読書日記

パトリック・ネス&ジム・ケイ

「怪物はささやく」

創元推理文庫

2018.2.15

怪物は真夜中過ぎにやってきた。墓地の真ん中にそびえるイチイの大木の怪物が、コナーの部屋の窓からのぞきこんでいた。「おまえに三つの物語を話して聞かせる。わたしが語り終えたら、おまえが四つめの物語を話すのだ」闘病中の母の病気が再発、学校では母の病気のせいでいじめにあい孤立。母が再度入院し、嫌いな祖母と暮らすことに最大の抵抗をする。コナーに怪物は何をもたらすのか。夭折した天才のアイデアを、カーネギー賞受賞の若き作家が完成させた物語。

コナーがどこにいても孤独を埋めるものはなく、それでいいと思いながら、心に風が吹き抜けていく描写がうまいです。言葉に出せない怒りを、怪物の力を借りて吐き出す件は切ないです。母への思い、手をつかむコナーの喜びと怯え。ここまで細やかに少年の心の軌跡をたどって描かれたことに、衝撃がありました。わたしも強く揺さぶられました。お勧めです。

川瀬七緒

「潮騒のアニマ 法医昆虫学捜査官」

講談社

2018.2.10

伊豆諸島の「神の出島」でミイラ化した女性の遺体が発見され、警視庁から岩楯警部補が派遣された。首吊りの痕跡から、解剖医は自殺と断定。死亡推定月日は3ヵ月以上前とされた。第一発見者によれば、島のハスキー犬がミイラを引きずってきたらしい。遅れて島に入った法医昆虫学者・赤堀涼子は、現場周辺を調べて遺体に「昆虫相」がないことに目を留めた。

赤堀のキャラがいきいきして、周囲が目に入らず突き進む性格が好きです。次第に感化されていく岩楯警部補に、にやりとしました。登場人物や設定も変化を持たせて飽きさせず、いいシリーズになりましたね。別な作品も読んでみようかと思います。

川瀬七緒

「女學生奇譚」

徳間書店

2018.2.6

フリーライターの八坂は、オカルト雑誌の編集長から妙な企画の依頼をされる。「この本を読んではいけない」から始まる警告文と古書を、竹里という女が持ち込んできたのだ。その古書の本来の持主である彼女の兄は数ヶ月前に失踪、現在も行方不明。このネタは臭う。八坂はカメラマンの篠宮、そして竹里とともに謎を追う。

構成もうまいし、八坂の想像力と感覚の鋭さを持つライターとしてのキャラが活かされています。竹里の不審な挙動など、小さな伏線までが結果をひっくり返す予兆を感じさせながら読ませます。おもしろい作家です。少し追いかけてみたいです。

ビル・ビバリー

「夜の果て、東へ」

ハヤカワ文庫

2018.2.4

ロサンゼルスのスラム街「ザ・ボクシズ」で犯罪組織に所属する15歳の少年・イースト。仕事にしていた麻薬斡旋所が、警察の強制捜査で押さえられてしまう。ボスはイーストと、不仲で殺し屋の弟と少年たち4名に、ある判事を一週間以内に殺せと命令。バンで2,000マイルもの旅が始まるが、そりの合わない少年たちに衝突が起き、軋轢を繰り返しながら、イーストは孤独な魂を揺さぶられていく。

生きることだけで一杯一杯の状況で、愛情も知らずに育つ少年群像に、奇妙な共感を抱いてしまいました。判事の行き先さえ確定していず、スポット的な情報に従っていきます。対象者を見つけた時でさえ、判断に迷う曖昧さ。そして銃で射殺するのですが、見返りの報酬はどうなるのか、途中で脱落した少年、殺してしまった弟、2人だけの帰路をどうするのか。すべてが不条理な展開で、身に付いた律儀さで生き延びるのです。広いとも知らない世界の片隅で、希望さえ持たず、生きていくイーストに、気持ちを揺さぶられました。いままでにないおもしろさの小説でした。

前川裕

「アパリション」

光文社

2018.2.1

予備校講師でミステリー作家の矢崎には、同じく作家を志す兄がいたが、忽然と姿を消してしまう。同じ頃、世間では二組の夫婦の失踪事件が注目を集めていた。事件の裏では、偽刑事の犯人が残した声が公開されたが、それは矢崎の兄のものだった。

矢崎の立ち位置から、動きにくい設定ではあるのですが、少し遠回りです。消去法で意外な犯人を絞っていく進展がわかりやす過ぎます。思いがけない展開がなく、がんばって書いているのはまともだけれど、新鮮みに欠けるかも知れません。

ジョー・ネスボ

「悪魔の星 上・下」

集英社文庫

2018.1.29

一人暮らしの女性が銃で撃たれ、左手の人差し指が切断された遺体から赤い五芒星形のダイヤモンドが見つかる。猟奇的な事件に、注目が集まる。ハリー警部は、3年前の同僚刑事の殉職事件を捜査し続けていたが、捜査中止を命じられ酒に溺れて免職処分が決定。正式な発令までの間、この猟奇的事件の捜査に加わる。人妻が失踪し、弁護士事務所では受付の女性が殺された。被害者はいずれも同一の手口。連続殺人犯のメッセージを読み解こうとするハリー。捜査を指揮するトム・ヴォーレル警部は、自分の仲間になるようハリーに圧力をかけてくる。

テンポの良さと、自分の勘を信じて行動するハリーが戻ってきました。「ネメシス」は訳者&出版社編集となっていたので、不満を抱かせてしまったのでしょう。雨の捜査や危ないアクションにハラハラさせられ、二転三転する展開にぐいぐい引き寄せられて読みました。いやぁ、切り捨てなくてよかったです。おもしろいです。次作も楽しみです。

前川裕

「死屍累々の夜」

光文社

2018.1.21

10人の男女を殺害し、6人の女と共に集団自殺を遂げた木裏。元大学助教授のセンセーショナルな「木裏事件」に、30年後「私」はフリーの記者としてようやく取材を開始し、全貌と謎に満ちた男の内奥に迫る。木裏は暴力団組長の娘と結婚し、わずか5ヵ月後に妻を絞殺し懲役12年の刑に服した。出所後、生前父親の経営していた旅館を継ぐが、東京に出て「花園商会」という売春斡旋業で大きくなる。各地に居を移しながら手を広げ、新潟の老舗旅館に取り入ったのち売春宿に変貌させる。

取材者視点とは言え、木裏の言動はフィクション構成なので、登場人物の思考や気持ちの揺れが充分描かれます。精神的に木裏に絡めとられていく様子、バイオレンスも、距離感があるので目を背けるものではありません。関わる人間の側からの描写がありながら、木裏の心理の底にあるものは、記者も迫り切れなかったところがあるのでしょう。肝心の一点がするりと抜け落ちていくのが、木裏の見せない深淵の深さとも受け取れます。真摯な作家ですね。

原 

「愚か者死すべし」

ハヤカワ文庫

2018.1.18

大晦日。沢崎の探偵事務所を尋ねて来たのは、旧相棒「渡辺」を頼って来た依頼人だった。殺人事件で身代りとして自首した父親を助けて欲しい、と。沢崎が面会したい依頼人を新宿署へ送り届けた際に、 移送される依頼人の父親が肩を撃たれる現場に出くわす。沢崎が咄嗟に犯人の車に追突し命を救う。だが2発目が刑事に当たり死亡する。複雑な狙いや裏の組織に命を狙われながら、

14年前刊行作品ですが、ハードボイルド全盛期でしょうか。暴力団、警察とのつながりのある探偵像が、意外に新鮮でした。日本にもしっかりした探偵ものが存在していたのですね。淡々とした描き方が暗い闇の深さを感じさせます。今年新作が出るという寡作な作家のようです。ちょっと読んでみたいと思いました。

野浮ワど

「ファンタジスタドール イヴ 」

ハヤカワ文庫JA

2018.1.15

大兄(おおえ)は幼少期、ミロのヴィーナスと衝撃的な出会いをした。屋敷の女中と幼い悪戯を覚えた。小学6年で難しい問題を解き「学者になる」と思い、サイエンスにのめりこみ、ひたすら勉強をする。大学3年に出会った笠野と運命の友となり、世間知らずな一面を大兄は改めて知る。大学院の研究室で、国と提携する教授のチームで収入も得るようになった。笠野は就職し、後輩の女性・中砥と組むようになる。さらに頭脳明晰な遠智(おち)も加わる。大兄は遠智に心の深部を指摘されるが、かろうじて薄膜を保っていた。研究はアメリカの国防総省の人物ともつながり、飛躍的に理論を進めていく。

掌編とも言える159ページの、濃密で深い物理の世界をかいま見せる力量に脱帽です。心の中は論理で片付けられない、皮相な結末も盛り上がります。すっかりハマって読んでいます。新作が待ち遠しいです。

廣嶋玲子

「妖怪姫、婿をとる 妖怪の子預かります5」

創元推理文庫

2018.1.13

千弥と穏やかな暮らしをしている弥助は、久蔵からさらわれた許嫁の初音を取り返すのに手を貸してほしいと頼まれる。初音は妖怪だという。千弥は妖猫族の姫、王蜜の君を紹介する。初音の住む華蛇族の屋敷に忍び込んだ久蔵だったが見つかり、初音の乳母の妖怪から難問を出される。

このシリーズはあっという間に読めて、楽しいです。案外、人と妖怪の心理の裏表が見え隠れします。今作、久蔵を中心にしたのは、弥助ではネタに行き詰まりが出たせいでしょうか。それでも次作が楽しみです。

内藤了

「ゴールデン・ブラッド」

幻冬舎文庫

2018.1.11

東京五輪プレマラソンで、自爆テロが発生。現場では新開発の人工血液が輸血に使われ、消防士の向井圭吾も多くの人命を救った。しかし同日、病気で入院していた妹が急死する。医師らの説明に納得いかず死の真相を追い始めた矢先、輸血された患者たちも次々と変死していく。

