気づいた

宇宙戦艦の墓場化している星から見える流星は、星間戦争で破壊された戦艦と戦士たちの最後のきらめきです。敵のロボット兵と元の戦隊に戻るために、機体の修復作業に夢中になる二人はもはや戦友でしょう。失敗が続き、諦めた時に見た少女の役割がせつないです。

バリー・ライガ

「殺人者たちの王」

創元推理文庫

2016.2.5

ジャズは希有のサイコ・キラーの父に施された殺人者としての英才教育を見込まれ、連続殺人犯<ハット・ドッグ>の捜査協力をニューヨーク市警に依頼される。調べるうちに、故郷で起きた「ものまね師」事件との繋がりに気づく。そして被害者の遺体に書かれた〈ゲームへようこそ、ジャスパー(ジャズ)〉のメッセージ。まさか父からの宣戦布告なのか。

高校生のジャズは、自分が無意識にあるいは意識して相手をコントロールする度に苦悩します。事件の設定の巧みさと、軽めの文章が読者が深刻になり過ぎずに読んでいけます。父への憎しみとジャズは認識しているけれど、愛憎が混沌としているようにも見えます。次回の最終作への期待を持たせるラストは、お預けを喰らったようで腹立たしいほどです。待ち遠しいです。

神林長平

「絞首台の黙示録」

早川書房

2016.1.15

長野県松本で暮らす作家のぼくは、連絡がとれない父の安否を確認するため、新潟の実家へと戻った。だが、実家で父の不在を確認したぼくは、生後3ヶ月で亡くなった双子の兄タクミを名乗る自分そっくりな男の訪問を受ける。彼は育ての親を殺して死刑になってから、ここへ来たというのだが。絞首刑のシーンと教誨師もなまなましい。死んだのになぜいるのか。教誨師を訪ねることにする。

リアルな人間の意識、認識、意志、時間、存在というものが、かすかにきしみ揺らいでいきます。実に美しい明確な文体で、物語が展開していきます。人間の内へ内へと入り込んでいく感覚がすごいです。人間の意識が作り出すものすべてが危ういものになり、残るのは生きている人間のささやかな日常と認識なのでしょうか。脳内の時間旅行をした気分になりました。作者の文章が屹立して好きです。おもしろい作品だと思います。

神林長平

「誰の息子でもない」

講談社

2016.1.5

祖父の田畑を売り払い、母とぼくを捨てて出奔した親父が、高校生の頃に死んだ。十数年後。日本には各家庭に一台、携帯型対空ミサイル(略称:オーデン改)が配備されている。市役所の電算課電子文書係で働くぼくの仕事は、故人となった市民のネット内の人工人格(アバター)を消去することだ。しかし目の前に、死んだはずの親父の人工人格が現れた。

作者の引き締まった文体が好きです。ここまで人格の存在があいまいな、メビウスの輪のような、1点からくるりと世界が裏返しになるような世界を描きながら、骨格のみごとさに驚かされます。ぐいぐい読み進みながら、終わるのが惜しくてゆっくり読みたいアンビバレンツな思いに引き裂かれます。


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