消防士で救命で活躍する向井の立ち位置が、少し都合よ過ぎる感じがありますが、医療作品としてはなかなか読ませます。次作を読みたいとまではいきませんでした。

ジョー・ネスボ

「ネメシス 上・下」

2018.1.10

白昼オスロ中心部の銀行に強盗が押し入り、銀行員一人を射殺し金を奪って逃走した。手がかりひとつ残さない鮮やかな手口で、ハリー警部も加わった捜査チームは動き出す。新人女性刑事ベアーテは人の顔を一度見たら記憶してしまう特殊能力で期待された。だが、連続銀行強盗事件が起きてしまう。一方、かつての恋人・アンナが死体で見つかる。その前日アンナと食事をしたハリーは、記憶が跳んでいた。自殺として処理されたが、殺人と感じ真相を探り続けるハリーに、謎めいたメールが届く。アンナ殺害の容疑が降りかかり、窮地に陥る。連続銀行強盗事件の捜査が行き詰まり、ハリーはチームを離れ、独自の捜査に踏み出す。

「ネメシス」とは、ギリシャ神話の復讐の女神だそうです。登場人物と時系列が複雑で、少し読みづらかったです。もっとおもしろくできたのに。作家の問題なのでしょうか。他の作品はよかっただけに、残念です。

ジョー・ウォルトン

「わたしの本当の子どもたち」

創元推理文庫

2018.1.6

パトリシアは「パティ」と呼ばれオックスフォードで学び、ケンブリッジ中等学校の教師となった。マークとの婚約を破棄されても後悔はなく、ボート乗りや美術館巡り、新しい生活を楽しんでいく。やがてガイドブックの執筆で身を立てていき、ビイという女性と恋に落ち一緒に暮らし始める。一方でマークと結婚したものの、「トリシア」と呼ばれ愛のない子育てと家事の多忙で鬱々とした暮らしを続ける。成長した子どもたちに助けられながら、補助教員になり自分の道を歩き出す。パトリシアの世界は、若き日の決断を境にふたつに分岐した。並行して語られるまったく異なるふたつの人生で、別の喜び、悲しみ、そして子どもたち。どちらの世界が「真実」なのだろうか。

「もし、あのとき別の選択をしていたら」誰もが一度は考えることです。介護施設にいるパトリシアの記憶として書かれるふたつの物語は、時代の不自由さと戦い、必死に生き抜いた女性です。どちらの道も若いときには大切で感情を揺さぶられる人生ですが、厳しく険しい老後が、切なくやりきれなさを強調しています。うまい作家ですね。

野浮ワど

「バビロン1-女」

講談社タイガ

2018.1.4

東京地検特捜部検事・正崎は、立ち会い事務官・文緒とともに、製薬会社日本スピリと国内4大学が関与した臨床研究不正事件を追っていた。その捜査で正崎は麻酔科医が残した異様な書面と死体を発見する。さらに超都市構想「新域」を巡る政界に繋がる男を追うが、文緒が殺されてしまう。政治の裏に暗躍する陰謀と、それを操る大物政治家の存在に気がつくが、謎の女・曲世(まがせ)愛に阻まれる。

久々の野崎氏の作品は芯はそのままに、すっかり変貌していました。SF設定ではあるものの、しっかりとしたミステリです。展開のスピード感、無駄を削ぎ落とした構成、キャラ立ちしたストーリーは興味深いです。一気に読ませてくれます。このシリーズを読みたいと思います。

野浮ワど

「バビロン2-死」

講談社タイガ

2018.1.3

64人の同時飛び降り自殺。超都市構想「新域」域長・齋(いつき)開化による、自死の権利を認める「自殺法」宣言直後に発生した。暴走するの行方を追い、東京地検特捜部検事・正崎を筆頭に、法務省・検察庁・警視庁をまたいだ、機密捜査班が組織される。人々に拡散し始める死への誘惑。鍵を握る謎の女・曲世(まがせ)愛の影。

キャラ立ちもよかったです。組織と個人名の説明が長く、入りに工夫がほしかったです。裏組織で貫こうとする、正崎の正義とはなんだろうと考えさせられます。正崎が自分の無力を内に蓄積していきます。齋より曲世の存在に力をいれている気がします。SFとは言え、バタバタと死者が出ているのにあまりにも感情がなさ過ぎます。もっともそれがスピード感のある展開に繋がるのですが。おもしろいです。

野浮ワど

「バビロン3-終」

講談社タイガ

2018.1.2

日本の「新域」で発令された、自死の権利を認める「自殺法」に追随する都市が次々に出現。各国首脳が生と死について語り合うG7が、映像と通話方式で開催された。ホワイトハウスの特別室で、通信管理をする。その同時期に「新域自殺サミット」が開かれる。東京地検を辞めた正崎は、合衆国のFBI捜査官として活動を始めていた。何かが起きると予測し、見守る映像に曲世(まがせ)と思われる女の姿が出ると、大統領に異変が起きる。

世界各地に飛び火していく「自殺法」容認都市が、現象として怖いです。G7会議の首脳、通訳者、通信管理者の人物像に多くのページが使われていて、底流がなかなか見えない「新域」の動きが不気味です。煽りを抑える描き方が秀逸です。硬筆な文体も好きです。曲世の力のすごさを見せつけ、次回作に期待させてくれます。サブタイトルに「終」とありますが、まだ物語は中盤にもかかっていません。シリーズを早く読みたいです。

M・ヨート&H・ローセンフェルト

「少女 犯罪心理捜査官セバスチャン 上・下」

創元推理文庫

2017.12.22

一家4人が散弾銃によって殺された。近隣トラブルのあった男が逮捕されたが、証拠がなく保釈される。市長の夫で警部は、トルケル率いる国家刑事警察殺人捜査特別班を呼んだ。血痕を踏んだ小さな足跡から、現場を見たかもしれない少女ニコルにたどり着く。森の岩壁に入り込み隠れ心を閉ざすニコル。セバスチャンは少しづつニコルの心を開かせていく。ヴァニャは父母の裏切りに悩み、セバスチャンとのつかの間の安らぎを求めるが。

企業の土地買収や市政と広がりを見せつつ、繊細な少女の心を繋ぐ心理や、刑事たちのさまざまな思いや行動を網羅していきます。人の信頼や裏切られた思いが交叉する描き方が、じつにうまいです。犯人の気持ちと、それを利用しようとする人物も存在感があります。おもしろいです。ラストでまた次作への期待をかき立ててくれます。次作は本国で2015年に発刊されたと言うことですから、そろそろ翻訳が完成する頃でしょうか。発売が待ち遠しいです。

R・D・ウィングフィールド

「フロスト始末 上・下」

創元推理文庫

2017.12.19

フロスト警部はヘマが招いた事態とはいえ、マレット署長や新任の主任警部に他署に追い出される崖っぷちに立たされる。残る日々も容赦なく起き続ける少女失踪・強姦殺人・脅迫・と、次々起こる厄介な事件に時間を取られ、眠ることもできない。報道陣や警察の見守る中、活躍ぶりを見せようと主任警部は立てこもり犯を撃とうとするが。

次から次へと事件が起き過ぎだろうという盛りだくさんの内容です。別れた妻との感傷にひたる時間もなく、下品なジョークも忘れないタフなフロストに、ただただ頑張れと声援を送りたくなります。どしゃ降りの雨の中の張り込みの冷たさや、死体の臭気までもが伝わってきそうです。遺作となります。もっと読みたかったなと思う惜しい作家です。

木内一裕

「アウト&アウト」

講談社

2017.12.12

探偵見習いで元ヤクザの矢能が呼び出された先で出くわしたのは、依頼主の死体だった。妙な覆面を被った犯人の若い男は、銃に矢能の指紋を付けさせ窮地に追い込まれる。預かって同居している少女・栞の身にも危険が迫る。

深刻な状況やストリーにも関わらず、どこかユーモラスでスピード感のある展開でおもしろく読めました。複雑な人間関係の処理もうまいです。柔道やヤクザ組織の気負った名シーンも、軽く足下をすくってしまいます。あとに何も残らないのが、よくもあり悪しくもありでしょうか。

木内一裕

「バードドッグ」

講談社文庫

2017.12.11

日本最大の暴力団、菱口組系の組長が姿を消した。殺されているのは確実だが警察には届けられない。調査を依頼された元ヤクザの探偵・矢能。容疑者は動機充分のヤクザ達。内部犯行か抗争か。だが同じ頃、失踪に関わる一人の主婦も行方不明になっていることが発覚する。最も危険な探偵の、物騒な推理が始まる。

ヤクザから堅気になろうとしても、難題を持ちかけられ辛うじて探偵として動きます。養女・栞のためにその意志を貫く難しさと、愛情を感じていく矢能。明晰な頭脳と、感情に流されない論理的な行動が魅力です。スピード感が心地いいです。ラストの泣かせどころを忘れず入れる、作家プロ根性はしたたかです。

杉江松恋・編

「ミステリマガジン700[海外編]」

ハヤカワ文庫

2017.12.9

日本一位、世界二位の歴史を誇るミステリ専門誌“ミステリマガジン”の創刊700号を記念したアンソロジー“海外篇”。1956年の創刊当時から現在に至るまでの掲載短篇から、海外の最新作を紹介し続けてきたからこその傑作。全篇書籍未収録作。 A・H・Z・カー/シャーロット・アームストロング/フレドリック・ブラウン/パトリシア・ハイスミス/ロバート・アーサー/エドワード・D・ホック/クリスチアナ・ブランド/ボアロー&ナルスジャック/シオドア・マシスン/ルース・レンデル/ジャック・フィニイ/ジェラルド・カーシュ/ピーター・ラヴゼイ/イアン・ランキン/レジナルド・ヒル/ジョイス・キャロル・オーツ

読んだことのある作家もない作家も、これだけの未収録短編を集める企画力はすごいです。ほぼ全部がおもしろかったです。シニカルな筆致や幻想的な流れ、作風が違っても「人間」を浮かび上がらせているのです。ちなみに15人のうち読んだことのある作家は、わずか5人でした。読んでみたい作家がたくさんいますね。

日下三蔵・編

「ミステリマガジン700[国内編]

ハヤカワミステリ文庫

2017.12.7

21人の作家の掌編です。8人は読んだことがありませんでした。時代的に戦後の早い時期からの作品は、わたしにとっては時代劇と同じでどうしても苦手でした。現在も活躍中の作家もすでに遠い記憶の中に埋没している方でした。あきっぽく、次々と作家を追いかけるスタイルなので、あとに屍累々なのです。もう少し新しい作家のものが読みたかったというのが、正直な感想でした。

M・ヨート&H・ローセンフェルト

「模倣犯 犯罪心理捜査官セバスチャン 上・下」

創元推理文庫

2017.12.6

出張帰りの夫の目に飛び込んできたのは、縛られて首をかき切られた妻の死体。連続殺人。その状況は、かつてセバスチャンがつかまえた犯人ヒンデの手口に酷似していた。だが、ヒンデは服役中のはず。模倣犯の仕業なのか。ふたたび捜査チームに加わろうと企むセバスチャンは、渋るトルケルに売りこみをかけた。凄腕だが自信過剰のセバスチャンの捜査が始まる。

ヴァニャ、トルケル、ビリー、ウルスラ刑事たちから疎まれるセバスチャンは、被害者4人がすべてかつて彼が関係をした女性だと気付きます。冷静さを失いなりふり構わず、ヴァニャの母親や数人の女性に警告しますが相手にされません。ヒンデに面会にし、巧みに外部の人間を動かしている確証をつかみます。事態は更に悪化します。人間的な感情で自分をコントロールできないセバスチャンに、ハラハラさせられます。ラストは思考力を取り戻し、犯罪をかろうじて食い止めます。展開の早さもあり、一気に読ませるおもしろさです。すっかりハマりました。

M・ヨート&H・ローセンフェルト

「白骨 犯罪心理捜査官セバスチャン 上・下」

創元推理文庫

2017.12.4

トレッキング中の女性が山中で見つけた6人の遺体。埋められて時間経過し白骨化していたが、頭蓋骨には弾痕が見つかる。早速トルケル率いる殺人捜査特別班に捜査要請が出された。ヴァニャはFBI捜査官試験にかかり切り人員が不足していた。トルケルは迷ったあげく、セバスチャンにも声をかける。家に居座ってしまったストーカー女にうんざりしていたセバスチャンは、渡りに舟とばかりに発見現場に同行する。

ヴァニャを守りたい思いに突き動かされるセバスチャンは、どうしようもないオヤジと化しています。一緒にいたい、信頼を得たいと、ついやり過ぎます。その結果がヴァニャを失望させ、さらにヴァニャの父の逮捕に繋がります。心理に明晰なのは事件だけなのですね。ということでラストはセバスチャンには最悪の状態になり、次作へと巧みに誘います。おもしろくて止められません。

M・ヨート&H・ローセンフェルト

「犯罪心理捜査官セバスチャン 上下」

創元推理文庫

2017.11.30

森の沼で心臓をえぐり取られた少年の死体。センセーショナルな事件に、国家刑事警察の殺人捜査特別班へ救援要請が出された。ヴァニャ、ウルスラ刑事たちと、かつてのトッププロファイラー、セバスチャンだった。だが自信過剰で協調性なし、捜査中でも関係者を口説いてしまうセックス依存症だ。そしてバスチャンは母親の家で見つけた手紙で、子どもがいることを知り秘かに調査もしている。雑作が進展し、容疑者を見たという高校生を突き止めるが、彼もまた殺されてしまう。

警察、名門校、友人、家族が複雑に絡み合い、嘘をついているのは誰か。それぞれの人間像がしっかりしていて、背景や表情まで見えてくる描写がすばらしいです。にやりとしながら楽しめ、テンポもよくおもしろいです。ラストの真実の強烈さが印象的です。次作も読んでみたいです。

レベッカ・キャントレル

「レクイエムの夜」

ハヤカワ文庫

2017.11.26

刺されて死んだ若い男。警察署の廊下に張り出されていた写真の一枚。事件記者ハンナは、写真の中に弟の死体を見つけた。美貌の女装歌手として愛されていた弟はなぜ殺されたのか。この手で絶対に殺人犯を突き止める。そう決意して調べはじめたが、ハンナの息子だと主張する謎の少年アントンが現われたことにより、社会の裏にうごめく様々な思惑と対峙することになる。

ナチス政権前夜のベルリン。背景は重いですが、人々は暮らしていくのです。食料のために働き、ハンナは記事を書くために足で多くの人と会い、気の休まる時もないのです。銀行家のボリスと出会い惹かれていくのを潔しとしないハンナの気丈さが、とても魅力的です。女性は強い。どんな状況にも希望を捨てなければ生きていける。そんな読後感を残してくれます。

木内一裕

「不愉快犯」

講談社文庫

2017.11.25

人気ミステリー作家・成宮彰一郎の妻が行方不明になった。殺害の現場とされた潰れたビデオ販売店には、大量の血痕と成宮の靴跡が。「遺体なき殺人」の容疑で逮捕・起訴された成宮の「完全犯罪」プラン。天才作家が、警察、司法、マスコミを翻弄する。

状況証拠と自白に頼った犯罪。死体が発見されないままに起訴、裁判に持ち込むのは、警察側に無理があったりします。細かな点もかなりの雑と言っていいくらいの設定や展開ですが、おもしろさが勝っている勢いがあります。強引さが持ち味かも知れません。

木内一裕

「アメリカ最後の実験」

新潮社

2017.11.22

失踪した父を探して、脩(しゅう)は難関音楽学院を受験する。入学試験は場末の酒場で謎の調律を施されたピアノ演奏、二者で競い合いどちらかが必ず落ちるアドリブピアノ合戦、最終試験は豪華カジノのコロッセニウム。脩は父が使っていたという謎の楽器「パンドラ」と出会う。仲間との友情もつかの間生まれる。そこで遭遇する連鎖殺人。

即興で弾き作り上げられていく音楽が、聴こえてくるようでした。審査基準が不明のまま、客を引きつける力も必要で、どんな演奏をするかは脩にとってはゲームにも似て感じられます。殺人事件要素以上に、音楽世界をまとめあげる筆致に驚かされます。作者の新しい分野の挑戦で、なかなか楽しめました。

木内一裕

「嘘ですけど、何か?」

講談社

2017.11.19

女性編集者・水嶋亜希は、担当作家の抱えるトラブルを舌先三寸で丸め込み、相手を手玉に取る。エリート官僚街田隆介との出会いに酔いしれた亜希だが、街田は世間を騒がす新幹線爆破テロと美人看護師殺害事件に関与していた。甥の街田の不祥事の後始末をするのは、定年間際のベテラン刑事・柴田。 亜希が警察に通報すると、待っていたのは自分の逮捕だった。

亜希の行動や発言が溜飲が下がります。キャラ立ちがよかったです。あとの待田の薄っぺらな考え、刑事たちの軽薄さ、無理な展開や強引な展開もあるけれど、痛快に走り切るので楽しいです。

春畑行成

「僕が殺された未来」

宝島社文庫

2017.11.17

ミスキャンパスの小田美沙希が誘拐された。一方、彼女に思いを寄せていた高木の前に、六十年後の未来からやってきた少女・ハナが現れた。高木と小田美沙希は誘拐犯に殺され、事件は迷宮入りするという。半信半疑ながら、自分たちが殺されるのを防ぐため、高木は調査を開始するが。未来の捜査資料を駆使して、高木は自らの死亡予定時刻までに犯人を捕らえることができるのか

軽いタッチのラノベです。楽しめます。自分に置き換えて読むと、どう動くか想像するのが楽しいです。少し片思いの恋を美化し過ぎかも知れません。

R・D・ウィングフィールド

「冬のフロスト 上・下」

創元推理文庫

2017.11.15

寒風が肌を刺す冬、デントン署管内はさながら犯罪見本市と化していた。幼い少女が行方不明になり、売春婦が次々に殺され、ショットガン強盗にフーリガンの一団、「怪盗枕カヴァー」といった宝石店泥棒が好き勝手に暴れる、古い遺骨が発見される始末。冴えないフロスト警部は、上司に経費の使い過ぎと検挙率の低さを罵倒され、無能な部下に手を焼きつつ、人手不足の影響で睡眠不足の捜査を強いられる。

推理や捜査がわずかに逸れて無駄骨になるフロスト警部。タバコの煙でつかのま笑えないジョークを飛ばしつつ、失意に落ちます。執念の粘りで、いくつもの事件を最終的に収斂させてしまうのが、うまいです。長さが気にならずに読ませるうまい作家です。亡くなられたと聞き、もう数作読んでみようかと思います。

R・D・ウィングフィールド

「フロスト気質 上・下」

創元推理文庫

2017.11.10

ゴミ袋から少年の死体が発見。連続幼児死傷事件。幼児3人殺人事件と母親の失踪。しょぼくれた風体のフロスト警部は、人手不足の影響で睡眠不足。上司に無駄遣いと検挙率の低さを罵倒され、出世第一目標のキャシディ刑事が、臨時の警部代理で派遣される。娘を交通事故でなくしフロストの捜査に恨みを持っている。さらに少年の誘拐事件が発生し、身代金引き渡し場所での犯人逮捕の失態。限られた人員で捜査を強いられる。

推理や捜査が逸れて手がかりを失うフロスト警部。タバコの煙と笑えないジョークといまならセクハラ行為も、愛すべき人物像としてわたしの中に定着。豪雨の中の捜査、自ら川のゴミ拾いまで加わり、執念の粘りで少年を救い出しますす。徒労とひらめき。難事件を最後はぎりぎりのところで解決してしまうのは、強運としか言えないほどですが、笑顔で読み終えてしまいました。

ジョン・ル・カレ

「誰よりも狙われた男」

ハヤカワ文庫

2017.11.3

ドイツのハンブルクにやって来た痩せぎすの若者イッサ。体中に傷跡があり密入国していたイッサを救おうと、弁護士のアナベルは銀行経営者ブルーに接触する。だが、イッサは過激派として国際指名手配されていたのだ。練達のスパイ、バッハマンの率いるチームが、イッサに迫る。そして、命懸けでイッサを救おうとするアナベルと、彼女に魅かれるブルーもまた、暗闘に巻きこまれていく。遺産の相続人はお金に欲がないが、請求権宣言をするようアナベルとブルーが働きかけ、イッサの身の安全とイスラム系のたくさんの人を救うことに必死になる。

人種や宗教の確執が、人々の行動を制約し、枠を取り外そうともがく先にある運命は過酷です。その心情に引き込まれます。ですが、バッハマンはイッサがテロの資金源であると阻止しようとします。立ち位置で、人は見方も考えもその人の正義なのです。果てのない争いの不毛さに体が震えました。

ロジャー・ホッブズ

「消滅遊戯 ゴーストマン2」

文芸春秋

2017.10.23

アンジェラから秘かなメールが6年ぶりに私に届いた。本物の彼女なのか。犯罪のプロとしての心得を私に教えた師匠だったアンジェラがマカオで危機に晒されている。彼女を救い出すため、数冊のパスポート、いくつもの偽名、数台の携帯電話を持ち、マカオに向かう。待っていたのは香港を牛耳っている大組織だった。アンジェラは宝石とともに、とんでもないものを捌こうとしていた。

綿密なトラップや殺戮を冷静な文体で描いているのは、1作目と同様です。目の動きひとつの繊細さと、切れ味のいい太刀を使い分けみごとなエンディングまで、一気に読ませます。犯罪組織の深い谷を覗いてしまった怖さと、人間は見たいと思うものを選んで見るのであり、真実とはいかに遠い立ち位置にいるかを改めて思い知らされます。2作で亡くなったとは惜しい作家です。

ロバート・クレイス

「約束」

創元推理文庫

2017.10.18

ロス市警警察犬隊スコット巡査と相棒のシェパード・マギーは、逃亡中の殺人犯を捜索していた。マギーが発見した家の中には、容疑者らしい男が倒れており、さらに大量の爆発物が見つかった。同じ住宅街で私立探偵のコールは、失踪した会社の同僚を探す女性の依頼を受けて調査をしていた。幾重にも重なる偽りの下に眠る真実。

警察犬と巡査の強い信頼の物語と、コールと相棒・パイクの二つのストーリーがうまく絡み合っています。一気に読ませるのはさすがです。警察物のおもしろさを楽しめます。

橘 玲

「マネーロンダリング」

幻冬舎

2017.10.15

香港在住の工藤34歳。日本人を相手にオフショア関連のアドバイザーをやっている。かつて都市銀行、ニューヨークの投資銀行、ヘッジファンド運用会社を経て、金には困らないが暇つぶしでしていることだった。若林麗子と名乗るゴージャスな美人が現れ、オフショア会社、オフショア銀行、私書箱サービスを利用したスキームを提案。だが黒木が現れ、麗子は黒木が関係する50億円を日本から送金し、そのまま行方をくらましているという。秋生は自分がとんでもない深みにはまったことを知る。 日本と香港を行き来し全容を知った。50億円を巡り、人は人生を狂わせていく。

暮らしには困っていず、特にやりたいこともない秋生のキャラ設定が、全体に現実感の薄さを出しているのかも知れません。マネーロンダリングのやり方も、いまはもっと進化しているので、15年前の作品として読みました。人の本質を見抜く力は誰にでもあるわけではないのです。欲のない秋生には、必死な麗子に先を越されてしまうのです。しっかり調べて描いている点は評価できます。おもしろく読めますが、もうひとつ人間の深さがほしい印象です。

橘 玲

「ダブルマリッジ」

文藝春秋

2017.10.12

大手商社のエリート社員、桂木憲一は、妻、大学生の娘マリと幸せな家庭を築いていた。が、パスポート更新のために、戸籍謄本を取り寄せると、妻の里美と並んで「マリア・ロペス」というフィリピン人女性の名が書かれていた。憲一は20年前マニラ赴任中に、マリアと結婚式を挙げながら一人で帰国したままだった。役所はマリアからフィリピンの婚姻証明書が送られてきたから記載したという。さらに数日後、自宅に一通の封書が届く。妻が確認すると新たな戸籍謄本で、「長男」として「ケン」という名が書かれていた。

仕事優先で暮らしてきた憲一は、妻から離婚を切り出されてしまいます。憲一は、遺産分割も考え弁護士に相談し、フィリピンにマリアを探しにいきます。行動的なマリは友人を介して日本でケンを探そうとします。潔い娘と対照的に、決断を先延ばしする憲一にいらいらして読みました。思いと金が交錯してラストに向かいますが、少し安易な終わり方だと思いました。

垣谷美雨

「七十歳死亡法案、可決」

幻冬舎文庫

2017.10.10

高齢者が国民の3割を超え、破綻寸前の日本政府は「70歳死亡法案」を強行採決。施行まで二年、東洋子は喜びを噛み締めていた。我侭放題の義母の介護に追われた15年間。自分勝手な夫、引きこもりの息子、無関心な娘。ようやく義母の介護から解放される喜びが、思わぬ方向に進む。早期退職し、夫は友人と世界一周旅行に行くと。

国民が自主的に年金返上、子どもたちへの寄附、医療費全額負担宣言、ボランティアなどの自然発生的なシステムができていくのがいいですね。仕掛人もいて、ほくそ笑んでいます。かつてのキャリアを忘れていた東洋子が、家を出て仕事を始めると、家族が変わっていきます。笑って読ませる早い展開と、法案のラストがありそうでおもしろいです。

グレン・エリック・ハミルトン

「眠る狼」

早川書房

2017.10.8

郷を離れ陸軍で海外勤務についていたバンに、長い間音沙汰の無かった祖父から手紙が届いた。ベテランのプロの泥棒である祖父の弱気な言葉に胸が騒いだ彼は、休暇をとって帰郷する。だが10年ぶりの家に着くと、頭に銃撃を受けた祖父が倒れていた。人事不省の祖父に問うことも出来ないバンは、手掛かりを求め旧知の仲である祖父の仕事仲間に協力を仰ぐ。どうやら祖父は最後の大仕事を行なっていたらしい。

現在と少年時代を交叉させた、硬派なの語り口がいいですね。引き込まれます。次第に明らかになる祖父の意図が、思いがけない展開をしていきます。アクション、謎解き、家族、仲間、盛りだくさんなおもしろさを、うまくまとめています。次の作品も読みたいです。

橘 玲

「タックスへイヴン」

幻冬舎文庫

2017.10.5

東南アジアでもっとも成功した金融マネージャー北川が、シンガポールのホテルで転落死した。自殺か他殺か。同時に名門スイス銀行の山之辺が失踪、1000億円が消えた。金融洗浄、ODA、原発輸出、仕手株集団、暗躍する政治家とヤクザ。東南アジアから北の国まで関わっていた。名門銀行が絶対に知られたくない秘密、そしてすべてを操る「トカゲ」と呼ばれる男の暗躍。北川の高校の同級生・古波蔵と牧島と紫帆が再会し、真相を突き止めようと動き出す。

頭脳明晰で鍛えた格闘能力を備えた古波蔵は、少し類型的なキャラになっているのが惜しいです。必要な役割ではありますが。金融、政治がいかにお金に動き動かされ支配しているかを、改めて認識させられました。確かにいまの世界情勢が映し出されていて、おもしろいです。牧島と紫帆の恋愛感情はこそばゆく、牧島の仕事キャラを矮小化して惜しいです。

レベッカ・キャントレル

「この世界の下に」

マグノリアブックス

2017.10.3

ソフトウェア開発で億万長者になったジョーは、前触れもなく広場恐怖症になった。外に出られなくなり、ニューヨークの地下グランド・セントラル駅の下にある屋敷で暮らす。介助犬エジソンとともに地下鉄の線路沿いに日課の散歩に出たジョーは、煉瓦の壁にハンマーを叩きつける男と遭遇する。崩れた壁の中には古い白骨が現れる。だが男はまだなにかを探し、殺害される。広場恐怖症のジョーは警察に容疑をかけられ、エジソンと一緒に張り巡らされた地下鉄道や抜け道を駆使してひたすら逃げる。

地上に出られないジョーを、よく地下だけで冒険させるものです。理性的思考とパニック思考との落差がユーモラスです。過去のウィルス殺人兵器の使い方もうまいです。個人的には殺し請負人のオザンがカッコいいキャラクタが好きです。映画のような楽しみを味わえる作品です。

古川日出男

「平家物語 犬王の巻」

河出書房新社

2017.9.30

時は室町。京で世阿弥と人気を二分した天衣無縫の能楽師・犬王と、盲いた琵琶法師・友魚。2人の友情が生まれる。だが犬王は怨念により醜い姿で生まれ、面を付け体をおおって生きてきた。醜いものを包み隠し、兄たちの歩行術を盗み見して稽古をすると、素足になりたいきれいな足になった。友魚の語りは平家の新たな物語とともに犬王を語り、聴衆を歓喜させた。

久しぶりの古川氏の作品です。歴史物をこのように描き切るのかという、驚きがありました。実に簡潔にテンポよく、能楽のおもしろさが伝わってきます。時代の空気も味わえます。本編の「平家物語」も読んでみたいところですが、900ページ情報にためらいます。一気に読ませられるのはわかっている作家だけに、迷います。

薬丸岳

「死命」

文春文庫

2017.9.29

信一は若くしてデイトレードで成功しながら、自身を突き動かす女性への殺人衝動に悩む。信一は余命僅かと宣告され、欲望に忠実に生きることを決意する。それは連続殺人の始まりだった。元恋人の澄乃との皮肉な再会。殺人犯逮捕に執念を燃やす蒼井刑事にも同じ病が襲いかかり、なぜ自らの命を削ってまで殺人犯逮捕に執念を燃やすのか、新人の矢部は必死に先輩の背中を追いかける。

抑えられない殺人衝動と、地道な刑事の捜査と、取り巻く人間たちの生い立ちにまで言及しキャラを立ち上げて行きます。ある意味では恐いもの見たさで、最後まで読まされます。ラストの小さな刑事の嘘が、犯人にくさびを打ち込みました。

薬丸岳

「誓約」

幻冬舎文庫

2017.9.25

落合と一緒にバーを経営する向井は、家庭にも恵まれ真っ当に暮らしていた。向井の元に、「あの男たちは刑務所から出ています」という一通の手紙が届く。送り主はもう亡くなっているはず。過去に整形し新戸籍を作った向井は、その費用を娘を殺された母親から借りていた。条件は、娘の殺人犯2人を殺害することだった。警察にも家族にも相談できない向井は、姿の見えない脅迫者に一人立ち向かう。

消したい過去をもつ男の焦りと恐怖が、周囲の人間不信に陥りそうになります。すべてを妻や警察に告白し、逃れたいとも考えますが間近で監視されているようでそれもできません。途中で犯人が想像できてしまいますが、ラストに希望を残す薬丸氏の作品はおもしろいのは確かです。一気読みさせます。ただこれで読み納めにしようと思います。子どもの劣悪な環境が、どれほどひどいのか。いまの社会の縮図が少しつらく感じます。

ジョー・ウォルトン

「英雄たちの朝」ファージング・セット1

創元推理文庫

2017.23

第二次大戦でナチスと手を結ぶ道を選んだイギリス。和平へ導いた政治派閥「ファージング・セット」は、国家権力の中枢にあった。派閥の中心人物の邸宅でパーティーが催された翌朝、下院議員の変死体が発見される。捜査にのり出したスコットランドヤードのカーマイケル警部補は、ユダヤ人差別の壁に阻まれる。

世相が次第にファシズムに染まって行く漠然とした違和感。大きな権力によって人種差別、階級社会、同性愛蔑視など個人の尊厳と自由が奪われて行くじわじわとした焦燥感。けれど個人の立場での限界に絶望しそうになります。真実も法律もねじ曲げる強大な権力に屈する、カーマイケル警部補の秘かな決意が希望でした。

ジョー・ウォルトン

「暗殺のハムレット」ファージング・セットU

創元推理文庫

2017.9.20

政府が強大な権限を得たことによって、国民生活は徐々に圧迫されつつあった。そんな折、ロンドン郊外の女優宅で爆発事件が発生する。この事件は、ひそかに進行する一大計画の一端であった。カーマイケル警部補の捜査は進むが・・。旧家から飛び出して舞台女優になったヴァイオラ。ヴァイオラが男女の配役を逆転させた芝居「ハムレット」の主役をオファーされ、舞台成功へと敬子を重ねる。厳重警備の中、総統が感激に来ると情報が入る。旧家の妹から絶対拒否できない、とんでもない難題を押し付けられる。

カーマイケル警部補のプライベートの葛藤も描かれ、人間味を感じさせます。だからこそ、仕事の立場を利用してのユダヤ人や罪のない人々の逃亡支援を続けているのでしょう。自由のないヴァイオラが羽ばたけるはずの舞台で、苦渋の決断は潔いです。犯人を逮捕しなければ、元の世界に戻れたのか。カーマイケル警部補の最後の思いは、3部作最終作へと続きます。

ジョー・ウォルトン

「バッキンガムの光芒」ファージング・セットV

創元推理文庫

2017.9.17

ソ連が消滅し、大戦がナチスの勝利に終わった1960年、ファシスト政治が定着したイギリス。イギリス版ゲシュタポ・監視隊の隊長カーマイケルに育てられた養女エルヴィラは、社交界デビューと大学進学に思いを馳せる日々を過ごしていた。裏でカーマイクルは監視隊の地位を利用し、無実のユダヤ人たちを国外に逃亡させる非合法組織を束ねていた。しかしエルヴィラたちの人生は、ファシストのパレードを見物に行ったことで大きく変わってしまう。

古き社交界の会話が聞こえてきそうな描写と、カーマイクルの隠れた仕事との落差が、エルヴィラ逮捕で現実に繋ぎ合わされました。カーマイクルの表の仕事の立場とエルヴィラへの対処、後半のエルヴィラの果敢に立ち向かう姿がなかなかです。多少うまくいき過ぎ感はありますが、読ませてくれました。

キャリー・パテル

「墓標都市」

創元SF文庫

2017.9.7

旧文明の崩壊から数百年。多くの人々は地上を厭い、巨大な地下都市国家に暮らしていた。その一つ、ヴィクトリア朝風の階級社会が栄えるリコレッタでは、旧文明の知識は重大なタブーである。そんな中「プロメテウス」なる極秘計画に関わる歴史学者が殺された。女性捜査官マローンの活動は、なぜか上層部から妨害を受ける。そして貴族社会の裏側に出入りする洗濯娘ジェーンも、謎の男アルノーと出会って事件に巻き込まれてゆく。

舞台設定が特別な機能をしていません。中世の階級社会の物語として読みました。古風な殺人事件捜査。社交界デビューの準備をするジェーンと友人。クーデターの混乱で頭の良さを発揮し、生き延びるジェーンができすぎていますがご愛嬌。査官マローンのキレのなさと、利己主義な行動にはがっかりします。

薬丸岳

「その鏡は嘘をつく」

講談社文庫

2017.8.30

鏡ばかりの部屋で発見されたエリート医師の遺体。自殺とされたその死を、検事・志藤は他殺と疑う。東池袋署の刑事・夏目は同日現場近くで起こった不可解な集団暴行事件を調べていた。医師になることを親に強制されていながら、浪人になり希望を失った幹夫はヤケになっていた。予備校女性講師峰岸だけには相談していた。

薬丸氏の作品は、妙に中毒性があります。読み出すと止まらず、やや都合の良過ぎる設定や展開も気にせず、物語に浸っていたくなります。真犯人の周囲の人間関係の複雑さと、残虐性を見せつつ、それでもラストにひと雫の希望を明かりを残すからでしょうか。

ミネット・ウォルターズ

「遮断地区」

創元推理文庫

2017.8.24

独居老人、ドラックに浸る不良少年たちの住む低所得者層団地に越してきた老人と息子は、小児性愛者だと疑われていた。2人を排除しようとする小さな抗議デモは、10歳の少女が失踪したのをきっかけに暴動へ発展する。団地は封鎖され、石と火焔瓶で武装した2,000人の群衆が襲いかかる。警察も入れない。医師のソフィーは、暴徒に襲撃された親子に逆に監禁され暴行されそうになる。出所したばかりのジミーは恋人を救おうと行動を起こす。

しばらく読んでいなかった作家です。こういう作品も書くのですね。一気に読ませる展開と、登場人物の多さと細部描写のくどさが入り交じり、主題がわかりづらいのが惜しいです。社会的主張や心の精神的闇も深くはありません。サスペンスとしてはいいのではないでしょうか。

薬丸岳

「ハードラック」

講談社文庫

2017.21

25歳にもなって日雇い仕事すら失い「大きなことをするため」闇の掲示板で同類を募った。4人の応募者の一人が主導権を握り、仁たちは軽井沢で強盗に入る。だが思いもよらず気を失い、放火殺人の汚名を着せられてしまう。なぜおれを嵌めたのか。信じられるのは誰か。手探りで真犯人を探す仁、闇世界の住人たち、追う刑事。物語は二転三転していく。

登場人物各々の背景が描かれ、最後まで誰をも信じられない葛藤が続きます。お人好しの仁が招いてしまう結果なのですが。真面目に生きる術を失い、犯罪に手を出してしまう敷居の低さ、誘惑の大きさに言葉を失います。格差を這い上がることができない、いまの社会の怖さを改めて認識させられました。何作か読んでみたいです。

薬丸岳

「神の子 上・下」

光文社

2017.8.15

殺人罪で少年院入所。知能検査でIQ161以上を持つ町田博史は、戸籍を持たない劣悪な境遇の中、感情を見せず自分の頭脳だけで生きてきた。そして町田たち数人の脱走事件は失敗し、内藤法務教官は外からそそのかした人物がいたことを知る。その後、町田はずば抜けた記憶能力で本を読み大学受験の資格を取り、退所後大学に入りアルバイトをしながら生きていく。一方、闇社会で絶大な権力を持つ男・室井は町田を執拗に追い求めていた。

いまならサヴァン症候群として、きちんとした対応も取れるでしょう。ミノルとのみ仲良く遊んだ喜びと罪悪感を、記憶の深いところに沈めています。町工場でバイトの空き時間に義手を造ったり、会社を興す手伝いをしながらも、一歩距離を置いていきます。感情がわからない町田の、奇跡的な生き方にぐいぐい引きつけられて読みました。多少の過不足を上回る筆致がみごとです。

薬丸岳

「天使のナイフ」

講談社文庫

2017.8.10

桧山は、生後5ヵ月の娘の目の前で妻を殺された。だが、犯人3人は13歳の少年だったため、罪に問われることはなかった。4年後、犯人の1人が殺され、喫茶店を営む桧山は疑惑の人となる。捜査陣も周囲も信じてはくれず、自ら疑惑を晴らそうと動き出す。

個人の立場でどこまで事件を追いかけられるのか、少し無理もありますが読ませられました。少年犯罪を視点をしっかりと定めた描き方が、うまいです。ハマりそうです。

薬丸岳

「Aではない君と」

講談社

2017.8.8

同級生の殺人容疑で14歳の息子・翼が逮捕された。親や弁護士の問いに口を閉ざす翼は事件の直前、父親に電話をかけていた。会社の飲み会で出られず、かけ直すが繋がらない。その電話に出ていたら。別れた妻と暮らす息子とは数ヶ月程度に電話する程度だった。息子からのSOSを感じ取れなかった。息子の事を顧みなかった過去を悔いる両親。父親は弁護士とともに探っていく。真相は語られないまま、親子は少年審判の日を迎える。

しばらく読んでいなかった作家です。うまくなっていたのですね。父の視点から犯罪者になった息子と、真っ正面から向き合ういい作品です。自分の子どもが加害者、被害者のどちらの立場にもなり得る時代です。成長とともに、親が知らない悩みや悲しみを持つ子どもの心に、寄り添う難しさを考えさせられます。「心を殺すのと、体を殺すのと、どっちが悪いの?」とっさに息子に答えられず、父親も考えていきます。いまの子どもはわからない、という方にも是非お勧めです。

谷崎由依

「囚われの島」

河出書房新社

2017.8.3

誰か「罪」を犯したのか。盲目の調律師に魅入られた新聞記者の由良。二人の記憶は時空を超え、閉ざされた島の秘密に触れる。

盲目の徳田が飼っている蚕に魅入られた由良は、お互いによく見る夢の共通点に気付きます。彼の思考に近づこうと踏み出していきます。その特殊な空間の、空気感、皮膚感覚、聴覚、幻想的で美しいです。滅びた養蚕の村の戦争前夜の描写も、ラストまで捉えどころのない感覚世界を受け入れられるかどうかで、評価が分かれると思います。おもしろいけれど、もう一度この作家を読みたいとは思いませんでした。

河野裕

「汚れた赤を恋と呼ぶんだ」

新潮文庫

2017.7.29

夏休みの終わりに、真辺由宇と運命的な再会を果たした七草は「あなたは引き算の魔女を知っていますか」彼女からのメールをきっかけに、魔女の噂を追い始める。高校生と、魔女。ありえない組み合わせが、確かな実感を伴って七草と真辺の関係を侵食していく。一方、その渦中に現れた謎の少女・安達。現実世界における事件の真相が明らかになっていく。

ラノベとして軽く楽しめました。どこかつかみ処のないキャラも、ストーリーも、展開も全部受け入れて読むしかありません。読み終わってなにも残りませんでした。

ジム・ケリー

「逆さの骨」

創元推理文庫

2017.7.25

かつて捕虜収容所だった発掘現場で奇妙な骸骨が発見された。その男は脱出用と思われるトンネルを収容所に向かって這い進んでいたうえ、額を拳銃で打ち抜かれていたのだ。脱走兵にしては謎めいた殺害状況に、新聞記者ドライデンは調査を開始する。だが数日後、同じ現場で新たな死体を発見する。過去と現在を繋ぐ謎の連鎖が絡み合う。

伏線をしっかり張っていて、時間の描き方も、個性的なキャラもうまいと思います。ただ、ひと粒の真実をつかむために、これほど積み上げた荷物を掻き分けるのはしんどかったです。後出し的な人物が、事件の鍵になるのも納得がいきません。まどろっこしいさに苛ついてしまいました。

本城雅人

「紙の城」

講談社

2017.7.23

200万部の全国紙を発行する東洋新聞が、新興のIT企業に買収されようとしている。社会部デスクの安芸稔彦は、同僚たちと買収阻止に向けて動く。タイムリミットは2週間。はたして買収を止められるのか。

紙メディアとネット情報の対立に見えますが、足で記事を書く新聞へのエールになっています。ネットにあまり深い掘り下げがなく、新聞社のコストに力が置かれ過ぎ、違和感を感じます。問題の本質に迫っていないのです。若い層の活字離れ、ニュースがどこも同じ政府御用達記事に、もっと切り込んでほしかったです。筆致も饒舌でさっくりと削り取りたくなりました。

本城雅人

「ジーノ」

朝日新聞出版

2017.20

篠塚隆哉は、祖父が衆議院議員で元国家公安委員長、父も参議院議員の名家に生まれたが、不正献金の疑いをかけられた父が謎の死を遂げた。篠塚は渋谷の不良グループを率いるが、ベテラン刑事の影響で改心し警察官になった。渋谷署組織犯罪対策課刑事として配属された直後、ドラッグ「グレイゴースト」を吸引した者たちが死亡し、正体不明の売人を追うことになる。

キャラ立ちがいまひとつなのは、作者が人物に入れ込んでしまうからでしょう。TVドラマの元本としては使えますが、新鮮さが感じられません。些末なことが饒舌で整理してポイントを絞る必要があるのではないでしょうか。

ジョー・ネスボ

「スノーマン 上・下」

集英社文庫

2017.7.15

オスロにその年の初雪が降った日、夫や子どものいる女性が姿を消した。彼女のスカーフを首に巻いた雪だるまが残されていた。捜査に着手したハリー警部は、この10年間で、女性が失踪したまま未解決の事案が、明らかに多すぎることに気づく。そして、ハリーに届いた謎めいた手紙には『雪だるま』という署名があった。容疑者をつかまえると、新たな別の容疑者の痕跡が見つかり、捜査は翻弄される。ハリーの警部としての信念と勘が、同僚たちも動かしていく。

猟奇殺人の陰惨さが気にならず、引きつけられて読めました。全体を覆うかすかなユーモアで味つけられています。食事も睡眠も不足なハリーの過酷な任務への執念と、アルコール依存を押し殺しながら分析力と勘を頼りに突き進んでいきます。少しの恋愛感情で人間味も出しています。二転三転する展開がみごとに最後に収斂していきます。

本城雅人

「シューメーカーの足音」

講談社文庫

2017.7.5

斎藤良一は、紳士靴の名店が軒を連ねるロンドンのジャーミン・ストリートで注文靴のサロン兼工房を経営する靴職人。彼が作る靴は、英国靴の伝統を守りながらも斬新なデザインに仕上げることで人気を博していた。さらなる成功を目指し、計略を巡らせる斎藤。狙うは、「英国王室御用達」の称号。だが、そんな斎藤の野望を阻む若者がいた。日本で靴の修理屋を営む榎本智哉。

立ち読みで出だしに惹かれて手にしました。靴作り、靴職人の物語としては充分楽しめました。設定もおもしろかったです。ただ斎藤の心理には共感できるのですが、榎本の方は表面的で深みがなく小手先の作戦にしか見えません。成功したかに見えますが、むしろ落ちぶれた斎藤のラストが活きています。惜しい作家です。

廣嶋玲子

「妖怪の子4-半妖の子」

創元推理文庫

2017.6.29

梅雨の夜、太鼓長屋に養い親の千弥と住む弥助のもとに、化けいたちの宗鉄と名乗る男が訪ねてきた。娘を預けたいという。女の子の名はみお、白い仮面をつけ、父親だけでなくひたすら周囲を拒絶していた。山奥で暮らしていたが、母親が亡くなりどうにもならなくなったという。だが、弥助のもとに預けられる子妖怪達と接するうちに、みおに変化が現れる。

シリーズのいつものキャラが楽しいです。みおの変化も興味深かったです。ただ、もう少し長い物語で読みたいと思いました。キャラはもうできているので、作者は長編はいまは書けないかもしれませんが、じっくり心に迫る描写がほしいです。というのは読者のわがままでしょうか。

王城夕紀

「青の数学」

新潮文庫

2017.6.27

雪の日に出会った女子高生は、数学オリンピックを制した天才だった。その京香凜(かなどめかりん)の問いに、栢山(かやま)は困惑する。「数学って、何?」。若き数学者が集うネット上の決闘空間「E2」。全国トップ偕成高校の数学研究会「オイラー倶楽部」。ライバルと出会い、競う中で、栢山は香凜に対する答えを探す。ひたむきな想いを、身体に燻る熱を数学へとぶつける。

夢中になることを見つけ、必死に食らいつこうとする若い才能は、まぶしいですね。将棋でもアスリートでも、若い子の芽を開かせてやりたいと思います。高校生のとき、わたしは何に向かっていたでしょうか。もっと体を鍛え、音楽に打ち込んでいたら別な人生があったかも知れません。出会った時がチャンス。素早くつかんでものにする。勇気とやはり才能も必要でしょう。数学好きな読者としては、とてもおもしろく読めました。

バリー・ライガ

「シリアルキラーの休日」

東京創元社Webミステリーズ

2017.6.25

3部作の前編という作品で、Webで公開されました。ジャスパーの父シリアルキラー・ビリーが、休暇を取る。妻が子どもを産んだことに怒り、別れたあとの休暇だった。殺人をしないはずだった。だが、ふと知り合った女が殺される。犯人を捜さないと自分が疑われると、ビリーは動き出す。

展開も「普通の人」らしく見せる行動の描写も、うまいです。不利な立場に立たされたシリアルキラーが、殺人の手口やホテルのシステムなどから推理して行く過程がおもしろいです。結末も鮮やかな逆転劇でみごとです。小品とは言え、楽しめます。

ジョー・ネスボ

「その雪と血を」

ハヤカワ・ミステリ

2017.6.12

極寒の地では雪の上に落ちる血は、瞬時に固まりローブのように広がるという。殺し屋のオーラヴの今回の仕事は、不貞を働いているらしいボスの妻を始末すること。いつものように引き金を引くつもりだった。だが彼女の姿を見た瞬間、恋に落ちてしまった。浮気相手の男を殺してしまう。だが男はボスの息子だった。

何をやっても失敗ばかり。最後の仕事の殺し屋に徹し切れない男の弱さが、歯がゆいです。なぜ恋などに妄想を持ってしまうのか。ボスから狙われるのは明白で、女から愛を得られるはずもありません。逃避行を計画するが、思わぬことが起きる。おおよそ予測通りの結末ですが、おろかな男の矜持は守るところまで、一気に読ませます。

深水黎一郎

「ストラディヴァリウスを上手に盗む方法」

河出書房出版社

2017.6.5

若き天才女性ヴァイオリニストの凱旋コンサート会場からこつ然と消えた、時価数十億の伝説の名器。突如容疑者と化した1800人の観客。場内の不満が最高潮に達した。犯人が用いた、驚くべき犯行手口とは。

タイトルに惹かれて読みました。「音合わせに440ヘルツのA音で始まる」のっけから、つまづきました。最近のコンサートは442ヘルツが主流です。より華やかにするため443ヘルツにする欧州オーケストラもあるほどです。本題ですが、盗まれたヴァイオリンの謎を、刑事の瞬一朗が解き明かして行きます。興味深い音楽の蘊蓄がたっぷりです。確かに音楽好きにはおもしろいですが、わずかなことで音色が変わってしまうヴァイオリンを、結果として使い物にならない楽器になるかも知れないこの方法で盗むでしょうか。奏者が職人のようにできるかも疑問です。もっと繊細な楽器だということがわかっていないのではないでしょうか。

廣嶋玲子

「青の王」

東京創元社

2017.5.28

砂漠に咲く奇跡の都ナルマーン。王宮の上空では翼をもつ魔族が飛び交い、水が豊かで魚や竜の姿をした魔族が泳ぐ。王は神に選ばれ、魔族を操る力を持つ。孤児の少年ハルーンが出会ったのは、不思議な塔に閉じ込められた少女だった。自分の名前も知らない、青い血を持ち「贄の子」と呼ばれ魔法の足かせをかけられた少女を助け、ハルーンは塔を脱出する。だが彼らを、魔族と王宮軍が追いかけてくる。

広がりのあるファンタジィで、美しいアニメを見ているような映像的な描写が好きです。醜悪な王宮族や魔族たちも、助けてくれた空を駆ける船を操るアバンザの毅然とした姿も、ストーリー展開もいいです。楽しめます。この作者には是非、大人の物語も書いてほしいです。

アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム

「制裁」

ハヤカワ・ミステリ文庫

2017.5.20

幼女殺害犯が護送中に脱走した。市警のグレーンス警部は懸命にその行方を追う。一方テレビの報道を見た作家フレドリックは凄まじい衝撃を受けていた。見覚えがある。この犯人は今日、愛娘の通う保育園の近くにいた。彼は我が子のもとへと急ぐが間に合わなかった。警察の力を信じられず、さらに反抗を重ねると考えたフレドリックは復讐を誓う。法が裁くか、私人が捌くか。法廷も揺れる。

展開の早い悲惨な事件ですが、説得力があり事件や裁判のあとまで丁寧な書き方に、共感しました。父親の思いもわかる。市民のひとつの方向に向かう怖さもある。法側の苦悩もある。囚人たちの状況や思考も伝わる。なにより父親がどうなっていくのか。読後も考えさせられる作品でした。

宮内悠介

「スペース金融道」

河出書房新社

2017.5.12

人類が最初に移住に成功した太陽系外の星、二番街。ぼくは新生金融の二番街支社の債権回収担当者で、大手があまり相手にしないアンドロイドが主な客だ。直属の上司ユーセフは、普段はいい加減で最悪なのに、たまに大得点をあげて挽回する。貧乏クジを引かされるのは、いつだってぼくだ。「だめです。そんなことをしたら惑星そのものが破綻します」「それがどうした?おれたちの仕事は取り立てだ。それ以外のことなどどうでもいい」取り立て屋コンビが宇宙の果て、地獄の炎の中にまで追いかけていく。

アンドロイドの持つ暗黒網ネットワークと、人間のシステム。宇宙エレベーターに立てこもるアンドロイドの兎たちの立て籠りなど、SFならでは楽しめる仕組みです。利息が腕1本とか、にやりとさせられもします。浅く読むとそこまでで、深く読むと人間とは何かと哲学的にまで考えさせられます。情報システムはあらゆるものに必要なのだと、変なところで思い知りました。おもしろいです。

エリザベス・ウェイン

「コードネーム・ヴェリティ」

創元推理文庫

2017.5.6

第二次世界大戦中、ユダヤ人の女性飛行士マディと、無線技術士でイギリス特殊作戦執行部員のスパイの任務のクイーニーが、小型飛行機でフランスに飛び立つ。だが攻撃を受け墜落寸前の危機に立たされる。パラシュートで脱出したクイーニーはナチスの捕虜になった。彼女は親衛隊大尉に、尋問をやめる代わりに、イギリスに関する情報を手記にするよう強制される。その手記には、親友のマディの戦場での日々が、まるで小説のように綴られていた。

ややこしい手記に始まる長い物語は、真実みを帯びた嘘なのか曖昧なまま進行します。第二部で真実が明らかになっていきます。戦時下の過酷な状況にも関わらず、目を背けさせないストーリーのわずかな希望があります。過去の思い出が時おり、明るい青春の空気をまといます。こういう書き方もあるのかと、新鮮でもありました。結末はハッピーではないけれど、読後感はよかったです。

岩木一麻

「がん消滅の罠 完全寛解の謎」

宝島社

2017.5.1

余命半年と宣告された患者の病巣が、生前給付金を受け取った直後に治ってしまう。連続して4人もとなり、患者を担当した医師・夏目に、生命保険会社に勤務する森川から確認調査が入る。だが詐欺ではない。夏目と、友人でがん研究者の羽島が謎に挑む。政財官界のセレブたちが治療を受ける、がんの早期発見・治療を得意とし再発した場合も完全寛解に導くという病院にたどり着く。

医師と保険調査員の視点が複合的で、物語を深くしています。想定範囲内の謎というのは、明らかにミステリ読み過ぎのわたしの意見です。他の方が読むと、きっと驚きがあり、神か悪魔か審判に迷い楽しめると思います。がんで亡くなる割合が多くなっているのは、高齢化が根源にあるのでしょう。でも友人を亡くしていると、すがりつきたくなりますね。

ロジャー ホッブズ

「ゴーストマン 時限紙幣」

文芸春秋

2017.4.10

カジノの街で現金輸送車が襲われた。強盗のうち一人は現場で死亡。残る一人がカネとともに姿を消した。犯罪の始末屋である私は、カネの奪回と事態の収拾を命じられた。紙幣に仕込まれた爆薬が炸裂するまで48時間。面倒な仕事だが「私」には断れない。依頼主に借りを返さねばならないのだ。5年前、クアラルンプールで企てられた高層ビル内の銀行襲撃計画。それを無残な失敗に導いたのが「私」だったからだ。5年前のマレーシアでの大強盗作戦と、現在、カジノの街での時限紙幣追跡。2つの物語の結末は。

クライムストーリーなのに、いささかの感情の揺れを挟まず語られます。クールでスピーディーな展開が、読み応えありました。観察力、聴覚、すべてを磨いて手にした「勘」で、「ゴーストマン」消し役をこなします。金儲けより自分の矜持と、刺激、達成感で動いていきます。闇の、裏の存在さえ引きずり出してしまう力がすごいです。次作も読んでみたいです。

ジョン・グリーン

「さよならを待つふたりのために」

岩波書店

2017.4.2

ヘイゼルは16歳。甲状腺がんが肺に転移して以来、もう3年も酸素ボンベが手放せない生活。骨肉腫で片脚を失った少年オーガスタスと出会い、互いに惹かれあう。死をみつめながら日々を生きる2人は、周囲の人間にも鋭い目を向ける。「至高の痛み」を愛読するヘイゼルは、軽妙な会話や自虐ネタのやりとりでオーガスタスと親密になっていく。作者とメールできるオーガスタスを通して作者へ質問を試みるが、直接会ってなら答えると言われる。8時間のフライトでオランダに来て。

自分の体調管理と、家族との関係、医療者たちとの関係、友人たちとの関係がしっかりと浮き上がります。決して手軽な涙にせず、生きることの意味を突きつけられます。真剣に一日、いえ一秒ごとに死と対峙する気持ちに、読みながら読者も向き合うことになります。重くなり過ぎず、立派な人間だけではなく、人のすばらしさとどうしようもなさが胸に迫ります。いい作品と出会えてよかったです。

アンソニー・ドーア

「すべての見えない光」

新潮社

2017.3.13

孤児院で幼い日を過ごし、ナチスドイツの技術兵となった少年ヴェルナーは、厳しい体罰と止めることができないことの呵責に苛まれながら腕を磨いていく。パリの博物館に勤める父のもとで育った、目の見えない少女マリー。博物館から貴重品を移送する際、特別な伝説のダイヤモンドは模造品を3個作り、4人がばらばらに持つことになった。ひとつを持つ父とマリーはサン・マロの叔父の家に疎開する。戦時下でも引きこもりの叔父はラジオを組み立て音楽を聴き本を読む。父が連れ去られたあと、夫人と叔父はマリーに食事をさせ、本読み聞かせラジオを一緒に聞いた。誰もが過酷な戦争のもとで必死に生きていた。街の掃討作戦が行われようとした時、二人の短い人生が交叉する。

目が見えなくても生きる術を身に付けていくマリーの繊細な感覚が、伝わってくるようです。ドイツ兵として生きるしかないヴェルナーの胸に折り畳まれた思いが痛いです。貧しく誇りにまみれた戦時下の空気があり、そこに生きる人の心があります。凄惨なストーリーなのですが、美しい叙事詩を読んだような読後感があります。すごい作品です。戦争を知らない世代にたくさん読まれますように。なにか言えない空気に覆われている現代にこそ、大切にしなくてはならないもの、必要なことがそこにはありました。

シャルロッテ・リンク

「沈黙の果て 上・下」

創元推理文庫

2017.3.9

ヨークシャーの古い屋敷で春の休暇を過ごしていたドイツ人グループは3組の夫婦と子供が3人。夫たちの濃密な友人関係のもと時間は流れていた。散歩好きなイシェカが戻ると、夫と家の女主人、子供を含めた5人が惨殺死体となっていた。凶器はナイフ。楽しかったはずの休暇が一転して、恐怖に変わる。生き残ったイシェカと義理の娘。弁護士のレオン。セラピストのティムと鬱を抱えた妻のエフェリン。最近になって親戚と名乗り屋敷の相続権を主張する男。義理の娘の反抗と家出。女主人を初め、それぞれの家族が抱えていた深刻な問題が浮かび上がってくる。そして親密すぎる三人の夫たちの結びつきには驚くべき秘密があった。

支配する者と依存する者。束縛から逃れられない空気が濃密で、いたたまれなくなりました。作品は読みやすく、複雑な人間関係もしっかりと描き込まれています。ハラハラさせながらラストまで引きつけられます。うまい作家です。犯人は途中で推測できますが、独特な空気感で真実を見る難しさを感じます。それにしても三人の夫たちの秘密には、鳥肌が立ちました。後味の悪さが次作を読む気をなくさせました。

佐藤究

「QJKJQ」

講談社

2017.3.6

猟奇殺人鬼一家の長女として育った、17歳の亜李亜。一家は秘密を共有しながらひっそりと暮らしていたが、兄の惨殺死体を発見してしまう。直後に母も姿を消し、亜李亜は父と取り残される。何が起こったのか探るうちに、亜李亜は周囲に違和感を覚え始める。

壮絶な殺人が起こり、描写も構成もしっかりしています。ホラーではない文章で引き込まれます。順当な結末ですが、いい書き手だと思います。次作に期待です。

河野裕

「最良の嘘の最後のひと言」

創元推理文庫

2017.3.1

世界的な大企業・ハルウィンが「年収8000万で超能力者をひとり採用する」という告知を出した。審査を経て自称超能力者の7名が、前日の夜に街中で行われる最終試験に臨むことに。ある目的のために参加した大学生・市倉は、同じ参加者の少女・日比野と組み、「No.1」の持つ採用通知書を奪うため、策略を駆使して騙し合いに挑む。他メンバーも組んだり離れたり騙し合いとなる。

支給されたスマホの指示で動きつつ、誰かのスマホを奪い破壊するか。入社できなくても希望額をもらうことで降りるか。さまざまな思惑で動くメンバーたちが、スマホに監視されてもいるのです。真の目的は別にあるのではないかと思わせ、スピード感のある展開でした。超能力を使い過ぎず、高感度の持てるラノベでした。人間像の深さがもっとあったら本格小説として評価したいところです。

カリン・フォッスム

「湖のほとりで」

PHP文芸文庫

2017.2.14

風光明媚な、北欧の小さな村で発見された女性の死体。村の誰もが知る聡明で快活な少女・アニーだった。死体には争った形跡もなく、自殺か、あるいは顔見知りの犯行ではないかと推測された。事件は、早期に解決すると思われたのだが。

セーヘル警部が地道に村人たちに話をしていく過程を、丁寧にそれでいて伏線を一気にひっくり返すラストへとみごとに繋げています。偏見を持たずに人と会話して、相手から話させる姿勢が事件の糸を繋げていきます。人々の性格が手に取るように明らかになっていきます。落ち着いたいい作品だと思います。

宮内悠介

「彼女がエスパーだった頃」

講談社

2017.2.2

6作の短編集です。「百匹目の火神」「彼女がエスパーだった頃」「薄ければ薄いほど」など。淡々と語る作者の視点は、超能力、超常現象を信じてはいない。ただ真実を知りたいと描き出していく。

記者のわたしが取材していく、さまざまな力や、超常現象はほんとうにあるのだろうか。次第に周囲を渦巻く人間関係や、「力」に巻き込まれていくのを、自覚しつつ流されていくように見えます。それが記者の心の中にある、なにか、によって見え方が変わっていくのです。おもしろい作品だと思いました。ただ寒々とした読後感はなぜでしょうか。

逸木裕

「虹を待つ彼女」

KADOKAWA

2017.1.24

2020年。人工知能と恋愛ができる人気アプリに携わる有能な研究者の工藤は、予想できてしまう自らの限界に虚しさを覚えていた。そんな折、死者を人工知能化するプロジェクトに参加する。試作品のモデルに選ばれたのは、カルト的な人気を持つ美貌のゲームクリエイター、水科晴。6年前、自作の「ゾンビを撃ち殺す」オンラインゲームとドローンを連携させて渋谷を混乱に陥れ、自らを射撃の標的にして自殺を遂げていた。晴を調べるうち、彼女の人格に共鳴し次第に惹かれていき、やがて彼女に「雨」と呼ばれる恋人がいたことを突き止める。だが「調査を止めなければ殺す」という脅迫を受ける。晴の遺した未発表のゲームの中に彼女へと迫るヒントを見つけ、人工知能は完成に近づいていくが。

初作家でした。感情さえコントロールしている工藤の存在に、妙な共有感を持ってしまいました。論理的に展開していくストーリーに引き込まれます。囲碁の人間対人工知能を巡るメディアとの関係。人工知能と対話する中で離婚を勧められたとクレームが入り、会社での上部の思惑や人間関係。対人間より、死者の友人たちに聞く、晴の像作りに夢中になっていく過程もおもしろいです。未知の領域を知りたいというあくなき研究者の思いの高さと、「恋愛感情」にのめり込み過ぎる点が性格が変わってしまったような印象を受けます。少し俗的表現に終わった部分を崩したのが残念な気がします。他の作品も読んでみたいです。

貫井徳郎

「愚行録」

創元推理文庫

2017.1.18

幸せを絵に描いたような家族に、突如として訪れた悲劇。深夜、家に忍び込んだ何者かによって、一家4人が惨殺された。隣人、友人らが語る数多のエピソードを通して浮かび上がる、「事件」と「被害者」。理想の家族に見えた彼らは、一体なぜ殺されたのか。

関わった周囲の人へのインタビューして集められた証言。隣人。付き合いのあった家族。などで、次第に被害者と加害者をあぶり出していくスタイルです。4章から、ふいに深い部分が姿を見せ始めます。住宅地の用地買収、会社の卒業大学の派閥、その家族たちの付き合い、その中に殺人に至るほどの憎しみを抱いていく過程から結末まで。みごとに構成された作品です。貫井さんの作品は長いのでデビュー作しか読んでいませんでしたが、いい作家ですね。

S・M・ハルス

「ブラック・リバー」

創元推理文庫

2017.1.14

「わたしのためにフィドルを弾いて」病で最期が迫った妻からの願いを、六十歳の元刑務官ウェズはかなえられない。刑務所の暴動で負った凄惨な傷のせいで。妻が逝きウェズはその刑務所の町、ブラック・リバーへ旅立つ。妻の連れ子との十八年ぶりの再会と、暴動の首謀者の仮釈放を決める公聴会での証言が待つ町へ。

フィドル(ヴァイオリン)を弾くことが男同士の繋がりで、息子や才能のある男に引き継がれていく時代の描き方が生き生きとしています。それと同時に元刑務官ウェズへの、残酷な暴力もすさまじさが実感されます。その暴動の首謀者の仮釈放されるかも知れないと聞き、たまらずに公聴会に向かいます。深いところの人間愛を、日常を淡々と描くことで心に突き刺さってきます。うまい作家です。

飛 浩隆

「自生の夢」

河出書房新社

2017.1.8

文字を変貌させる怪物「忌字禍(イマジカ)」を滅ぼすために、「わたしたち」はある男を放つ。話す力で人を死に追いやった、30年前に死んだ稀代の殺人鬼・・「自生の夢」
霧が晴れたとき、海岸に面した町が「灰洋(うみ)」に翻弄される。人も街も飲み込まれ形を変えられていく・・「海の指」
宇宙空間からぽんと切り抜いた「星窓」を、少年が買ってきた。いない姉が現れ時間が巻き取られていく・・「星窓 remixed version」
アリスは生まれてすぐ、文章で記録する装置「Cassy」を両親から与えられた。天才詩人となって生み出したもの、遺したものとは・・「#銀の匙」。「曠野にて」。「野生の詩藻」。
「われわれ」は、開発した「スウォームキャスト」で、宇宙のさまざまな場所で生命を育て、よりすぐりの生命体に原語基盤原語をインストールした。そしてその方角と距離の情報を収集する・・「はるかな響き」

10年ぶりの作品です。作家が生きている情報はありましたが、飛び上がるほどうれしいです。意識と皮膚感覚まで持っていかれるSFのおもしろさを味わえました。読者の想像力の限界を試されているようでした。思考を裏返され、地に潜らせられ、宇宙に放り出されるのです。時間を忘れ、言葉の裏表を探り、飛氏の世界を存分に楽しみました。10年前の世界の、甘美な毒を再び飲んでしまったわたしは、次の作品をまた待ち続けるしかありません。感性が衰えないうちに次を読ませてほしいです。

廣嶋玲子

「妖たちの四季 妖怪の子預かります-3」

創元推理文庫

2017.1.3

妖怪に花見に誘われた弥助と千弥。ふたりの後をこっそり尾けていた久蔵は、不思議な場所に出た。・・『春の巻』。千弥と月夜公の過去の因縁の物語・・『冬の巻』。ついに明かされる千弥の過去。四季と公募で選ばれた妖怪編。

妖怪が生まれる過程にぞっとしつつ、望みが哀れでもありました。千弥と月夜公の過去が一番知りたかったところだったので、引きつけられたいい話でした。千弥の奥深い痛みに共感しました。壮大な描写がアニメ映像化してほしいと思ったほどです。このシリーズはとにかくおもしろいです。


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